辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記 作:ホゲフガ
## 第36話:海将の最期
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エストラ運河の中央。
無残に吹き飛ばされ、炎上する二隻の外輪飛竜母艦と、川面を覆い尽くす補給船団の残骸。その地獄絵図の中心で、右舷に傾きながらも、最新鋭装甲艦『パーパルディア』はどうにか水面を踏みとどまっていた。
「……艦隊の再編成を急げ。生き残った帆船の乗組員を収容しろ」
粉々になった艦橋のガラスを踏みしめながら、総司令官バルス海将は血の滲む額を拭い、低く唸った。彼の瞳には、まだ海軍総司令官としての執念の炎が宿っている。
「竜母が沈み、補給船がやられた。だが、我々にはまだこの鋼鉄の城が残っている。奴らの見えざる水中の攻撃とて、我が装甲艦を沈めきることはできなかったのだ。幸い、艦内の弾薬庫と兵糧には手がついておらん。このまま前進するぞ!」
バルスは、震える水兵たちを鼓舞するように声を張り上げた。
「絶望するには早い! この『パーパルディア』の機関は生きている! 主砲も無傷だ! このまま運河を遡上してミューズに到達しさえすれば、艦内の大口径砲による河岸砲撃で奴らの拠点を焦土に変えられる! 艦隊はまだ終わっていないぞ!」
それは、誇り高き海将としての意地であり、彼がすがりつく最後の勝利の筋書きだった。
だが、その言葉を聞いた副官は、青ざめた顔で首を振り、絶望的な報告を絞り出した。
「閣下……。ミューズへの到達は、物理的に不可能です。先ほどの艦底への攻撃に伴う緊急防水隔壁の閉鎖により、第一・第二主砲弾薬庫、および下層の主兵糧庫が完全に水没いたしました。艦内に残された火薬はすべて湿気り、食料も汚水に浸かって全損です」
「な、何だと……!?」
「それだけではありません。浅い運河への進入にあたり、我が艦は座礁を防ぐため、魔石をはじめとする重量物資の大半を随伴の補給船に積載させておりました。……さらに前方をご覧ください。爆沈した二隻の竜母の巨躯が、この狭い運河のど真ん中を完全に塞いでおります。我が艦の出力では、あの残骸を押し退けて進むことは叶いません。我々はもう、戦うことも、前へ進むことも、退くことすらできないのです」
その冷酷な事実を突きつけられ、バルスの喉から言葉が消えた。
装甲艦の形状は健在だった。だが、それを運用するためのロジスティクスを絶たれ、自軍の残骸によって退路まで塞がれた、狭い水路のど真ん中に浮かぶ、ただの巨大な鉄のスクラップ。ここで初めて、バルスは自らがすでに詰みという名の敗北の底にいることを、完全に理解した。
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同じ頃。巨大グラヴシップ《プロスペリティ》の中央管制室。
メインホログラムには、エストラ運河で機能停止に陥ったパーパルディア艦隊の惨状が、緑色のデータ群と共に表示されていた。
「――皇国海軍の戦闘能力、82%喪失。兵站能力は100%喪失」
セキュリティ責任者のミウラが、腕を組みながら報告する。
「残存している帆船も、沈んだ船が障害物になって運河を遡上できない。完全にチェックメイトだ」
「ご苦労様。なら、水上部隊のタスクはこれで終了ね」
CEOタドコロは、手にした扇子でパタパタと自らを仰ぎながら、興味なさそうに告げた。
「ん、終わり? 敵の親玉が乗ってる旗艦(装甲艦)は、まだ浮いてるぞ?」
ミウラが首を傾げる。通常なら、敵の旗艦を撃沈してこそ完全勝利のはずだった。
「浮いているだけの艦は、我が社にとって脅威ではないわ」
タドコロは冷たく言い切った。
「弾も燃料もない鉄の塊に、わざわざ高価な魚雷を撃ち込むのはコストの無駄よ。放置して、中で飢えさせればいい」
だが、そこでコンソールを叩いていた財務チーフのスカルバーグが、黒色のオオカミ耳をピンと立てて異議を唱えた。
「社長。確かに現在の脅威度はゼロですが、放置には反対です。 あの装甲艦には、皇国の最新技術が使われている。あのまま放置すれば、後日、皇国が回収して修理・再利用する可能性があります。それは我が社にとって、将来的なリスクとなります」
「……なるほど、残存価値があるというわけね」
「はい。帳簿上、非常に不健全です」
タドコロは少しだけ考え込み、やがて冷酷なCEOの微笑みを浮かべて扇子を閉じた。
「スカルバーグの言う通りね。将来の損失リスクは、今ここで刈り取っておくべきだわ。
――システム、対象資産の『減損処理』を承認。完全に消去しなさい」
### 3.
エストラ運河の底。
泥の中に潜んでいた3機のUUV(自律無人戦闘潜航艇)が、新たなコマンドを受信し、再び不気味な赤いセンサー・アイを点灯させた。
『――NEW DIRECTIVE RECEIVED.』
『――TARGET CONFIRMED. EXECUTING ASSET LIQUIDATION』
先ほどの小型魚雷とは違う。今度は、残存するUUVが編隊を組み、装甲艦の最も脆い部分へと一斉に矛先を向けた。
彼らの照準は、分厚い圧延鉄甲で守られた舷側ではない。船体を根底から支える背骨――「竜骨(キール)」の真下。機関室と弾薬庫が隣接する、最も致命的な絶対急所であった。
シュゴォォォ……という微かな水流の音と共に、3本の重魚雷が水底を這うように直進する。
そして。
――ドゴォォォォォォォォォォォォン!!!!!
先ほどの被雷とは次元が違う、鼓膜を突き破るような爆絶音。
装甲艦『パーパルディア』の巨大な船体が、川面から不自然に「くの字」に持ち上がった。竜骨の真下で炸裂した重魚雷のバブルジェットと衝撃波が、数千トンの鋼鉄の背骨を飴細工のように容易くへし折ったのだ。
直後、断裂した船体中央から、残されていたボイラーと弾薬庫が連鎖的に誘爆。内側から吹き出した凄まじい火柱が、大国海軍の象徴であった最新鋭装甲艦を、文字通り真っ二つに引き裂いた。
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### 4.
「閣下! 艦が……艦が折れました! 沈みます! 早く退艦を!!」
炎に包まれ、真っ二つに割れて急激に傾斜していく艦橋で、血まみれの副官がバルス海将の軍服を必死に引っ張った。周囲では、水兵たちが阿鼻叫喚の悲鳴を上げながら、狭い運河の濁流へと次々に飛び込んでいく。
「……不要だ」
だが、バルスは傾く手すりに身を預けたまま、動こうとはしなかった。
潮風に焼かれた彼の顔に、もはや傲慢な海将の面影はない。大口径砲を撃ち合うこともなく、風を読み合うこともなく、ただ不可視の死神に水底からすべてを解体された軍人の、空虚な悟りだけがあった。
(……ガイウスよ。お前の言っていた絶望の意味が、ようやく分かったぞ)
バルスは、燃え盛る竜母と、真っ二つに折れて沈みゆく自らの分身『パーパルディア』を見つめた。誇り高き海軍総司令官の口から、血の混じった乾いた笑いが漏れる。
「我々は……海戦で負けたのではない。――戦わせてもらえすら、しなかったのだ」
バルスは、砲弾を一発も撃つことなく水面へ消えていく主砲を、力ない目で見下ろした。
「敵艦の影を見ることもなく。誇り高き艦隊決戦もなく。大砲の撃ち合いすらなく……ただ、足と目を理不尽に奪われ、気づけば艦隊そのものが死んでいた。これが……これが、新しい時代の戦争なのか……」
ゴボゥッ、と巨大な水音が響き、真っ二つに折れた艦橋が、運河の濁流へと完全に飲み込まれていく。
第三文明圏を恐怖で支配してきた海軍総司令官は、艦隊決戦という自らの信じたパラダイムが完全に陳腐化した絶望と共に、エストラ運河の冷たい泥の底へと消えていった。
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エストラ運河の水面は、完全な静寂と死の匂いに包まれた。
真っ二つに割れて水路を物理的に完全に塞いだ装甲艦の残骸。炎を上げてくすぶる外輪竜母。河岸に打ち上げられた補給船の木っ端。そして、行き場を失い、ただ呆然と水面に浮かぶ数千の敗残兵たち。皇国が威信を懸けた水上戦力は、戦術的な交戦すら経験せぬまま、その機能を完全に喪失していた。
《プロスペリティ》の管制室。
ホログラムモニターの赤い光がすべて消灯し、静かな作戦終了のサインが点灯する。
「対象の殲滅完了。――皇国海軍、戦闘継続不能」
ミウラが平坦な声で宣言した。
「UUVの弾薬消費に対する戦果。……投資効率(コストパフォーマンス)は過去最高額です。美しい帳簿になりましたね」
スカルバーグが、満足げに黒色のオオカミ耳を揺らしてデータパッドを閉じた。
「お疲れ様。見事な仕事だったわ」
タドコロは、ゆっくりと立ち上がり、ホログラムテーブルに映し出された広大な戦術地図――運河からさらに北、陸路で足止めを食らっている十三万の陸軍の赤い光の塊へと、その冷徹な視線を移した。
「さあ、海の掃除は終わったわ。次は……泥に足を取られて飢え始めている、巨大な肉の塊の処理に戻りましょうか」
大国の海軍が機能停止に追い込まれた運河の地獄。コホートの次なるタスクは、逃げ場を失い、飢餓と疑心暗鬼に蝕まれ始めたガイウス率いる陸軍本隊の、冷徹なる解体へと向かうのだった。