辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記   作:ホゲフガ

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第37話:空の座標

 

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第37話:空の座標

 

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パーパルディア遠征軍本陣。

総司令官ガイウス元帥は、血の気を失った顔で戦術地図を見下ろしていた。

 

陸の補給線は、姿の見えない爆撃と新型銃を持つゲリラの網に絡め取られ、完全に麻痺。頼みの綱であった海軍主力艦隊は、エストラ運河の水底からの未知の攻撃によって最新鋭装甲艦『パーパルディア』と飛竜母艦、補給船団を喪失し、水路のど真ん中で事実上の機能停止に陥っていた。

 

「……陸も、海も、奴らの見えない罠に完全に支配されている」

 

ガイウスは深く息を吐き、地図の上空――まだインクの汚れがない、唯一の空白地帯へと視線を移した。

 

「ならば、空だ。地上が機能しないのであれば、空から敵のゲリラを焼き払うしかない。――『第一から第三飛竜戦団』、および属州航空補助隊、全四百騎に全力出撃を命じよ」

 

それは、大国パーパルディアが誇る、最後の絶対的な切り札であった。

今回の遠征にあたり、皇国は本国の空を護るはずの最高精鋭、ワイバーンロード(飛竜王種)二百四十騎を投入。時速三百五十キロで空を切り裂き、航続距離は五百キロを超え、通常の飛竜より遥かに高い高度を飛ぶことができる大型の改良種である。さらに、数的な絶対優位を確保するため、東部属州で急遽かき集められた通常種ワイバーン百六十騎を加えた、総勢四百騎の大編隊がミューズの空へと解き放たれた。

 

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十三万の遠征軍の後方、比較的安全な平原に、工兵部隊が数日がかりで突貫構築した巨大な施設があった。それが、皇国飛竜軍の心臓部である『前進飛竜基地』である。

 

飛竜は、無尽蔵に空を飛べる魔法の生物ではない。彼らは大空を駆ける巨大な肉食獣である。特に大食らいの本国種ワイバーンロード二百四十騎と、通常種百六十騎、計四百頭の巨躯を戦線に投入し続けるためには、一日あたり数百トンにおよぶ大量の生肉と、数万リットルの澄んだ水が必要不可欠だった。

 

広大な基地には、それらを保管する巨大な飼料倉庫や貯水塔が立ち並び、獣医、飼育員、整備兵、工兵、魔導通信隊など、総勢四千人近い支援部隊が絶え間なく働き続けている。

 

「急げ! 第二戦団が帰還するぞ! 本国ロード用の特上肉と、通常種用の水を分けて用意しろ! 翼の被膜の傷をすぐに縫合するんだ!」

 

現場指揮官の怒号が飛び交う中、上空から巨大な影が次々と舞い降りてくる。特権階級とも言える本国のエリート竜騎士たちと、現地属州の竜騎士たちの間に微かな不協和音を孕みながらも、皇国の威信そのものとも言えるこの強大な空のロジスティクスが、十三万の軍勢の頭上を辛うじて支えていた。

 

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その日の午後。

ミューズ上空を哨戒していた第一飛竜戦団の一個中隊(十二騎)が、雲の隙間を縫うように飛ぶ奇妙な金属の鳥を発見した。コホートが放った、偵察ドローンであった。

 

「見つけたぞ! 陸の連中を苦しめている、姿なき悪魔の正体だ!」

 

ワイバーンロードに跨る本国流の竜騎士中隊長が、歓喜に顔を歪めて叫んだ。

 

「通常の飛竜なら追いつけん速度と高度だが、俺たちのロードなら届く! 散開して包囲しろ! 火炎弾で撃ち落とせ!」

 

ワイバーンロードたちが、通常種を引き離す速度で急降下を仕掛ける。機械的で直線的な回避行動を取るドローンに対し、生きた獣である飛竜たちは、生物特有の変則的かつ柔軟な三次元機動でその退路を塞いだ。

 

――グォォォォォォッ!!

 

数騎のロードが口を大きく開き、高熱の火炎弾を一斉に吐き出した。空中で交差した炎が、ドローンの左翼を正確に捉える。金属の装甲が溶け、ローターが火を噴き、ドローンは黒煙を上げながらミューズの荒野へと墜落していった。

 

「やったぞぉぉぉぉっ!!」

 

竜騎士たちが、空の上で拳を突き上げて歓喜の雄叫びを上げた。その報告は魔導通信を通じて即座にガイウスの元にも届き、沈みきっていた司令部はワッと喜びに沸き立った。

 

「見ましたか、閣下! 奴らの飛行機械を、ついに我が軍が撃墜いたしました!」

「所詮は機械仕掛けの玩具! 我が国のワイバーンロードの機動力と炎の前には敵わんのです! 奴らも無敵ではない!」

 

ガイウスもまた、久しぶりに安堵の息を吐き、力強く頷いた。敵の兵器は破壊できる。ならば、勝機はある。空の制空権さえ確保できれば、ゲリラも爆撃もすべて封じ込めることができるのだ、と。

 

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だが、その頃。

巨大グラヴシップ《プロスペリティ》の管制室では、歓喜どころか、氷のように冷徹な業務報告が行われていた。

 

「――うむ。予定通り、偵察ドローン3号機が撃墜された」

 

セキュリティ責任者のミウラが、ホログラムモニターに映る通信途絶の赤いエラー表示を見ながら、欠伸混じりに報告した。

 

「機体損失1。初期投資額から見れば微々たるものですが、無駄な赤字です」

 

スカルバーグが、コンソールをタップして冷たく指摘する。

 

「無駄じゃないわ、スカルバーグ」

 

タドコロは、扇子でホログラムの中心を指し示した。そこに映し出されていたのは、ドローンを撃墜して意気揚々と帰還していく飛竜たちの飛行軌跡(フライトベクトル)だった。赤外線とレーダー探知を複合した軌跡の線が、十三万の軍勢の後方にある一点へと、見事に収束していく。

 

「パーパルディア軍が、四百騎もの大型航空戦力を展開し続けるためには、必ず莫大な食料と広大な整備設備が必要になる。

ドローンを囮にして追跡させたことで……奴らの空の命綱である『飛竜基地』の正確な座標が、完全に露呈したわ」

 

ホログラムがズームされ、数千人の支援部隊が働く飛竜基地の全容が丸裸になる。

 

「あー、なるほどね」

 

生産主任のキムラが納得したように手を打った。

 

「四百騎全部と空中戦でいちいちドローンとドッグファイトしてたら、弾薬の消費がかさんでコスト割れしちゃうもんね」

 

「その通りです」

 

スカルバーグが黒色のオオカミ耳をピンと立てた。

 

「空を飛んでいる飛竜を撃ち落とすより、地上にある固定基地を破壊する方が、我が社にとって遥かに安上がりです。あの巨大な食糧の貯蔵庫と給水塔こそが、彼らの航空システムの致命的なボトルネックですね」

 

皇国海軍を機能不全に追い込んだ手法と同様、コホートの視線は、兵器そのものの強さではなく、それを支える脆弱な供給網の急所へと正確に定められていた。

 

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その日の深夜。

ドローン撃墜の祝勝ムードに包まれていた前進飛竜基地は、突然の破滅に見舞われた。

夜空から音もなく舞い降りた複数の『スカイサイス・ドローン』。彼らのターゲットは、竜舎で眠る四百騎の飛竜たちだけではなかった。

 

――ドガァァァァァァン!!!

 

最初に吹き飛んだのは、大量の生肉を保管していた飼料倉庫だった。次いで、巨大な貯水塔に小型ミサイルが直撃し、数万リットルの水が一気に基地内へと鉄砲水のように溢れ出す。さらに、負傷した飛竜を治療するための獣医施設と、通信塔の魔石が的確に爆砕されていく。

 

「て、敵襲だぁっ!! なぜここがバレた!?」

「火を消せ! 飛竜の餌が全部燃えちまうぞ!!」

 

整備兵や飼育員たちが絶叫しながら逃げ惑う。爆音と炎、あるいは溢れ出した水にパニックを起こした四百騎の飛竜たちが、鎖を引きちぎって狂ったように暴れ始めた。特に巨大なワイバーンロード二百四十騎の暴走は凄まじく、通常種を蹴り殺しながら、自らの炎の息で基地の天幕を焼き払っていく。

 

基地の機能は、一晩にして完全に崩壊した。

翌朝、その報告を受けたガイウス元帥は、血の気を失ったまま司令部の椅子に崩れ落ちた。

 

「飛竜の被害は……どうなっている……?」

 

「ろ、ロードおよび通常種は、暴走による同士討ちで数十騎が死傷したものの、大半は無事です! まだ三百五十騎近くが残っております!」

 

参謀が必死に叫ぶ。

 

「しかし……水と餌がありません! 獣医も設備も失われました! 特に大食らいの本国のロード種たちは数日と持たず、飢えて使い物にならなくなります! 現地の通常種を運用する属州兵たちの間でも、物資の配分を巡って不満が広がっております!」

 

飛竜はいる。戦力は残っている。だが、飛ばすための仕組みが完全に死んでいた。

 

「……出撃させろ」

 

ガイウスは、うわ言のように呟いた。

 

「ですが閣下! ロードたちも通常種も昨夜のパニックで疲弊し、腹を空かせています! この状態で出撃させれば――」

 

「飛ばさねば、地上も海も全滅するのだ!! 出撃させろ!! 飢えて飛べなくなる前に、敵の本陣を見つけ出して焼き払え!!」

 

総司令官の悲痛な叫び。それは、大国の空軍が機能不全に陥ったまま、無理やり死地へと駆り出される、防衛限界を超えた特攻命令に他ならなかった。

 

飢えと疲労で動きの鈍った三百五十騎の飛竜たちが、重々しい羽音を立てて空へと飛び立っていく。それを《プロスペリティ》の管制室から見つめながら、タドコロは手にした扇子を静かに閉じた。彼女の藍色の瞳は、ただ飢えた獣たちが自滅していくのを冷酷に待つための、対空防衛システムの稼働ログを淡々と見つめていた。

 

陸、海、そして空。大国の誇る十三万のすべての兵站システムが完全に寸断され、もはや正規の軍隊としての機能を失いつつあるパーパルディア皇国に、静かな崩壊の時が刻一刻と迫っていた。

 

 

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