辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記 作:ホゲフガ
38話:空戦の次元
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### 1. 最強の騎兵たち
東部属州都ミューズの荒野の上空、高度三千メートル。
分厚い雲海を突き破り、二百騎の巨大な影が一直線に空を切り裂いていた。パーパルディア皇国が誇る最強の航空戦力、第一から第三飛竜戦団――『ワイバーンロード』の主力編隊である。
その遥か後方と下層の高度には、属州軍からかき集められた補助兵の通常種ワイバーン百六十騎が追従し、総勢三百六十騎の翼が空を埋め尽くしていた。
本国精鋭の飛竜王種は、飛行速度が時速三百五十キロに達し、通常の通常種を遥かに凌駕する高度と航続距離を誇る。彼らに跨る竜騎士たちもまた、数多の戦場を生き抜いてきた皇国のエリート中のエリートであった。
「――各騎、高度を維持しろ! 索敵を怠るな!」
編隊の先頭を飛ぶ戦団長ヴァルゴが、風切り音に負けじと魔導通信器で檄を飛ばす。
彼らの顔には、焦燥と疲労が色濃く滲んでいた。前夜の前進飛竜基地への奇襲により、彼らの飛竜たちは十分な餌も水も与えられず、睡眠すら満足に取れていない。だが、それでも彼らは飛んでいる。皇国の誇りと、総司令官ガイウスから託された「敵本陣の発見と破壊」という絶対の特命が、彼らを空へと繋ぎ止めていた。
「ヴァルゴ隊長! このままミューズの深部へ向かえば、奴らの見えざる兵器の射程に入ります!」
副官が叫ぶ。
「恐れるな! 奴らがどれほど強力な爆発物を隠し持っていようと、我々ワイバーンロードの機動力と『目』から逃れることはできん!」
ヴァルゴは愛騎の硬質な鱗を力強く叩いた。
飛竜の視力は、数キロ先の地上のウサギの動きすら捉える。どんな大砲だろうと、発射の火煙が見えれば、ワイバーンロードの変則的な三次元機動で容易に回避できる。空という遮蔽物のない絶対領域において、彼らを超える存在など、この世界のどこにもいないはずだった。
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### 2. 視程外射程(BVR)の洗礼
しかし、彼らが信奉する目視による航空戦の常識は、巨大グラヴシップ《プロスペリティ》の防空レーダー網の前では、あまりにも脆弱な旧時代の遺物に過ぎなかった。
「――敵航空戦力、本国種・通常種含め総計四百。我が社の防空識別圏(ADIZ)に侵入した」
管制室のホログラムテーブルに、無数の赤い光点が鮮明に映し出される。
セキュリティ責任者のミウラは、コンソールのパネルに足を乗せたまま、退屈そうに電子アラームを聞いていた。
「腹を空かせたトカゲの群れか。可哀想に、拠点を焼かれて無理やり特攻させられたんだな」
「迎撃を。我が社の上空に、一匹たりとも獣を入れないで」
CEOタドコロが、扇子でホログラムを軽く叩く。
「了解、まずは第一層。……対空ミサイル、バーズアウェイ」
ミウラがキーを叩いた瞬間、ワイバーンロードたちの位置から数十キロも離れた荒野の数カ所に偽装されていた無人ミサイルポッドのハッチが一斉に開放された。
ズバババババッ!!!
白煙を引きながら、数十発の地対空ミサイルが音速を超えて大空へと打ち上げられた。
上空のヴァルゴたちは、はるか地平線の彼方から、細い白い糸のような煙がこちらへ向かって急速に伸びてくるのを目撃した。
「なんだ、あれは!? 魔法か!? 距離が遠すぎるぞ!」
皇国の常識では、魔法や大砲の射程はせいぜい数キロ。数十キロ先から放たれた攻撃など、届く頃には勢いを失って落ちるのが当然だった。だが、その白い糸は、減速するどころかマッハの速度で急接近してくる。
「散開しろ!! 回避機動!!」
ヴァルゴの叫びと共に、竜騎士たちは見事な手綱捌きでワイバーンロードを急旋回させた。巨大な獣たちが空中で急ブレーキをかけ、アクロバットな軌道で交差する。皇国空軍の練度の高さを示す機動だった。
だが、その兵器は、直線的に飛ぶ大砲の弾ではなかった。ミサイル先端のパッシブシーカーがワイバーンロードの巨大な熱源を感知し、彼らの回避機動に正確に追従して、空中で鋭角に軌道を変えたのだ。
「ば、馬鹿な!? 弾が、曲がって追ってき――」
――ドガァァァァァァン!!!
空中で近接信管が作動。ミサイルは直撃する直前に爆発し、空中に数万の鋭利なタングステン破片を激しく撒き散らした。ワイバーンロードの強靭な鱗と被膜が、紙切れのようにズタズタに引き裂かれる。
第一波のミサイル群だけで、空を飛んでいた本国精鋭の八十騎以上が、一瞬にして肉塊となり、血の雨となって墜落していった。
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「ひぃぃぃっ!?」
「隊長! 弾が、奴らの弾が生き物のように追ってきます!!」
姿すら見えない距離からのアウトレンジ攻撃によって、一瞬で主力の一角を消し飛ばされた竜騎士たちは、激しいパニックに陥っていた。だが、ヴァルゴは血を吐きながらも折れなかった。彼は愛騎の手綱を強く引き、さらに高度を上げた。
「恐れるな! 奴らの弾にも数に限りがあるはずだ! 突っ切れ! 肉薄して炎で焼き尽くせば我々の――」
その時、雲海を切り裂いて、流線型の黒い影が数十機、彼らの前に姿を現した。コホートの迎撃用自律無人戦闘機(ドローン)の群れである。
「来たぞ! 敵の機械鳥だ! 構えろ!!」
生き残ったワイバーンロードが一斉に大きく口を開き、灼熱の火炎弾を放とうとした。生物の頂点たる飛竜の、必殺の空中戦の構え。
しかし、ドローンのAIは、彼らと正面から撃ち合うことすら選ばなかった。ドローン群の機体下部から、強力な指向性スピーカーと、高輝度のストロボ・エミッターが展開される。
『――Initiating Electronic & Biological Warfare. (広帯域ソニックウェーブ、およびストロボ照射)』
パカァァァァッ!!!
失明を誘発するほどの強烈な閃光が空中で激しく点滅した。同時に、人間の耳には聞こえないが、飛竜たちの鋭敏な聴覚器官を直接破壊する特定の周波数の超音波が、上空一帯に照射散布された。
「ギャァァァァァァァァァァッ!!?」
ワイバーンロードたちが、空中で狂い悶えた。火炎弾は制御を失って明後日の方向へと吐き出され、自らの仲間の翼を焼く。
視神経を焼かれ、三半規管を破壊された飛竜たちは、上下の感覚すら失い、騎手の命令を完全に無視して空中で錐揉み状態に陥った。
さらに凄惨だったのは、高度の低い下層を飛んでいた属州の通常種百六十騎だった。ロード種が血の雨となって降ってくる恐怖と、脳を揺らす超音波の直撃を受け、属州の竜騎士たちは「エリートの巻き添えで死んでたまるか」と完全に戦意を喪失。手綱を翻し、蜘蛛の子を散らすように四方へと脱走を開始した。
それは誇り高き空中戦などではなかった。生物の持つ感覚器官の脆弱性を、テクノロジーという無機質なシステムで一方的に麻痺させる、冷徹な駆除作業であった。
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### 4. 駆除完了
「あーあ。動物相手にフラッシュバンと指向性音波は、ちょっと可哀想だったか?」
管制室で、ミウラが肩をすくめる。
「ですが、対空ミサイルの消費を予定の12%に抑えることができました。通常種の脱走による自壊も含め、投資効率としては完璧です」
財務チーフのスカルバーグが、満足げに黒色のオオカミ耳を揺らしながら、冷徹にコスト計算を弾き出した。
「トドメを刺しなさい」
タドコロの短い命令に従い、ミウラがキーを叩いた。
空中で狂乱し、統制を失ってただの巨大な的と化したワイバーンロードたちへ向けて、無人戦闘機たちが冷酷に殺戮を開始した。高出力レーザーの雨が、もがき苦しむ飛竜たちの頭部を、翼を、そして騎手たちを次々と正確に切り裂いていく。
「これが……これほどの理不尽が……」
ヴァルゴは、全身を撃ち抜かれ、死にゆく愛騎と共に雲の下へと落下しながら、遠くミューズの荒野を見た。
そこには、要塞の影すらない。ただ荒野にポツンと佇む《プロスペリティ》と、無数の自動タレットが整然と並んでいるだけだった。
大砲の撃ち合いもない。竜騎士の誇りを賭けた格闘戦もない。ただ、目に見えない距離からレーダーで捕捉され、ミサイルで砕かれ、電子戦で感覚を奪われ、一方的に消去された。彼らは、コホート・コーポレーションという、全く異なるパラダイムのシステムによって、ただの害獣として処理されたのだ。
パーパルディア皇国が誇る最強の航空戦力は、敵の基地に到達することはおろか、敵の姿を正しく認識することすら叶わず、ミューズの空で完全にその生命線を断たれた。
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### 5. 盲目の巨人
数時間後。パーパルディア遠征軍本陣。
ガイウスの前に置かれていた、第一から第三飛竜戦団との通信用魔石が、パチン、と乾いた音を立てて砕け散った。それは、航空戦力の完全な喪失を意味する合図だった。
「……全滅……だと?」
参謀たちが、魂を抜かれたように膝から崩れ落ちた。
「あのワイバーンロード二百騎が、属州の飛竜共、たった数時間で……。敵の拠点にたどり着くこともなく、落とされたというのか……」
司令部は、死に絶えたような静寂に包まれた。海軍が沈み、陸の補給線が切断され、最後の命綱であった空の目すらも完全に失われた。
ガイウスは、砕け散った通信魔石の破片を、震える手で静かに拾い上げた。有能なる将帥である彼は、現在の自軍の状況を、誰よりも正確に理解していた。
糧食は、残り数日分。
水路は封鎖され、退却することもできない。
陸路はゲリラに囲まれ、前進するごとに物資が燃える。
そして空の目を失った今、敵がどこから来るのかすら、一切感知できない。
「……我々は」
ガイウスは、血の気を失った唇を震わせ、広大な荒野を見つめて呟いた。
「我々十三万は……目隠しをされ、足を縛られ、胃袋を空にされたまま、見えない処刑台へと歩かされているのだな……」
物流を破壊され、海軍を沈められ、航空戦力を電子戦で無力化された大国パーパルディア。十三万という大軍勢は、前線での本格的な交戦を経験せぬまま、ただ飢えて自滅を待つだけの巨大な肉の塊へと変質していた。戦う前からシステムを完全に解体された彼らの足元に、内部からの瓦解という、冷徹な計算通りの結末が刻一刻と迫っていた。