辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記 作:ホゲフガ
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### 39話 届かない報せ
第三文明圏の頂点に君臨する、パーパルディア皇国。
その中心である皇都エストシランドの白亜の宮廷には、この日、重苦しい苛立ちと不気味な静寂が満ちていた。
豪華な円卓会議室。玉座に腰掛ける皇帝ルディアスの前で、軍務と外務のトップたちが顔を突き合わせている。彼らの苛立ちの原因は一つ――東部属州都ミューズへと派遣した、ガイウス率いる十三万の遠征軍本隊からの定期魔導通信が、昨夜から完全に途絶えていることであった。
「――あり得ませんな」
沈黙を破ったのは、皇軍最高司令官アルデであった。彼は苛立たしげに豊かな髭を撫でつけ、鼻で笑った。
「我が国の陸軍十三万と、バルス海将の率いる最新鋭艦隊は、間違いなく第三文明圏において最強の矛です。たかが数百の商人の拠点など、すでに火の海になっていて然るべき。通信の途絶も、現地の魔導環境の悪化か、あるいは中継所の機材トラブルでしょう」
「しかし、人々の間では、我が軍の補給線が壊滅状態にあるという不穏な噂が流れていますが」
外務局の幹部であるエルトが、懸念を示すように口を挟む。
「エルト局長、属州の愚民どもが流す流言飛語をいちいち真に受けるものではありませんわ」
アルデの言葉に同調するように、豊かな金髪を揺らして冷笑したのは、この戦争の引き金を引いた張本人――皇后レミールであった。彼女は扇で口元を隠し、傲慢な笑みを浮かべる。
「ガイウスは慎重すぎるのです。我が国の威信を見せつけるため、ネズミ一匹残さず炙り出している最中なのでしょう」
「……ガイウスは何をしている」
皇帝ルディアスが、低く冷たい声で呟いた。
「たかが一企業の懲罰に、これほどの時間をかけるとは。皇国の威信に傷がつくではないか」
その時だった。会議室の重厚な扉が、複数の衛兵の制止を振り切るような乱暴な音を立てて開け放たれた。
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### 2. 生還者の証言
「へ、陛下ッ!! お許しください! 緊急の、緊急の報告がございます!!」
衛兵に抱え込まれるようにして転がり込んできたのは、煤と泥に塗れ、海軍の軍服がボロボロに引き裂かれた一人の士官だった。彼は右腕を失っており、包帯から滲む血が宮廷の美しい絨毯を赤く汚している。
「何事だ! 貴様、バルス海将の艦隊に所属する士官だな! なぜこんな無様な姿で皇都にいる!」
アルデ最高司令官が怒鳴りつける。
「……全滅……いたしました……ッ!」
海軍士官は床にすがりつき、ガタガタと全身を激しく震わせながら泣き叫んだ。
「我が艦隊は……エストラ運河の中央で、完全に沈黙いたしました! 補給船団はすべて轟沈! 『アウレリア』『ヴィクトリア』の両飛竜母艦は炎上して沈没! バルス海将閣下のお乗りになっていた最新鋭装甲艦『パーパルディア』も、水底からの攻撃によって竜骨を真っ二つにへし折られ、爆沈いたしました……ッ! 割れた巨躯が狭い運河のど真ん中に座礁し、水路を完全に塞いでしまったのです! 後続のフリゲートや帆船は前進も後退もできず、身動きの取れぬまま一方的に破壊されました!」
「なっ……!?」
皇帝ルディアスが玉座から身を乗り出し、アルデは血の気を失って数歩後ずさった。レミールの顔から、一瞬にして余裕の笑みが剥がれ落ちる。
「ば、馬鹿なことを言うな! 装甲艦が折れただと!? 運河で何があった!」
「分かりません!! 見えない敵なのです!!」
士官は恐怖で完全に瞳の焦点を失ったまま絶叫した。
「砲撃の煙も、魔法の光もありません! 空にも両岸にも、敵の姿はどこにもありませんでした! ――ただ、突然、水面下から見えない巨大な力で船底を直接食い破られたのです! 我々は敵の姿を一度も見ることすらできず、手も足も出さずに艦隊を全滅させられました!」
白亜の会議室が、完全に凍りついた。海軍が全滅した。しかも、敵の姿を一度も見ることなく。それは、彼らの知る戦争の常識からあまりにもかけ離れた、理解不能な惨劇であった。
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### 3. 空の喪失
「で、では……陸軍はどうなっている!?」
アルデが、震える手で海軍士官の胸ぐらを掴む。
「ガイウスの十三万はどうなった! すぐに本国へ退却し、陣を立て直すよう――」
「退却は不可能です、アルデ司令官閣下」
青ざめた顔で新たな報告書を手にした伝令魔導士が、会議室へと駆け込んできた。その声は、絶望に染まりきっている。
「先ほど、ミューズの後方に構築された前進飛竜基地からの通信が完全に途絶しました! 途絶の直前、通信魔導士から『基地施設、飼料倉庫、および貯水インフラが、空からの正体不明の爆撃により完全破壊された』との悲鳴が届いております! さらに、周辺の民間魔導波を傍受して情報を統合した結果、出撃していた航空戦力四百騎が完全崩壊した模様です! 本国精鋭のワイバーンロード二百四十騎は全滅、その凄惨な光景を高度の下層で目撃した属州の通常種百六十騎は戦意を喪失し、四方へ脱走いたしました!」
「…………ッ!!」
ついに、会議室から一切の音が消え失せた。
皇国海軍、壊滅。
皇国航空戦力、完全喪失。
陸軍十三万、通信途絶および補給路の完全寸断。
「嘘ですッ!!」
沈黙を切り裂いたのは、レミールの狂乱したような金切り声だった。彼女はガタガタと震えながら立ち上がり、血走った目でアルデを睨みつけた。
「あり得ません! たかが数百の商会が、我が国の誇る海軍と飛竜戦団を全滅させただと!? お前たち軍部が無能なだけではないか! 陛下、直ちにガイウスを更遷し、近衛軍を派遣して奴らを一匹残らず皆殺しに――」
「黙れ、レミール」
静かだが、氷のように冷たい声が彼女のヒステリーを遮った。第三外務局長カイオスである。
「貴様はまだ、自分がどんな怪物を目覚めさせたのか、これっぽっちも理解していないのだな」
「なっ……何ですって、カイオス局長!?」
レミールの怒鳴り声を完全に無視し、カイオスは冷や汗を流しながら、山のように積み上げられた各所からの被害報告書を睨みつけていた。
ドローンによる輜重隊のピンポイント爆破。
最新鋭のライフルを持ったゲリラによる、要所となる橋と倉庫の放火。
装甲艦だけではなく、竜母と補給船を的確に沈めて水路を物理的に閉塞させた水中の見えざる兵器。
そして、飛竜そのものではなく飛竜基地というインフラを爆破して空の目を潰した夜間空爆。
すべての点と点が、カイオスの冷徹な頭脳の中で、一本の最悪な線として結びついていた。
「……違う」
カイオスは震える声でポツリと呟いた。その異常な気配に、アルデやエルト、そしてレミールが視線を向ける。
「何を言う、カイオス局長。何が違うというのだ!」
カイオスは報告書を机に叩きつけ、恐怖に見開かれた目で、宮廷の天井――はるか東、属州の荒野に座するコホートという不気味な組織の影を見つめた。
「これは……戦争ではないのです」
「戦争ではないだと!? 現に我が軍は壊滅しているではないか!」
「ですから、彼らは我々の軍隊を打倒することを目的にしていないのです!」
カイオスは、血の滲むような声で叫んだ。
「前線へ送る食料。武器を運ぶ輸送路。軍の目となる通信網。空を支える飛竜基地。そして、兵を運ぶための運河と艦隊の補給船!
奴らが破壊しているのは、兵士の命ではありません!
補給(ロジスティクス)、輸送、通信、兵站! ――奴らは、我々パーパルディア皇国という『国家を支える機能』そのものを、内側から完全に解体しに来ているのです!!」
「馬鹿なことを言うな!」
アルデが激昂して机を強く叩いた。
「直ちに第二遠征軍を編成する! 本国に残る予備兵力と周辺の属州軍をかき集め、属州へ進軍してガイウスたちを救出――」
「無理です」
カイオスの冷徹な一言が、最高司令官の言葉を完全に遮った。
「何?」
「海軍の主力艦隊は、運河の底に沈みました」
カイオスは絶望的な数字が並ぶ報告書から目を上げず、淡々と告げた。
「空を飛ぶ飛竜戦団は全滅しました。そして何より、東部遠征軍十三万が失われれば、我が国の陸軍常備兵力の大半も失われることになります。
――現在のパーパルディア皇国には、ガイウス元帥を救出する力など、もはやどこにも残されておりません」
玉座の間に、死のような沈黙が降りた。自らの傲慢な行いが招いた、真の破滅の形。レミールはその場にへたり込み、音もなく唇を戦慄かせる。皇帝ルディアスが、玉座の上で幽鬼のように呟いた。
「……つまり」
「はい、陛下」
カイオスは顔を上げ、氷のように冷たい現実を宮廷の全員へ宣告した。
「ミューズの荒野で孤立した十三万は……すでに見捨てられた軍なのです」
完全なる沈黙が、皇都エストシランドを包み込んだ。
大国パーパルディアの威信は、戦場での英雄的な敗北によってではなく、経営概念の上での機能停止という無機質な結末によって、その基盤を根底から解体されようとしていた。飢えと絶望の地獄が口を開けて待つ、見捨てられた前線の泥沼を残して。