辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記   作:ホゲフガ

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第40話:見捨てられた十三万

 

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## 第40話:見捨てられた十三万

 

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東部属州、荒野の只中。

パーパルディア皇国・東部遠征軍の本陣は、進むことも退くこともできず、その場に巨大な野営地を構築して完全に停止していた。本国からの通信は途絶え、空の目は失われ、周囲の物流ルートはすべてレジスタンスとステルスドローンの網によって寸断されている。

 

「……本日の配給は、以上だ」

 

輜重将校が、泥のように濁ったスープを配り終え、空っぽになった巨大な木樽を虚ろな目で叩いた。並んでいた数百の歩兵たちから、怒号と悲鳴が上がる。

 

「ふざけるな! 昨日から一口も食ってないんだぞ! スープの具も、ただの雑草と革靴の切れ端じゃないか!」

 

「食料はどこにある! 我々は天下の皇国軍だぞ! なぜこんなひもじい思いをしなければならないんだ!」

 

「無いものは無いのだッ!!」

 

輜重将校が半狂乱になって叫び返す。

 

「レジスタンスに輸送隊を焼かれ、飛竜の前進基地も燃やされた! 周辺の村に略奪に行こうにも、村人は最初から井戸に毒を撒いて逃げ去った後だ! もう我々の陣には、パンの一欠片、小麦の一粒すら残っていない!」

 

十三万という数字。それは、大国が敵を圧殺するための絶対的な暴力の質量であった。しかし、ひとたび外部のインフラから切り離されれば、それはただの「十三万の巨大な胃袋」へと変貌する。彼らは敵と戦う前に、自らの肥大化した肉体が消費する莫大な兵糧によって、内側から凄まじい速度で飢餓へと向かっていた。

 

 

 

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補給が途絶えてから五日目。

誇り高き大国の軍営は、すでに地獄の様相を呈していた。

 

規律正しい戦列歩兵たちは、泥に塗れ、窪みに溜まった雨水を啜って飢えを凌いでいた。不衛生な環境と、濁水を飲んだことによる赤痢が陣営内で爆発的に蔓延する。医療テントからは絶え間なく苦悶の呻き声が響くが、医薬品も清潔な包帯も、後方物流の破壊によってすべて失われていた。

 

「もう嫌だ……こんな泥の中で、腹を下して死ぬなんて……」

 

若い兵士が一人、枯れ木にロープを掛け、自らの首を吊った。餓死や病死の苦しみから逃れるため、自ら銃の引き金を引いて命を絶つ者が後を絶たなくなった。

 

夜になれば、絶望した兵士たちの脱走が相次いだ。

彼らは前装式ライフルを捨て、暗闇の荒野へと逃げ出していく。だが、その大半はコホートから支給された暗視ゴーグルを持つレジスタンスの狙撃の的になるか、あるいは自律型ドローンに座標を特定され、荒野で一方的に処理されていった。

 

残された兵士たちは、脱走兵の死体が転がるのを見て、もはや自分たちがこの荒野という巨大な牢獄に閉じ込められていることを完全に悟った。

 

「肉だ……。肉を食わせろ……!」

 

飢えと疑心暗鬼、そして極限のストレス。コホートの計算通り、陣営内のは臨界点を突破しつつあった。ついには、死んだ仲間の肉を巡って食人行為までもが横行し始め、同じ部隊の兵士同士が血みどろの殺し合いを始める事態にまで発展していた。

 

 

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飢餓七日目。

限界に達した兵士たちの怒りは、ついに指揮官たちへと向かった。

 

――パーンッ!!

乾いた銃声が響き、兵士たちを鎮圧しようとした中隊長が、眉間を撃ち抜かれて崩れ落ちた。

 

「貴族の将校どもは、こっそりテントで乾パンを食っているんだろう! 俺たちをこんな地獄に連れてきておいて、自分たちだけ生き残る気か!」

 

「食い物を出せ! 将校のテントを漁れ!!」

 

飢えと疫病に苦しむ数千の兵士たちが、暴徒と化して指揮官の天幕へと殺到する。それを止めようとした憲兵隊が発砲し、陣営のあちこちで反乱の火の手が上がった。

もはや、そこには第三文明圏最強と謳われた軍隊の姿はなかった。指揮系統は完全に崩壊し、ただ生き延びるために仲間から食料を奪い合う、飢えた野獣の群れ。それが、十三万の遠征軍の成れの果てであった。

 

 

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同じ頃。《プロスペリティ》の中央管制室。

メインホログラムには、パーパルディア遠征軍本陣の熱源データが不気味に明滅していた。

 

「――遠征軍の組織的戦闘能力が実質的なゼロ以下に低下。暴動による内紛が発生しています」

 

財務チーフのスカルバーグが、黒色のオオカミ耳をピンと立て、淡々と報告した。

 

「兵站の寸断による自壊率が予定数値を達成しました。これより、潜在的な残存リスクの排除へ移行することを推奨します」

 

「セキュリティ部、準備はいい?」

 

タドコロが、手にした扇子を静かに閉じて問いかける。

 

「待ってたぞ、タドコロ」

 

セキュリティ責任者のミウラが、腕を鳴らして凶悪な笑みを浮かべた。

 

「正面から戦うと弾薬コストがバカにならなかったが、統制を失って一箇所に固まった暴徒の群れだ。ただのスクラップ処分と変わらん。全自動迫撃砲陣地、および前線戦闘ドローン『スカイサイス』、全アセット稼働。……処理を執行する」

 

ミウラがコンソールのメインキーを叩いた瞬間、荒野の静寂が、無機質な機械の咆哮によって破られた。

 

――ヒュロロロロロロロ……ッ!!

 

パーパルディアの陣営上空から、突如として無数の金属の風切り音が降り注いだ。暴動に沸き立っていた兵士たちが、本能的な恐怖に戦慄して天を見上げる。

 

――ズドォォォォォォォォン!!!!!

 

コホートが誇る、高精度自動迫撃砲の飽和一斉射。

内側から崩壊しかけていた巨大な野営地が、一瞬にして閃光と爆炎の嵐に包まれた。前装式ライフルを掲げて暴れていた兵士も、天幕に引き籠もっていた将校も、関係なく平等の爆炎によって消し飛ばされていく。

 

さらに炎上する煙を割って、夜空から数十機の攻撃ドローン『スカイサイス』が急降下。逃げ惑う敗残兵の群れに対し、高出力レーザーの容赦ない斉射を浴びせ、大地の肉の塊を次々と均(なら)していった。英雄的な交戦など存在しない。それは、ただ組織の活動を完全に停止させるための、圧倒的な火力の投射であった。

 

 

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本陣の小高い丘に設営された、総司令官の天幕。

ガイウス元帥は、降り注ぐ迫撃砲弾やレーザーによって物理的に「解体」されていく自軍の陣営を、死人のような虚ろな目で見下ろしていた。彼の傍らには、もはや数名の側近と、執行官ヴェルナーしか残っていない。

 

自らの愛した、誇り高きパーパルディアの戦列歩兵たちが、理性を失い、互いを殺し合った末に、未知の光によってゴミのように一掃されていく。

 

「……閣下。もはや、防衛線すら存在しません」

 

ヴェルナーが、乾いた声で告げた。

 

ガイウスは、剣を抜くことすらしなかった。押し寄せるレーザーの閃光が、彼の老いた顔を青白く照らし出す。

 

「コホートは……」

 

ガイウスは、乾ききった唇を動かした。

 

「奴らはこれまで、我々にただの一発の砲弾も撃ち込まなかった。戦う価値すら認めず、飢えさせて自滅するのを冷酷に待っていたのだ。そして、我が軍が完全に崩壊したこの瞬間……ただの残骸を片付けるように、最後の掃除を始めた。

彼らは我々を『攻撃』して倒したのではない。我々を……皇国という国家のシステムから、ただ物理的に切り離しただけなのだ」

 

ガイウスの頬を、一筋の涙が伝い落ちた。

 

「補給が絶たれれば、兵は飢える。飢えれば、獣に返る。獣に返れば、軍隊は自らの重みで自壊する。そして、無力な肉の塊に戻ったところを、帳簿から消し込むように消去する。……これほどまでに冷酷で、これほどまでに合理的な殺戮を、私は知らない」

 

銃火を交えることすら許されぬまま、ロジスティクスという生命線の前には、大国の誇りも勇気もすべてが無意味だった。有能なる将帥は、押し寄せるドローンの影を前にして、軍人としての敗北ではなく、生物としての敗北を噛み締めながら、ただ静かに目を閉じた。

 

同じ頃。《プロスペリティ》の管制室。

メインホログラムの赤い熱源データが次々と消灯し、完全な資産の清算を告げる緑色のログが流れていく。

 

「対象エリア内の全アセットの排除、完了。皇国陸軍東部遠征軍、殲滅」

 

ミウラの報告を受け、タドコロは手にした扇子を静かに開いた。その藍色の瞳には、残酷な地獄絵図に対する憐憫も、十三万を打ち破った高揚感も一切存在しない。あるのはただ、不健全な将来リスクを帳簿の上から完全に消し去った、冷徹な経営者としての安堵だけだった。

 

「これにて、物流阻害戦『破産プロトコル』をクローズ。……さあ、邪魔な障害物はすべて片付いたわ。次の作戦フェーズへ移行しましょう」

 

英雄的な決戦によってではなく、システムを解体されたことによる醜悪な自壊、そして冷徹な減損処理という形で、大国パーパルディアの十三万は荒野の塵へと還った。企業側の圧倒的な勝利によって、第三文明圏のパワーバランスは、今、音を立てて崩壊しようとしていた。

 

 

 

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