辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記 作:ホゲフガ
# 第4話:戦略の黎明(不遜なる総督と、冷徹な統治計算)
## 1
巨大コロニー『プロスペリティ』の最高作戦指令室(コマンダールーム)。
白亜の壁面に囲まれた室内の中心で、ハンスによって「保護」されたレジスタンスの青年ハキは、あまりの恐怖に直立不動のまま硬直していた。
彼の正面には、豪奢なデスクに腰掛け、優雅に扇子をパタパタと動かす和装の狐耳美女――タドコロ。
左右には、重厚なマリーンアーマーを着こんだミウラと、血走った目でデータパッドを睨みつけるウサギ耳の青年キムラが、冷徹な目でハキを見つめている。
「――それで? あなたたちのレジスタンス組織は、その『パーパルディア皇国』とやらに勝てる見込みがあるの?」
タドコロの鈴を転がすような、しかし骨の髄まで凍りつかせるような声が、ハキの脳内に直接響いた。微弱な精神波(サイキック)のプレッシャーだ。
「か、勝てるわけがないだろう……!」
ハキは歯をガタガタと鳴らしながら、必死に声を絞り出した。
「あいつらは第三文明圏の覇者だぞ……! 本国には数十万の戦列歩兵に、空を飛ぶ飛竜騎士部隊、海を埋め尽くす魔導戦列艦隊を持っているんだ! 俺たちは、ただ不当な略奪や奴隷狩りに抵抗しているだけの、ちっぽけなレジスタンスだ……!」
「……なるほど。完全な『負けイベント』に突っ込んでいる弱小派閥ね」
タドコロは藍色の瞳を細め、フッとため息をついた。
「タドコロ、彼が持っていた羊皮紙の地図から地理データと言語サンプリングのデコードが完了したよ」
キムラが、長いウサギ耳をピンと立ててデータパッドを提示した。コホート社の解析システムは、ハキの証言と、ハンスが回収したパーパルディア兵の遺品から、この世界の構造を急速に暴きつつあった。
「ここは『第三文明圏』と呼ばれる地域の、パーパルディア皇国が支配する属領の辺境だ。彼らの技術レベルは、旧時代のマスケットや前装式の大砲。……我が社のチャージ兵器や自動タレットの前には、ただの原始的な肉壁に過ぎないね」
「軍事的な脅威度はほぼゼロ、だな」
ミウラが半透明の触角をピクリと動かした。
「ハンスの報告通り、奴らのマスケット銃の鉛玉は、我が社のシールドの表面で一発も貫通せずに霧散した。……戦えば、数分で一方的に解体できる」
「――ダメよ。無意味な大虐殺は、経営者として最悪の選択肢だわ」
タドコロは扇子をぱちんと閉じ、立ち上がってホログラムの広域マップを見つめた。
「私たちは、世界征服をしにここへ来たわけじゃないの。生き残り、資本を拡大するための『巨大な市場(マーケット)』を探しているのよ。パーパルディアという国が数十万の兵力を持ち、この海域の流通とインフラを握っているなら……彼らは破壊すべき敵ではなく、我が社の製品を売り捌くための最高の『優良顧客』だわ」
タドコロの行動指針は、冷徹極まるものだった。
自分たちが表立って現地の統治者になることを彼女たちは嫌っていた。行政の責任、食料の配給、インフラの維持、工程の最適化、そして不満を持つ民の管理――そんな『利益を生まない無駄な行政コスト』を背負うのは、経営効率として最悪だからだ。
「ハキ君の村を直接支配するのではなく、我が社の下請けとして機能させるのよ。キムラ、彼らに提供できる最小限のインセンティブ(エサ)は何があるかしら?」
「そうですね……。我が社の栽培プラントで余っている、栄養価だけは高い『栄養ブロック』の支給。それから、彼らの使う粗末な農具を、全自動工場で出た鉄くずを使って『スチール製の農具』へ無償でアップグレードしてあげるのはどうですか?」
キムラが事務的に答えた。
「それだけで、前近代的な彼らの農業生産力は数倍に跳ね上がります。彼らには『コホート社は、汗水を流して働く善良な民には富を授けてくれる、人道的な企業だ』と錯覚させておくんです。そうすれば、彼らは進んで我が社の全自動工場の原材料(木材や鉱物)を、格安の労働力として運んでくるようになりますよ」
力で屈服させるのではない。自発的にコホート社の経済圏に依存し、喜んで搾取される構造を構築する。これが、過酷な辺境惑星(リム)を生き抜いた彼女たちの冷徹な智慧だった。
「話は決まりね。ハキ君、あなたは我が社の『現地常駐の外部コンサルタント』になってちょうだい。あなたの村への略奪は、我が社の地上部隊(ハンスたち)が実戦訓練を兼ねて『人道的に』排除してあげるわ」
ハキは、目の前の狐耳の美女が放つ圧倒的なオーラに、震えながら頷くしかなかった。彼らは綺麗事のヒーローではない。自らの利益のために、現地民すらも合法的に飼い慣らしていく「本物の怪物(メガコーポ)」なのだ。
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## 2(幕間:怪物たちの白亜要塞)
白すぎる――。
それが、ハキが最初に抱いた感想だった。
案内された部屋の壁も、床も、天井も、何もかもが異様なほど白い。石造りにも見えるが、村で見慣れた粗い岩壁とはまるで違う。継ぎ目すら見当たらず、まるで巨大な一枚板を削り出したようだった。
しかも、不気味なほど清潔だった。
血の臭いがしない。汗の臭いも。湿気も。煙も。
ただ、どこか薬品めいた冷たい匂いだけが漂っている。
(なんなんだ……ここは……)
ハキは椅子に座ることもできず、部屋の隅で硬直していた。
頭上では、白い光が昼のように室内を照らしている。だが、火の気配はどこにもない。松明もランプも存在しないのに、なぜこんな光が生まれるのか理解できなかった。
低い機械音が壁の向こうから絶えず響いている。
ゴウン、ゴウン……という重低音。
まるで巨大な怪物の心臓が脈打っているようだった。
(ここ、本当に人間の住む場所なのか……?)
彼は思い出していた。林で遭遇した灰色の装甲兵たち。自分たちの常識を完全に踏み潰した、あの戦闘。皇国兵のマスケット銃がまるで通じず、逆に放たれた青白い光の弾丸は、人間の肉体を鎧ごと破裂させた。
魔法ではない。あれは、もっと別の何かだ。神代の呪いか。あるいは本当に“別世界の兵器”なのか。
「……失礼します」
不意に、自動扉が横へ滑るように開いた。
「ひっ!?」
ハキは反射的に身構えた。
入ってきたのは、ウマの耳と尻尾が生えた獣人の女性だった。白衣を纏い、茶色の髪を後ろで束ねている。年齢は二十代後半ほどに見えるが、その瞳には妙な無機質さがあった。感情が薄い。まるで人形だ。
「医療部門所属、アンドゥです。健康状態の確認を行います」
「い、医療……?」
「はい」
彼女は当然のように答えると、腕に装着していた金属端末を操作した。
直後、ブゥン、と低い音を立て、青白い光がハキの全身を走査した。
「うわっ!?」
「動かないでください。診断中です」
ハキは青ざめた。光だ。光が身体を通り抜けている。だが痛みはない。むしろ妙に身体が軽くなる感覚すらあった。アンドゥは端末を見ながら淡々と呟く。
「栄養失調。軽度脱水。筋繊維損傷。慢性的疲労。睡眠不足。ストレス値高。……典型的な低文明圏レジスタンス兵士ですね」
「て、低文明……」
あまりに自然に見下された。だが、怒る余裕すらない。彼女の口調には悪意が存在しなかった。本当に“事実”として述べているだけなのだ。
「処置します」
「え?」
次の瞬間、アンドゥが取り出した細い器具が、ハキの首筋へ突き刺さった。
「っづぁ!?」
「鎮静剤と栄養剤です」
熱が身体へ広がる。すると、今まで鉛のように重かった全身の疲労が、嘘のように薄れていった。
「な、なんだこれ……」
「医薬品です」
あまりにも簡単に言う。ハキは恐怖した。皇国ですら、高級治癒魔法士でもなければ重傷は簡単に治せない。だが彼女たちは、薬一本で人間を回復させている。それも当然のように。
「……怖いか?」
「っ!?」
気づけば、扉の横にハンスが立っていた。
灰色のマリーンアーマーを脱いだラットキンの青年。長いネズミ耳が静かに揺れている。ハキは喉を震わせた。
「お、お前たちは……一体何者なんだ……」
ハンスは少し考えるように目を細めた。
「難しい質問だね」
彼は壁へ寄りかかった。
「君たちから見れば、ボクたちは奇異に見えるだろう。でも、ボクたちは別に世界を滅ぼしたいわけじゃない。ただ、生き残りたいだけなんだ」
ハンスの声は静かだった。だが、その静けさの奥に、ハキには理解できない何かがあった。修羅場。死線。何千何万という殺戮。そういうものを越えてきた人間だけが持つ、妙な落ち着き。
「……生き残る?」
「そう。辺境(リム)では、弱いコロニーはすぐ死ぬ。襲撃、飢餓、疫病、熱波、メカノイド軍団……。ボクたちは、そういう地獄を何年も生き延びてきた」
彼は笑った。だがその笑みは、どこか壊れていた。
「だから効率を重視する。損失を嫌う。無駄を排除する。そうしなければ死ぬからね」
ハキは言葉を失った。目の前の青年は穏やかに話している。なのに、その価値観は、人間というより“災害”に近かった。
「……君の村は助けるよ」
「え……?」
「皇国軍が来れば、また略奪されるんだろう? それ、我が社にとって非効率なんだ」
やはり理解できない。正義ではない。怒りでもない。哀れみですらない。利益、効率。ただそれだけで、この怪物たちは国を敵に回す。
「君たちは運が良かった。タドコロが“価値あり”と判断したからね」
ハンスは扉へ向かいながら言った。扉が閉まり、再び静寂が戻った。
ハキは震える手で、机の上に置かれた灰色の固形食を見つめた。一口食べる。
「……うっ」
酷い味だった。木屑と泥を混ぜて練り上げたような不快な味。だが次の瞬間、胃の奥から凄まじい力が湧き上がってくる。疲労が完全に消え去り、思考が冴え始める。信じられない効率で栄養が身体へ吸収されているのだ。
ハキは窓の外を見た。
夜の平原。そこには、巨大な白亜の要塞都市が広がっていた。空を飛び回る発光体。自動で動く鉄の機械。巡回する装甲兵。遠方では、巨大な工場群が赤い光を放ちながら休まず稼働している。
まるで神々の都市だった。そしてハキは本能で理解し始めていた。
自分たちの世界へ、決して来てはいけないものが来てしまったのだ、と。
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## 3
一方、パーパルディア皇国第三文明圏東部属領の総督府が置かれている都市、ミューズ。
パーパルディア皇国属州統治のために築かれたその城塞は、周囲の農村とは比較にならぬ威容を誇っていた。白い石造りの外壁、魔導灯に照らされた中庭、整然と並ぶ火薬庫と兵舎。
その中心部、贅を尽くした大理石の総督執務室に、ラーク総督の凄まじい怒号が響き渡った。
「――全滅だと!? たかが貧しい農村の臨検に向かった小隊が、正体不明の『ネズミの獣人ども』に一瞬で屠られたというのか!」
高級な絨毯の上で平伏している男は、およそ軍人の体裁すら保っていなかった。
ハンスたちのチャージライフルによる爆砕から、命からがら逃げ延びた小隊長ラルヴァだ。
軍服は泥と血で汚れ、顔面はハキに殴られたままで赤黒く腫れ上がり、猪のようになっていた。右脚の応急処置の布からは、なおも血が滲み出している。
「は、はい……! 臨検中、レジスタンスを追跡していたところ、未知の武装勢力による襲撃を受け……! 敵はわずか8名! しかし、我々の銃撃を謎の“魔法障壁”で完全に弾き返し、その上で、見たこともない魔導兵器を使用したのです! 命中した瞬間に肉体を鎧ごと爆砕する青白い光の弾丸……あ、あれは間諜などという生易しいものではありません、悪魔です!」
「黙れ、この無能な豚がッ!」
ラーク総督は激昂し、机の上の高級なガラス器をラルヴァの頭へ叩きつけた。ガシャン、と鋭い破砕音が響き、ラルヴァが悲鳴を上げて床にのたうち回る。
大国パーパルディアの正規兵が、猿以下と見下している亜人の、それも「獣人」ごときに敗北したなど、本国に知られれば総督としての自身の面子は完全に泥にまみれる。パーパルディア皇国において、獣人などただの家畜、奴隷扱いに過ぎないのだ。
「誇り高き皇国軍人が、たかが獣人風情に敗北しただと!? しかも“未知の魔法”などと敗北の言い訳を口にするとは、恥を知れ!!」
ラークはゆっくり立ち上がった。年齢は50前後。灰色の髪を丁寧に撫で付け、高級軍服を纏ったその姿には、辺境属州を支配する大国貴族としての傲慢な威圧感があった。その目には、支配者特有の冷酷な光が宿っている。
「……その連中は、一体どこから現れた」
「は、はい……東方平原地帯、あのレジスタンスの村の近くに突如として出現しました! 奴らはそのまま東方の奥地へと消えたとのこと……おそらく、あの未開の平原のどこかに根城を築いているものと思われます。軍勢の総規模は不明ですが、我々を襲撃したのはわずか8名……しかし、恐るべき少数精鋭です!」
「少数?」
ラークは鼻で笑った。
「ならば尚更好都合だ。東方平原の奥地に潜む、どこの馬の骨とも知れぬ野蛮人の新興勢力か……。あるいは、我が属領を揺るがそうとするどこぞの国の間諜か。どちらにせよ、我が庭で好き勝手に動かれては困るな」
彼は窓際まで歩き、夜の属州都市を見下ろした。
副官の一人が恐る恐る口を開く。
「し、しかし閣下。敵の兵器は未知数です。一度、本国へ詳細な報告を――」
「必要ない! たかが辺境亜人風情だ。皇国軍の威光を見せつければ、すぐ降伏する」
ラークは一蹴し、机上のベルを鳴らした。直後、待機していた士官が入室する。ラークは冷然と命じた。
「東方駐屯軍より一個大隊を抽出。規模は500名だ。砲兵隊も同行させろ。野砲6門。魔導通信兵を増員。さらに、上空からの蹂順用に飛竜中隊も付ける」
「て、敵は8名ほどの手勢。拠点の正確な位置も未特定ですが……そこまでの大軍を?」
「だからだ」
ラークの唇が歪む。
「東方平原ごと文字通り『絨毯爆撃』にして、皇国に逆らう愚か者へ“格の違い”を教えてやる必要がある。それに、位置が分からぬなら、そのレジスタンスの村を血祭りにあげて吐かせれば済む話だ」
ラークは下卑た笑みを浮かべ、思い出したように付け加えた。
「生け捕りにできるなら、その獣人どもはできるだけ回収しろ。未知の魔導技術だ、中央へ献上すれば高く売れる。特に女の獣人は丁重に扱え。珍獣趣味の本国貴族どもが、高値で買い取る絶好の奴隷になる」
「ははっ! 直ちに出撃準備を!」
執務室に、支配者たちの醜悪な笑いが広がった。
覇権国家のプライドを傷つけられたラーク総督は、コホート社の持つ「宇宙世紀の技術」の本質を見抜くこともできず、ただの小規模な亜人の反乱と誤認したまま、五百人の大軍勢と飛竜を死地へと差し向ける決断を下したのだった。
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## 4
遥か東方平原。夜の闇の中で。
「――偵察ドローンがパーパルディア軍の動きを察知しました。大隊規模500人。前装式滑腔砲6門を随伴、さらに上空に生物飛行体(ワイバーン)12体を確認。本拠点(プロスペリティ)へ向けて侵軍中」
プロスペリティ号の指令室に、中央AI『マザー』の合成音声が響き、ホログラム上に赤い警告光が静かに点滅した。
「……お出ましね。思ったより早い襲撃だわ。それに、トカゲが空を飛んでくるなんて、本当にリム以上のファンタジーだこと」
タドコロは無表情のまま新たな報告書に目を通し、藍色の瞳を怪しく光らせて不敵な笑みを浮かべた。狐耳が、わずかに揺れる。
「ミウラ、キルゾーンの稼働状態は?」
「完璧とは言い難いです、ボス。しかしイシカワの建築班が、第一外壁のキルゾーン(誘導路)を突貫で組み上げました。土嚢の配置、防壁の射線、自動タレットへの弾薬装填も完了しています」
ミウラがヘルメットを装着し、マリーンアーマーを軋ませる。
「ハンス、あなたの部隊は、例のコンサルタントのお兄さんの村へ向かいなさい。パーパルディアの別動隊が村に手出ししないよう、外縁でクリーンに無力化(おそうじ)するのよ」
タドコロの指示に、ハンスは「了解」と慎重な声を返した。
ラーク総督が自らの面子と欲のために送り込んだ、一個大隊五百人と飛竜の軍勢。
彼らは、自分たちがこれから足を踏み入れようとしている平原の先に、大砲もマスケット銃も、そして飛竜の爪すら一切通用しない、宇宙世紀の超工業が構築した「絶対の地獄(キルゾーン)」が口を開けて待っているとは、夢にも思っていなかった。
「さあ、パーパルディア皇国の兵隊さん。我が社の、異世界での最初の『デモンストレーション(企業案件)』を始めましょうか?」
タドコロの冷徹な号令と共に、プロスペリティの防衛タレットが一斉に駆動音を上げ、銃口を闇へと向けた。
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