辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記 作:ホゲフガ
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# 閑話:戦後の朝
## 1.無敵の寝坊助とCEOの皮
パーパルディア皇都エストシランド沖。海面に浮かぶ巨大な六角形――グラヴシップ《プロスペリティ》の居住区画の一室は、戦後の静寂とは裏腹に、極めて混沌とした様相を呈していた。
遮光カーテンの隙間から差し込む陽光が、乱雑に投げ出された書類の山を照らす。片方のブーツが部屋の入り口に転がり、もう片方はどこへ行ったのかも見当たらない。ソファには高価なオーダーメイドの和装が丸められ、サイドテーブルにはスナック菓子の袋と、空になったエナジードリンクの缶が塔のように積み上げられていた。
その混沌の只中、広大なベッドの上で、プラチナシルバーの髪を振り乱して大の字になっている影があった。
「……社長。起きてください。現在時刻は十時を過ぎています」
扉が開き、財務チーフのスカルバーグが黒いオオカミ耳を僅かに揺らしながら淡々と告げる。しかし、布団の山は微動だにしない。
「あと五分。あと五分だけ寝かせて……」
布団の中から聞こえたのは、あのルディアス皇帝を絶望の淵に突き落とした、冷徹で無慈悲なCEOの声とは似ても似つかない、甘ったるい寝ぼけ声だった。
「五分前にも同じことを言いました。パーパルディア戦の総括をするボード会議が、一時間後に予定されています。……もし出られなければ、ミウラ主任にこの惨状を全て共有することになりますが」
その言葉が引き金となったのか、布団がバサリと跳ね除けられた。
プラチナシルバーの髪に、不機嫌そうに垂れ下がった狐耳。藍色の瞳はとろりと眠気で濁り、褐色肌の肩を無防備にさらしている。
「ッ……! ……分かった。起きる。起きればいいんでしょ……」
タドコロはふらつく足取りで立ち上がった。その姿は、一国のシステムを解体した「悪魔の如き経営者」の面影など微塵もない、ただの朝に弱いだらしない女性そのものだった。
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## 2.戦訓分析:冷徹なオフィスにて
十一時過ぎ。第一会議室には、タドコロ、ミウラ、キムラ、スカルバーグ、そしてハンスの五人が集まっていた。先ほどまでの寝起きの残骸はどこへやら、タドコロは完璧に整えられた和装に身を包み、狐耳を凛と立てて玉座のごとき威厳を放っていた。
「では、今回のパーパルディア遠征における戦訓分析を開始する」
タドコロの藍色の瞳が、ホログラムの戦績データを映し出す。
「良かった点は、ドローン運用による補給線遮断。これは期待以上の成果ね。相手は兵站を潰されたことに気づくのが遅すぎた。制空権の確保もスムーズで、こちらの損害は許容範囲内だった」
防衛主任のミウラがニヤリと笑う。
「ドローンの群れに空を埋め尽くされた時の皇国兵の顔、モニターで見てたぞ。あれは最高に面白かった。大国のエースだか何だか知らないが、ワイバーンなんて、うちのレーザーの良い的に過ぎなかった」
スカルバーグがデータパッドを操作し、感情の無い声で補足する。
「消費した各種弾薬およびドローンの減損コストは、締結した条約に基づき、パーパルディア皇国の国家予算から今後五十年の分割で全額回収可能です。財務的な利益は完全に確保されました」
小隊長のハンスが、無表情に頷く。
「しかし、問題点もあります。最大の誤算は『アストラ・レギア』の存在です。旧時代の遺物とはいえ、あれほどの反重力エネルギー源を皇国が隠し持っていたとは予測できなかった。情報収集部門の甘さと言わざるを得ないでしょう」
生産主任のキムラが長いウサギ耳を揺らして肩をすくめる。
「まあ、魔法だと思って侮っていたのが痛かったですね。次は、あのような未確認遺産を早期発見できるセンサー網の強化が必要です。それと、皇宮強襲時のマリーンアーマー。シールドベルトの力場を抜けてきた近衛兵のサーベルで、関節部が危うく貫通されそうになりました。あいつらの身体能力は異常です。積層装甲の配置を見直します」
「……そうね」
タドコロは指先でテーブルを叩いた。
「今回の一件で、パーパルディア程度の国なら解体が可能だと証明された。けど、世界は広いわ。今回は古代の遺産だったがけど、次はもっと広大な国家、あるいはさらに進んだ技術を持つ文明と接触する可能性がある。慢心は倒産への近道よ」
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## 3.社長の日常、あるいは「汚部屋」の正体
会議が解散し、各々が配置へ戻る中、ミウラがタドコロの私室の前で立ち止まった。扉が少しだけ開いており、中から漂う甘い香料とスナック菓子の匂いに鼻を突かれる。
「……なあ、キムラ。タドコロの部屋って、なんであんなに散らかってるんだ?」
「三日前も同じことを言っていましたね。……あの人、必要な物の位置を全部把握してるから、整理する必要がないと本気で思っているんですよ」
ミウラが遠慮なく扉を押し開けると、朝よりもさらに惨状を増した部屋が広がっていた。
「ほら見ろ! また菓子の空き袋が増えてる!」
ミウラが叫ぶと、書類の山の中からタドコロのプラチナシルバーの髪がひょっこりと顔を出した。
「……あら、ミウラ。ノックもできないの? 私は今、次なる市場の株価予想という、極めてクリエイティブな仕事をしているのよ」
「嘘つけ! 資料を後回しにして寝直そうとしてただけだろ!」
キムラが呆れ顔で溜息をつく。
「社長。皇都の港湾労働者たちは、本艦《プロスペリティ》が海に浮いていることに、もう何の恐怖も感じていませんよ。すっかり『コホートの景観』の一部として馴染んでしまった」
「ふふ、それこそが狙い通りよ。恐怖という感情は維持コストが高い。日常という名の『依存』の方が、長期的に見ればはるかに安定した支配ができるわ」
タドコロは散らかった書類の中から、最新の経済指標が書かれた紙を一枚だけ引き抜いた。その動きは驚くほど正確で、かつ冷徹なビジネスライクに満ちている。
「あのな、タドコロ。お前はルディアス皇帝を絶望させた人間なんだ。もうちょっとこう、威厳のある暮らしをしたらどうなんだ?」
ミウラの言葉に、タドコロはクスクスと笑い、ソファにゴロリと寝転がった。長い狐の尻尾が床の上でパタパタと踊る。
「威厳なんて、疲れるだけよ。仕事中はCEOとして演じればいい。でも、私生活くらいは効率を度外視して楽に過ごさせて」
彼女は、まるで猫のようにソファの上で丸まった。数時間前まで大国の運命を握りつぶしていた者が、今はただの仕事に疲れた怠け者としてそこにいる。
「ミウラ、キムラ。戦後は始まったばかりよ。この国を我が社の巨大な製造拠点にする準備を進めなさい。次の会議まで、あと二時間は起こさないで」
タドコロはパタンと扇子を顔の上に広げ、あっという間に規則正しい寝息を立て始めた。
「……全く。呆れたミホだな」
「呆れたミホ……ですね。でも、だからこそ、この企業(コロニー)はここまで大きくなったんでしょう」
ミウラとキムラは苦笑しながら扉を閉めた。
扉の向こう、エストシランド沖に浮かぶ巨大な六角形の要塞《プロスペリティ》は、まるで動かない山のように静まり返っていた。この「汚部屋のCEO」が次に目覚める時、また一つ、この世界のどこかの国が地図からその主権を消し去ることになるのだろう。
それは企業にとっての平穏な日常。そして世界にとっては、緩やかに訪れる終焉の始まりであった。