辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記 作:ホゲフガ
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# 閑話2:遠き日の観測
### 1.内閣情報調査室の報告
東京、首相官邸地下。
無機質な照明が照らす危機管理センターの特設会議室に、日本の国家中枢を担う数名が集まっていた。中央の大型スクリーンには、極めて鮮明な監視記録映像とスチール写真が映し出されている。
「――結論から申し上げます。第三文明圏の覇者、パーパルディア皇国の軍事力は、事実上完全に解体されました」
内閣情報調査室の若手分析官、秋吉の緊迫した声が会議室に響く。
「東部へ派遣された遠征軍十三万は補給を絶たれ、飢餓と疫病により組織として崩壊、暴徒化の末に消滅。そして皇都エストシランドは、謎の組織『コホート・コーポレーション』によって無血制圧されました。皇帝ルディアスと皇后レミールは現在、同組織との講和条約に強制的に署名させられた模様です」
会議室を、重い沈黙が支配した。
魔法という未知の力を持つ、この世界における列強たる大国が、たった一つの『企業』を名乗る組織によって数日で蹂躙されたという事実。それを飲み込むには、あまりに時間が足りなかった。
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### 2.軍の視点、兵站の恐怖
自衛隊トップである栗林統幕長は、手元の戦況分析資料から視線を上げないまま、重苦しい声で呟いた。
「彼らの戦闘記録を詳細に解析したが……極めて恐ろしい組織だ」
「軍事力、すなわち我々をも凌駕する圧倒的な火力の差ですか?」
近藤外相が問いかける。
「いいや、違う」
栗林は首を横に振った。
「圧倒的なのは『兵站(ロジスティクス)』の概念だ。彼らは敵軍の進軍速度、補給ルート、通信網、果ては後方の前進基地の貯蔵庫の位置までを完全に把握し、外科手術のような正確さで解体した。十三万の敵兵を直接殺したのではない。彼らが戦うための『基盤』を殺したのだ。自衛隊であっても、ここまで広域かつ徹底した非対称の兵站戦を即座に行える部隊は存在しない」
栗林は資料を机に叩きつけるように置いた。
「この戦術を、彼らは『ビジネス』として事務的に遂行している。軍隊の誇りも大義もなく、ただ帳簿の数字を合わせるように敵国を解体した。……末恐ろしい連中だ」
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### 3.異形の「企業」
秋吉はスクリーンを切り替えた。そこに映し出されたのは、皇都エストシランドに降り立った、コホート社の幹部たちの姿だった。
プラチナシルバーの髪に狐耳と尻尾を持つ、褐色肌のCEO。
長いウサギの耳を持ち、無表情にデータを操作する技術官。
青い肌とウミウシのような触角を持つ、重装甲の戦闘主任。
「……これが、彼らの構成員(社員)です」
秋吉が言葉を継ぐ。
「信じられんほど鮮明な写真だが……パーパルディアには写真技術はないはずだろう? 念写か何かの魔法か?」
閣僚の一人が訝しげに尋ねる。
「いえ。これらは、我が国の『P-1哨戒機』および高高度偵察無人機が、皇国領空の遥か外縁から『超望遠の光学・赤外線カメラ』を用いて密かに撮影した一次情報です」
秋吉は即座に否定し、データの出所を明確にした。
「彼らの正体は不明。所属国家も不明。しかし、彼らが運用している降下ポッドやエネルギー兵器、そして反重力機関といったテクノロジーは、我々地球の常識すらも遥かに超越しています」
「本当に……彼らは人類(ヒト)なのか?」
近藤外相の問いに、秋吉は沈痛な表情で答えるしかなかった。
「……不明です。彼らは自分たちを企業と名乗り、パーパルディアを資産と呼び、戦争を業務と呼んでいます。彼らの価値基準の中に、我々が知る国家という概念は存在しないのかもしれません」
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### 4.総理の沈黙
一連の報告を終始無言で聞いていた星野総理は、重々しく口を開いた。
「……接触はまだ行わない」
「総理? しかし、このコホートという組織と早期にコネクションを構築しなければ――」
「近藤外相、焦ってはいかん」
星野総理は、厳かな口調で遮った。
「今のコホートは、列強国を単独で凌駕する力を持った『圧倒的勝者』だ。勝者は常に警戒心が強く、合理的な計算に満ちている。こちらから頭を下げて不用意に近付けば、それが不必要な誤解や、あるいは我が国にとっての『不利益な契約(買収)』に繋がるリスクがある」
彼は側近たちを見渡した。
「まず観察する。彼らがこの異世界で何を望んでいるのか、その商圏の広がり方と、彼らが市場に流す『技術』という名の餌を注視しろ。我々は当面、日本国としての存在を秘匿する。……彼らが敵か味方か、あるいはそのどちらでもない『別の何か』なのか。それを見極めるのが、今の我が国の国益だ」
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### 5.落日の地平
極秘会議が終わり、皆が去った会議室で、秋吉は一人残ってコホートのデータを眺めていた。データファイルに並ぶ文字列が、彼の視界を埋め尽くす。
> **【コホート・コーポレーション】**
> 推定人口:不明
> 保有戦力:極めて高い技術力に裏付けされたオーバーテクノロジー兵器。全長五百メートル級の浮遊艦《プロスペリティ》等。
> 危険度:極めて高い。
彼は、溜息と共にモニターを消した。
「この組織は……本当に、ただの企業なのか……?」
彼の呟きが、誰もいない静かな地下会議室に寂しく響く。
その頃。
パーパルディア皇国、皇都エストシランドの郊外。
地平線の向こう、沈みゆく夕陽を背にして、巨大な六角形の影が皇都沖合の海上に停泊していた。
《プロスペリティ》。
反重力エンジンを休止させ、その数百万トンに及ぶ途方もない質量を直接海面へと下ろし、巨大な人工島(メガフロート)のように波間へ喫水を沈めた鋼鉄の巨体。
それはパーパルディアの落日を静かに見守りながら、次なる市場、次なる経済圏を求めて、金属の冷たい呼吸を続けていた。
世界が変わる。
コホートという名の巨大な歯車が、この世界の歴史を、冷徹なまでに合理的な速度で巻き込み始めていた。