辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記   作:ホゲフガ

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閑話3:虚飾の矜持

第2章 閑話3:虚飾の矜持

 

1.鏡の中の敵

 

皇后専用の化粧室。

レミールは、鏡に映る自分の顔を睨みつけていた。

以前よりも艶やかな肌。以前よりも滑らかな髪。それらすべてが、あの憎むべき商人どもが「献上品」として届けてくる医療用コスメの成果であることを、彼女自身が一番よく知っていた。

 

「……ヴィオラ」

「はい、レミール様」

 

侍女が跪く。

 

「今日届いた分の……クリームは」

「いつも通り、洗面台にご用意しております」

 

レミールは一瞬、喉の奥で言葉を詰まらせた。「捨てておきなさい」と、何度言おうとしたか分からない。だが、その言葉は今日もまた、形になる前に消えていった。

 

(……たかが商人の技術よ。これくらい、使ってやってもいい。私が、私の意思で、利用してやっているだけ)

 

鏡の中の自分に、レミールはそう言い聞かせる。だが、その言い訳が、もう何十回目かも分からないことにだけは、彼女自身気づいていなかった。

 

2.広場にて

 

視察という名目で、レミールは皇都の広場へ出た。

本来ならば、皇后の視察は民の歓呼で迎えられるはずだった。だが今、広場に集まる人々の視線の先にあるのは、彼女ではない。

配給所の前に整然と並ぶコホート製の物資輸送車。

その荷台から降ろされる、白い包みの数々。

 

「今日は小麦の配給が多いな。子供たちが喜ぶ」

「先月よりまた列が短くなったよ。ありがたいこった」

 

レミールのすぐ傍を通り過ぎた老婆が、深々と一礼した。だがそれは、レミールにではなく、輸送車を操る漆黒の制服の男に向けられたものだった。

 

「……ッ」

 

かつて、彼女の言葉一つで貴族たちが震え、民が跪いた。それが当然だと信じて疑わなかった。

だが今、この広場を支配しているのは、皇后の威光ではない。荷台に積まれた「物」の力だった。

レミールは踵を返し、輿へと足早に戻った。従者たちが慌てて後を追う。誰も、皇后の横顔が微かに震えていたことに気づかなかった。

 

3.貴族の密使

 

その夜、皇后の私室に、一人の女が招き入れられていた。

貴族の名門、シャルデン伯爵家の令嬢――ミレイユ。表向きは社交の場にのみ姿を見せる貴婦人だが、その裏では「反コホート派」の残存貴族たちの間で、レミールへの取り次ぎ役を自任していた。

 

「皇后様。……同志たちは、今も皇后様を旗印と仰いでおります。どうか、今一度お言葉を」

「……」

 

レミールは窓の外、沖合に浮かぶ《プロスペリティ》の灯りを見つめたまま、しばらく答えなかった。

 

「あの化け物どもを、この国から叩き出すのです。皇后様のお力があれば、貴族たちは再び結束します」

「……貴族、ね」

 

レミールは初めて振り返った。その瞳には、これまでのヒステリックな怒りとは違う、乾いた色が滲んでいた。

 

「今日、広場で見たわ。民は、あの商人どもの荷車に頭を下げていた。貴族の誰にでもなく」

「それは、目先の施しに惑わされているだけです! 貴族の誇りを取り戻せば――」

「誇り」

 

レミールは低く笑った。自嘲するような、それでいてどこか痛みを堪えるような笑いだった。

 

「その誇りとやらのために、私は十三万の民の父や息子を、飢えと暴動で殺したのよ。……そして今、その誇りを叫ぶ私の肌は、殺した相手の技術で磨かれている」

 

ミレイユは息を呑んだ。

 

「……下がりなさい。今夜のことは、聞かなかったことにするわ」

 

4.誰にも言えない小さな決定

 

密使が去った後、レミールは一人、机に向かった。

引き出しの奥から取り出したのは、まだ形式上は残されている「皇后印」。属州の一部案件に対し、彼女個人の裁量で使うことが許された、最後の権限だった。

彼女はそれを、ある一枚の書類に押した。

東部の寒村で、コホートの支援網からわずかに漏れていた孤児院への、皇室費からの内密の追加支給。誰の目にも留まらないよう、経理上は「皇后の私的な慈善」として処理される、ささやかな一手だった。

 

「……別に、あの女に負けたわけじゃないわ」

 

誰もいない部屋で、レミールは呟いた。

 

「私は、私のやり方で……民を、守るのよ」

 

その言葉が、これまでの彼女の口癖だった「商人風情が」という侮蔑とは、もう決定的に違う響きを持っていることに――レミール自身は、まだ気づいていなかった。

窓の外、《プロスペリティ》の灯りが、静かに海面を照らし続けていた。

 

 

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