辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記   作:ホゲフガ

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47話:資産の最適化

 

 

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## 第2章 第1話:資産の最適化

 

### 1.黄金の檻と矛盾の皇后

 

パーパルディア皇国、皇都エストシランド。

皇宮のダイニングルームには、かつてと変わらぬ豪奢な朝の光が差し込んでいた。

 

マホガニーの長机に並べられているのは、コホート製の無機質な栄養ペーストなどではない。皇国が誇る専属の宮廷料理人が腕を振るった、焼きたての白パン、新鮮な野菜のマリネ、そして香草を添えた白身魚のソテーといった、伝統的かつ最高級の朝食である。

 

皇帝ルディアスと皇后レミールは、以前と何一つ変わらないような優雅な食卓についていた。……ただ一つ、部屋の隅に灰色のスーツを着たコホートの『顧問官』が、監視カメラのように無言で立っていることを除けば。

 

「……本当に、忌々しいこと極まりないわ」

 

レミールが、美しい装飾が施されたティーカップを乱暴にソーサーへ置き、吐き捨てるように言った。

 

「我が国を土足で踏みにじった野蛮な商人どもが、まるでこの宮殿の主のように振る舞っている。……ねえ、陛下。あの下等な連中を、いつまで野放しにしておくおつもりですか? 近衛の残党や、地方の保守派貴族たちは、今も私の元へ『決起の時を待っている』と密使を送ってきていますのよ」

 

彼女の瞳には、タドコロへの強烈な復讐心と、コホートへの嫌悪感がメラメラと燃え盛っていた。表向きは講和条約に従っているものの、彼女は皇国内に燻る反コホート派の精神的支柱となりつつあった。

 

だが、ルディアスは黙って妻の姿を見つめ、心の中で深い溜息をついた。

レミールは「コホートが嫌いだ」と声高に叫んでいる。しかし、彼女が今口をつけた紅茶の茶葉は、コホートの物流網によって他国から数日で新鮮なまま運ばれてきた輸入品だ。彼女が身に纏っている肌触りの良いドレスは、コホートの自動織機が編み出した超高品質な合成繊維(シンスレッド)。さらに言えば、彼女の肌が以前にも増して瑞々しく美しいのは、コホートから献上品として提供された最新の先進医療用コスメを、彼女自身が毎晩欠かさず愛用しているからである。

 

(口では憎みながら、身体はすっかり奴らの技術と物流に依存している。……それがどれほど滑稽で、絶望的な状況か、この妻は理解していないのだ)

 

ルディアスがナイフを置いた時、部屋の隅に控えていた顧問官が静かに歩み寄ってきた。彼の手には、薄型のデータパッドが握られている。

 

「皇帝陛下。本日の行政決裁データです。地方の農地改革に関する新法案ですが、当社のシミュレーションに基づき、旧来の複雑な税収システムを廃止し、コホート式の『直接評価・徴収制』へ移行する旨の布告をお願いします」

 

顧問官の態度は、丁寧だが慇懃無礼であった。ルディアスはデータパッドを受け取り、その内容を一瞥して、低く冷たい声で返した。

 

「……却下だ。この条文のまま布告すれば、地方の領主たちは必ず反乱を起こす」

「当社のデータによれば、彼らの戦力では我が社のドローン部隊の敵ではありません。反乱鎮圧に伴うコストとリスクは、許容範囲内ですが」

 

「力で制圧すれば、農地の生産性が一時的に落ちるだろう? 貴様ら『コホート』は、利益の低下と無駄な出費を最も嫌うはずだ」

 

ルディアスは、大国の政治を長年回してきた皇帝としての鋭い眼光で、顧問官を睨みつけた。

 

「……貴族たちは、理屈や効率ではなく『面子』で動く。この法案は、余の直轄領を彼らに一部割譲するという『恩賜』の形をとって布告する。そうすれば、奴らは税収システムの変更を、皇帝との名誉ある取引として受け入れる。実質的な徴収益は貴様らの計算通りになる。……違うか?」

 

顧問官は数秒沈黙し、データパッドを操作して本艦のシステムと通信した。

 

「……了承しました。陛下のご提案通り、法案の文面を修正します。……さすがは皇帝陛下。現地の『非合理な人間心理』の掌握においては、当社のAIよりも優れた知見をお持ちのようだ」

 

顧問官が一礼して下がる。

ルディアスは膝の上で拳を強く握りしめた。コホートは圧倒的な技術と武力を持っているが、この複雑な歴史を持つパーパルディアを「波風立てずに」統治するための政治的ノウハウを持っていない。だからこそ、ルディアスという現地の政治を知り尽くした調整役が必要なのだ。

 

皇帝と企業。決して相容れないはずの両者は、統治コストの削減という一点において、極めて皮肉な相互依存関係に陥っていた。

 

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### 2.敗北の風景

 

朝食を終えたルディアスは、執務室のバルコニーに出た。

傍らには、すっかり実質的な宰相として多忙を極めている第三外務局長カイオスが控えている。

 

「カイオス。……街の様子はどうだ」

「はっ。コホートの圧倒的な物流支援により、皇都の食糧価格は戦前の半値にまで下落しました。完全ではありませんが、都市部への供給網は回復し、貧困層の餓死者は激減しております」

 

ルディアスは、眼下に広がるエストシランドの街並みを見下ろした。

かつて、宮殿の窓から見えていた貧民街があった一角。そこは今、コホートの建築ドローンによって古く不衛生な建物が取り壊され、清潔で合理的な区画へと急速に整備されつつあった。浄水施設が稼働し、配給センターの前には市民たちが整然と列を作っている。泥まみれだった子供たちが、コホート製の高カロリーな配給菓子を手に笑い合って走っていく姿が見えた。

 

「…………」

 

ルディアスはバルコニーの手すりを強く握りしめ、ギリッと歯を食いしばった。

 

(余が……余が数年かけて、どれだけ法を整え、税を投じても解決できなかった皇都の貧困を。あの商人どもは、たった数ヶ月で『物流の最適化』で解決してしまった)

 

武力で敗れた時よりも、さらに深く、為政者としての実存を揺るがすような恐ろしい敗北感。国を豊かにするという統治者としての最大の責務において、自分はあのタドコロという女に完全に負けたのだ。

 

「……陛下」

カイオスが、その背中に痛ましそうな声をかける。

「民は現金なものです。今はまだ、あの豊かさを『皇帝陛下の御威光によるものだ』と信じていますが、いずれ気づくでしょう。自分たちの生活を根底から支えているのが、皇国ではなく、コホートの異形の要塞であるということに」

 

「分かっている」

 

ルディアスは、エストシランド沖に停泊する巨大な六角形――グラヴシップ《プロスペリティ》を睨み上げた。

 

「だが、余は負けを認めたままでは終わらん。奴らの技術、奴らのシステム……使えるものは全て利用し尽くしてやる。皇帝の座にいる限り、この国が完全に奴らに飲み込まれることだけは阻止せねばならんのだ」

 

単なる傀儡ではない。敗北を骨の髄まで理解した上で、それでも国家の存続のために「企業との共存」という茨の道を歩む。ルディアスの中に、現実主義の統治者としての新たな覚悟が芽生え始めていた。

 

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### 3.会議室の査定

 

一方、その《プロスペリティ》の艦内。

第一会議室では、コホート・コーポレーションの幹部たちによる『パーパルディア市場経営会議』が開かれていた。

 

「皇都および主要属州における、当月の損益報告です」

 

財務チーフのスカルバーグが、ホログラムのグラフを提示する。

 

「インフラ投資に対する回収率は想定の120%。物流を掌握したことで食糧価格が安定し、餓死者は激減。その代わり、パーパルディアの経済活動の約四割が、すでに我が社の決済システム(コホート通貨)を経由するようになりました。数年後には、この国の経済の九割を掌握できる見込みです」

 

「素晴らしいわね」

 

タドコロは、上座で自身の尻尾を弄りながら満足げに頷いた。

 

「技術部門からの報告です」

 

生産主任のキムラがウサギの耳を揺らしながら立ち上がる。

 

「魔導技術と当社の工業機械のハイブリッド化が進んでいます。現地の魔法使いの職人たちに、魔石から直接電力を生み出すラインを作らせたところ、エネルギー変換効率が劇的に向上しました。彼らも『これぞ新しい魔導だ』とノリノリで働いています」

 

「治安維持についてだが」

 

防衛主任のミウラが重々しい声で引き継いだ。

 

「一部の保守派貴族や軍の強硬派が、皇后レミールを象徴として地下組織を形成しつつある。武力による一斉掃討の許可を」

 

「却下よ」

 

タドコロは即座に首を振った。

 

「既存のシステムを書き換えれば、反発する人間は必ず出るわ。彼らを地下深くへ完全に潜らせるより、レミールという『分かりやすい象徴』の周りに集めさせておいた方が、監視とコントロールが容易になる。……それに、レミール自身がすでに我が社の製品のヘビーユーザーになりつつあるわ。指導者が消費の誘惑に勝てない組織なんて、いずれ内部から腐るものよ」

 

「ルディアスの扱いはどうする? 意外とこちらの要求を突っぱねてくることがあるが」

 

ミウラが腕を組みながら尋ねる。

 

「彼には政治の矢面に立ってもらうのよ」

 

タドコロの藍色の瞳が、冷徹な光を帯びる。

 

「私たちは技術と資金力はあっても、現地の複雑な人間関係や『貴族の面子』なんていうものは理解できない。ルディアスには、その現地適応(ローカライズ)をやってもらう。彼が有能であればあるほど、我が社の統治コストは下がるわ。彼にはせいぜい、皇帝としてのプライドを利用して働いてもらいましょう」

 

生かすことも、敵対することも、全ては利益の計算式の上に成り立っている。それがコホート・コーポレーションという企業の恐ろしさであった。

 

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### 4.世界地図の拡張

 

一通りの報告が終わり、会議が散会しようとした時だった。

 

「……パーパルディアの経営権確立は順調ね」

 

タドコロは立ち上がり、ホログラムの表示を切り替えた。

 

「なら、次は第三文明圏そのものを、そしてこの星全体を市場として『評価(アセスメント)』するフェーズへ移行しましょう。……他国(ライバル)が現れる前にね」

 

「他国、ですか?」

 

スカルバーグが黒いオオカミ耳をピンと立てて眉をひそめる。

タドコロの扇子が、空中に浮かび上がった広大な世界地図を指し示した。そこには、彼らが情報収集によって得た、各国の名前が記されている。

 

「神聖ミリシアル帝国……ムー……」

 

ミウラがその名前を読み上げ、ふと、地図の端にある見慣れない文字列に目を留めた。

 

「タドコロ。この東にある島国と、西にある国は? 情報がほとんど黒塗りだけど」

 

「ええ。それが問題なのよ」

 

タドコロは、地図上に記された【日本】、そして【グラ・バルカス帝国】という名前を扇子でトントンと叩いた。

 

「高高度を飛ぶ監視ドローンが、現地の魔法文明とは全く異なるテクノロジーの波形と、未知の人工電波を検知しているわ。……おそらく、私たちと同じように『外部』からこの市場に参入してきた異物(イレギュラー)ね」

 

会議室の空気が、一瞬にしてピンと張り詰めた。

パーパルディア皇国は、もはやコホートにとって安全な庭になりつつある。しかし、この巨大な惑星には、まだ見ぬ脅威と、計り知れない巨大市場が眠っている。

 

「この世界には、まだまだ査定すべき顧客(ターゲット)が多いわね」

 

タドコロの藍色の瞳が、獲物を狙う狐のように細く収縮した。

 

「私たちの技術と製品が、どこまでこの世界を最適化できるか。……本格的な営業活動の始まりよ」

 

巨大なグラヴシップは、沈みゆく太陽を背に、静かに次の時代を見据えていた。パーパルディアの戦後処理を越え、物語は今、列強が覇を競う世界情勢の荒波へと、その舵を切り始めたのである。

 

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