辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記   作:ホゲフガ

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第5話:皇国の鉄槌、その行軍

 

第5話:皇国の鉄槌、その行軍

 

 

 パーパルディア皇国属領軍・第11独立大隊は、夜明け前から慌ただしく動き始めていた。

 

 

 東方属州最大の都市ミューズ。その城壁外縁に築かれた駐屯地では、未明の霧の中を、兵士たちの怒号と軍靴の音が絶え間なく交錯している。長大な兵舎の前には、青い軍服を纏った戦列歩兵たちが整列し、兵站部隊の荷馬車がぬかるんだ地面を軋ませながら列を成していた。

 

 

 火薬樽。乾燥肉。砲弾箱。簡易天幕。予備銃。

 

 

 そして、属州平定のために徴発された大量の奴隷労働者たち。それら全てが、規律正しく、巨大な一個の軍事機械として組み上げられていく。その様子を、総司令用の軍馬の傍らから静かに見下ろしている男がいた。

 

 第11独立大隊指揮官――ケルツ少佐。

 

 40代半ば。痩身。鋭く削げた頬骨。油で撫でつけられた灰色の髪。鼻梁には古傷が一本走り、瞳には猛禽類めいた冷淡さが宿っている。

 彼は黙って白革手袋を嵌め直すと、隣に控えていた副官へ低い声で尋ねた。

 

 

「……兵数は」

「歩兵527。工兵30。野戦砲6門。補給要員を含め総勢611です」

「竜騎士隊は」

「ワイバーン12騎。すでに先行哨戒に入っています」

「ふむ」

 

 

 ケルツは短く鼻を鳴らした。大仰すぎる戦力だ、と内心では思っていた。

たかが属州の辺境に現れた、正体不明の獣人集団。 しかも報告書によれば、その数は少数。

 

 ラーク総督は激怒のあまり「皇国の威信を示せ」と命じたが、ケルツからすれば、これは戦争ですらない。単なる“見せしめ”だった。

 

 問題は敵ではなく、皇国の面子なのだ。

 属領民たちに、「皇国に逆らえばどうなるか」を思い出させねばならない。

 それだけの話だった。

 

「……しかし、少佐」

 

 副官がやや声を潜める。

 

「ラルヴァ小隊の報告、どう思われますか」

「信用していない」

 

 ケルツは即答した。

 

「魔法障壁? 光る鉄筒? 一瞬で兵が肉片になった? 馬鹿馬鹿しい。恐怖で誇張したのだろう」

「ですが、生存者はラルヴァ隊長のみです」

「だからこそだ」

 

 ケルツは冷たく言い放った。

 

「部下を失った将校は、己の失態を隠すために敵を過大評価する。古今東西変わらん人間の悪癖だ」

 

 むしろ問題なのは、正規軍が属領のレジスタンス如きに翻弄された事実だった。それが本国へ伝われば、属州軍全体の評価に傷がつく。

 ケルツは、馬上から整列する兵士たちを眺めた。若い兵士たちの顔には、遠征前特有の高揚が浮かんでいる。

 

 彼らの多くは、本国出身者だった。

 

 幼少より「皇国は文明の光であり、属領民は導かれるべき劣等種である」と教育されてきた青年たち。彼らにとって今回の出征とは、危険な戦争ではなく、功績と略奪の機会に過ぎない。

 

 

「獣人共らしいぜ」

「ネズミ耳だとか狐耳だとか」

「どうせ未開の蛮族だろ」

「女がいれば高く売れるな」

 

 整列中の兵士たちから、下卑た笑いが漏れる。

 マスケットの状態を確認する者。銃剣を研ぐ者。酒瓶を回し飲みする者。

 その空気には、圧倒的優位を確信した軍隊特有の弛緩があった。

 

 彼らは知らない。

 

 自分たちがこれから向かう相手が、辺境惑星で数千回の襲撃と災害を生き延びた、“企業型生存共同体”であることを。

 

 

知らぬからこそ、笑っていられる。やがて、遠方から重低音が響いた。

兵士たちが一斉に空を見上げる。

濃霧を切り裂きながら飛来したのは、12頭の飛竜――ワイバーンだった。

 

 

全長七メートルを超える巨大な飛行生物が、朝焼けの空を悠然と旋回する。鱗に覆われた暗緑色の肉体。巨大な皮膜翼。鋭利な鉤爪。そして、肉食獣そのものの黄金色の瞳。

 

 

背には軽装鎧を纏った竜騎士たちが跨っていた。彼らは皇国軍でも花形中の花形。

空を制する者こそ戦場を制する――その思想の象徴だった。

着陸した一頭の首筋を撫でながら、竜騎士隊長バルガスがケルツへ敬礼する。

 

 

「第二竜騎士中隊、出撃準備完了しました」

「ご苦労」

 

 ケルツはワイバーンを見上げた。確かに、この空軍戦力だけは誇るに値する。

少なくとも第三文明圏において、ワイバーン部隊を正面から打ち破れる国家は極めて限られている。属州の反乱軍など、上空から焼き払えば半日で終わる。

 

 

「少佐殿」

 

 竜騎士隊長が僅かに眉を寄せた。

 

「正直、妙な感じがします」

「何がだ」

「先行哨戒中、周辺で奇妙な痕跡を発見しました。森の一部が……妙に“整いすぎている”のです」

「整いすぎている?」

「木々の伐採痕です。異常に精密で、まるで巨大な刃物で一瞬で切断したようだった」

 

 ケルツは興味なさげに聞き流した。

 

「亜人共の拠点建築だろう」

「ですが、あの規模は……」

「気にするな」

 

 ケルツは遮った。

 

「どれほど珍妙な技術を持っていようと、所詮は少数勢力だ。皇国軍正規大隊の前では誤差に過ぎん」

 

 彼は軍帽を深く被り直した。

 

「それより重要なのは、“見せ方”だ。敵を徹底的に蹂躙し、属州全域へ恐怖を浸透させる。皇国に逆らう愚か者へ、二度と牙を剥く気すら起こさせぬほどにな」

 

 

 冷たい朝風が吹き抜ける。軍旗がはためき、ラッパが高らかに鳴り響いた。

 

 出征の合図だった。

 数百名の歩兵たちが、一斉に進軍を開始する。

 

 軍靴の音が大地を震わせ、荷車の車輪が泥を裂き、6門の野戦砲が重々しく引かれていく。

その上空では、12頭のワイバーンが円陣を描きながら飛行していた。

 

 

 彼らはまだ知らない。

 

自分たちが向かっている先に存在するものが、「未開の獣人集団」などではないことを。

 

 それは国家ですらない。

 

 文明ですらない。

 

 利益と合理性だけで動く、辺境惑星の怪物――コホート・コーポレーションという名の“企業”であることを。

 

 

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