辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記 作:ホゲフガ
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## 第2章 第2話:(48話)帰還と新たな戦場
### 1.無血の豊穣
パーパルディア皇国、皇都エストシラント。
その巨大な城門を、一人の男が足を引きずりながら潜り抜けようとしていた。
擦り切れた軍服、伸び放題の無精髭、泥と埃にまみれたその姿に、かつての皇国屈指の名将――ガイウス大将の面影は薄かった。
対コホート戦線で補給網を完全に絶たれ、飢餓と疫病が蔓延する地獄の戦場から、彼は数ヶ月の時を経て、文字通り這うようにして皇都への帰還を果たしたのだ。道中、彼は最悪の事態ばかりを想像していた。十三万の主力を失った皇国はコホートによって無残に蹂躙され、皇都は火の海となり、飢えた市民たちが暴動を起こしているに違いないと。
だが、城門を潜ったガイウスの目に飛び込んできたのは、予想とは全く異なる光景だった。
「……何が、起きた」
焼け野原はどこにもない。それどころか、戦前には修繕費不足でひび割れて馬車の車輪を痛めていた石畳の道路が、見たこともない奇妙な灰色の素材(コンクリート)で真っ平らに補修されている。
市場には活気があり、荷車が忙しなく行き交い、人々は以前と変わらぬ、いや、以前よりも遥かに血色の良い顔で生活を営んでいた。
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### 2.敗北の風景
ガイウスは、亡霊のようにふらふらと街を歩いた。
すれ違う市民たちの会話が、否応なく彼の耳に飛び込んでくる。
「最近は食い物に困らんな。配給所の列もすっかり短くなった」
「ああ、物流の効率化のおかげだ。得体の知れない荷車だが、馬の何十倍も運べるんだから大したもんだよ。コホートの配送ネットワーク様々だな」
広場では、泥まみれだったはずの孤児たちが、見慣れない銀色の包み紙を手にしてはしゃいでいた。
「やった! 今日もコホート菓子だ!」
「甘くて美味しいね!」
ガイウスは強烈な眩暈(めまい)を覚え、崩れ落ちそうになって壁に手をついた。彼の軍人としての価値観が、音を立てて崩れ落ちていく。
(我が国は、戦争に完全に負けたのだぞ……?)
十三万の軍が消滅し、国が敗北したことで、皮肉にも都市の物流は劇的に改善され、民は飢えから解放されている。圧倒的な力で皇国の威信を蹂躙した侵略者が、結果として皇国の民を豊かにしているのだ。
自分が命を懸けて守ろうとしていた『帝国の誇り』が、もはや民にとっては日々のパン以下のどうでもいい価値になりつつあるという残酷な現実に、ガイウスはただ立ち尽くすしかなかった。
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### 3.悪夢の証明
ガイウスは重い足取りで、皇都の高台にある展望広場へと向かった。
そこから見下ろすエストシラント湾の沖合には、夕陽を浴びて鈍く光る巨大な六角形の影が、人工島のように海面へ喫水を沈めて停泊していた。
「……本当に、いたのか」
グラヴシップ《プロスペリティ》。
飛竜を虫のように叩き落とし、誇り高き将兵をただの数字として処理した鋼鉄の悪夢。
あれがパーパルディアを負かした圧倒的なオーバーテクノロジーの正体であり、今やこの皇国の経済と物流のすべてを空から監視する、新たな『主人』の姿だった。
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### 4.皇帝との再会
皇宮の奥深く、皇帝の私室。
ガイウスは、膝をつき、深く頭を垂れていた。その前には、皇帝ルディアスが立っている。
「敗軍の将です。……陛下の大軍を喪失させた罪、いかなる処分も受けます。どうか、この首で――」
「頭を上げよ、ガイウス」
静かだが、力強い声だった。
ガイウスが顔を上げると、そこには、かつての傲慢に満ちた絶対君主の顔はなかった。だが、絶望に打ちひしがれた敗北者の顔でもなかった。ルディアスの顔には深い疲労と、それ以上の統治者としての執念が刻まれていた。
「十三万の将兵を失った。……その罪は、余の魂を永遠に苛むだろう。だが、パーパルディアは滅んでいない。余は皇帝として、滅亡ではなく屈辱的な敗北を選んだのだ」
「陛下……」
「なぜ奴らが我が国を滅ぼさなかったか、分かるか? 利益にならないからだそうだ。奴らは我々を統治のための『資産』と呼んだ」
ルディアスは窓の外を見つめ、低く自嘲するように笑った。
「余も未だ、奴らの理屈は完全には理解できん。だが、国が残った以上、余は諦めない。奴らの技術、システム、全てを利用して、この国を実質的に再び立たせる。……ガイウス、これからどうするかだ。お前の力が必要だ」
その言葉に、ガイウスは胸の奥が熱くなるのを感じた。
傲慢だった皇帝は、地を這うような完全な敗北を経て、現実主義の真の君主へと変貌を遂げようとしていた。
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### 5.過労の宰相と資本の支配
数日後、軍務省。
ガイウスが目にしたのは、天井まで届きそうな書類の山に埋もれ、目の下に真っ黒な隈を作った第三外務局長――いや、今や実質的な宰相として政務を回すカイオスの姿だった。
「おお、ガイウス……生きていたか……」
カイオスの声は、今にも死にそうなほど掠れていた。
「カイオス殿。大丈夫なのか?」
「大丈夫に見えるか?!」
カイオスは血走った目で叫んだ。
「コホートの財務顧問との連日の経済会議! 現状のインフラ統合に不満を持つ地方貴族との調整! ルディアス陛下の補佐! そして極めつけは、毎日コホート製の最高級コスメを使いながら『コホート憎し』とヒステリーを叫び散らすレミール様の暴走対策だ! 私は二日寝ていない!」
ガイウスは同情を禁じ得なかった。十三万の軍と海軍が消滅した今、国の屋台骨を官僚として一人で支えているのは間違いなくこの男だった。
「……すまん。だが、軍は悲惨な状況だ。予算は削られ、十三万の兵はいない。再編など――」
「ええ。ですから、当社の出番というわけです」
突然、部屋の隅から声がした。見れば、灰色のスーツを着た男が、データパッドを片手に無表情で立っている。
「……何故、コホートの人間がここにいる。ここは軍務省の機密――」
ガイウスが鋭く睨みつけると、その顧問官は事務的に眼鏡を押し上げた。
「予算監査です。そもそも、現在のパーパルディア治安維持軍の再編予算を融資しているのは我が社です。出資者として、プロジェクトの進捗を確認する権利があります。……機密? 軍の再建予算の出所が当社である以上、当社に隠せる情報など最初からありませんよ」
ガイウスはギリッと歯を食いしばった。だが、反論できない。
武器を買う金も、兵を養う食糧も、すべてこの企業が握っているのだ。これが、国家主権を骨抜きにされた敗戦国の現実であった。
「我慢しろ、ガイウス」
カイオスが頭を抱えながら言った。
「お前には、軍の再建と、コホートの防衛部門と連携する治安維持部隊の編成を任せる。今、反パーパルディアレジスタンスの一部が強硬化している。これを放置すれば、コホートに完全な行政権剥奪の口実を与えることになる」
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### 6.終わらない戦争
新たに設立された治安維持部隊の司令部。
ガイウスは、真新しいコホート製のホログラム・マップを睨みつけていた。国内には、燻る反パーパルディアレジスタンスの火種。そして国外――。
「……司令。報告があります」
副官が、緊張した面持ちで室内に入ってきた。
「東部属州において、レジスタンスの不審な軍事活動を確認しました」
「……そうか」
「さらに、もう一つ。……未確認情報ですが」
副官は生唾を飲み込んだ。
「国境付近にて、リーム王国軍が通常以上の兵力を動かし、何やら怪しい動きを見せているという噂が、行商人たちの間で流れています」
司令部に重い沈黙が落ちた。
パーパルディアの軍事力が事実上消滅したという情報は、すでに周辺国に漏れ始めている。これまでは皇国の威を恐れて平伏していた周辺国たちが、体制の弱体化を嗅ぎつけ、国境沿いで不穏な蠢きを見せているのだ。
ガイウスは壁に掛けられた自らの剣に視線をやり、静かに目を閉じた。
「……そうか。戦争は、終わっていなかったか」
彼の呟きに、副官は静かに首を振って答えた。
「終わったのは、前の戦争です。閣下」
ガイウスは静かに頷き、瞳に歴戦の将としての鋭い光を取り戻した。
軍事帝国としてのパーパルディアは死んだ。だが、国土を守る戦いは終わらない。コホートの監視下という屈辱的な資本の鎖に塗れながらも、敗軍の将は新たな戦争へと足を踏み出していくのだった。