辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記 作:ホゲフガ
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## 第2章 第3話:英雄たちの落日
### 1.裏切り者の平和
かつてパーパルディア皇国の圧政に苦しんでいた、東部属州の辺境都市。
反パーパルディアレジスタンスの一員であったハキは、街の広場を見下ろす真新しい建物の窓辺に立っていた。
彼が今着ているのは、ゲリラ戦の日々で肌身離さず纏っていた血と泥に塗れた服ではなく、コホートから支給された仕立ての良いダークグレーのスーツだ。糊の効いた硬い襟が、まだ慣れない首筋にわずかな違和感と息苦しさを残している。
彼の目には、ほんの数ヶ月前には想像すらできなかった光景が広がっている。
以前は重税と飢餓で行き倒れの死体が転がっていた泥道が、今ではコホートの建築ドローンによって寸分の狂いもなく平坦なコンクリートで舗装されている。
広場の中央にはプレハブ工法の巨大な配給センターが建ち、市民たちが陽気な声を上げながら列を作っていた。かつて憎悪と共に銃を握っていた男たちが、今はコホートの輸送トラックの荷降ろし作業に汗を流して日銭を稼ぎ、女たちは配給の列で近所の噂話に花を咲かせている。
ハキは現在、コホートが主導する『属州治安維持委員会』の特別顧問という肩書きと、それに伴う多額の補助金を受け取る身分になっていた。かつて戦闘の指揮を執っていた手は、今は流通許可の書類にサインをするためだけに使われている。
「すげえぞ! あの『とらくたー』って機械、馬の十倍も畑を素早く耕せるんだ!」
「道路が綺麗になったおかげで、隣町への行商が一日で終わるわ!」
窓の外では、舗装された道路を、物資を満載した無人トラックが軽やかな走行音を立てて行き交っている。泥まみれだった子供たちがコホート製の甘い菓子の包み紙を握りしめて走り回り、農民が「これまでの三倍の収穫がある」と大声で笑い合っていた。誰もが、この与えられた静けさを当然のもののように享受している。
「……ハキさん。コホートからの今月分の支援物資リストです」
かつての部下が、無表情のまま電子書類を差し出した。その目には、かつてハキへ向けられていた熱を帯びた尊敬の色はもうない。どこか冷ややかで、値踏みするような、「コホートの犬に成り下がった裏切り者」を見る目だった。書類を受け取るハキの指先が、ほんの一瞬強張る。
(俺は、正しいことをしているのか?)
ハキは書類の束を胸に抱えながら、心の中で幾度目かも分からない自問を繰り返した。
自由を勝ち取るために銃を取った。仲間の血を見た。だが、目の前に広がる現実の平和をもたらしたのは、自分たちが流した血と犠牲ではなく、コホートという異星の圧倒的な資本だった。俺は戦友を裏切ったのか? それとも、金と地位に目が眩んだだけの、ただの臆病者なのか?
答えの出ない問いが、毎晩彼の胃をギリギリと締め付けていた。窓の外の平和な喧騒が、まるで自分を嘲笑っているように聞こえる時さえあった。
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### 2.時代に置き去りにされた男
その日の午後。ハキは街の郊外にあるレジスタンスの隠れ家を訪れた。
かつて自分たちが息を潜めて作戦会議を開いていた、あの湿った土とカビの匂いがする地下室だ。薄暗い部屋の奥に、リーダーであるダリオが座っていた。彼は、戦時中にコホートから供与された狩猟用ボルトアクションライフルを、まるで赤子でも抱くように大切に胸に抱えている。
「……ダリオ。武器と弾薬をコホートへ返還する期日は昨日までだ。俺と一緒に来てくれ。コホートへの顔つなぎは俺がやる」
「断る」
ダリオは顔をぐしゃりと歪ませた。ろうそくの頼りない灯りが、その痩せこけた貌に深い陰影を刻む。
「俺たちの戦争は、まだ終わっちゃいない。祖国クーズ王国は再興されておらず、属州の完全な独立も果たされていない。パーパルディアという看板が、コホートという新しい看板にすげ替わっただけだ。何が変わった? 我々を搾取する支配者の顔ぶれが変わっただけじゃないか」
「ダリオ、現実を見ろ。街の連中は笑っている。腹いっぱい飯を食えているんだ。誰もこれ以上の流血なんて望んじゃいないんだよ」
「平和だと? ふざけるな!!」
ダリオが激昂し、椅子を蹴倒す勢いで立ち上がった。その目は、狂気よりもさらに深い、底なしの悲哀に満ちていた。
「お前は忘れたのか、ハキ! 俺の妻は皇国軍に凌辱されて殺された! 娘は俺の目の前で、飢えて痩せ細って死んだんだぞ! 村は焼かれ、俺たちは仲間の半分を、泥の中で、糞と一緒に失ったんだ!!」
ダリオの悲痛な叫びが、狭い地下室の壁に反響する。埃が天井からぱらぱらと落ちた。
「俺の家族は、誰が返してくれるんだ……? 誰も返してくれやしない! 俺たちは、コホートの配給菓子をもらうために戦ったんじゃない! 復讐と、クーズ王国再興のために戦ったんだ! 死んだ奴らに、どう顔向けしろって言うんだよ、ハキ!」
ダリオは決して悪人ではない。ただ、戦乱の中で一番多くを失い、戦争という狂気と大義の中にしか自分の生きる意味を見出せなくなってしまった、「時代に置き去りにされた男」なのだ。彼の慟哭は、そのまま生き残ってしまったことへの強烈な罪悪感でもあった。
「……どうしても、武器を渡さないと言うなら、力ずくでも――」
ハキの護衛として同行していた部下の一人が、緊張した面持ちでダリオたちを止めようと一歩前に出た。その手が、腰のホルスターにかかる。
その瞬間。
パンッ、という乾いた銃声が、地下室の空気を切り裂いた。
極度の緊張状態にあった強硬派の若い兵士が、震える指で、ハキの部下に向かってライフルの引き金を引いてしまったのだ。
崩れ落ちる部下。喉から漏れるくぐもった呻き声。石の床に生々しく広がっていく黒い染み。
それが決定的な引き金となり、かつては固く背中を預け合っていた同胞同士による、凄惨な銃撃戦が始まってしまった。怒号と悲鳴、火薬の破裂音と跳弾の音が、逃げ場の無い狭い空間の中で幾重にも重なり合う。
「……裏切り者が! コホートの犬に成り下がったか、ハキ!」
「やめろ! 撃つな! 頼むから、やめてくれ……!」
ハキの悲痛な叫びも虚しく、狭い隠れ家の中で銃撃戦は止まらない。
パーパルディアという巨大な敵に立ち向かうために、あんなにも固く結ばれていた絆が、いともたやすく弾け飛んでいく。昨日まで同じ硬いパンを分け合っていた同胞同士の、何の意味もない、ただ虚しいだけの殺し合い。ハキは、血の匂いと硝煙から逃げるようにその場を後にするしかなかった。
背後で響き続ける銃声が、いつまでも彼の耳から離れなかった。
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### 3.利益と数字の計算式
数日後。絶望と憎悪に支配されたダリオ派は、完全に暴走した。
彼らは「コホートによる属州支配への抗議」として、街の郊外にあるコホートの巨大物流センターを爆破したのである。深夜の爆発は、数キロ先の空まで赤く染め上げた。
その報告は、即座に《プロスペリティ》へと上げられた。
第一会議室。巨大なホログラムモニターには、燃え盛る物流センターの映像が、いくつもの上空ドローンの角度から映し出されている。崩れ落ちる鉄骨、噴き上がる火柱、逃げ惑う人々のシルエット。CEOのタドコロは、その光景を、頬杖をついたまま全くの無表情で見つめていた。
「被害報告を」
タドコロが淡々と尋ねる。その声には、抑揚らしい抑揚がない。
「物流センターの第三倉庫が中破。巻き込まれた現地民間人に死者二十三名、負傷者多数です」
生産主任のキムラがデータパッドを見ながら、感情を極力排した声で答える。だが、その長いウサギ耳の先が、わずかに震えていた。
「うちの従業員の死傷者は?」
「ゼロ」
「なら問題ないわね」
タドコロは、傍らに置かれたひまわり茶のカップを優雅に傾けた。死者二十三名という、生々しい数字を前にしても、彼女の藍色の瞳は一ミリも揺れ動かない。まるで四半期報告書の中の、無機質な赤字の一行を眺めているかのようだった。
「犯人グループは?」
「ダリオ率いるレジスタンス残党、約三百四十名。現在はミューズ近くの山岳地帯に立て籠もっています」
「彼らを物理的に排除するコストは?」
「制圧ドローン部隊と治安維持部隊の展開を含め、約二千シルバー」
「交渉コストは?」
「彼らの政治的要求の受け入れ、および再雇用プログラムへの編入・社会復帰支援を含め、約六千シルバーと算出されました」
タドコロは、ピクリと狐の耳を動かし、プラスチール製の扇子をパチンと閉じた。その乾いた音が、静まり返った会議室に妙に大きく響く。
「なら、排除しなさい」
そこに、憎しみも、怒りも、正義すらも存在しなかった。
ダリオたちが血を吐くような憎悪と、癒えることのない悲しみの果てに起こした決死の行動は、コホートの会議室では、ただの「四千シルバーのコストカット」という数字の違いでしかなく、わずか数秒の淡々とした会話で処理されてしまったのだ。会議室に流れる空気は、まるでこれから不良在庫の処分を決めるかのように軽かった。
キムラだけが、その決定を戦術データネットワークに打ち込む指を、ほんのわずかに躊躇わせた。
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### 4.決断
物流センターの爆破跡地。
まだくすぶる黒煙が立ち上る中、ハキは瓦礫の下敷きになった市民たちの惨状を、ただ立ち尽くして見つめていた。焦げた建築資材の匂いと、鉄が焼けた匂い、そして生々しい血の匂いが混ざり合い、鼻の奥を刺す。
配給を受け取りに来ていた、何の罪もない女や子供たちが、血を流して倒れている。担架で運ばれていく小さな遺体を見て、ハキは奥歯を砕けんばかりに強く噛みしめた。
「人殺し……!」
怪我をした住民の一人が、包帯の下から血を滲ませながら、ダリオたちを呪う言葉を泣き叫んでいた。
「あいつらは解放者なんかじゃない! 私たちの平穏な生活を壊す、ただのテロリストだ!」
その叫びが、ハキの胸に深く、鋭く突き刺さる。かつて自分たちが「解放者」と呼ばれ、民から歓声を浴びていた記憶が、今や皮肉なほど遠い。
ハキは、強く目を閉じた。
自分の現在の地位が惜しいわけではない。自分が裏切り者と呼ばれることも、もうどうでもよかった。
だが――死んだ者たちへの過去の復讐のために、今この瞬間を生きている者たちの明日を壊すことだけは、絶対に許せなかった。それだけは、譲れなかった。
(……俺は、今生きている人間を守るために戦う)
ハキは、汚れた自らのライフルを震える手で静かに手入れし、ゆっくりと立ち上がった。
「ダリオを止める。たとえ、かつての同胞すべてを敵に回そうともだ」
彼は、これまで見せたことのないほど決意に満ちた眼差しで、新たに設立された治安維持部隊の司令部へと向かった。
そこには、かつての憎き敵であったパーパルディアのガイウスと、すべてを数字と手順書で処理するコホートのセキュリティ部隊員、ハンスが待っている。
大義を掲げた英雄たちの落日は、静かに終わりを告げた。そして今、平和という名の秩序を守るための、最も泥臭く、最も非情な「掃討作戦」の幕が上がろうとしていた。