辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記 作:ホゲフガ
## 第2章 第4話:昨日の敵、今日の同僚
### 1.あり得ない座組
東部属州の都市ミューズ。
かつてパーパルディア皇国の総督府が置かれ、東部における絶対的な圧政の象徴とされていたその巨大な石造りの建造物は、今や無機質なアンテナとケーブルが縦横に這い回る『コホート合同治安維持司令部』へと改装されていた。
歴史ある石の壁に、コホート製の工業用配線が蔦のように絡みつく光景は、この国の支配構造が完全に書き換えられた事実を暗示しているようだった。
この日、総督府で最も広い第一会議室には、本来であれば絶対に同じ空気を吸うことすらない、三つの勢力が集められていた。
コホート・コーポレーションの治安維持部隊。
パーパルディア皇国軍の東部方面再編部隊。
そして、元属州レジスタンスの穏健派。
石造りの円卓を囲む椅子は、皇国式の重厚な木製チェアと、コホートから支給された簡素なスチール製の折り畳み椅子が不揃いに並べられ、それだけでこの部屋の異様さを物語っていた。それは、新しい秩序(システム)が生み出した、極めて歪で、しかし恐ろしいほど合理的な座組であった。
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### 2.殺意と合理性
会議室の重厚な扉が開き、軍服姿のガイウスが足を踏み入れた瞬間、室内の温度が数度は下がったように感じられた。彼の背後には、まだ再編されたばかりの東部方面軍の副官が極度の緊張の面持ちで控えている。円卓の向かい側には、既にハキが数名の元部下を連れて着席していた。
両者の視線が交差する。
数秒の、鉛のように重い沈黙。誰も口を開かない。空気は最悪だった。ガイウスの副官の手が、無意識に腰の短銃に触れる。ハキの部下の一人は、テーブルの下でこっそりと拳を握りしめ、いつでも懐のナイフを抜けるよう身構えていた。
「……レジスタンスか」
ガイウスが低く唸るように言った。
「……パーパルディアの将軍か」
ハキもまた、警戒心を露わにして睨み返す。
両陣営が一斉に殺気立ち、それぞれの得物へ手をかけようとしたその時だった。
「感情的対立はタスク進行の妨げになり、非効率です。直ちに武装を解除し、着席を」
冷徹な声が、凍りついた空気を物理的に断ち切った。
部屋の隅から歩み出てきたのは、灰色のマリーンアーマーを着こなしたハンスだった。彼は、互いに殺意を向ける両者を、まるで計算式のエラーでも見るかのような無機質な目で見つめた。頭部のネズミの耳が、ぴくりとも動かない。
「現在の我々の共通の敵は、ダリオ率いる暴走レジスタンス勢力です。過去の経緯がどうであれ、現在、皆さんは『この地域の治安と利益を維持する』という同じ目的を共有しています。……当社の決定に反論はありますか?」
誰も納得などしていない。だが、誰も反論はできなかった。武装解除を命じられた両陣営の兵たちが、憎悪を噛み殺しながら渋々と武器をテーブルの端に置いていく。金属同士がぶつかる硬質な音だけが、しばらく部屋に響いていた。
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### 3.初会議
全員が渋々着席すると、ハンスは即座にホログラムモニターを起動した。
青白い光がテーブルの上に広がり、映し出されたのは、ミューズ郊外の山岳地帯の立体マップだ。等高線が幾重にも重なる険しい地形が、精緻な光の粒子で再現されている。
「対象であるダリオ派の現状を説明します。残存戦力は、同調した不満分子を取り込み約五百名。戦時中に当社から供与された銃器を保有し、山岳地帯に潜伏しています。さらに昨晩、周辺の村落で強引な食糧の徴発を行い、抵抗した民間人への死傷被害が発生しました」
「なんだと……!?」
ハキが思わず立ち上がった。椅子が軋んだ音を立てて後ろに倒れる。
「あいつら、属州の民に銃を向けたというのか! 俺たちの武器は、民を守るためのものだったはずだ!」
「過激派レジスタンスは、軍事的には既に敗北している」
ガイウスが、腕を組みながら冷静な声で分析を口にした。長年の実戦で培われた、揺るぎのない声音だった。
「大義を失い、補給線もない。だが、追い詰められた兵ほど危険なものはない。失うものがない部隊は、時に正規軍の何倍もの無差別な被害を周囲にもたらす。私はそういう兵を、これまで何度も見てきた」
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### 4.戦術会議(三者のドクトリン)
「その通りだ。だからこそ本作戦――『治安維持作戦フェーズ・ワン』は迅速に行う必要がある」
会議室に入ってきたのは、防衛主任のミウラだった。彼は首を鳴らしながらホログラムの地図の前まで歩み寄り、太い指で山の稜線をなぞる。
「さあ、ダリオ派の無力化について、戦術会議を始めようか」
ガイウスが即座に提案する。
「我が皇国軍の東部再編部隊、二千を動員する。山を完全に包囲し、補給路を絶つ。味方の被害を最小限に抑えつつ、十日もすれば飢えで投降するだろう。無理な突入は被害を拡大させるだけだ」
ミウラとハンスは顔を見合わせ、頷いた。
「素晴らしい。軍事の定石を突いた、極めて成功率の高い手堅い戦術だ。……しかし将軍、当社には『十日』という時間をかけるコストの余裕はない」
ハンスがデータを切り替える。地図上に、赤い着弾予測範囲が幾つも浮かび上がった。
「当社のドクトリンは『時間とコストの最小化』です。上空のドローンと自走迫撃砲による精密砲爆撃で、敵の防衛陣地と弾薬庫をピンポイントで消し飛ばす。所要時間は三時間。味方の被害はゼロです」
「待ってくれ!」
ハキが机を叩いた。木製の天板が鈍い音を立てる。
「爆撃も包囲もやめてくれ。彼らは俺の元仲間だ。死に場所を探しているだけなんだ。地形なら誰よりも俺が知っている。俺が行って、必ず交渉で投降させてみせる!」
甘すぎる、とガイウスが反論しようとした時、ミウラが手を上げた。
「面白い。交渉か。……ハンス、どう思う?」
「通常であれば却下ですが」
ハンスがネズミの尻尾を揺らす。
「ハキ顧問の現地での影響力と、仮に成功した場合の『弾薬消費ゼロ』というコスト的メリットは、経営戦略的に評価できます。ガイウス将軍の包囲網も、交渉決裂時に逃亡を防ぐ『蓋』として極めて有効です」
ミウラがニヤリと笑い、決断を下した。
「よし。三者のハイブリッド案でいこう。ハキ、お前に『三十分間』の交渉時間を与える。ガイウス将軍の部隊は山の麓で包囲網を敷いてくれ。もし三十分経って交渉が決裂した場合……」
ミウラの目が、冷酷に細められる。会議室の空気が、再びピンと張り詰めた。
「その瞬間に、コホートの砲撃を開始する。……これでいいな?」
ガイウスもハキも、その異質だが完璧に合理的な折衷案に、息を呑んで頷くしかなかった。誰一人としてこの座組に満足はしていない。だが、誰一人として反論もできなかった。
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### 5.共通点
重苦しい会議が終わり、各々が部隊の配置準備に戻る中。
司令部のバルコニーで、ハキは一人、手すりに寄りかかって風を浴びていた。眼下には、コホート式に再整備された街並みが夕陽に染まっている。
「……火を貸してくれ」
隣に立ったのは、ガイウスだった。ハキは無言でコホート製の電子ライターを取り出し、ガイウスの葉巻に火をつける。小さな火花が一瞬煌めき、紫煙が夕風に流れていった。気まずい沈黙が、二人の間にゆっくりと落ちる。
「……俺は、皇国軍を憎んでいた」
ハキが、前を向いたままポツリとこぼした。
「仲間を殺され、畑を焼かれ、どれだけお前たちを呪ったか分からない。お前たちを殺し尽くすことだけが、俺の生きる意味だった」
「……私も、反乱軍を憎んでいた」
ガイウスもまた、眼下に広がる街並みを見つめながら答える。その横顔には、深い皺と、長年の戦の記憶が刻まれていた。
「皇国の秩序を乱す反逆者として、どれだけの兵を討伐に差し向けたことか。大義はこちらにあると、疑いもしなかった」
二人は、かつての血生臭い憎悪を静かに思い返す。しかし、その声にはもう、あの頃のような熱はなかった。
「だが……今となっては、何も残らん」
ガイウスが葉巻の灰を、手すりの外へ静かに落とした。灰は夕風に散り、街の光の中へ消えていく。
「我々が血を流して奪い合ったこの地は、今やあの商人どもの持ち物だ。我々に残されたのは、これ以上、この土地の民が血を流さないように、泥を被り続けることだけだ」
ハキは小さく鼻で笑い、そして深く頷いた。
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### 6.握手と新たな戦場
司令部の出口。
部隊へ戻ろうと背を向けたハキを、ガイウスが呼び止めた。
「ハキ」
振り返った元レジスタンスの青年に向かって、かつての皇国軍の老将は、右手をスッと差し出した。武骨で、幾つもの傷跡が刻まれた手だった。
「これから、よろしく頼む」
沈黙。
ハキはその無骨な手と、ガイウスの真剣な瞳を交互に見つめた。脳裏に、死んでいった仲間たちの顔が次々とよぎる。しかし、今彼の目の前にいるのは、かつての圧政の象徴ではなく、同じように居場所を失い、それでも今を生きる民のために戦おうとする一人の男だった。
「……ああ」
ハキは力強く、その手を握り返した。武骨な手のひらの感触が、互いの掌にじんわりと伝わる。
皇国軍人と元レジスタンス。絶対に交わることのなかった二つの道が、平和という名の新しい秩序の下で、確かな絆として結ばれた瞬間だった。
「おや、良い雰囲気のところ悪いね!」
そこへ、書類の束を抱えたミウラがひょっこりと顔を出した。空気を読む気配など微塵もない、実に朗らかな声だった。
「本作戦『治安維持作戦フェーズ・ワン』について、何か質問はあるか?」
「ない」
ハキが即答する。
「ない」
ガイウスも全く同じタイミングで答えた。
ミウラはパチパチと手を叩いて喜んだ。
「素晴らしい! いやー、一時はどうなるかと思ったけど、チームワークは良好みたいだな!」
「全然良くない」
二人の声が見事にハモる。
ミウラは「いきなり仲良くは難しいな」とケラケラ笑いながら、司令部の中へと戻っていった。ガイウスとハキは顔を見合わせ、呆れたように息を吐き出した。それでも、その表情には、先ほどまでの張り詰めた敵意はもう残っていなかった。
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### 7.エピローグ
作戦室の巨大な壁。
そこには、最新のホログラム地図が青白く輝いていた。だが、その表面には、無数の「赤いマーカー」が点滅している。
山岳地帯に陣取るダリオ派。
国境沿いで暗躍する周辺国の工作員。
戦後の混乱に乗じて流れ込んできた密輸組織。
レジスタンスから横流しされたコホート製武器を扱う密売組織。
平和になったはずの国は、外からも内からも、無数の悪意と野心に晒されていた。地図上で明滅する光の一つ一つが、まだこの国の平穏が仮初めのものでしかないことを物語っている。
「……忙しくなりそうだ」
ガイウスが地図を睨みつけながら、軍人としての鋭い笑みを浮かべた。
「全くだ」
ハキもまた、新しく支給されたライフルのスリングを肩に掛け直す。
「平和ってのは……戦争より、ずっと忙しいんだな」
新しい時代の、新しい戦争。
彼らは今、帝国の残骸の上に築かれた脆い平和を守るため、昨日の敵と共に、次なる戦場へと足を踏み入れようとしていた。