辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記 作:ホゲフガ
第2章 第5話:掃討作戦
1.届かない声
東部属州都ミューズ郊外、旧クーズ王国領の山岳地帯。
山の麓には、ガイウス率いるパーパルディア皇国軍・東部方面再編部隊の二千名が、蟻の子一匹逃がさない完璧な包囲網を敷いていた。整然と並んだ天幕と、規則正しく巡回する哨戒兵の列が、かつての大国の軍隊としての矜持をわずかに取り戻しているようにも見えた。
その険しい獣道を、ハキは息を乱しながら登り、かつての同志たちが立て籠もる山頂の廃城へとたどり着いた。息を切らし、汗が背中を伝う。荒れた石畳を踏みしめるたび、かつてこの道を仲間と共に駆け上がった記憶が蘇る。
崩れかけた城門前。彼を出迎えたのは、過激派レジスタンスのリーダー――ダリオと、死を覚悟した数百のレジスタンスたちだった。誰もが痩せこけ、その目には憔悴と、それでもなお消えない闘志が同居していた。
「ダリオ、頼む、銃を下ろしてくれ!」
ハキは必死に訴えかけた。
「山の麓は既に皇国軍に包囲されている。上空にはコホートのドローン部隊だ。このままでは、お前たちは跡形もなく吹き飛ばされる!」
「それがどうした」
ダリオは薄く笑った。乾いた、感情のこもらない笑みだった。
「俺たちは誇り高きクーズの兵士だ。コホートの配給菓子に尻尾を振る犬になるくらいなら、ここで戦って死ぬ」
「もう十分だろう! 街の子供たちは笑っている。誰も飢えていない。どうしてこれ以上、血を流す必要があるんだ!」
その言葉を聞いた瞬間、ダリオの顔から表情が消えた。
彼はゆっくりとハキに歩み寄り、その胸倉を掴み上げた。骨ばった指が、布ごとハキの喉元に食い込む。
「……子供たちが笑っている? 誰も飢えていない?」
ダリオの瞳から、ボロボロと大粒の涙が溢れ出した。頬を伝う涙が、乾いた土埃の上に小さな染みを作る。
「俺の娘は、笑っていない。俺の妻は、冷たい土の下だ。……お前の言う『平和』の中に、俺の家族の居場所はどこにある!? 教えてくれよ、ハキ。俺たちの流した血と涙は、どこで報われるんだ……!!」
ハキは、言葉を失った。喉元を掴まれたまま、何も言い返すことができなかった。
ダリオは平和を憎んでいるのではない。ただ、愛する者をすべて奪われた戦争という地獄から、彼一人だけが抜け出すことができなかったのだ。
「……帰れ、ハキ」
ダリオは手を放し、背を向けた。その背中は、かつて共に戦場を駆けた頃よりも、ずっと小さく見えた。
「俺たちは、死ぬためにここにいる。せめて最後は、ただのテロリストではなく、クーズの兵士として死なせてくれ」
ハキのコホート製デジタル時計が、冷酷なアラーム音を鳴らした。無機質な電子音が、この悲愴な光景にはあまりにも不釣り合いだった。
これ以上の説得は不可能だった。ハキは嗚咽を漏らしながら、背を向けて山を下るしかなかった。振り返ることは、できなかった。
2.エイリアンとの対話
山道を駆け下りながら、ハキは通信機に向かって絶叫した。息が上がり、足がもつれる。
「ハンス! 聞こえるか! あと五分だ、あと五分だけ時間をくれ!」
『無理です。すでに自走迫撃砲部隊とドローンの照準は完了しています』
通信機越しに聞こえるハンスの声は、氷のように冷たかった。感情の震えなど、欠片も感じられない。
「頼む! あいつらは、俺たちと同じ人間なんだぞ! 家族を奪われて、行き場を失って絶望しているだけなんだ!」
『理解しています。彼らの心理的背景および喪失体験のデータは、事前にプロファイリング済みです』
「なら……なら、なぜ撃つ!? なぜ待てない!!」
『排除コストが最小だからです』
ハキの足が、ピタリと止まった。全身から力が抜けていくのが分かった。
『これ以上作戦を遅延させれば、当社に三百シルバーの機会損失が発生します。人間の感情の揺らぎを待つコストは、当社の計算式には含まれていません。――時間です』
通信が切れた。ぷつり、という機械的な音だけが耳に残る。
ハキは、山の中腹で崩れ落ちた。膝から力が抜け、冷たい岩肌に手をついた。絶望と同時に、背筋が凍るような戦慄を覚えた。
(パーパルディアは……確かに敵だった。だが、奴らは『人間』だった)
皇国軍には、怒りがあり、憎しみがあり、傲慢さという感情があった。理不尽ではあっても、そこには確かに「人間の理屈」があった。
(だが、コホートは違う。奴らは味方だ。だが……『人間』ではない)
怒りも憎しみもない。ただ数字と利益の計算だけで、人間の命を躊躇なく消去する。ハキはここで初めて、自分が手を組んだ組織の「本当の恐ろしさ」を骨の髄まで理解したのだ。それは、皇国軍への憎悪とはまったく異質の、底の見えない恐怖だった。
3.帝国の残照
轟音。
上空のドローンと、数十キロ離れた無人自走迫撃砲からの精密な砲爆撃が、山頂の廃城を文字通り「削り取って」いく。石材が粉塵となって舞い上がり、炎の柱が幾つも空を焦がした。圧倒的で、無慈悲な光景だった。
だが、ダリオたちはただ黙って死を待つような男たちではなかった。
砲煙と炎の中から、雄叫びと共に百名ほどの影が飛び出してきた。地の利と強固な地下壕を利用し、爆撃をやり過ごしたダリオと決死隊が、山の麓――ガイウスの包囲網へ向かって玉砕覚悟の突撃を仕掛けてきたのだ。
「来たぞ! 構えッ!!」
皇国軍の兵士たちに動揺が走る。コホートの絶対的な爆撃を生き延びたという事実と、死に物狂いのレジスタンスの気迫に押され、陣形が僅かに崩れかけた。、兵士たちの姿勢が不安げに揺らめく。
「――怯むな!!」
最前線に躍り出たのは、抜刀したガイウスだった。
彼は逃げ腰になった兵士の肩を掴み、前を向かせる。その眼光には、老将とは思えぬほどの鋭さが宿っていた。
「我々はパーパルディア皇国軍である! コホートどもに、我らがただの『網役』ではないことを見せつけてやれ! 着剣!」
ガイウスの一声で、兵士たちの目に帝国軍人としての誇りが宿った。
瞬時に強固な戦列が構築され、そこから無数の銃剣つきマスケットが突き出される。
「撃てぇッ!!」
ガイウスの号令と共に、一斉射撃が火を噴いた。硝煙が濛々と立ち込め、視界を白く染める。
突撃してくるレジスタンスたちが次々と倒れる。しかし、ダリオは血塗れになりながらも止まらない。彼は咆哮を上げ、濃厚な白煙を乗り越え、ガイウスの眼前にまで迫った。
「うおおおおおッ!!」
「……見事だ」
ガイウスは一歩も引かず、ダリオの振り下ろした刃を自らの剣で弾き返し、そのまま流れるような動きでダリオの胸を深々と貫いた。
ダリオの口から血が溢れる。しかし、その目にはどこか安らかな光が宿っていた。長年張り詰めていた何かが、ようやく緩んだかのようだった。
「……クーズの……兵士として……」
「ああ。貴様はテロリストではない。誇り高き兵士として死んだ」
ガイウスが静かに剣を抜くと、ダリオは崩れ落ち、ついに動かなくなった。
指揮官を失った残党も、ガイウスの完璧な指揮による皇国軍の防衛線を突破できず、一人、また一人と討ち取られていった。硝煙の匂いと血の匂いが、風に溶けていく。
それは、コホートの「駆除作業」ではなく、紛れもない兵士同士の「戦争」であった。
4.這い寄る影
戦闘が終わり、硝煙の立ち込める中。
ハキはダリオの亡骸を見つけ、無言でその目を閉じてやった。まだ温かさの残る瞼に、指先が微かに震える。ガイウスもまた、黙ってその傍らに立っていた。
「……将軍。報告があります」
そこへ、副官が怪訝な顔をして一丁の銃を持ってきた。
「残党の武装を検分していたのですが……妙なものが見つかりました」
ハキがその銃を見て、眉をひそめる。
「なんだ、これは? 我々がコホートから受け取っていたライフルじゃない。旧式の前装式ライフル……皇国軍の武器か?」
「いや、我が軍の規格でもない」
ガイウスは銃を受け取り、その銃床に刻印された紋章を見て、鋭く目を細めた。指先がその紋様をなぞる。
「……これは、リーム王国の武器だ」
「リーム王国?」
ハキが驚いたように声を上げる。そこへ、コホートの通信機からハンスの声が響いた。
『我が社の記録によれば、戦後、ダリオ派への武器弾薬の供給は完全に停止しています。弾薬不足でコホート製の武器が使えなくなった彼らが、どうやって他国の武器を大量に手に入れたのか、論理的な説明を求めます』
「簡単なことだ」
ガイウスは、リーム王国のライフルを地面に放り投げた。乾いた音を立てて、それは岩肌に転がる。
「リーム王国が、密輸組織を通じてこの過激派どもに自国の武器を流していたのだ。目的はただ一つ……パーパルディア国内の『不安定化』と、あわよくば内戦の泥沼化だ」
ガイウスの言葉に、ハキは背筋が寒くなるのを感じた。
自分たちは、純粋なクーズ再興のために戦っていたつもりだった。だが実際には、他国の地政学的なゲームの「駒」として利用され、武器を与えられて踊らされていただけだったのだ。憎しみも涙も、誰かの計算の内側にあった。
「……パーパルディアがコホートの支配下に落ちたことで、第3文明圏のパワーバランスは完全に崩壊した」
ガイウスが、夕闇に染まりつつある北の空――リーム王国がある方向を睨みつける。その瞳には、老将としての新たな警戒の色が浮かんでいた。
「周辺国は、我が国を『弱体化した獲物』として見ている。裏でコソコソと火種を撒く工作の段階は、間もなく終わるだろう」
コホートという冷徹なシステム。
そして、皇国の解体を狙う周辺国の野心。
ダリオ派という悲しき英雄たちの死は、次なる巨大な戦乱の、ほんの小さな序章に過ぎなかったのである。