辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記 作:ホゲフガ
第2章 第6話:ハゲタカたちの晩餐
1.北の軍事国家の論理(リーム王国)
パーパルディア皇国から見て北の隣国、リーム王国。
王都ヒルキガのセルコ城深く、灯りを絞った円卓の間では、国王バンクスと大将軍リバルによる極秘会議が開かれていた。壁に掛けられた歴代国王の肖像画が、揺れる燭台の炎に照らされて不気味に揺らいでいる。
「今のパーパルディアを、食うべきか否か」
国王バンクスの問いに、リバル将軍は大陸地図の『パーパルディア北部防衛拠点――アルーニ周辺』を指し示した。彼の指先には、長年の戦場働きで刻まれた古い刀傷が幾筋も走っている。
「食うべきです、陛下。先の戦争で皇国の主力十三万は消え失せ、今は『コホート』なる組織の保護国に過ぎません。我が国の飛竜騎士団と陸軍をもってすれば、北部の主要都市を落とすのは容易いことです」
リバルの声には、長年抑え込んできた劣等感の澱がわずかに滲んでいた。若き日、彼は国境紛争でパーパルディア軍に大敗を喫し、多くの部下を失っている。あの屈辱を晴らす好機が、今、目の前にあった。
「だが、そのコホートとやらが未知数だ。彼らを敵に回して、勝てるのか?」
「勝つ必要はありません。奴らは『企業』です」
リバルは、極めて論理的な分析を口にした。
「企業は利益を追います。つまり、何よりも『損失』を恐れる。我が軍が電撃的に領土を占領し、その直後に停戦を申し出れば、奴らはどう動くか。奪い返すための莫大な戦費と、我々が提示する和睦条件を天秤にかけ……必ず、後者を選びます」
リバルの分析は、見事なまでにコホートの「利益至上主義」を突いていた。コホートは無駄な総力戦はしない。それが、軍事国家リームが弾き出した合理的な戦略であった。
その時、末席に控えていた若い参謀――ケインが、恐る恐る手を挙げた。
「……恐れながら申し上げます、将軍。皇国の十三万を、コホートは未知の兵器を使い、たった数ヶ月で無力化してみせました。あれは『企業の論理』などという生易しいものではなく、我々の理解が及ばぬ何かなのではないでしょうか」
会議の間に、冷ややかな沈黙が落ちた。リバルはゆっくりとケインの方を振り向く。
「ケイン。臆病風に吹かれたか。皇国は驕り高ぶり、油断していただけだ。我々は違う。奴らの弱点――利益計算という『鎖』を正しく理解している。恐れるべきは、理解できぬ相手にではなく、理解した気になって油断する己の心だ」
ケインは反論できず、深く頭を垂れた。だが、その胸中に残った小さな違和感は、この夜、誰の目にも留まることなく消えていった。
南のパーパルディアに対する長年の劣等感と、軍事国家としての野心。それらが、リーム王国の首脳陣に「死肉を漁るハイエナ」としての、極めて合理的な決断を下させていた。
2.知の探求者(パンドーラ大魔法公国)
フィルアデス大陸西岸、パンドーラ大魔法公国。首都ファンドルフ、白亜の尖塔が林立する『魔導学院連合会議』では、全く別の視点からコホートが分析されていた。
「飛空艦は数分で壊滅。結界魔法も貫通される。軍事的に正面から勝つ確率は『ゼロ』です」
学連長オルコットが、コホートとパーパルディアの戦争を記録した映像水晶を止め、冷酷な事実を告げた。会議室に重い沈黙が落ちる。かつて無理やりパーパルディアの属国にされていたこの国の、皇国への憎悪は根深い。皇国が蹂躙されたこと自体は「いい気味だ」と多くの者が笑っていたが、代わりに出現した勢力があまりに強大すぎるのだ。
「軍を出す愚は、誰も犯すべきではない」
オルコットは静かに締めくくった。しかし、彼の隣に座る一人の男が、目を爛々と輝かせて身を乗り出した。
「たしかに軍事的には不可能でしょう、学連長。しかし――」
魔導工学の権威、ライナス教授である。皺だらけの顔に、少年のような好奇心を滲ませていた。
「奴らは国家ではなく『企業』。ならば、彼らの行動原理は『利益』『契約』『損益計算』です。軍事力ではなく『経済合理性』こそが奴らの弱点に他ならない」
「ほう。どう動くと言うのだ?」
オルコットが眉を寄せる。
「我々は軍を出しません。血を流さずに、奴らの知恵だけを啜り上げればいいのです」
ライナスは映像水晶を操作し、皇宮制圧戦の記録を拡大表示させた。青白い光条が皇国の近衛兵を薙ぎ払う場面が、静止画として浮かぶ。
「この光条も、あの鉄の鳥――ドローンも、魔力波形が一切検知されませんでした」
「なに? 魔法ではないと言うのか?」
「はい。この兵器は魔法ではない。だから遠隔では解析できないのです。……ぜひ、実物を一基回収したい」
教授は欲望に満ちた笑みを浮かべた。
「リーム王国が北で騒ぎを起こせば、コホートの目はそちらに向く。我々はその隙に、魔法による通信妨害と偵察支援を提供する見返りとして、戦場の残骸――コホートの未知のテクノロジーを回収します。血を流さずに技術だけを奪うのです」
オルコットは長い沈黙の後、深く息を吐いた。
「……学者としてのお前の好奇心は理解する、ライナス。だが、これは『火遊び』だ。あの化け物どもの機嫌を損ねれば、次に灰になるのはこの学院かもしれん」
「灰になるリスクを冒してでも、知る価値がある技術です。学連長――我々は、知の探求者ではなかったのですか」
ライナスの一言に、オルコットは反論できなかった。魔法の探求者たちは、コホートを「未知の技術を持つ都合の良い商人」として分析し、直接的な衝突を避けた情報戦と技術奪取を目論んでいた。
3.海軍国家のリアリズム(マール王国)
パンドーラの南、大陸南西部の半島に位置する海洋交易国家マール王国。
王城の執務室で、国王ダグラスは大きく安堵の息を吐き出していた。パーパルディア皇国から長年受けていた「領土割譲の圧力」が、皇国の敗戦によって完全に消滅したからだ。窓の外には、彼が長年愛してきた交易船の帆が、穏やかな海風を受けて白く輝いている。
「……助かった。だが、安心はできん。パーパルディアが倒れた翌日に、我々もまた『次のパーパルディア』になる可能性がある。あのコホートという化け物に勝つ方法など存在せん」
「勝つ必要はございません、陛下」
外務大臣ヴァレンスが、地図上の海路を細い指で辿った。彼は元々一介の商人であり、交渉と損得勘定にかけては王国随一の切れ者だった。
「我々は、上陸はしません。コホートと直接矛を交えるのは、血の気の多いリーム王国に任せておけばよいのです。我々は後ろからついて行き、安全な場所から『おこぼれ』を拾う。他国だけが利益を得て、我が国が取り残される状況だけは避けねばなりません。陸戦はリーム王国に任せておけばいい」
ヴァレンスの提案に、ダグラスは深く頷いた。
「我々が欲しいのは、皇国西海岸の豊かな港と交易路だけだ。パーパルディアの圧力が消えた今、あの海域の関税権を握れば我が国の国益は計り知れない」
「はい。我が国の誇る海軍をもって、皇国の主要港を海上封鎖するだけで十分です。商人は、物流を止められるのが一番痛い。港を封鎖して経済的な圧力をかければ、コホートは必ず音を上げ、我が国に有利な交易協定を結ばざるを得なくなります」
世界征服などという非現実的な妄想は抱かない。欲しいのは港と、海峡と、交易路だけ。マール王国は、最も現実的で、最も商人の嫌がる急所を突く戦略を立てていた。主戦派ではない。だが、戦後の再編による旨味だけは確実に欲しい。マール王国は、自国の安全保障を最優先しつつ、虎の威を借る狐として振る舞うことを決めた。
「陛下。一つだけ、申し上げてよろしいでしょうか」
ヴァレンスが、珍しく声を落とした。
「私は商人として、これまで多くの『格上』を相手取ってきました。……格上を出し抜く時に一番大切なのは、相手を怒らせすぎないことです。この計画、あくまで『火傷しない距離』を保ち続けねばなりません」
「わかっている。深追いはせん」
その言葉が、後にどれほど空しく響くことになるか、この時のダグラスはまだ知らなかった。
4.極秘会談
数週間後。とある中立都市の地下室にて、極秘の会談が開かれた。
リーム王国のリバル将軍、パンドーラ大魔法公国のライナス教授、マール王国の外務大臣ヴァレンス。彼らは薄暗いランプの灯りの下、埃っぽい木箱に腰掛け、一つの「共通認識」を確認し合っていた。
彼らは自分たちの完璧な役割分担――リーム(陸上侵攻)、マール(海上封鎖)、パンドーラ(情報戦と技術奪取)――を確認し合い、粗末な酒杯を掲げた。
「企業は利益を追う。つまり損失を恐れる」
リームのリバル将軍が言う。
「ええ。だから、泥沼の全面戦争はできません」
パンドーラのライナス教授が同意する。
「商人は利益を守るが、誇りのためには戦わない。我々が引くべき一線を間違えなければ、奴らは必ず計算ずくで妥協する」
マールのヴァレンスが締めくくった。
全員が頷く。彼らの分析は、実に論理的で、賢明であった。彼らは『コホートが利益で動く』という真理を完璧に理解していたのだ。
――だが。彼らは「利益の計算方法」だけを読み違えていた。
『商人は誇りのためには戦わない』。それは正しい。だが、彼らは気づいていなかった。リムワールド人は、利益を守るためなら、国家よりも遥かに冷酷な判断を下せるということに。
地下室を出た三人が、それぞれの馬車に乗り込み、闇の中へ散っていく。
その様子を、名も知れぬ夜商人に扮した一人の女が、路地の陰から静かに見送っていた。女の襟元には、小さな社章が控えめに光っていた。
「……全員、確認しました」
女は懐の魔導通信機――正確には、その形をした模した小型の情報端末――に向かって囁く。
『ご苦労様。これで役者は揃ったわね』
女の声が、端末の向こうから涼やかに返した。
5.ROI(投資利益率)による虐殺
エストシランド近海の沖合。《プロスペリティ》第1会議室。
モニターには、大陸全土から押し寄せる無数の「赤い警告」が明滅している。
「リーム王国が国境近くに軍を集結させています。さらにマール王国も海軍を動かしています。パンドーラも、何やら怪しい動きをしている模様です」
ハンスが、一切の感情を交えずに現状を報告した。
防衛主任のミウラは無言でモニターを睨み、内政主任のキムラはすさまじい速度でキーを叩いている。財務チーフのスカルバーグは、いつも通り無表情のままデータパッドに視線を落としていた。広報チーフのノゾミだけが、腕を組んで壁にもたれ、面白がるような笑みを浮かべている。
タドコロは、怒鳴ることも、取り乱すこともなかった。ただ、冷や汗をにじませながら、じっと空中のホログラムを睨みつけていた。静かすぎるほどの、異常な集中状態だった。
「……試算を」
タドコロが、乾いた声で言った。
「三国による介入を許容し、彼らの要求通りに妥協して『現状維持』を選んだ場合」
スカルバーグが、感情の欠片もない声で答える。
「短期的な軍事支出はゼロに抑えられます。しかし、物流網の喪失と市場の不安定化により、5年後のパーパルディア市場における利益予測は、現在比マイナス62%」
「加えて」
ノゾミが、三本の尻尾を緩やかに揺らしながら口を挟んだ。
「『コホートは武力圧力に屈した』という前例が一度でも流布すれば、それは他の全ての商圏における交渉力の毀損に直結します。ブランドというのは、一度舐められたら最後、市場全体から同時に舐められるものですよ、社長」
「一方」
ハンスがデータを切り替えた。
「侵攻国に対し、我が社の最新アセットを用いた『限定的かつ徹底的な報復』を実施した場合。初期費用は高額ですが、今後の市場における30年間の『絶対的な抑止力』を考慮すると、期待される利益(ROI)は約4.3倍に跳ね上がります」
会議室が、数秒だけ沈黙した。
タドコロは、扇子でトントンと机を叩き、静かに口を開いた。
「……現状での、物流停止による確定損害額は?」
「約28億シルバーです」
スカルバーグが即答する。
また、数秒の沈黙。
タドコロは、ふっと息を吐き出し、まるでランチのメニューを決めるような、何の熱もこもっていない声で言った。
「……なるほど。じゃあ、滅ぼしましょう」
「タドコロ?」
ミウラが片眉を上げる。
「答えは決まってるじゃない。高い初期投資になるけれど……30年の利益と28億の損失を天秤にかければ、そっちの方がずっと『安上がり』よ」
そこには、舐められたことへの怒りも、領土を侵されたことへの憎しみも、誇りすらない。ただ、「今ここで徹底的に叩き潰しておいた方が、将来の帳簿が黒字になる」という、純粋な算盤の計算結果があるだけだった。
「キムラ、ミウラ。予算枠のリミッターを解除しなさい。倉庫にある一番厄介な不良在庫を、あの国々に『投資』してあげるわ」
ノゾミが、くすりと笑って付け加えた。
「広報部としては、今回の一件を『正当防衛による市場保護』として、事後に丁寧なプレスリリースを打たせていただきますね。……いつも通り」
窓の外。暗い夜の海の向こうに、何も知らない第三文明圏の灯火が揺れている。
彼らは賢かった。賢すぎたが故に、感情で動く「国家」の論理でしか物事を測れなかった。自分たちが、利益率というたった一つの数字のために全てを焼き尽くす「企業」という名の怪物に、自ら首を差し出してしまったことに――中立都市の地下室で交わされた密談すら筒抜けだったことに、まだ誰も気づいていなかった。