辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記 作:ホゲフガ
## 第2章 第9話:計算の外側
### 1.二重の空(アルーニ防衛戦)
パーパルディア北部、防衛拠点アルーニ。開戦二日目。
かつて十三万の野戦軍を率いた大将という地位こそ形式上は残っているが、皇都からこの最前線に送られた今のガイウスに与えられているのは、あくまで総司令官マータルの指揮下にある「アルーニ防衛線の現地指揮官」という実務上の役割に過ぎない。
それでも、彼の背後には、あの地獄の敗走を共に生き延びた古参兵たちが、今もなお当然のように付き従っていた。権力や地位ではなく、現場を知る者への信頼だけが、この急造部隊を強固に束ねていた。
「対竜砲、装填急げ! 弾種は散弾で構わん、とにかく数を撃て!」
ガイウスの怒声が、砲兵陣地に響き渡った。パーパルディア軍のみならず、第三文明圏全体で広く使用されている前装式の対空砲――砲身に粗い散弾を詰め、空へ向けて撃ち上げる、いわば『面』で飛竜を捉える旧式の兵器だ。命中精度こそ低いが、密集して降下してくるワイバーンの編隊には、意外なほどの効果を発揮する。
「来るぞ! 撃てぇッ!!」
数十門の砲声が轟き、無数の鉄片が朝空へ向けて突き上がる。先頭を飛んでいたワイバーン数騎が、悲鳴のような鳴き声と共に被膜を破られ、地面へと墜ちていった。
「よし、当たった……!」
若い二等兵ヨナスが、思わず声を上げる。隣で古参兵のドムが、パイプを噛みながらニヤリと笑った。
「これが、俺たちの意地ってやつだ、小僧。コホートの機械頼みだけが戦争じゃねぇ」
だが、敵の数はあまりに多かった。第一波の散弾を潜り抜けた編隊が、なおも数十騎、陣地へと迫ってくる。
「第二防壁、構え!」
ガイウスが片手を上げると、後方に控えていた兵士たちが、一斉に肩に担いだ筒状の兵器を構えた。コホートから供与された携行式対空ミサイル(MANPADS)――数こそ少ないが、ワイバーンの分厚い鱗すら容易く貫く『切り札』だった。
「……何だ、あの筒は」
ヨナスが、思わず呟いた。マスケット銃とも大砲とも似つかない、滑らかな金属の塊。この世界の武器のどれとも異なるその異様な佇まいに、初めて実物を目にする若い兵士たちは、恐怖よりも先に、言いようのない違和感を覚えていた。まるで、自分たちの泥臭い戦争に、まったく別の時代の何かが紛れ込んでいるかのような。
「撃て!」
甲高い噴射音と共に、数発のミサイルが白煙を引いて空へと打ち上げられる。熱源を追尾されたワイバーンが、回避の悲鳴を上げる間もなく空中で鮮やかに爆散した。
「二騎撃墜! いや、三騎!」
歓声が上がる。だが、ガイウスの表情は険しいままだった。撃墜したのは、せいぜい編隊の一割に過ぎない。残りが、なおも陣地の上空へと殺到してくる。
「歩兵陣地に着弾!」
「第二中隊、被害甚大!」
上空からの火炎弾と、投げ落とされる火薬樽。塹壕のあちこちが吹き飛び、悲鳴が交錯する。ヨナスは咄嗟に伏せ、土埃の中で耳鳴りに耐えた。
「怯むな! 地上部隊が来るぞ!」
ワイバーンの猛攻が一段落したその直後、平原の彼方から、無数の軍靴の足音と喊声が響いてきた。リーム王国の地上軍、本隊の突撃である。
「――迎え撃て! パーパルディアの意地を見せてやれ!」
ガイウスが銃を構え、自ら最前線へと躍り出る。前装式ライフルの斉射が交錯し、銃剣を構えた両軍の兵士たちが、泥にまみれながらぶつかり合う。もはやドローンにもコホートの自走砲にも頼れない、生身と鋼の応酬――彼らがよく知る、本来の戦争だった。
リーム軍とて、無傷ではなかった。ワイバーン編隊は撃墜され、地上部隊の先陣もまた、砲と塹壕からの斉射によって少なくない屍を晒していた。だが、それでも彼らは怯まなかった。数において圧倒的に優る歩兵の波が、次から次へと押し寄せてくる。パーパルディア軍は、その猛攻を辛うじて食い止めることはできても、押し返すだけの余力は残っていなかった。
(勝っているわけではない。……ただ、こちらに『勝てない戦い方』を強いてきているだけだ)
ガイウスは、剣を振るいながら、冷静にそう分析していた。一つ一つの局地戦では、確かにパーパルディアとコホートの火力が優位に立っている。だが、その優位を積み重ねても、戦線全体を押し返すには至らない。ただ、削られながら、耐え続けるだけの戦いだった。
(機械だけでは、この戦は勝てん。……我々自身が、血を流さねばならんのだ)
ガイウスは戦いながら、その事実を改めて骨身に刻んでいた。
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### 2.地の利という魔法(リーム軍司令部)
同じ頃。リーム王国軍、前線本営。
「アルーニの敵防空網は、想定よりも粘り強いですね」
若き参謀ケインが、戦況報告を淡々と読み上げる。
「当然だ」
大将軍リバルは、地図に描かれた複雑な谷筋を指でなぞりながら、不敵に笑った。
「奴らの機械の目は、確かに恐ろしい。だが、あれは所詮『空から見た地図』でしかない。この山岳地帯には、太古から鉱脈の魔力が滞留する谷が幾つもある。……知っているか、ケイン。魔力の濃い地形と、特定の気象条件が重なると、ドローンとやらの精密な目が、時折おかしくなるらしいな」
「……パンドーラからの報告書にも、そのような記述がございました。ただし、毎回起きるわけではないようです。原因も、こちらでは完全には特定できていません」
「構わん。毎回でなくとも構わない。使える現象は使う。それだけの話だ」
リバルは、地図上のいくつかの谷筋に印をつけた。
「主力を、あえてこの『目の曇りやすい』地形沿いに進軍させよ。確実ではなくとも、奴らの精密爆撃の精度を落とせるだけ落とし、こちらの被害を最小限に抑える。……コホートの強みは、正確さだ。ならば、その正確さを地形によって揺らがせてやればいい」
有能な将軍だった。彼は、魔法が万能の盾ではないことを正しく理解していた。高濃度の魔力が電波やセンサー類に干渉することがあるというのは、この世界でも近年ようやく囁かれ始めた未解明の現象に過ぎない。だが、確実でなくとも、可能性があるならそれを利用する。
コホートの技術を頭ごなしに恐れるのではなく、その隙を地形という『古い知恵』で突く術を、リバルは正しく心得ていた。
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### 3.狂う計算(プロスペリティ)
《プロスペリティ》第一会議室。開戦二日目の夕刻。
「……なんで?」
タドコロが、珍しく苛立ちを隠さない声で呟いた。ホログラムに表示された戦況図には、想定を大きく上回るパーパルディア側の被害報告と、予定を大幅に下回る敵撃破率の数字が並んでいる。
「敵の撃破率が、想定を大幅に下回っています」
生産・技術主任のキムラが、疲れ切った声で説明する。
「敵部隊が意図的に分散し、なおかつ特定の地形――魔力濃度の高い谷筋を選んで進軍することで、ドローンのセンサー精度が断続的に低下しています。常時ではなく、条件が重なった時にのみ発生する現象のようですが、原理は当社でも完全には特定できていません。加えて、原因不明のノイズ……おそらくパンドーラの魔法による妨害が北部一帯で断続的に観測されており、精密誘導兵器の命中率そのものが局所的に落ちている状況です」
「無人機だけでは、戦線を維持しきれないということね」
「はい。……申し訳ありません、社長。パーパルディア治安軍の脆弱な地上兵力に、これほど長期間戦線を支えてもらう前提の作戦ではありませんでした」
タドコロは、プラスチール製の扇子を閉じたまま、しばらく黙り込んでいた。
この世界へ進出して以来、初めて『会社の計画』が、現場の現実に追いつかれていない。その事実が、彼女の中で静かに、しかし確かな重みを持って沈んでいった。
「……ミウラ。予備戦力の投入基準を、もう一段引き下げなさい」
「おう。しかしタドコロ、これ以上のアセット投入は、当初の防衛予算枠を――」
「越えるでしょうね。分かってるわ」
タドコロは、窓の外――夕闇に沈みゆく北の空を見つめた。
「でも、ここで出し惜しみして戦線が崩壊したら、それこそ元も子もない。……『損して得取れ』。古い言葉だけど、今はそれに従うしかなさそうね」
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### 4.皇都の食卓
パーパルディア皇宮、最高会議室。
「――以上が、北部戦線の現況です」
マータル総司令官からの緊急報告書を読み上げ終えたカイオスの声には、隠しきれない疲労が滲んでいた。
「前線は後退。国境付近の村落から、既に数万規模の避難民が発生しています。加えて、輸送路の混乱とコホートの軍事優先輸送により、北部一帯で食糧不足の兆候が出始めています」
ルディアスは、報告書を握りしめたまま、しばし言葉を失った。
その重い沈黙を破ったのは、レミールだった。
「……民を優先しなさい」
彼女は、静かに、しかしはっきりと言い切った。
「食糧も、避難民のための馬車も、まず民に回すのです。兵站がどうこうという話は、その後で結構」
会議室の隅に控えていたコホートの物流担当官が、すかさず口を挟む。
「恐れながら、皇后陛下。当社としては、前線への軍事物資の物流優先度を落とすことは推奨できません」
彼は、感情を交えているわけではなかった。むしろ、彼なりの誠実さで、静かに続けた。
「今、目の前の避難民に食糧を優先して回せば、確かに今日、明日の飢えは救われるでしょう。……しかし兵站が崩れれば、戦線そのものが崩壊し、リーム軍の浸透を止められなくなる。そうなれば、来週、再来週には、今の何倍もの村が焼かれ、何倍もの避難民が発生します。全体最適の観点から言えば、今日の子供を一人救うために、来週の子供を十人失うリスクは負えないのです」
「数字の話をしているのではないわ」
レミールの声に、初めて統治者としての明確な力がこもった。
「今、この瞬間に飢えている者と、明日の戦況のどちらが大事かと聞かれたら、私は迷わず前者を選びます。……それが、間違っているというのなら、私は喜んで間違えましょう」
物流担当官は、しばし沈黙した。
彼の主張は、決して間違ってはいなかった。長期的に見れば、彼の言う通りにする方が、結果としてより多くの命を救う可能性が高いことも、恐らく事実だった。それでも、彼はそれ以上レミールに反論しなかった。
「……持ち帰り、再検討します」とだけ答えて退室していく。その背中に、合理性に対する迷いのようなものが一瞬滲んで見えたのは、気のせいだったかもしれない。
ルディアスは、隣に立つ妻の横顔を、まじまじと見つめていた。
かつて「商人風情が」と吐き捨て、民を泥の中で飢えさせていた女が、今、コホートの『全体最適』という冷酷な合理性に真っ向から異を唱え、民を守ろうとしている。その変化に、彼は驚きと、それ以上の何かを覚えずにはいられなかった。
カイオスもまた、疲れた顔に、微かな安堵の色を浮かべていた。
誰かが、数字だけでは測れないものを、この場で言葉にしてくれた。それだけで、彼の双肩に乗る重荷が、ほんの少しだけ軽くなった気がした。
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### 5.凪の海(マール王国)
大陸南西部、マール王国の軍港。
「出港準備、完了しました」
士官の報告に、提督は静かに頷いた。埠頭に並ぶ数十隻の大型帆走軍艦が、出航の時を待って帆を張っている。
「西海岸封鎖まで、あと三日というところか」
「はい。リーム軍の動きに合わせ、こちらも予定通り動きます」
提督は、遠く水平線の彼方――パーパルディアの西海岸がある方角を見つめた。まだ戦いの気配はない。だが、静かな海の下で、確実に獲物の首を絞めるための牙が研がれていた。
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### 6.第二段階(パンドーラ大魔法公国)
フィルアデス大陸西岸、パンドーラ大魔法公国。魔導観測室。
「リーム軍の進撃速度は?」
学連長オルコットが、水晶版に映る北部戦線の様子を見つめながら尋ねた。
「予定より、遅いですね」
ライナス教授が、興味深そうに戦況を記録している。
「地形を利用した奇襲は成功していますが、コホート側の予備戦力投入と、予想以上に粘り強いパーパルディア残存軍の抵抗により、押し戻されつつあります」
「……ならば、第二段階だ」
オルコットの声に、これまでにない緊張が滲んだ。
「本格的な魔導妨害の展開を許可する。通信、観測、センサー全般への干渉強度を、自然発生する魔力ノイズの水準から、意図的な『攪乱』の域まで引き上げろ。……加えて、偵察と技術回収のための工作員を、国境地帯へ投入する」
「ついに戦場に、我々自身の手を汚す、ということですね」
ライナスが、どこか嬉しそうに目を細めた。
「知の探求のためだ。多少の火傷は、覚悟の上だろう」
オルコットは何も答えず、ただ水晶版の向こうで揺れる、遠い戦火を見つめ続けていた。
コホートの絶対的な優位は、開戦からわずか二日で、静かに、しかし確実に、その輪郭を崩され始めていた。