辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記 作:ホゲフガ
## 第2章 第10話:密告の値段
### 1.目がない
《プロスペリティ》第一会議室。開戦四日目。
「北部一帯の監視ドローン稼働率、いまだ五割以下です」
ハンスが、感情を一切交えずに致命的な現状を告げた。パンドーラ大魔法公国による大規模な魔導妨害は日を追うごとに強度を増し、コホートの精密観測網は事実上、機能不全に陥りつつあった。
「代わりに、リーム王国軍のゲリラ的浸透部隊と、パンドーラ工作員による破壊活動の被害報告だけが右肩上がりで増えている、と」
タドコロが、疲れた声で確認する。
「はい。ここ二日で確認された不審な小部隊の目撃情報は、把握しきれていないものを含めれば百件を超えると推定されます。……我々は今、この広大なパーパルディア大陸の防衛線に対して、あまりにも『目』が足りません」
タドコロは、指先でプラスチール製の扇子の骨をなぞりながら、しばらく黙り込んでいた。
機械の目が使えないなら、どうするか。この問いに、まだ誰も明確な答えを出せずにいた。
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### 2.財布の中身
「――発想を変えましょう」
重い沈黙を破ったのは、財務チーフのスカルバーグだった。彼はいつもの無表情のまま、黒いオオカミ耳を揺らしてデータパッドを掲げる。
「上空から見えないなら、地上から見ればいい。戦争や工作活動をしている人間は、必ず現地で何かを『買う』んです。食料、医薬品、金属、火薬の原料、馬、衣服……。我々は既に、パーパルディア経済の四割以上を、コホート通貨の電子決済網で把握しています」
「消費データから、不審な購買パターンを洗い出す、ということね」
タドコロが目を細める。
「はい。ですが」
生産主任のキムラが、長いウサギ耳を垂らしながら渋い顔で口を挟んだ。
「電子決済のデータだけでは限界があります。密輸業者や工作員は、当然コホート通貨の流通網を避けて、足のつかない現金(旧パーパルディアのパソ貨)や現物取引をするでしょう。……データだけでは、網の目が粗すぎて穴だらけです」
「なら、その穴を『現地の人間』で埋めればいい」
そこで発言したのは、広報チーフのノゾミだった。彼女は三本の狐の尻尾を緩やかに揺らしながら、艶やかな笑みを浮かべる。
「情報が欲しいなら、情報をお金で買えばいいんです。……街のどこに何があるか、誰よりも知っているのは、空から見下ろす機械ではなく、そこに住む街の人間ですから」
タドコロは、しばし考え込み、やがて小さく頷いた。
「……いいわ。密告制度を作りましょう。敵の有用な情報を持ってきた人間には、コホート通貨(シルバー)で即金を払う。……ミウラ、ハンス。カイオスと連携して、街々に布告を出しなさい」
こうして、パーパルディアという国そのものを「情報網」に変える、冷徹な資本の計画が静かに動き出した。
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### 3.密告の値段
数日後。パーパルディア各地の街角に、真新しい布告が貼り出された。
『敵軍関係者、工作員、密輸武器に関する情報を募集します。有用な情報を提供した方には、コホート通貨(シルバー)にて即時報酬をお支払いします』
「……冗談だろ」
「いや、本当らしいぞ。隣町じゃもう、何件か金が支払われたって話だ」
「コホート通貨か……今、それがあれば子供を医者にも診せられるし、配給所以外で良い小麦も買えるんだろう」
対コホート戦後の急激なインフラ統合と配給生活で、既にコホート通貨の絶対的な価値を骨の髄まで実感していた市民たちは、この布告に予想以上の速さで反応した。だが、その反応は、決して愛国心や「正義感」からではなかった。
初日から、コホートの通報窓口には情報が殺到した。
「隣の家に、見慣れない男が出入りしています!」
「あの商人は、先月から急に火薬を大量に買っています!」
「あの農家は、家族の人数に比べて食料の買い付け量が異常です!」
だが、治安部隊が調べてみると、その大半は無関係だった。「見慣れない男」は単なる遠縁の親戚であり、「火薬」は近隣鉱山の発破用であり、「異常な食料」は単に戦乱と飢饉に備えた買い溜めに過ぎなかった。
「……報奨金目当ての虚偽申告が、全体の八割を超えています」
ノゾミが、珍しく苦い顔で報告した。
「中には、隣人との土地争いや、個人的な恨みを晴らすための『嘘の密告』も大量に混じっています。これでは治安部隊の出動コストが嵩むばかりです」
タドコロは、その報告を聞いて、小さくため息をついた。
「……無料で善意を求めるより、金を払った方が人間は動く。でも、金を払えば、金のために嘘をつく人間も出てくる。……分かってはいたけど、ここまで綺麗に裏目に出るとはね」
彼女は扇子を開き、ぱたりと一度扇いだ。
「制度を改良するわ。……『密告したら無条件で即金』はやめましょう」
新たな布告が、旧来のものに上から貼り替えられていった。
『虚偽情報:報酬なし、および悪質な場合は罰金。
有用な情報:小額報酬。
敵の摘発に直結した情報:高額報酬。
大規模な工作網の摘発に繋がった情報:特別報奨』
情報の『質』に応じて対価の計算式を変える。人間の底知れぬ欲望を、より精密な網で掬い上げる仕組みへと、コホートは静かに制度を作り替えていった。
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### 4.最初の成果
改良された密告制度は、じわじわと確実な結果を出し始めた。
ある夜、東部の街から一件の通報が入る。
「あの空き家に、夜だけ明かりが灯る。それに、家の主人が最近、やけに多くの馬具と保存食を現金(パソ貨)で買っている」
単体では、取るに足らない情報だった。だが、コホートのデータ統合システムは、この通報を他の複数のデータと照合した。同じ地区での不自然な食料購入の急増。夜間の人の移動を示す、断片的な目撃情報。そして――薄れつつも、まだ残っていた魔力ノイズの中から拾い上げられた、微かな魔導通信の残滓。
「……ビンゴです」
キムラが、データの重なりを見て呟いた。
「複数の情報源が、完全に同じ一点を指しています」
ハンス率いるマリーンアーマーの治安維持部隊が急行し、その空き家の地下に隠されていた工作用武器庫を無傷で発見。さらにその場から芋づる式に、周辺に潜伏していたリーム王国のゲリラ浸透部隊、実に二十名を一挙に摘発(物理的制圧)することに成功した。
「……街の人間の目は、機械よりも馬鹿にできませんね」
ハンスが、珍しく感心したような無機質な声で報告した。
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### 5.経験という情報源
その摘発作戦の現場に、一人の男が同行していた。
先の戦争で右足を失い、プラスチールの先進義肢を装着した元皇国軍将校――ケルツだった。
「……ここは違う」
ケルツは、ハンスの差し出す電子地図を睨みながら、静かに首を振った。
「この村の連中が本当に隠れるとしたら、あそこだ。昔から密輸業者が使っていた、古い地下貯蔵庫がある。表向きの行政記録には残っていない」
彼の指し示した先を、コホートのドローンが改めて超音波探査で調べ直すと、案の定、地図には載っていない古い抜け道が発見された。
「あの街道も要注意だ」
ケルツが続ける。
「軍の巡回が最も手薄になる時間帯とルートの切れ目を、密輸業者は昔から知っている。……俺も、かつてはそれを取り締まる側だったからな」
コホートの分析システムが弾き出す『データと確率』に、ケルツら現地人の持つ『生きた経験』が重なることで、精度は飛躍的に向上していった。
消費データが『何が起きているか』を示し、密告が『どこで起きているか』を絞り込み、そしてケルツのような現地の知識が、その最後の一点を突く。三つの異なる知が組み合わさることで、コホートはようやく、魔法によって失われた「目」を補完しつつあった。
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### 6.ハキの葛藤
だが、治安維持部隊として動くハキにとって、この成果は手放しで喜べるものではなかった。
「……また、これか」
ハキは、通報のあった家の前で、深く息を吐いた。年老いた夫婦が、怯えた顔で家の中から連行されていく。「隣の家族がリーム兵を匿っている」という密告。だが、調べてみればそれは、数年前の水利権を巡る争いに端を発した、ただの悪質な私怨だった。
「すまなかった。誤認だ」
ハキは、震える老夫婦に頭を下げた。だが、それで済む話ではなかった。彼らの家は既に、近隣の住民から「裏切り者を匿うような連中」として、疑いの目で見られ始めていた。
(金のために、隣人を売る。……こんなものが、正しいはずがない)
ハキは、そう思わずにはいられなかった。だが同時に、彼はこの数日で、密告制度によって救われた命も見てきた。武器庫の発見。浸透部隊二十名の摘発。それによって未然に防がれたであろう、幾つもの村の悲惨な被害。
「……嫌いだ」
ハキは、誰に言うでもなく、独り言のように呟いた。
「こんなやり方は、嫌いだ。……だが、役に立っている」
人間の善意にも悪意にも、等しく『値段』をつけて利用する。その冷徹さを憎みながらも、その冷徹さが確かにこの国の民を救っているという事実を、ハキはもう否定することができなかった。
(こいつらは……敵を探す『目』まで、民間に外注するのか)
かつて第一会議室で交わされたであろう言葉――ハキがそれを直接聞いたわけではない。だが、この国全体を覆いつつあるシステムの正体を、彼はその一言で正確に言い当てていた。
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### 7.国を買う
リーム王国、前線本営。
「……おかしい」
若き参謀ケインは、送られてくる報告書を前に、深く眉根を寄せていた。
「我が方の浸透部隊、摘発率が急上昇しています。……パンドーラの魔法干渉は継続しており、コホートのドローン網は、いまだ回復していないはずです。ならば、なぜ我々はこうも次々と正確に見つかる?」
彼は、摘発された地点と時刻を、丹念に地図へ書き込んでいった。パターンが見えてくる。摘発は、必ずしもドローンの観測範囲と一致していない。むしろ、人の生活圏――市場、宿場、水場に近い場所ほど、発見される確率が異常に高かった。
「……情報源は、機械ではない」
ケインは、報告書をめくる手を止めた。
「まさか、民間人……?」
彼は、バッと地図から顔を上げた。
「民間人が敵を探し、密輸業者が情報を売り、商人が購入履歴を提供し、そして――捕虜まで、情報を提供しているのか」
ケインは、戦慄に震え、しばらく言葉を失っていた。やがて、静かに、しかし確信を込めて、隣に立つリバル将軍に告げた。
「……奴らは、兵を増やしたのではありません」
一拍の間を置いて。
「国(パーパルディア)そのものを、買ったのです」
リバルは、何も言わなかった。ただ、地図の上に広がる無数の摘発ポイントを、長い時間、無言で見つめ続けていた。
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### 8.次なる潮
エストシラント沖、《プロスペリティ》第一会議室。
「……報告です」
ハンスが、新たな戦況図を投影した。
「西海岸沖にて、マール王国艦隊の出港を確認。予定通り、パーパルディアの主要港の完全封鎖態勢に入る構えです」
タドコロは、地図に浮かぶ新しい無数の赤い光点を見つめ、深く息を吐いた。
「……北の防衛だけで、まだ手一杯だっていうのに」
彼女は、プラスチール製の扇子で軽く額を叩きながら、呟くように言った。
「海まで、来るのね」
窓の外、夕闇に沈むエストシラントの海が、静かに、しかし確実に、新たな戦火の予兆を映し始めていた。