辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記 作:ホゲフガ
## 第2章 第11話:見えない波
### 1.旧式艦隊
パーパルディア西海岸、コホートが接収・整備した主要港湾都市アルシオン沖。
早朝、薄靄のかかった水平線に無数の船影が浮かび上がった。
「マール王国艦隊、視認できる範囲で装甲艦十二隻、フリゲート二十隻以上、その他小型艦多数を確認」
西海岸防衛のために派遣されたハンスが、アルシオンの港湾防衛司令部から淡々と報告する。ホログラムに投影された偵察映像には、木造船体に分厚い鋼の装甲板をリベットで打ち付けた、いかにも古めかしい艦影が並んでいた。帆走設備を残したまま、船尾からは魔導蒸気機関の黒煙を吐き出すスクリュー推進機構が覗いている。
「……見事なまでの旧式艦隊ですね」
エストシランド沖に停泊する《プロスペリティ》の会議室から映像を見ていた生産主任のキムラが、一瞥して呟いた。
「装甲厚は最大でも二十センチ程度、主砲も前装式の滑腔砲が中心。当社の対艦ミサイルの射程内に、既に十分入っています」
「なら、完全に港を封鎖される前に、少し数を減らしておきましょうか」
タドコロが、ひまわり茶を啜りながら応じた。その声には、これまでの圧倒的な技術格差で培った、ある種の余裕が滲んでいた。
「全滅させる必要はないわ。……アルシオン沖は民間の商船や漁船も多い。派手にやりすぎれば、誤爆や沈没船の漂流による二次被害が出る。それに、あの艦隊はまだ領海の外――国際水域にいる。無警告で全面攻撃を仕掛ければ、周辺国から『侵略者』の口実を与えることにもなりかねない」
「加えて」
財務チーフのスカルバーグが、無表情のままデータパッドを弾いて付け加える。
「対艦ミサイルは一発あたりが高価です。あの程度の旧式艦一隻を沈めるためだけに予算を大量投入するのは、費用対効果として見合いません」
「そういうこと」
タドコロは、プラスチール製の扇子の先で装甲艦の映像を軽く叩いた。
「ミサイルは四発だけ使いましょう。目立つ装甲艦を四隻まで。……これだけ痛い目を見せれば、マールの旧式艦隊なんて、恐れをなして引き返すでしょうしね」
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### 2.限定的な先制攻撃
正午。アルシオンの沖合数キロに建造された、コホートの無人海上防衛プラットフォーム。
そのVLS(垂直発射システム)から放たれた四発の対艦ミサイルが、鋭いロケットの航跡を残しながら、海面スレスレを滑るように飛翔した。
「敵艦、着弾! ……装甲艦一番艦、轟沈!」
マール艦隊の見張り員が、悲鳴じみた報告を上げる。
強烈な閃光と共に、堂々たる威容を誇っていた装甲艦の一隻が、側面装甲を紙のように貫通された直後、内部からの大爆発によって船体を真っ二つに折られ、瞬く間に海面下へと消えていった。
続く二発目、三発目が、別の装甲艦の乾舷を正確に直撃。轟音と共に魔力炉が誘爆して炎が立ち上り、火だるまになった乗組員たちが次々と海へ飛び込んでいく。四発目は装甲砲艦一隻の機関部を捉え、完全に航行不能に追い込んだ。
わずか数分で、装甲艦二隻が撃沈、一隻が大破、装甲砲艦一隻が中破。強大なマール艦隊の陣形に、明確な動揺が走った。
「……な、なんだ、今のは……!」
旗艦『トライデント』の艦上で、提督ファーロンは、水平線の彼方から放たれた見えざる巨大な矢の威力に、ただ立ち尽くすしかなかった。
「距離、優に二十海里(約三十七キロ)以上あったはずだぞ。それを、こうも正確に……」
「潮目を読んだこちらの接近すら、奴らには最初から筒抜けだったということでしょう」
副官が、青ざめた顔で報告する。
「提督。艦隊主力を、いったん後退させますか」
「……いや」
ファーロンは、血の滲むような思いで黙考した後、静かに首を振った。
「退くな。……ただし、これ以上は近づかせるな。艦隊はこのまま、沖合に留め置く」
彼の脳裏には、既に一つの結論が浮かび上がっていた。正面から挑めば、この化け物は、こちらの意図を読んだ上で、遥か遠方から正確に牙を突き立ててくる。ならば――戦い方そのものを、変える他ない。
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### 3.欺きの艦隊
その日の夕刻。マール艦隊は、あえてその陣形を崩さず、沖合の国際水域ギリギリに堂々と留まり続けていた。
「敵の主力艦隊、動きなし。……昼間の攻撃で怯んだのでしょうか」
アルシオン港湾司令部で、コホートの警備担当官が報告する。
「いいえ」
ハンスが、バイザーの奥の瞳を細めて静かに首を振った。
「おそらく、意図的に姿を晒し続けている。……我々の警戒を、あの目立つ装甲艦の巨体に固定させるために」
だが、その分析すら、ファーロンの手のひらの上だった。
旗艦『トライデント』の甲板で、ファーロンは集めた将校たちに、静かに、しかし鋭く告げていた。
「いいか。敵は暗闇を味方にはしない。……昼にあれだけの精度で我々を撃ち抜いた連中だ。夜になったところで、目が完全に潰れるとは思うな」
「では、いかにして……」
「敵の目そのものを、欺く」
ファーロンは、地図に描かれたアルシオン港湾の見取り図を指し示した。
「パンドーラ大魔法公国の工作員から、追加の魔導妨害(ジャミング)支援が届いている。奴らの精密な観測網――『れーだー』とやらは、今夜、確実に乱れる。だが、乱れるだけだ。完全には潰れない。……ならば、我々は『乱れた目』でも見逃してしまうほどの、小さな影になればいい」
大型の装甲艦は、あえて動かさない。夜間、巨大な囮としてそこに留め置いたまま――実際の攻撃は、喫水の浅い装甲砲艦と、無数の小型高速艇、そして密かに随伴させていた半潜水式の強襲攻撃艇に委ねる。
「大型艦を晒せば撃たれる。……ならば、撃つ価値のない小さな牙で、奴らの喉笛を掻き切ってやる」
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### 4.夜襲
深夜。星すら見えない、月のない深い闇夜だった。
アルシオン港湾司令部の屋上。コホートの若い警備兵が、赤外線暗視ゴーグル越しに海面を睨みつけていた。パンドーラの魔導妨害は、この西海岸でも健在で、レーダーモニターの表示は絶えず乱れたノイズに揺れている。
「レーダー、使い物になりません! 座標が安定しない!」
ドローンオペレーターが叫ぶ。だが、警備兵は諦めなかった。
「……十一時方向。海面に、微小な熱源二つ」
暗視装置越しに映る、微かな輪郭。小型機関の排熱、そして波を切る航跡の乱れ。魔法の妨害は、精密な電子電波観測を狂わせることはできても、単純な赤外線と、訓練された人間の目そのものまでは、完全には欺けなかった。
「対舟艇ミサイル、目標捕捉! 撃てます!」
地上のランチャーから放たれた小型ミサイルが夜の海を裂き、迫っていた小型高速艇の一隻に命中。木端微塵になった小型艇が、闇夜を照らしながら火柱を上げた。
「もう一隻、右舷!」
自動追尾式の30ミリ機関砲の連射が、海面を激しく叩く。
だが、それでもマール側の決死の侵入は止まらなかった。生き残った装甲砲艦二隻が、港湾施設の至近距離まで接近し、前装砲による無差別砲撃を開始する。
「港湾施設に着弾! 第二倉庫、炎上!」
さらに、海面すれすれを、ほとんど波紋すら立てずに近づく影があった。半潜水式の攻撃艇である。停泊していたコホートの輸送商船『メルカトル号』の船体側面に、水面下から直接爆薬を仕掛けようと接近する。
「――発見! 熱源、本船直下!」
海面に配備されていたコホートの小型無人艇が、迎撃のための機関銃を放つ。水しぶきと爆発と共に、半潜水艇の一隻が撃破された。だが、別の一隻が、既に死角を突いてメルカトル号への接近を果たしていた。
ズドォォォォンッ!
腹を揺るがす轟音と共に、メルカトル号の喫水線下、船腹が大きく引き裂かれる。積み荷もろとも、巨大な船体が右舷へと大きく傾いていった。
「本船、被弾! 浸水、拡大中!」
コホートの反撃も、決して無力ではなかった。装甲砲艦一隻がレーザーと機関砲の集中砲火を受けて航行不能に陥り、小型高速艇三隻、半潜水艇一隻が、暗闇の海へと沈んだ。
だが、それでもマール側の襲撃部隊の大半は、味方の犠牲を省みずに「港湾機能を叩く」という必要な仕事を終え、悠然と闇の海へと引き上げていった。
夜明け。アルシオン港湾には、燃え落ちた倉庫の黒焦げの残骸と、半ば沈みかけたメルカトル号の無残な姿。そして、コホート側の反撃によって撃破されたマール艦艇の残骸が、幾つも波間に漂っていた。
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### 5.噛み合わない歯車
《プロスペリティ》第一会議室。
「……被害状況を」
タドコロの声には、昨日のような余裕は既になかった。
「港湾倉庫二棟、焼失。中型輸送商船一隻、大破着底。現地の警備員および港湾作業員に、負傷者が出ています」
通信越しにハンスが淡々と読み上げる。
「一方、敵側の損害は、装甲砲艦二隻撃沈、小型高速艇三隻撃破、半潜水艇一隻撃破。……敵艦隊主力の装甲艦十二隻は、結局、一発も砲撃していません」
「大型艦を囮(デコイ)として使われた、ということね」
タドコロが、扇子を握る手に、わずかに力を込めた。
「私たちは、あの十二隻を『主力』だと信じて、そこにばかり目を向け続けた。……だから、足元を抜けて港の内側へ侵入する小魚たちを、見落とした」
キムラが、疲れた声で分析を続ける。
「敵の目的は、我が社の海上戦力との正面衝突(艦隊撃破)ではありません。……物流です。港湾機能そのものを、少しずつ削り取ることが目的です」
タドコロは、しばらく目を伏せていた。やがて、自嘲するような笑みを浮かべる。
「……ただの旧式艦隊だと思っていたわ」
「社長?」
「違ったわね。古い兵器でも、使い方次第で、十分にこちらを傷つけられる。……相手は弱かったんじゃない。私たちが、彼らを見下していただけよ」
彼女は、ホログラムに投影された海図――マール艦隊の推定位置、そして西海岸に点在するコホートの港湾拠点を、じっと見つめた。
「キムラ。マール艦隊……特に、あの装甲艦の魔導蒸気機関を動かしている燃料である『魔石』について、詳しく調べて」
「燃料、ですか」
「ええ。あれだけの大艦隊を前線に張り付かせ続けるのに、魔石をどこから、どうやって運んでいるのか。……無駄なミサイルを使って、艦を百隻沈める必要はないわ。燃料を断って、百隻を動かせなくすれば、それで十分でしょう」
キムラの長いウサギ耳が、ぴくりと動いた。彼が何を考えているのか、すぐに理解したのだろう。
「……なるほど。彼らのやり方を、そのままそっくり返す、というわけですね」
「そういうこと」
タドコロは、初めて、この夜の敗北にわずかな笑みを浮かべた。
「向こうが物流を狙うなら、こっちも物流を狙えばいい。……海の戦い方は、まだ私たちの得意分野じゃないみたいだけど。学ぶのは、早いのよ」
窓の外、朝焼けに染まる西の海は、何事もなかったかのように、静かに凪いでいた。だが、その水面下では、次なる血みどろの戦いの糸が、既に張り巡らされ始めていた。