辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記 作:ホゲフガ
第6話:鋼鉄の企業と、皇国の威信
### 1. 空の絶対支配
第三文明圏において、飛竜とは「空の支配者」を意味する。
地を這う歩兵がいかに数を揃えようと、空から急降下する飛竜騎士の火炎弾の前には無力であり、帆船は上空から投下される爆裂壺によって燃え落ち、城壁は竜の翼によって容易に突破される。それはパーパルディア皇国が長年にわたり周辺諸国へ植え付けてきた、絶対的な恐怖そのものだった。
その象徴たる12騎の飛竜が、青白い空を切り裂きながら編隊飛行を続けていた。
飛竜中隊長バルガスは、愛竜ゾルディアの首筋を撫でながら、眼下に広がる平原を睥睨した。巨大な翼が巻き起こす風が、彼の深紅の外套を激しくはためかせる。
「まったく、総督閣下も慎重が過ぎる」
彼は鼻で笑った。
「たかが辺境に巣食う獣人の集団ごときに、大隊規模の討伐軍とはな。しかも我ら竜騎士隊まで動員するとは……」
背後を飛ぶ若い竜騎士が、追従するように笑う。
「先日の小隊壊滅の件、どうやら生き残りの兵が『魔法の障壁』だの『雷を放つ杖』だのと騒いだらしいですからな」
「恐怖で頭でも焼かれたのだろう」
バルガスは吐き捨てた。
「獣人どもが多少珍妙な魔導具を持っていたとして、それが何だというのだ。空を制する飛竜部隊の前では、地上の敵などただの獲物に過ぎん」
遥か後方には、ケルツ少佐率いる五百の地上軍勢が、旗を翻しながら整然と進軍していた。歩兵大隊、砲兵六門、補給馬車列。まさしく「皇国の威信」を示すに相応しい遠征軍である。
その時だった。
「……中隊長」
前方を飛んでいた竜騎士が、不意に困惑した声を漏らした。
「何だ?」
「妙です。前方上空に――鳥でしょうか?」
バルガスは眉をひそめた。鳥。しかしそれにしては奇妙だった。羽ばたいていない。風にも流されず、一直線にこちらへ接近してくる。しかも、太陽の光を浴びて金属質の鈍い輝きを放っていた。
「……何だ、あれは」
次の瞬間、世界の常識が爆砕した。
ギュンッ――――!!
空気そのものを裂くような鋭い高音が響いた。
「ッ!?」
竜騎士の一人の頭部が、唐突に消失した。
血煙と骨片が青空へ盛大に飛び散り、首を失った死体が飛竜の背から力なく転げ落ちる。一瞬、誰も何が起きたのか理解できなかった。だが、理解する暇すら与えられない。
上空の「金属の鳥」――コホート社の戦闘ドローン群が一斉に青白い閃光を放った。
ギュギュギュギュンッ!!
「ぎゃあああああッ!!」
「翼が!? 翼が燃えて――!!」
細く収束された高熱レーザーが飛竜の翼膜を正確に焼き切り、空中で制御を失った巨獣が悲鳴を上げながら次々と墜落していく。さらに別のドローンが腹部ハッチを展開。次の瞬間、小型ミサイルが白煙を引いて射出された。
「回避――」
ドガァァァァンッ!!!
爆炎。肉片。飛散する鱗。
皇国が誇る最精鋭が、空中でゴミのように粉々に吹き飛んでいく。バルガスは目を見開いた。
「な、なんだこれは……!?」
敵の姿が見えない。いや、鉄の飛行機械は見えている。だが、脳の理解が追いつかない。
羽ばたかず飛行する金属、雷光を放つ不可視の魔法、遠距離から正確に標的を撃ち抜く圧倒的な火力。それは、この世界の戦争概念を根本から否定する暴力だった。
「散開しろ!! 散開――」
ギュンッ。
バルガスの右隣を飛んでいた竜騎士の胸部が瞬時に蒸発した。愛竜ゾルディアが恐慌状態に陥り、激しく暴れる。その猛烈な乱気流の中で、バルガスは初めて目撃した。
遥か前方、平原の中央に鎮座する、巨大な白銀の構造物を。
城でも砦でもない。山のように巨大な金属の塊――要塞コロニー《プロスペリティ》。そこから無数のアンテナと砲塔が突き出し、不気味な青い光を脈動させている。
そして、その周囲に設置された対空レーザータレットが、ゆっくりとバルガスたちへ銃口を向けていた。
「――っ」
キィィィィィィン――――。
細く収束された赤熱の光線が空を真横に工学的に薙いだ。
飛竜の胴体が、音もなく真っ二つに切断される。続いて二頭、さらに一頭。まるで害虫に殺虫剤を吹き付けるかのように、飛竜たちが次々と空中で蒸発していった。
「ば、化け物だ……」
皇国最強を誇った飛竜中隊は、交戦開始からわずか数分足らずで全滅。
空の支配権は、最初からコホート社の手の中にあった。
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### 2. 見えざる鉄槌
「……飛竜隊と連絡が取れません!」
伝令兵の悲鳴のような叫びに、進軍中の第11独立大隊指揮官、ケルツ少佐は不快そうに眉をひそめた。
「どういう意味だ。通信魔導具の不調か?」
「不明です! 魔導の波そのものが何かにかき消されているかのように、完全に途絶しています!」
コホート社の広帯域ジャミングシステムが放つ強力な電磁ノイズは、この世界の魔導通信が利用する「魔導波(魔力の微細な周波数振動)」をも物理的に塗りつぶし、完全に無効化していた。
そんな先進科学の暴力が作動していることなど、彼らが知る由もない。ケルツは苛立たしげに軍帽を押さえた。平原を進む五百の兵士たちにも、徐々に不穏な動揺が広がり始めている。
その時、空を見上げた兵士の一人が、引きつった声を漏らした。
「お、おい……あれを見ろ……」
未明の霧を突き抜けて、空から何かが高速で降ってくる。
それは黒い塊だった。いや、違う。人間だ。五体満足ではない、焼き焦げた飛竜騎士の死体。さらにその後ろから、翼を根元から焼かれた飛竜の巨体が墜落し、地面へ激突した。
ドゴォォォォンッ!!
猛烈な土煙、断末魔、潰れた肉と血の臭い。ケルツの顔色が一気に白める。
「馬鹿な……皇国の竜騎士隊が、こうも簡単に……?」
その驚愕を切り裂くように、遥か前方の地平線で、無数の「光」がまたたいた。
ヒュォォォォォォォ――――。
空を裂く不吉な風切り音。長年の経験を持つ砲兵隊の老軍曹が、野生の勘で絶叫した。
「伏せろォォォォッ!!」
ドゴォォォォォォンッ!!!!
大地が爆発した。
密集陣形を組んでいた兵士たちの身体が木の葉のように宙を舞う。砲車が横転し、軍馬が内臓を撒き散らしながら絶命する。ケルツは衝撃波に吹き飛ばされ、泥の中へと無様に転がった。
激しい耳鳴り、熱風、そして狂気的な悲鳴。
「少佐ァ!! 第二列が消滅しましたァ!!」
「砲兵隊、一撃で壊滅!!」
「……っ、敵の砲兵陣地はどこだ! 応戦しろ!」
泥まみれになりながら叫ぶケルツだったが、老軍曹の返答は絶望に満ちていた。
「見えません! 射程が違いすぎる! こちらの砲が届く距離じゃありません!」
再び、空からヒュォォォォォ――――と死の口笛が響く。それも、今度は複数。
ドゴォン!! ドガァァン!! ズガァァァァンッ!!
連続する大爆発。
パーパルディア軍が誇るナポレオン式の密集陣形は、コホート社の長距離砲にとって「最も効率よく処理できる的」でしかなかった。肉が飛び、骨が砕け、隊列という概念そのものが平原から消滅していく。
ケルツは呆然と前方を見つめた。
平原の彼方、薄煙の向こうにそびえ立つ、白銀の要塞都市。自分たちは「軍隊」と戦っているのではない。巨大な工業文明そのものに、一方的に圧殺されているのだと、彼の冷徹な理性が告げていた。
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### 3. 地獄(キルゾーン)の洗礼
数分前まで五百名を超えていたはずの兵士たちは、既に半数近くが物言わぬ肉片と化していた。
「少佐ッ! 第3中隊が潰走しています! このままでは全滅だ、退却を――」
「退却などできるかッ!」
ケルツは怒鳴り返したが、その声に大国将校の威厳はなかった。
敵兵の姿も見えず、怒号も聞こえない。ただ遥か遠方から、システム的に死だけが降り注いでくる。これは戦争ではなく、ただの「害虫駆除」だった。
「悪魔だ……」
「皇国が負けるはずがない、これは何かの呪いだ!」
恐慌は一瞬で伝染した。兵士たちは統制を失って四方八方へ逃げ惑い始める。
しかし、その逃走すらプロスペリティの防衛網は許さない。
『熱源反応、多数の逃散を確認。防衛タレット、自動掃討モードへ移行』
要塞の外縁部に設置されたチャージタレット群が静かに旋回し、青白いチャージエネルギーを収束させる。次の瞬間、無数のチャージ弾が平原を精密にカッティングしていった。
自慢の鉄製の胸甲など紙切れ同然だった。人体ごと容易に貫通し、後方の兵士までまとめて消し飛ばしていく。
「前進しろ!!」
ケルツはサーベルを抜き、狂気に満ちた声で叫んだ。ここで無様に敗走すれば、本国の一族ごと破滅する。大国のプライドと保身が、彼の判断を完全に狂わせていた。
「突撃せよ! 数で押し潰せ! 皇国の威光を見せるのだ!!」
生き残っていた約百五十名の兵士たちが、半ば錯乱したまま鬨の声を上げ、白銀の要塞へ向けて決死の突撃を開始する。
だが、その突撃こそが、プロスペリティ防衛網の「本番」への入場門だった。
彼らが防壁の手前、一定のエリアへ足を踏み入れた瞬間、それまで沈黙していた第一外壁の「キルゾーン」が完全起動した。
蛇行する防壁の隙間から、無数の重機関銃タレットが一斉に展開。高速徹甲弾の暴風が解き放たれる。
ズガガガガガガガガガガガガガッ!!!
最前列の兵士たちの肉体が一瞬でミンチへと変わり、血霧となって後方へ吹き散らされる。骨も鎧もまとめて粉砕するその威力の前には、勇気も戦術も無意味だった。逃げ場のない防壁の迷路の中で、パーパルディア兵たちは無慈悲に処理されていった。
「あ……あ……」
ケルツは呆然と立ち尽くしていた。
次の瞬間、彼の右脚にチャージ弾が直撃する。膝から下が文字通り消失し、ケルツの身体は泥の中へと叩きつけられた。
「がぁぁぁぁぁッ!!」
視界が激しく回転し、激痛が脳を焼く。泥と血液に塗れながら、彼は悲惨に地面を這うことしかできなかった。
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### 4. 資源の回収
静寂が戻った。
戦闘は終わったのだ。しかし、そこには勝者の歓声も、敗者を罵る怒号もなかった。
ただ、異様なまでの静けさの中、重厚なマリーンアーマーを着用した戦闘員たちが、淡々と戦場の確認と後処理を進めている。その手際は、軍隊というよりも、工場で決められたシフト作業をこなす従業員のそれだった。
「……ば、化け物め……」
ケルツは血泡を吐きながら呻いた。
「貴様ら、一体……何者だ……」
その時、重装甲兵たちの後方から、ひときわ大柄な影がゆっくりと歩み出てきた。
身長は2メートルを優に超えている。灰色のマリーンアーマー服の上からでも分かるほど骨格が太く、頭部には巨大なムース(ヘラジカ)の角が左右へ広がっていた。だが、その威圧的な体格とは裏腹に、ヘルメットを脱いだその顔立ちは妙に柔らかく、金色の長髪が朝日に輝いている。
彼女は額の汗を拭いながら、気さくな声を漏らした。
「うわー……結構派手にやったねぇ」
周囲の兵士たちが軽く敬礼する。
「アリシア隊長」
「お疲れさま。生き残りはこの人だけ?」
「はい。高級軍服を確認。敵指揮官と思われます」
アリシアと呼ばれたムース族の女性は、「ふぅん」と呟きながら、傷だらけのケルツの前へ屈み込んだ。その青い瞳には、敵意も憎しみすらも存在しなかった。
「こんにちは、指揮官さん。痛そうだねぇ」
「……貴様……私を、殺せ……」
「安心して。今すぐ殺したりはしないから」
アリシアは腰のポーチから小型医療キットを取り出すと、ケルツの右脚の断面へ白い泡状の薬剤を噴射した。
「ぐぁぁぁぁぁッ!!」
猛烈な熱さにケルツが絶叫する。だが数秒後、嘘のように出血が止まり、激痛が引いていった。
「応急止血剤とナノメディシンね。ちゃんと治療すれば死なないよ」
「な、なぜ敵である私を生かす……」
「んー?」
アリシアは少し首を傾げた。
「だって、死なれるともったいないし」
その言葉に、ケルツの背筋が冷たく凍りついた。彼女は本当に「利用価値があるから生かす」と、事務的に述べているのだ。
後方から、軍用トラックが接近してきた。側面には、コホート社の企業紋章が描かれている。
ハッチが開き、展開された作業ドローンたちが無言で戦場を歩き回り始めた。彼らは皇国兵の鉄製マスケット銃、真鍮のボタン、臨終した飛竜の死骸までも無機質にトラックへ回収していく。
「……死者を、辱めるな……!」
ケルツが掠れた声で抗議すると、アリシアは少し困ったように笑った。
「辱めてるつもりはないんだけどなぁ。資源は大事だからね。鉄、火薬、皮革、生体素材。再利用できる物はいっぱいあるし」
鉄、火薬、そして――生体素材。
ケルツは理解した。この者たちは、名誉や威信のために戦っていない。効率、利益、 戦争のコスト。その尺度だけで、大国を冷徹に解体しているのだ。
「アリシア隊長」
部下の一人が近づく。「平原北側の掃討完了。逃走兵は少数です。追撃しますか?」
「費用対効果はどう?」
「低いかと。野生動物のテリトリーも近いです」
「じゃあ放置でいいよ。ボスも今回は『デモンストレーション』が目的だって言ってたしね」
デモンストレーション。一個大隊の壊滅すら、彼らにとっては「製品の実演演習」に過ぎない。
その時、アリシアのインプラント通信端末が起動した。
『アリシア、聞こえる?』
通信の奥から響いたのは、落ち着いていて、底知れない冷たさを感じさせる女の声――最高経営責任者タドコロだった。
「はいはーい、こちらアリシア。敵大隊は制圧完了。指揮官クラスも確保したよ」
『ご苦労様。損耗は?』
「人的損害はゼロだよ」
『優秀ね。その指揮官さんは丁重に扱って。パーパルディア皇国の内部情報を持つ貴重なアセット(資産)だもの。それから――』
タドコロの声に、冷酷な実業家の艶が混じる。
『戦闘データはすべてマザーのサーバーに保存しておいて。これ、今後の外交という名の“営業資料”に最高に使えるわ』
「了解、ボス」
通信が切れる。
ケルツは泥に塗れたまま、震える声で呟いた。
「……貴様らは……この世界を、すべて壊す気か……」
するとアリシアは少しだけ考え込むように空を見上げ、それから、いつもの人懐っこい笑みを浮かべて言った。
「うーん、別にそんな大それた底意(つもり)はないんだけどねぇ」
彼女は、悪意なくこう締めくくった。
「私たち、ただ生き残って会社を回したいだけなんだよ」