辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記 作:ホゲフガ
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## 第2章 第13話:魔力という名のノイズ
### 1.未知のノイズ
《プロスペリティ》第一会議室。
ホログラムモニターに映し出されるパーパルディア北部の戦況図は、今や半分以上砂嵐に覆われていた。
「北部および西部の高高度監視ドローン網、レーダー、ならびにデータリンクの稼働率が、戦線維持の限界を割り込む致命的な水準まで低下しています」
生産・技術主任のキムラが、無数の波形データを空中に展開しながら報告した。
「……これは、単純な電波妨害(ジャミング)ではありません。大気と電磁場そのものが、物理的に『変化』させられています。特定の周波数帯を狙ったものではなく、空間そのものに強力なノイズの壁を作られている状態です」
「パンドーラ大魔法公国の仕業ね」
タドコロは、プラスチール製の扇子で顎を撫でながら目を細めた。
「魔法なんていう非科学的なもの、今までまともに研究してこなかったけれど……。立派な『物理現象』として、当社の業務を妨害しているわけね」
「はい。そして、この妨害には明確な『発信源』があります」
キムラが、複数の観測地点から得られた電磁ノイズと熱源データを重ね合わせた。
「妨害強度の分布を逆算すると、発信源は複数存在すると推定されます。一つは、パンドーラ本国と思われる強大な発信源。……そして、国境付近の山岳地帯に、より小規模な発信源が複数」
「中継基地を立てている、ということ?」
「その通りです。パンドーラ本国から直接妨害を届かせるには距離が遠すぎる。おそらく、魔力が届く範囲には物理的な距離の限界がある。そこで彼らは『本国の巨大魔導通信施設』から『前進中継基地』へ魔力を送り、そこから広域にノイズを撒き散らしている。……一種の、巨大なネットワークシステムです」
タドコロは、感心したように小さく息を吐いた。
「ファンタジーな格好をしておきながら、やっていることは理にかなっているわね。……ミウラ。あの忌々しい基地群を、上空からピンポイントでへし折ることはできる?」
「厳しいな」
防衛主任のミウラが、腕を組みながら答えた。
「データリンクが使えない以上、ドローンや通常の誘導ミサイルは精密誘導できない。撃つなら、一世代前の旧式ミサイルを使うしかない」
「慣性誘導と地形照合(INS+TERCOM)だね」
キムラが即座に補足する。発射前に目標座標とルート上の地形データを入力し、飛行中は下方の地形をセンサーで読み取りながら、電波に頼らず自律計算で飛ぶ長距離巡航ミサイルだ。
「ただし、この星の精緻な地形データが不足しているため、最大で数百メートルから一キロメートルの誤差が生じます。魔導中継塔を一本残らずピンポイントで消し飛ばすには、心許ない精度です」
「ここを潰せば、妨害は止まるの?」
「おそらく、完全には止まらない」
キムラが、慎重に答える。
「ネットワーク構造である以上、冗長化されている可能性が高いです。一つを潰しても、他が肩代わりするでしょう。……ですが、やらないよりはやった方がいい」
「……全部は消えないのね」
「はい。パンドーラは、この妨害網そのものを、最初から冗長構成で設計しているはず。一つを壊しても、システム全体としては機能し続ける」
「……わかったわ。まずは挨拶代わりに、クラスター弾頭による面制圧で大雑把に中継基地を叩きなさい」
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### 2.知の防衛線
同じ頃。パンドーラ大魔法公国、第一魔導中継基地。
「――魔力波形の出力、安定しています。パーパルディア北部の『異邦の通信』を、六十五%遮断中」
「よし。熱量の蓄積に注意しつつ、中継網の同調を維持しろ」
巨大な水晶塔がそびえ立つ施設内で、白衣の上に魔導士のローブを羽織った女性が、水晶板に浮かぶ光の数式を操作していた。エレナ・ファンドル。パンドーラ大魔法公国の魔導通信研究主任であり、軍人というよりは生粋の研究者である。
「エレナ主任。リーム軍に同行している第一魔導戦術支援隊から、定期通信です」
「繋いで。……状況は?」
「コホートの精密攻撃は激減。リーム軍のゲリラ的浸透は、順調に拡大中とのことです。こちらの広域妨害が完全に機能しています」
エレナは満足げに頷き、分厚い眼鏡を押し上げた。
「当然ね。……奴らを分析して分かったわ。あれは、魔法ではない。一切の魔力を使わずに、魔力よりも速く見えない波(電波)で情報を伝達する、ムーに似た科学技術よ」
彼女の周囲では、数十人の魔導士たちが、詠唱と観測を絶え間なく繰り返していた。パンドーラ第三魔導戦術支援隊――魔導士、観測員、通信士、技師、護衛兵を合わせて五十人ほどの部隊が、この前進基地を拠点に、リーム軍への通信支援と、コホートへの妨害を同時にこなしている。
「本国から直接、パーパルディア北部まで妨害を飛ばすのは、いくら本国の巨大魔導設備でも距離が過ぎます」
エレナは、部下の一人にそう説明した。
「だからこそ、この中継網が要なのです。本国中央局、第一中継基地、そしてここ、第二中継基地。……広く薄く網を張るための、『魔導塔』ですね」
彼女は、静かに付け加えた。
「広域妨害は、精度が粗い代わりに広い範囲を覆えます。逆に、この基地のような局所的な拠点は、精度こそ高いものの、こうして前線近くに身を晒すことになる。……トレードオフというやつです。コホートが、いずれこの弱点に気づくのも、時間の問題でしょうね」
彼女は、モニター代わりの水晶板に映る、コホートの撃墜されたドローンの残骸データを見つめた。
「奴らの強さは『正確さ』。そして正確さの源は、あの高度な通信網よ。……つまり、奴らの通信網を物理的な魔力ノイズで埋め尽くして『目と耳』を塞ぐことこそが、最も効率的な戦い方なの」
相手の弱点を完璧に理解する、恐るべき慧眼だった。
その時、施設の防御結界が突如として激しく明滅した。
「上空より高速飛来物! 魔力反応ゼロ、物理的な質量兵器です!」
「なんだと!? 妨害領域内で、なぜ正確にここへ飛んでこれる!?」
直後、上空で炸裂した巡航ミサイルから、無数の子爆弾(クラスター)が雨のように降り注いだ。
轟音。結界が中和しきれなかった爆炎が施設の一部を吹き飛ばし、魔導技師たちの悲鳴が上がる。
「被害報告! 第三アンテナ損壊!」
「慌てないで!」
エレナが鋭く一喝した。
「出力経路を、第二および第四中継基地へ迂回設定! 本国中央局からの魔力を分散させなさい。……奴らが『点』で来るなら、私たちは『網(ネットワーク)』でしのぐわよ」
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### 3.ピンポイント・デリバリー
《プロスペリティ》の第一会議室に、落胆の報告が響いた。
「……ミサイル着弾。目標施設の一部破壊を確認。しかし、広域妨害の強度は三十五%低下したのみです」
キムラが歯噛みする。
「すぐさま別の中継基地が稼働し、出力を補完しました。やはりパンドーラ側は、魔導中継網を完全に冗長化しています」
「一個壊しても、次が動くか。……しぶといわね」
タドコロは、扇子でトントンと額を叩いた。
「かといって、あの一帯を無差別爆撃して民間地域ごと地図から消すのは、事後処理のコストが割に合わないわね。……ミウラ、手っ取り早く『物理的』にあの塔を叩き折りに行ける?」
「ドローンやミサイルが駄目なら、直接出向くしかないな」
ミウラが、ニヤリと凶悪に笑った。
「降下艇(シャトル)なら、慣性航法で強引に目標の真上に行ける。中身は『ウチの可愛い社員たち』だ」
「ええ、少数精鋭で、直接施設を潰しましょう。……ミウラ、二十名規模の部隊を編成しなさい。目的は、パンドーラ軍の撃破じゃない。魔導中継基地そのものの破壊よ」
ドローンの精密観測が期待できないこの戦域では、無人機任せの攻撃には限界がある。ならば、生身の人間の目と手で決着をつける他ない。
数時間後。
パンドーラ側の第二中継基地の上空。分厚い雲を突き破り、音速の壁を越えた降下艇が垂直に急ブレーキをかけ、施設の中庭へと強行着陸した。
ハッチが勢いよく開かれ、中から飛び出してきたのは、使い捨てのドローンではない。
分厚い灰色の装甲に身を包んだ、二十名の『マリーンアーマー(機動装甲服)』部隊だった。コホートが誇る、純粋な物理的暴力の結晶である。
この部隊を率いるのは、ムース族のアリシアだった。巨躯をさらに巨大に見せるマリーンアーマーで全身を固め、チャージ機関銃を携行している。
「魔術師とやり合うのは初めてだけど……まっ、いっか。相手が誰でも撃ち殺す、やることは変わんないっしょ」
アリシアたちがシャトルの周りに円陣を組み、全周を警戒する。
「みんな、隊形崩さないでね。魔術師の射程わかるまで、勝手に突っ込まないでよ――」
アリシアの低い声が、ヘルメット内蔵の近距離無線越しに部隊全体へ伝わる。だが、パンドーラ側の反応は、想定よりも遥かに早かった。
「――侵入者! 東側外壁だ!」
警報が鳴り響くと同時に、地面に幾つもの魔法陣が浮かび上がった。
雷撃が奔り、火球が炸裂し、鋭く尖った氷の槍が降り注ぐ。
「装甲、異常なし! シールド出力、正常範囲内!」
兵士の報告に、部隊の間に一瞬の安堵が広がった。マリーンアーマーのプラスチール多層積層装甲とシールドベルトの力場は、この程度の攻撃をまだ容易く受け止めていた。
だが、それも長くは続かなかった。
「――装甲に、異物感知!」
一人の兵士が、悲鳴じみた声を上げる。彼の肩口に着弾した一撃は、これまでとは質の異なる魔法だった。運動エネルギーを一点に凝縮させ、装甲内部に直接衝撃波を叩き込むような、鈍く重い一撃。
続けて、別の一撃は、装甲の合金そのものを腐食させるように、じわりと表面を溶かしていく。関節の駆動部――装甲の継ぎ目という継ぎ目を、正確に狙い澄ましたような攻撃も混じり始めた。通常の広範囲な攻撃魔法は通用しないと分析したパンドーラの魔法使いたちが、瞬時に『対装甲』の攻撃方法へ切り替えたのだ。
「左肩装甲、損傷! シールド出力、七十パーセントまで低下!」
アリシアのすぐ隣にいた兵士の肩装甲が、鈍い破砕音と共に吹き飛んだ。焦げた金属片が、闇の中に散らばる。
「負傷者は下げて! でも止まんないよ、前進続けて!」
アリシアが即座に指示を飛ばす。幸い、致命傷には至っていない。だが、これまでこの世界で無敵とすら思えていたマリーンアーマーが、確かに削られている。その事実が、部隊の空気を張り詰めさせた。
「……なるほどね。なかなか上手い戦法だね。あたしたちのアーマーを、確実に削りに来てる、と」
アリシアは、短くそう分析すると、即座に戦術を切り替えた。
「隊列バラして! 三人一組で散開――魔術師に、詠唱させる『間』を与えないで!」
彼女の狙いは、単純だった。魔法は、恐らく詠唱や照準に一定の間を必要とする。ならば、正面から撃ち合って受けるのではなく、その間そのものを奪えばいい。
「煙幕焚いて! ロケットランチャーも前に出して! チャージミニガンはそのまま撃ちまくってて!」
視界を煙で覆い、絶え間ないチャージ兵器の制圧射撃で魔導士たちの集中を乱す。ロケット弾が、詠唱の準備をしていた一角の防壁ごと魔導士を吹き飛ばす。
魔法にも、明確な相性があった。地を割るように足場を崩す土系の呪文には、アーマー脚部の姿勢制御プログラムで対応できた。炎系の呪文はシールドを着実に削っていくが、瞬間的な出力ではない。雷系の呪文だけは、ヘルメットのセンサー類を一時的に狂わせる、厄介な相性の悪さを見せた。
「センサー、ノイズだらけです!」
「構わん、目視で撃て!」
それでも、絶対的な火力、防御力、洗練された連携、そして何より「詠唱の時間を与えない」というアリシアの判断が、じわじわと戦況を押し返していく。
やがて、部隊は中継塔の中枢部へと到達し、内部の巨大な魔導水晶装置を完全に破壊。シャトルへの撤収を開始した。
戦闘終了時、二十名のうち二名が装甲に軽度の損傷を負い、アリシア自身も、右肩装甲の破損、シールド出力の半減、そしてヘルメットセンサーの一部損傷という傷を負っていた。だが、死者は一人も出ていなかった。
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### 4.精神の残滓
パンドーラ、前進魔導基地の残骸。
基地を一つ失ったパンドーラ側の被害は甚大だったが、学連長オルコットは冷静だった。
「一つ、失ったか」
「はい。ですが、他の中継施設が肩代わりしており、妨害網全体としての機能は維持されています」
エレナが、煤で汚れた白衣のまま冷静に報告する。
「奴らは魔法を知らない。物理的な力で強引に施設を壊しに来たのがその証拠だ」
オルコットは、静かに、しかし確信を込めて呟いた。
「我々の原理を知らないままでは、根本的な対処はできん。妨害を継続しろ」
一方、ライナス教授は、焼け焦げた施設の跡地で、破壊されたマリーンアーマーの装甲片と、撃ち込まれた弾丸を興奮した様子で拾い上げていた。
「これだ……この装甲の合金構造、ぜひ持ち帰って分析させてもらいたい」
エレナは、そんな教授を横目に、静かに一つの結論に至っていた。
「――コホートの本当の強みは、あの恐ろしい兵器そのものじゃありません」
「ほう?」
オルコットが振り返る。
「彼らは、魔力を使わずに、魔力よりも速く、正確に情報を伝えている。……あの空の巨艦も、あの精密な兵器も、すべてはその『情報の速さ』の上に成り立っています」
エレナの目に、静かな知的好奇心の光が灯った。
「ならば、彼らの通信網そのものを乱すことこそ、最も効率的な戦い方かもしれません。……武器を壊すより、通信を狂わせる方が、よほど手っ取り早い」
その分析は、コホートの本質を、驚くほど正確に射抜いていた。
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### 5.厄介な星
作戦終了後、《プロスペリティ》の解析室。
キムラは、回収された戦闘記録と、破壊された魔導装置の残骸、そして損傷したマリーンアーマーの装甲板を前に、渋い顔をしていた。
「……二十人の完全武装の部隊が、魔術師相手に、これだけ装備を損傷させられるとは」
「初見だったからね〜」
入り口に寄りかかっていたアリシアが、アーマーを脱いだ肩を軽く回しながら答えた。破損した装甲のせいで受けた打撲が、少し痛むらしい。
「次はもっとうまくやれるって」
キムラは、その言葉に小さく苦笑した。
そんな二人の様子をよそに、タドコロが解析画面を覗き込む。
「……これ、単なる物理的な魔力反応じゃないわね」
「社長?」
「戦闘中の魔導士たちの脳波――というか、それに類する反応データを見て。詠唱の瞬間、彼らの精神活動の波形と、発生した物理現象の強度が、ほぼ完全に同期している」
その時、アリシアが、思い出したように口を挟んだ。
「……あ、そういえばさ、気になったことあるんだけど」
「何?」
「あの連中、魔法撃つ前に、絶対一瞬だけ動きが止まってたんだよね。詠唱してるのかと思ったんだけど……よく見たら、声出してもないし。なのに全員、寸分違わず同じタイミングで、ほんの一瞬だけ、動きが変わるの」
キムラが、はっとした顔で振り返った。
「……何ですって?」
「言葉で唱えてる感じじゃないんだよなぁ。……あれ、もっと別の何かじゃない?」
現場の観察と、解析室のデータが、静かに、しかし確実に、同じ一点を指し始めていた。
タドコロは、藍色の瞳を細めた。ミホ種族特有の『サイリンク』の才能を持つ彼女には、この魔法の波形のどこかに、ひどく覚えのあるざらつきが混じっているように感じられた。うまく言葉にできない、しかし無視できない違和感だった。
「……人間の精神活動と、物理現象が、直接同期している?」
「まさか」
キムラが、驚いた声を上げる。
「魔法とは、精神的な干渉現象そのもの、ということですか」
「断定はまだできないわ」
タドコロは、扇子を閉じた。
「でも……ただのファンタジーな力じゃない気はする。もっと、厄介な何かよ」
彼女は、それ以上を口にしなかった。ただ、その脳裏には、彼らの、元居た惑星であるリムワールドにおける超常の力――精神波(サイキャスト)の記憶の断片が、微かに疼いていた。
数日後。《プロスペリティ》第一会議室。
「魔導妨害は、依然として継続しています。ただし、新たに解析部門を立ち上げ、魔力波形の体系的な研究を開始しました」
ハンスが報告する。
タドコロは、扇子を緩やかに扇ぎながら、小さく息を吐いた。
「リーム王国からゲリラ的な戦い方を学び、マール王国から物流の戦い方を学び……今度はパンドーラ大魔法公国から、魔法というものを学ばされる。厄介な星に来たものね、本当に」
キムラが、回収した魔導装置の残骸を、慎重に端末に接続しながら、ふと呟いた。
「社長。……これ、魔石と、それから」
彼は、しばし言葉を選ぶように黙り込んだ。
「我々が知っている、ある種の超常現象(サイキック)に、かなり似た波形パターンを示しています」
タドコロは、彼の言葉に、しばらく何も答えなかった。ただ、窓の外に広がる、見知らぬ星の夜空を、長い間見つめ続けていた。