辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記 作:ホゲフガ
## 第2章 第12話:血脈を絶つ
### 1.捕らわれた声
パーパルディア西海岸、アルシオン港。コホート仮設拘留施設。
先日の夜襲の際、防衛網に引っかかって座礁した小型高速艇から、コホートの治安維持部隊は数名のマール兵を拘束していた。その中に、艇長を務めていた若い海軍士官――リオン中尉がいた。
拿捕された艇には、乗員名簿と俸給記録が残されており、家族への送金先や居住地といった基礎情報は、既にコホート側の手に渡っていた。
「話してください、とは申しません」
無機質な取調室に入ってきたのは、渉外本部長のイレーヌだった。彼女は三角の獣耳を揺らしながら、対面のパイプ椅子に静かに腰掛ける。
「これは、あなたの残されたご家族への、生活保障に関する書類です」
そこには、リオンの所属部隊、艦隊の推定航路、補給港の位置、直近の出港記録が、既に整然とまとめられていた。
「……家族を人質にして、俺を買収するつもりか」
「人質ではありません。提案です」
イレーヌは、営業用の柔らかな笑みを崩さないまま、もう一冊の薄い資料を重ねて置いた。
そこには、マール王国が中立地帯から購入している魔石の月間取引量、輸送船団の推定航路、そして直近の出港記録が、グラフと共に既に整然とまとめられていた。
「お分かりの通り、私たちがあなたに聞きたいのは、知らない情報ではありません。……私たちのデータ分析による推測が正しいかどうか、その『最終確認』を求めているだけです」
リオンは、資料に並ぶ情報の異常な精度に、言葉を失った。
「あなたには、三つの選択肢があります」
イレーヌは、静かに指を三本立てた。
「第一。何も話さない。戦争捕虜として、国際規定通りに扱います。ただし、あなたの持つ知識は、遅かれ早かれビッグデータの解析で取得することになるでしょう。第二。確認事項に『イエス』とお答えいただく。その場合、情報提供料として、ご家族への生活保障を継続します。第三。虚偽の情報を意図的に提供する。これは悪質な契約違反として扱い、ご家族の保障条件を『再評価』させていただきます」
「……契約、だと? 俺は捕虜だぞ、お前らと契約した覚えはない」
「捕虜であっても、市場において選択の余地はあります。……それに、あなたの処遇は、今後想定される捕虜交換協議においても、評価の対象になります。協力的な方から、優先的に本国への送還を検討する運びになるでしょう」
リオンは、しばらく黙り込んでいた。やがて、奥歯を砕けんばかりに強く噛みしめ、絞り出すように言った。
「……俺はマール海軍士官だ。祖国を売るくらいなら、ここで捕虜として朽ちる方がましだ」
イレーヌは、表情一つ変えなかった。ただ、静かに立ち上がる。
「分かりました。今日のところは」
彼女は扉の前で、振り返らずに付け加えた。
「では、次の面談までに、ご家族の今後の生活設計について、もう一度よく考えておいてください」
「……次?」
「ええ。こちらには、たっぷりと時間がありますから」
扉が閉まる。リオンは、その静かな脅しの意味を、しばらく理解できずにいた。
数日後。再び現れたイレーヌは、一枚の映像記録を無言で差し出した。海上を航行する魔導蒸気輸送船団の姿が、鮮明に映し出されている。
「三日後、補給船団が中立港を出港する予定ですね」
リオンの顔から、さっと血の気が引いた。
「……なぜ、それを知っている」
「あなたから聞いたわけではありませんから、ご安心を」
「なら、何のために俺を呼んだ!」
「先ほど申し上げた通りです。……最終確認です」
リオンは、そこで初めて悟った。自分の海軍士官としての誇り高き沈黙には、もはや何の意味もない。話しても、話さなくても、この化け物のような企業はいずれ答えに辿り着く。ならば――。
「……俺が、話す」
彼は、絞り出すように呟いた。それは軍人としての屈服ではなく、彼なりの、ぎりぎりの合理的な判断だった。黙っていても奪われる情報なら、せめて家族の生活と自分の処遇のために、その情報を「差し出す」形にする。あるいは、それで無益な戦闘の一つでも減らせるかもしれない――そう自分に言い聞かせて。
マール海軍の大艦隊を動かす魔石は、国内の乏しい鉱脈だけでは到底賄いきれず、その大半を、内陸の中立地帯を経由した交易路から現金で購入していること。精製済みの魔石は、専用の輸送船団によって、数日おきに前線の補給拠点へと運ばれていること。そして、その輸送船団には、目立った護衛がほとんど付いていないこと――これまでこの海域で、マールの輸送船を積極的に狙う敵など存在しなかったからだ。
すべてを語り終え、項垂れるリオンに、イレーヌは静かに一礼した。
「ご協力、感謝します。お約束した生活保障は、契約通り直ちに履行いたします」
「……本当に、やるのか」
リオンが、疑わしげに尋ねる。
「当然です。双方合意の契約ですから」
その言葉に、リオンは奇妙な感覚を覚えた。この女は、脅し、追い詰め、選択の余地すら奪うようにして情報を引き出した。それでいて、約束した金銭は律儀に守るという。敵を裏切らせるために『嘘をつく必要すらない』、その徹底した合理性と潤沢な資本力が、拷問よりもかえって薄気味悪かった。
---
### 2.索敵
《プロスペリティ》第一会議室。
「リオン士官からの自白を、他の情報源と照合しました」
キムラが、海図の上に幾つもの光点を重ねていく。
「西海岸の漁村に展開している当社の情報提供網――治安維持のために構築した『密告制度』を、沿岸部の漁民にも応用しています。数件の漁民からの目撃証言や、中立港での異常な物資の買い付け履歴が、リオンの証言と完全に一致しました」
「輸送船団の航路は?」
タドコロが尋ねる。
「中立地帯の港を出て、外洋を大きく迂回し、マール艦隊の主根拠地へ向かうルートです。……興味深いことに」
キムラは、一拍置いて続けた。
「沿岸から離れた外洋に出たところで、パンドーラ工作員による魔導妨害強度が急激に低下しています。おそらく、工作員が搭乗する小型船の航行限界や、妨害魔法の効果範囲そのものに、物理的な距離の限界があるのでしょう」
「なるほど」
タドコロが、扇子の先で顎を軽く叩く。
「海岸から離れれば離れるほど、あの厄介な魔法も効きにくくなる、ということね。……覚えておく価値のある弱点だわ」
彼女は、海図上に一本の航路線を描き出したキムラの手元を見つめた。
「次の魔石輸送船団の出港予定は、三日後。護衛は、旧式のフリゲート二隻のみと推定されます」
タドコロは、その航路線をしばらく見つめていた。
「……マールの艦隊を、全部沈める必要はない。この船団だけを、確実に止める」
彼女は、扇子を軽く振った。
「ミウラ。攻撃部隊を編成しなさい。目標は魔石輸送船団のみ。周辺を航行する中立船舶や漁船には、絶対に被害を出さないこと」
「了解だ」
ミウラが、珍しく真剣な顔で首を鳴らした。
---
### 3.血脈の断絶
三日後、深夜。外洋上。
魔石輸送船団――大型の魔導蒸気輸送船三隻と、護衛のフリゲート二隻が、波の静かな海を月明かりを頼りに進んでいた。
「対艦ミサイルを使うの?」
出撃前、タドコロがキムラに問うた。
「輸送船三隻を沈めるためだけに、高価なミサイルを何発も使うのは、少し勿体なくない?」
「いいえ」
キムラが、端末を操作しながら答える。
「上空の攻撃ドローンによる、安価なレーザー誘導ロケットで十分です。目標は機関部――魔導炉のみ。船体を完全に破壊する必要はありません。航行不能にできれば、それで目的は達成されます」
「効率的ね。……いいわ、それでいきましょう」
深夜、高度数千メートルの上空に音もなく展開していたコホートの攻撃ドローン編隊が、一斉にレーザー照射によるロックオンを完了した。
「敵影感知! 空です、空から――」
フリゲートの見張り員の絶叫は、最後まで続かなかった。
シュガァァァァァンッ!!
闇夜を切り裂き、レーザー誘導ロケットが狙いすましたように輸送船三隻の機関部――魔導炉のある船体中央部だけを上空から正確に撃ち抜く。護衛のフリゲートには、機関砲による海面への威嚇射撃のみが加えられ、直接の攻撃対象からは完全に外された。
ただ、最も重要な輸送船だけが、次々と爆発と共に機関部を破壊され、黒煙を上げて完全に航行不能に陥っていく。
「な、なんだこれは……! なぜ、輸送船だけを……!」
フリゲートの艦長が、混乱しながら叫んだ。だが、その答えを与える者は、この夜の海には誰もいなかった。
沈黙した輸送船を、フリゲート二隻が必死に曳航しようと試みる。だが、積み荷の魔石は、船体下部の損傷と共に、その大半が海の藻屑と消えていた。
コホートのドローンは、それ以上の無駄な追撃を一切行わず、静かに闇の空へと引き上げていった。
---
### 4.座礁する艦隊
数日後。マール王国、艦隊主根拠地。
「……燃料の備蓄状況は」
提督ファーロンは、報告を受け、険しい表情で問うた。
「輸送船団の喪失により、当面の補給計画は大幅に狂いました。ですが、沿岸各地の備蓄魔石をかき集めれば、艦隊全体が完全に沈黙するには至りません」
参謀の声には、一時的な安堵と、未来への焦りが入り混じっていた。
ファーロンは、しばし黙考した後、静かに結論を下した。
「……艦隊は死んではいない。だが、海岸線から遠く離れた外洋での大規模作戦は、当面できんな」
彼は、港に係留されたままの大型装甲艦の群れを見つめた。誇るべき大艦隊は健在だ。だが、その行動半径は、目に見えて狭められようとしていた。
「奴らは、我々の輸送船を狙ったのではない。……大艦隊そのものの『足』を止めようとしたのだ。我々が、アルシオン港の物流を狙ったのと同じようにな」
ファーロンは、その残酷な分析結果に、苦い笑みを浮かべた。
「……ならば、次はこちらの番だ」
彼は、参謀たちに矢継ぎ早に指示を飛ばし始めた。
「燃料の備蓄を、一箇所に集中させるな。沿岸の複数の拠点に分散して保管しろ。輸送は夜間に限定し、ルートは毎回変更する。……輸送船団には、囮の空船(からぶね)を混ぜておけ。奴らのドローンに、どれが本物の魔石を積んでいるか、簡単には判別させるな」
学習は、双方向だった。コホートがマールのやり方を模倣したように、マールもまた、コホートの一手から、次の一手を学び取ろうとしていた。
---
### 5.王城の熟考
マール王国、王城。
「艦隊の行動半径が、大幅に制限されている、と」
国王ダグラスの声に、動揺よりも、深い懸念が滲んだ。
「はい、陛下」
外務大臣ヴァレンスが、慎重に言葉を選びながら報告する。
「艦隊そのものは無傷で健在です。沿岸部での防衛作戦や、小型艦による港湾への嫌がらせ攻撃は継続可能でしょう。……ですが、燃料の確保が滞れば、あの大艦隊も、いずれは『港に浮かぶ巨大な鉄屑』になりかねません。奴らが再び補給線を執拗に狙ってくれば、半年後には本当に身動きが取れなくなる可能性があります」
ダグラスは、しばし沈黙した。
「……つまり、まだ『交渉の余地』はある、ということか。今のうちなら」
「はい。今なら、こちらもまだ無傷の大艦隊という『最大の交渉札』を持っています。この札の価値が完全に目減りしないうちに、交渉の可能性を探っておく価値はあるかと」
ヴァレンスは、商人らしくそう言いながらも、慎重に付け加えた。
「もっとも、今すぐ白旗を上げる必要はございません。艦隊はまだ、戦い続けられます。……ただ、選択肢の一つとして、水面下での接触を試みる準備だけは、進めておくべきかと存じます」
ダグラスは、深く頷いた。窓の外、軍港には、燃料こそ乏しくとも、依然として強大な威容を保つ大艦隊の姿があった。
---
### 6.戦い方を学ぶ者たち
《プロスペリティ》第一会議室。
「マール艦隊の大規模作戦能力が、一時的に低下しました」
ハンスが、状況の変化を報告する。
「ただし、艦隊そのものは健在です。小規模な沿岸攻撃や夜襲については、引き続き警戒が必要です」
タドコロは、静かに頷いた。だが、その表情に、まだ安堵はなかった。
「海は、少し押し戻せた程度ね。……でも、北はまだよ」
彼女は、海図から、大陸の内陸部――未だ戦線が拡大し続けているリーム王国との国境地帯へと視線を移した。
「あちらは、物流を絞っても止まらない。人がいくらでも湧いてくる泥臭い戦い方をしてくるもの」
キムラが、疲れた声で応じる。
「海の戦い方と、陸の戦い方は、根本的に違う敵ですね。……一つ勝ち方を学んでも、相手もまた、それに対する次の一手を学んでくる」
「そういうことね」
タドコロは、扇子を静かに開き、緩やかに扇いだ。
「厄介な星(市場)に来たものだわ、本当に」
窓の外、西の海は静かに凪いでいたが、北の空には、まだ晴れることのない戦雲が、重く垂れ込め続けていた。