辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記 作:ホゲフガ
## 第2章 第14話:沈黙の向こう側
### 1.目を騙す
パンドーラ大魔法公国、第一魔導中継基地。
「……第二中継基地が、陥落したわね」
研究主任のエレナ・ファンドルは、完全に沈黙した魔導通信網のノードを見つめながら、静かに呟いた。
相手は未知の超技術を持つ組織だ。前線の中継基地の一つや二つが物理的に叩き潰されることは、最初から想定の範囲内である。問題は「どうやって次を凌ぐか」だ。
「エレナ主任。広域妨害の出力を最大まで引き上げますか?」
「いいえ。単純な出力で張り合っても無駄よ。奴らの情報処理能力と火力の連携は、私たちの想像を絶しているわ。通信を『完全に切断』することは、どうやら不可能みたいね」
エレナは、破壊された基地から送られてきた最後の魔力波形データを指でなぞった。
「ならば、考え方を変えるわ」
彼女の分厚い眼鏡のレンズの奥で、理知的な光が鋭く瞬く。
「奴らの強さは、『見えない目(センサー)』が拾った情報を、即座に指揮官が分析し、兵器へと伝達する凄まじいまでの【速度】にある。……ならば、通信を遮断するのではなく、『嘘』を混ぜればいい」
「嘘、ですか?」
「ええ。暗号化された奴らの言葉を解読する必要はないわ。封筒の中身が読めなくても、封筒そのものを複製して送りつけることはできる」
エレナは、水晶板に新たな術式のアルゴリズムを展開していく。
「奴らの目は良すぎる。微細な熱や、見えない波(電波)の反射すら正確に捉えているわ。だからこそ……魔力を使ってその波を『遅延反射』させてゴーストを作り出し、同時に森の中に魔法で『存在しない熱源(幻影)』を大量に捏造するのよ」
エレナの指先が、水晶板の上で踊る。
「そうすれば、奴らの目には『あり得ない情報』が大量に映る。偽情報を大量に処理させれば、それを『真実かどうか』判断するために、あの恐ろしい連携に必ずタイムラグが生じるわ。……目を潰すのではなく、目を騙すのよ」
それは、パンドーラの魔導戦術が、単なる「妨害」から「欺瞞」へと一段階進化した瞬間だった。
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### 2.情報の毒
《プロスペリティ》第一会議室。
ホログラムモニターの前で、生産・技術主任のキムラがひどく渋い顔でデータパッドを叩いていた。
「……おかしいですね」
「何が?」
タドコロが扇子を扇ぐ手を止める。
「北部監視網のドローンが、極めて奇妙な情報を拾い始めました。……例えばここ。赤外線センサーが『リーム軍の大規模部隊』を感知していますが、光学カメラの映像には木々しか映っていません。逆に『味方の輸送車列』の反射波をレーダーが認識したのに、暗号化ID認証には一切応答しない」
キムラは、矛盾する複数のセンサーデータを空中に並べて表示した。
「当社のAIは当初、単なる電波妨害による『センサー異常』として処理していました。しかし、エラーの発生パターンを解析した結果……これは偶然の故障ではありません。意図的に作られた偽の波形です」
キムラの長いウサギ耳が、ぴんと緊張に跳ねた。
「……彼らはネットワークシステムにハッキングしたわけではありません。物理的な『センサーの欺瞞(スプーフィング)』です。魔力を使って電波を乱反射させてレーダーゴーストを作り出し、同時に熱源魔法で偽の軍隊の反応を捏造している。当社の戦術AIは『味方からの通信』と『物理センサーの生データ』の矛盾を解消しようとして、無限の検証ループに陥り、現場へフェイク警告を出し続けています」
「つまり、パンドーラの魔導士は私たちの通信網を直接壊すのではなく、情報を『信用できなく』しようとしているのね?」
「はい。情報を制するからこそ、情報過多に弱い。敵は、的確に当社の戦術的喉元を突いてきています」
「だったら、通信を信用しなきゃいいだろ」
腕を組んでいた防衛主任のミウラが吐き捨てた。
「……どういうこと?」
「高度な情報共有(ネットワーク)が逆に足を引っ張るなら、線を切っちまえばいい。現場の兵隊の『目』と『脳みそ』に判断を丸投げするんだよ。昔ながらのやり方だ」
つまり、完全な中央集権型の指揮から、分散型の独立指揮(ミッションコマンド)への切り替えである。
部隊長には事前に作戦目標だけを与え、通信が途絶したり矛盾した命令が届いたりした場合は、各部隊が独自のセンサーと肉眼で確認し、現場の判断を最優先する。
「……なるほど。ネットワークが死んでも戦える組織、ね」
タドコロは、口角を上げた。
「ミウラ。あなたの直属の『可愛い部下』に、そのテストケースを任せるわ」
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### 3.認知の防壁
パンドーラとリームの国境付近。深い山岳地帯。
コホートの警備部隊長アリシアは、十名にまで規模を縮小したマリーンアーマー部隊を率いて、濃霧の立ち込める森を前進していた。
目標は、パンドーラ側の『第三中継基地』の物理的破壊。
『――警告。北側より敵増援! 大規模な魔力波形を検知!』
『――司令部より全機へ。作戦中止、直ちに撤退せよ!』
アリシアのヘルメット内の通信回路には、絶え間なくノイズと「偽の警告」が響き渡っていた。パンドーラの流した欺瞞情報だ。
「全機、通信のアラートはシカトして」
アリシアは、極めて軽いギャル特有の口調で、しかし絶対的な威厳を持ってインカムで指示を飛ばした。
「HUD(ヘッドアップディスプレイ)のセンサー表示も切るよ。自分の肉眼と、ウチら同士の直接音声だけ信じて前出るっしょ」
機械が騙されるなら、人間が判断すればいい。アリシアの現場指揮能力が、部隊の混乱を完全に押さえ込んでいた。
「目標施設、目視で確認! 前方に敵影、魔導士部隊です!」
森を抜けた先に、目当ての水晶塔と、それを護衛する二十名ほどのパンドーラ魔導士の姿があった。
「制圧するよ! 撃って!」
アリシアの号令と共に、部隊のチャージ兵器が火を噴く。
魔導士たちが展開した物理結界が、チャージ弾の雨を浴びて次々と弾け飛ぶ。強固なマリーンアーマーの装甲に対して炎や氷といった物理的な属性魔法が通用しないことは、パンドーラ側もすでに学習していた。
「――物理は通じない! 『精神』を狙え!」
魔導士の部隊長が叫び、杖を高く掲げた。
その瞬間。
「……ッ!?」
アリシアの脳裏に、直接、焼火箸を突っ込まれたような強烈な激痛が走った。
視界がぐにゃりと歪む。無数の幻聴が響き、平衡感覚が狂い、上下左右が分からなくなる。装甲のダメージアラートは一切鳴っていない。マリーンアーマーの分厚い複合装甲は無傷だ。それなのに、中に入っている『アリシア自身の精神』が、直接侵食されている。
「ぐぁっ……! な、何コレ、マジ最悪……ッ!」
「敵が……味方が化け物に……撃つな! 撃つな!」
部下の数名が、錯乱したように銃を乱射し始めた。幻覚、めまい、そして激しい感情の暴走。パンドーラの魔導士が放ったのは、物理的な干渉ではない。人間のニューラルネットワークを強制的に書き換える『サイキャスト(精神超能力)』そのものだった。
「視界とかマジ信用しないで! 全員、HUDの電源オフにして!」
アリシアは、吐き気を堪え、歯を食いしばりながら部隊通信で絶叫した。
「自分の名前言ってみ! 所属は! 今どこにいるか確認して!」
それは、コホートの軍事教練に組み込まれた、極限状態での認知プロトコルだった。
「私はアリシア! 第二中隊長! 現在地はパンドーラ国境! 任務は――中継塔をぶっ壊すこと!」
自らの声を鼓膜で聞き、脳に反復させることで、強引に自我の輪郭を繋ぎ止める。
アリシアは、隣でパニックに陥りかけていた部下の装甲を激しく殴りつけた。
「あんた誰!」
「第、第二中隊……伍長!」
「任務は何!」
「……中継塔、破壊ッ!」
兵士たちの声が重なる。恐怖と幻覚で溶けかけていた精神が、『軍人としての訓練』という強固な檻によって現実へと引き戻されていく。
「魔法使いの意識刈り取って! 集中乱せば、頭のノイズも弱まるっしょ!」
アリシアは、頭痛に顔を歪めながら重機関銃を構えた。
「撃ちまくって……! 杖持ってるヤツから優先して倒すよッ!!」
狂乱状態すれすれの中で、アリシアたちの圧倒的な制圧射撃が再開される。
集中を乱された魔導士が倒れるたびに、まとわりついていた精神干渉がフッと軽くなる。術者が意識を失えば、能動的な精神干渉(サイキャスト)は維持できない。
数分の凄惨な銃撃戦の末、第三中継基地の水晶塔は、泥と血に塗れたPA部隊によって完全に沈黙した。
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### 4.温度差
数時間後。《プロスペリティ》の格納庫。
帰還したアリシアたちを、キムラとミウラが出迎えていた。
「人的損害なし」
キムラが、回収された戦闘データログを確認しながら報告した。
「二名が精神的負荷による短時間の戦闘不能状態に陥りましたが、後遺症はありません。ただし、パワーアーマーの物理的な損傷率は十九%に達しています」
「魔法使い相手の近接戦闘にしては、上出来だ」
ミウラが、腕を組んで満足げに頷いた。
だが、ヘルメットを脱いだアリシアの顔は、汗と極度の精神疲労で蒼白だった。彼女はミウラを鋭く睨み返す。
「全然上出来じゃないし。……次は普通に死人出ますよ」
アリシアは、拭いきれない頭痛に顔をしかめながら、いつもの軽い口調の奥に本気の怒りを滲ませて吐き捨てた。
「アーマーじゃ、あの精神攻撃は防げない。ウチらがどんだけ気合いで自我保っても、あれ直接脳みそ焼いてくる。……ちゃんと対策しないと、この装備(アーマー)ただの鉄の棺桶っすよ」
データ上の『人的損害ゼロ』という無機質な数字と、現場で死の淵を覗き込んだ兵士の激しい温度差。ミウラはそれ以上何も言わず、ただ静かに思案していた。
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### 5.学習の波紋
パーパルディア皇都、エストシラント。皇宮。
「……随分と、妙な戦争になってきたな」
カイオスは、届けられた最新の戦況報告書を読みながら、重い溜息をついた。
北ではリーム軍との泥沼の浸透戦。西の海ではマール艦隊との兵站を巡る削り合い。そして、パンドーラとは見えない電波と魔法を巡る、不可解な情報戦。
かつてのパーパルディアがやっていた「大軍を並べて撃ち合う」という単純な戦争の姿は、そこにはもう無かった。
皇帝ルディアスの傍らで、皇后レミールもまた、その報告書に目を通していた。
『北部戦線:リーム軍の浸透に対応中』
『西海岸:マール艦隊を行動不能化(物流停止)』
『パンドーラ:魔導中継基地を物理・情報両面で攻撃』
『国内:民間密告情報網による監視体制を構築』
レミールは、報告書を机に置き、深く息を吐いた。
「……コホートは、戦争への対応が異常に早いのね。敵のやり方を即座に分析し、自分たちの弱点を補い、翌日には全く新しいシステムで反撃してくる」
彼女の目には、かつての傲慢さはなく、ただ純粋な「統治者としての探求心」が宿っていた。
「コホートの恐ろしさは、あの圧倒的な兵器だけでないわ。……あの『失敗から即座に学ぶ組織構造』こそが、彼らの本当の強さよ」
レミールは、カイオスへ向き直った。
「ならば、こちらも学ばなければならない。皇国の古い軍事教練と、旧態依然とした官僚制度を根本から見直します。……私たちが生き残るためには、私たち自身が変わるしかないわ」
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### 6.消えた残骸
再び、《プロスペリティ》第一会議室。
タドコロの前に、キムラが新たなホログラムを展開した。
「社長。アリシア隊が第三中継基地を破壊したことで、パンドーラ側の妨害網に一時的な『穴』が生じました」
「ええ。おかげで通信が少しクリアになったわね。それで?」
「はい。……今なら、探せると思いました」
キムラがキーを叩くと、北部国境付近の特定の座標が拡大された。
「開戦初日。リーム軍の浸透作戦とパンドーラの妨害が初めて発生した日の戦闘において、我が社は偵察ドローンを十三機喪失しています。そのうちの一機は、通信途絶、位置情報消失、帰還せずとなり、『撃墜されたもの』として未確認のまま処理されていました」
「それを、裏でずっと探していたのね?」
「はい。最後に確認された座標、飛行経路、搭載記録から墜落地点を推定し続けていました。妨害が晴れた隙を突き、偵察ドローンを現場へ飛ばしました」
キムラが展開した現場の映像データには、地面の深い損傷、散乱する少量の金属片、焼け跡、着地痕、そして……『何か』を地面から引きずって運び出したような、不自然な擦過痕が映し出されていた。
「……墜落地点は間違いありません。地形データとも一致しています。確かに、ここに落ちた」
キムラは、モニターを睨んだ。
「でも、機体がない。自然現象や魔法で完全に破壊されたなら、部品の残骸があるはずです」
数秒の、重い沈黙。
「……もしかして、回収された?」
タドコロの、扇子を揺らす手がピタリと止まった。
「誰に?」
「そこまでは、まだ――」
この戦争において、コホートの機材が敵の手に渡った可能性がある。それは、中継基地を一つ失うよりも遥かに致命的な、情報漏洩だった。
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### 7.闇の中の瞳
――場面は変わり、パンドーラ大魔法公国。
地下深く。魔導灯の青白い光だけが照らす、薄暗い研究室。
石造りの冷たい回廊を抜け、研究主任のエレナが一人で歩いていく。
その部屋の奥には、白い布で覆われた巨大な『機械の輪郭』が鎮座していた。
布の隙間からは、鋭角的な金属の翼、不気味な光を放つセンサーレンズ、精緻な機械式アクチュエータ、そしてこの世界には存在しないはずの未知の発光部品が、僅かに覗いている。
エレナは、無言のままその物体の前に立ち止まり、布の端にそっと手を掛けた。
「……ずっと、気になっていたの」
バサリ、と。
布が少しだけ持ち上げられ、コホート製ドローンの翼が、魔導灯の光を受けて冷たい輝きを放った。
「魔力を使わずに飛ぶ。魔法なしで敵を見つける」
エレナは、その流線型の装甲に指を這わせた。
「そして……誰にも命令されずに、動く」
一拍の沈黙。
彼女の分厚いレンズの奥で、マッドサイエンティストとしての狂気的な探求心が燃え上がった。
「これは、何なの?」
異なる技術体系を持つ二つの怪物は、互いの最も深い秘密(コア)に、ついに手を掛けようとしていた。