辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記 作:ホゲフガ
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## 第2章 第15話:失われた翼
### 1.微弱な声
《プロスペリティ》情報管制室。
数回にわたる魔導中継網の破壊により、パンドーラ大魔法公国が展開していた広域魔力妨害は一時的に大幅な低下を見せていた。
「……待ってください」
モニターを監視していたキムラが、不意にキーを叩く手を止めた。
「信号があります。パンドーラ国内の地下深くからです」
それは、通常の通信電波ではない。極めて微弱で、断続的なパルス音。キムラは即座にデータベースの暗号識別パターンと照合をかけた。
「……開戦初日、北部の戦闘で行方不明になっていた我が社の監視ドローンの『非常用ビーコン』です。墜落時のショックか魔法攻撃でメイン電源は落ちていますが、独立した低出力ビーコンだけがまだ生きていました」
「場所は?」
タドコロの声が一段低くなった。
「パンドーラ国内、国境から数十キロ内陸に位置する軍事研究施設。……信号は移動していません。誰かが回収し、施設内に運び込んでいます」
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### 2.情報漏洩の代償
「あれには、我が社の技術情報が入っているわ」
タドコロは、プラスチール製の扇子を硬く握りしめた。
「通信方式、センサーの構造、動力源。……あの機体を見た研究担当者は『全員』排除しなさい。機密情報流出の防止が最優先よ」
その場に居合わせたアリシアが、思わず眉をひそめた。
「……研究員まで、全員殺んの?」
「一人でも生存者が情報を持っている可能性がある限り、情報漏洩リスクはゼロにならないわ」
タドコロは、冷徹な経営者の瞳でアリシアを見た。
「今回は、後々の外交的非難より、技術流出のコストの方が遥かに高いの。個人を特定して選別している時間はない。……施設ごと、情報を消しなさい」
「アリシア隊長。君の部隊は施設内への突入(ブリーチ)と目標回収を担当しろ」
ハンスが、作戦図を展開しながら告げる。
「俺も別動隊を率いて同行する。俺の部隊の任務は『施設の完全包囲と外周制圧』だ。中からも外からも、ネズミ一匹逃がさない」
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### 3.新たな盾と矛
出撃前。格納庫に集められたマリーンアーマー部隊に、キムラから真新しい追加装備が支給されていた。
「『PSY-FOIL(サイ・フォイル)ヘルメット』です。頭部に特殊な金属箔(フォイル)を編み込んであり、人間の脳波に干渉する特定の精神波を約八十%減衰・遮断します。完全無効化はできませんが、前回のデータから逆算すれば、精神を焼かれる致命傷は防げます」
さらにキムラは、精神安定剤および神経刺激剤のオートインジェクターを装甲の首元に組み込んだ。
「そして、これが試作品の『PSY-AMP(精神波増幅放射器)』です」
キムラが数名の兵士の腕部装甲にマウントさせたのは、奇妙な形状の小型デバイスだった。
「特定の周波数の精神衝撃を指向性を持たせて照射し、敵の精神集中を一時的に破壊します。彼ら魔導士は一般兵より遥かに『精神感応性』が高いため、逆位相のサイキック攻撃には極めて脆弱なはずです」
「やば。こっちから精神攻撃やり返せるってこと? マジ最高じゃん」
アリシアが獰猛に笑う。
「ただし、バッテリーの都合上『使用回数は一デバイスにつき数回』、かつ『有効射程は極めて短い』です。強力な術者には効果が減衰する可能性もあります。あくまで補助装備と考えてください」
「十分っしょ。……行くよ、みんな」
アリシアはチャージ機関銃をコッキングし、部下たちと共に二機の装甲降下艇(アーマード・シャトル)へと乗り込んだ。
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### 4.奪うための強襲
パンドーラ大魔法公国、秘密地下研究施設。
深夜、その上空に音もなく到達したコホートのシャトルから、高出力の電磁パルス(EMP)弾が投下された。
バチィッ! と空間が青白く弾け、地上の照明設備と、施設の魔導通信網が物理的に焼き切れる。
間髪入れずに降下を開始した二機のシャトルが、機首の重機関砲を唸らせた。中庭を警備していたパンドーラの護衛兵たちが、反撃の前に凄まじい徹甲弾の雨に撫で斬りにされ、原型を留めない肉塊へと変わっていく。
「外周制圧完了。アリシア、行け」
シャトルから降り立ったハンス率いる包囲部隊が、施設の出入り口を完全に封鎖する。
「突入(ブリーチ)!」
アリシア率いる部隊が、地下施設への重厚な金属扉を指向性爆薬で吹き飛ばし、濃密な硝煙と共に雪崩れ込んだ。これまでの「陣地を破壊するための攻撃」ではない。技術情報を「奪い、消すための緻密な殺戮」である。
「侵入者だ! 迎撃――」
地下通路の奥から魔導士たちが杖を構えて現れた瞬間。アリシアの視界が僅かに歪んだ。前回と同じ、脳を直接掴まれるような精神干渉(サイキャスト)だ。
だが、前回のように意識を丸ごと焼かれるような激痛はない。『PSY-FOIL』が精神波の直撃を弾き、インジェクターから自動投与された薬剤が即座に神経の熱を冷却する。
「効かない……!?」
驚愕して杖を止めた魔導士に対し、部下の一人が一気に距離を詰め、腕の『PSY-AMP』の指向性を合わせトリガーを引いた。
「がぁぁぁッ!?」
不可視の精神衝撃(サイキックショック)を至近距離で浴びた魔導士が、突如として耳を塞ぎ、白目を剥いて鼻血を吹き出しながら昏倒した。コホート初の『サイキック・カウンター』の成功だった。
「押し通るよ! 第一区画から全員掃除して!」
アリシアの号令と共に、マリーンアーマー部隊の無慈悲なCQB(閉所戦闘)が始まった。閉鎖空間でのチャージライフルの青白い火線が、魔導士たちの張った物理結界ごと肉体を容易く貫通していく。
研究施設内には、武装した魔導士だけでなく、白衣を着た非武装の研究員たちも多数逃げ惑っていた。
「ひぃっ! た、助け――」
「撃つな! 降伏す――」
ズガガガガガッ!!
アリシアの部下たちは、一切の躊躇なく彼らをチャージライフルで薙ぎ払った。命乞いも、両手を上げた降伏も受け入れない。タドコロの命じた『情報漏洩リスクの完全消去』という企業ロジックの前に、人道主義が入り込む余地はなかった。
通路の壁は瞬く間に血で汚れ、機密資料の束が赤い水たまりに沈んでいく。
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### 5.失われた翼
地下最深部。分厚い防護扉を蹴り破ったアリシアは、巨大な研究室の中央を見て息を呑んだ。
そこに、ロストしたと思われていた監視ドローンが置かれていた。
流線型の外装は墜落によってひどく傷ついているが、センサーユニットとデータストレージを含む主要部分は、驚くほど丁寧に無傷で取り出されている。周辺には、幾つにも分解されたパーツ、魔力波形を変換するための未知の解析装置、そして山のような手書きの研究データと『模造試作品』が並べられていた。
「……見っけ。回収班、急いで」
部下たちがドローンのコアパーツと物理データの回収に走る。
その部屋の奥で、煤と血に汚れた白衣を着た女性が、血走った目でデータクリスタルを抱え込んでいた。
(こいつが、解析の責任者?)
アリシアはチャージ機関銃の銃口を、その女――エレナへ向けた。
「動かないでよ」
すでに施設はハンスの部隊に完全包囲され、他の研究員は文字通り皆殺しにされている。逃げ場はどこにもない。だが、エレナは絶望するどころか、狂気的な笑みを浮かべた。
「……素晴らしいわ。物理の塊だと思っていたあなたたちが、たった数日で『精神攻撃への盾と矛』を作ってくるなんて。でも、魔法の深淵を舐めないで!」
エレナは、懐から古びた石板のような『古代遺物(アーティファクト)』を取り出し、素手で力任せに握り潰した。
同時に、彼女の全身から尋常ではない量のニューラルヒートが吹き荒れ、空間が文字通り『歪んだ』。
「撃て!」
アリシアが反射的にトリガーを引く。青白いチャージ弾がエレナの肩を貫いた、その直後。
エレナの姿が、空間のねじれに吸い込まれるようにフッと消失した。
小規模な空間転移魔法(スキップ・サイキャスト)。
だが、それは決して『万能の魔法』ではない。彼女が消えた床には、銃弾によるおびただしい量の血だまりと、完全に砕け散り二度と使えなくなったアーティファクトの残骸が散乱していた。
転移先を事前に設定した短距離ジャンプ。自らの命を削り、国宝級の超常遺物を犠牲にして放つ、一回限りの泥臭い逃亡劇だった。
「……逃げられたし。マジ最悪」
アリシアは舌打ちをし、通信機を開いた。
「司令部。ドローン本体、および研究資料の確保完了。施設内の研究関係者は全員排除した。……ただ、中核っぽい研究者一名だけ、取り逃がしたわ」
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### 6.エピローグ:漏れ出した秘密と戦いの引き際
《プロスペリティ》第一会議室。
「回収したドローンの内部ストレージを解析しました」
キムラが、重い声で報告した。
「通信方式、センサーの基本構造、電力系統のデータに、物理的・魔導的なアクセスを試みた痕跡があります」
「……完全にリバースエンジニアリングされたの?」
タドコロの問いに、キムラは首を振る。
「いえ。この短期間で我が社のテクノロジーを完全に『理解』することは不可能でしょう。ですが、構造・材質・機能の対応関係を推測し、『観測可能な状態』にはなっています。……つまり、彼らはドローンの仕組みを、魔法の枠組みの中で部分的に模倣・応用できるだけの決定的なヒントを得たことになります」
重い沈黙が、会議室を支配した。
コホートは、ドローンを奪還し、『魔法=サイキャスト』に対する防壁と反撃の手段(PSY-AMP)を得た。さらには敵の研究施設を制圧し、多数の魔導研究データを確保した。
だが、パンドーラ側もまた、生き延びたエレナの頭脳を通じ、コホートのテクノロジーの深淵を覗き込む『知識』を得てしまった。
「……互いに、相手の技術体系を盗み合ったということね」
タドコロは、ゆっくりと目を閉じた。
「パンドーラはすでに、我々の技術の一部を知っている。これ以上無駄に戦争を続ければ、向こうは私たちの戦術をさらに学習する。こちらも相手の魔法を学習する。……そして、互いに次の一手が読めない、泥沼の技術開発競争(エスカレーション)に陥る」
それは企業にとって、終わりの見えない『最悪の赤字プロジェクト』を意味していた。
「社長。パンドーラ本国へ、直接的な戦略攻撃を仕掛けますか?」
ミウラの問いに、タドコロは扇子を静かに開いた。
「そうね…」
タドコロの決断に、会議室の空気が張り詰めた。
軍事的な火力においては、コホートが圧倒的に勝っている。だが、コホートは初めて「敵を単純な物理破壊だけでは処理しきれない」という、この世界の技術的底力(サイキャスト)を正確に理解したのだ。
一方――。
パンドーラ大魔法公国の、別の辺境にある隠し研究施設。
空間転移の代償による激しい精神疲労と、転移の間際にアリシアが放った銃弾による出血に喘ぎながら、エレナは冷たい石の床の上に倒れ込んでいた。
「主任……! お気を確かに!」
駆け寄る部下を制し、エレナは血に染まった手で、コホートのドローンから写し取ったデータクリスタルを強く握りしめた。
「完全には……理解できなかったわ。彼らのシステムは、複雑すぎる……」
彼女は、荒い息を吐きながらも、その口角を微かに吊り上げた。
「でも……これだけあれば、次はもっと戦える。……奴らの兵器は、決して無敵じゃないわ」
完全な勝利者はいない。
ただ、魔法と科学という異なる二つの技術体系が、互いの最も深い秘密に触れ合ったまま、決定的な『決着のテーブル』へと向かおうとしていた。