辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記 作:ホゲフガ
## 第2章 第16話:臨界のネットワーク
### 1.最後の妨害
パンドーラ大魔法公国、首都ファンドルフにある『魔導学院連合』の最深部。
魔導通信の要とも言えるこの広大な中枢管制室は、重苦しい空気に包まれていた。
「……第四中継基地、応答ありません。魔力波形の消失を確認」
「第五基地、多重障壁の崩壊を検知。通信途絶しました」
管制官たちの悲痛な報告が次々と響く。
学連長オルコットは、中央の巨大な水晶板に映し出される、次々と消滅していく自国の魔導中継基地の光点を見つめ、苦渋に満ちた表情で杖を握りしめていた。
数日前、秘密研究施設がコホートの部隊に強襲され、鹵獲していたドローンを奪い返された上、多数の優秀な魔導研究員を物理的に「消去」された。研究主任のエレナ・ファンドルは古代遺物を犠牲にした空間転移で辛くも帰還したものの、肉体と精神に致命的なダメージを負い、現在は別施設で治療中である。
「学連長。このままでは、我が国の魔導中継網は各個撃破され、すべての目と耳を失います」
傍らに控える魔導将校が、震える声で進言した。
「……分かっている。コホートは、魔法の仕組みを理解し始めている。物理的な破壊だけでなく、精神への干渉さえも防ぎ、さらには跳ね返してきたのだからな」
オルコットは、深く重い息を吐き出した。
コホートの圧倒的な技術力、そして異常なまでの学習速度は悪夢だった。しかし、パンドーラもまた無為にやられていたわけではない。エレナが命懸けで持ち帰った技術情報――奴らの通信やセンサーの『概念』は、確実にパンドーラ側に新たな知見をもたらしている。
「出し惜しみをしている余裕はなくなったということだ。我々の目が完全に潰される前に、奴らの通信を焼き切る」
オルコットは決断を下した。
「――これが最後だ。全土の魔力炉を中央局へ直結しろ。残存するすべての魔導中継網を最大出力へ引き上げ、パーパルディア北部から西海岸に至る全域のコホートの通信能力を、完全に沈黙させる!」
「し、しかし! それほどの出力を一斉に流せば、各地の魔導分配器が負荷に耐えきれず、熱暴走を起こす危険が……!」
「構わん! ネットワークが死ぬか、我々が死ぬかの瀬戸際だ。実行しろ!」
学連長の号令と共に、パンドーラ全土の地下深くを走る魔脈に、尋常ではない量の魔力が叩き込まれた。
空間が悲鳴を上げ、電磁場と魔力場が狂乱の渦となってパーパルディア大陸の北半分を呑み込んでいく。それは欺瞞(スプーフィング)などという小細工ではない。空間の物理法則そのものを高濃度の魔力で強引に塗り潰す、魔法国家による最大にして最後の暴挙だった。
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### 2.コホートの『新しい目』
《プロスペリティ》第一会議室。
メインモニターの全域が、突如として真っ赤な警告色(エラー)に染まり、けたたましいアラートが鳴り響いた。
「北部・西部一帯のデータリンク、完全喪失! ドローンとの遠隔同期が切断されました!」
オペレーターが叫ぶ。
「広域の電波・光学・魔力干渉が過去最大レベルに達しています! 通信網が、完全に沈黙しました!」
だが、その絶望的な報告を聞いても、上座に座るタドコロは全く動じていなかった。彼女は優雅に扇子を開き、隣に立つキムラを見た。
「……来たわね。想定通りの、最後の悪あがき」
「はい。パンドーラは中継網を過負荷(オーバーロード)させ、自爆覚悟で我々の目を物理的に潰しに来ました」
キムラは、手元の端末で素早くコマンドを入力していく。
「ですが、こちらも昨日の『通信欺瞞』からすでに学習済みです。中央の巨大なネットワークに依存する戦い方は、もう終わりです」
キムラがエンターキーを力強く叩くと、真っ赤に染まっていたモニターの端に、小さな、だが確かな青い光点がいくつも点灯し始めた。
「全前線部隊、および待機中の自律型ドローン群、フェーズシフト。『分散型戦闘網(ローカル・ネットワーク)』へ移行」
これこそが、キムラが徹夜で完成させた暫定対策の集大成だった。
通信が繋がらないなら、通信がなくても戦えるシステムを作ればいい。各部隊のマリーンアーマーや無人戦闘車両には、プロスペリティのメインAIとの通信を必要としない『ローカルAI』が積まれていた。
遠隔誘導が不可能なら、自車に搭載された慣性航法装置(INS)と地形照合システムで自己位置を把握する。
レーダーが狂わされるなら、光学カメラと赤外線センサーによる『目視』だけで敵を識別する。
指示が届かないなら、部隊長が独自の判断で交戦規定(ROE)に基づき攻撃を行う。
情報の共有は、数十メートルしか届かない極超短波の直接通信(ローカルリンク)のみで行う。
中央集権の究極系であるコホートが、パンドーラへの対抗策として究極の『ミッション・コマンド(独立指揮)』へと戦術を移行させた瞬間だった。
「社長。逆探知、完了しました」
キムラが、モニターに一つの座標を投影する。
「これほどの莫大なエネルギーの奔流です。いくら隠蔽しようと、元栓は隠せません。妨害電波の発生源……パンドーラ側の魔導通信ネットワークの心臓部。首都ファンドルフ近郊にある『魔導通信中央局』の座標を完全に特定しました」
「よし。本丸を落とすわよ」
タドコロは扇子をパチンと閉じた。
「ただし、目標は首都近郊にある。大型ミサイルで施設ごとクレーターに変えれば、一般市民の巻き添えが大きすぎるわ。無闇に民間人を焼けば、戦後の外交的・経済的コストが高くつく」
「本丸は落とす。でも、街は焼かない、ということか」
防衛主任のミウラが、獰猛な笑みを浮かべて前に出た。
「なら、出番だな。……ミサイルでドアをこじ開けて、ウチの社員が土足で踏み込む。奴らの予備設備も残さず潰して、情報も回収する。一番確実で、一番面倒なやり方だ」
「頼むわよ、防衛主任」
タドコロの言葉に、ミウラは振り返った。
「第一中隊のハンス、第二中隊のアリシア、それに第四中隊を招集しろ。……今回は、俺も出る!」
プロスペリティの防衛の要であるミウラ自身が、前線指揮官として直接出撃する。コホートが大陸に投入できる有人戦闘員の四割――総勢百十名強を割いた最大規模の特殊作戦が、ついに火蓋を切った。
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### 3.強襲、ファンドルフ郊外
パンドーラ首都、ファンドルフ郊外。森に囲まれた中に、その『魔導通信中央局』は存在していた。分厚い城壁と何重もの物理結界に守られたその施設は、一つの強固な要塞であった。
その上空、見えない超高高度。
パンドーラの妨害網が最大出力で荒れ狂う空域へ飛来したのは、コホートの『精密攻撃用スタンドオフ弾』だった。威力を限定し、貫通力と精密誘導に特化した特殊弾頭。GPSやデータリンクが一切使えない妨害空域の中を、事前にインプットされた地形データと慣性航法のみで飛行し、終末誘導の数秒間だけ光学カメラで目標を照合する。
ヒュルルルルル……ッ!
ズガァァァァァンッ!!
完全な精密誘導とはいかない。数メートルの誤差が生じたスタンドオフ弾は、施設の中枢ではなく、周囲の防壁と外部の大型魔導アンテナ群を正確にえぐり取った。
無差別な破壊ではない。外科手術のように、施設の『目』と『鎧』だけを剥ぎ取る一撃。結界が砕け散り、要塞の内部がむき出しになる。
「対空障壁、消失! 敵の降下部隊が来ます!」
轟煙が立ち上る中、上空の雲を引き裂いて、三機の大型装甲降下艇(アーマード・シャトル)が降下してきた。激しい対空魔法が放たれるが、シャトルは分厚い装甲でそれを弾き返し、さらに重機関砲と対地ロケット弾で地上を耕すと、施設の正面広場と中庭、そして裏手の山肌へと強行着陸を果たす。
シュゴォォォッ、とハッチが吹き飛び、中から重装甲のマリーンアーマー部隊が次々と吐き出された。
「作戦開始だ。各中隊、予定通り動け」
最前線に設置されたシャトルの脇で、ミウラが独自の重装指揮官用アーマーを纏い、直轄部隊と共に前線司令所(CP)を展開しながら指示を飛ばした。
『こちら第一中隊、ハンス。北側防壁の突破に成功。これより中央制御区画の制圧、および研究資料の回収に向かう』
『第二中隊、アリシア。正面広場にて敵の迎撃部隊と接触! これより敵の主力を粉砕するよ』
『第四中隊。裏手から地下区画へ侵入。予備設備の捜索、および退路の封鎖を行う』
「了解(コピー)だ。アリシアはそのまま押せ。ハンスは主制御室優先。第四中隊は地下へ。……この作戦の目的は施設の全壊じゃない。奴らの『システム』を殺すことだ」
ミウラは、妨害を受けない数十メートル圏内のローカルリンク通信網を通じて戦場全体を俯瞰し、的確に部隊を動かしていく。
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### 4.魔法と科学の総力戦
「撃てぇッ! 異形の装甲兵を近付けるな!」
正面広場では、アリシア率いる第二中隊と、パンドーラの中央局防衛部隊が激突していた。
パンドーラ側も、これまでの戦訓からすでに学習している。最前線に立つのは詠唱に時間のかかる魔導士ではない。前装式のライフルと厚い盾を構えた歩兵部隊だ。彼らが肉の盾となり、その後方から精鋭魔導士たちが詠唱を重ねる。
「【地裂の顎(アース・ファング)】!」
ドゴォォォンッ!
アリシアたちの足元の石畳が爆発的に隆起し、鋭い岩の槍となってPAを襲う。PAの装甲が火花を散らし、数名の兵士が体勢を崩した。
「怯まないで! 陣形維持!」
アリシアがチャージミニガンを掃射し、敵の歩兵の盾を強引に粉砕する。
「物理が駄目なら精神だ! 奴らの脳を焼け!」
敵の魔導士部隊長が叫び、空間がねじれるような精神干渉魔法(サイキャスト)が放たれる。
――だが。
「……無駄っしょ。同じ手は二度も食わないし!」
アリシアは、PSY-FOILヘルメットでその強烈なノイズを弾き飛ばすと同時に、腕に装着された『PSY-AMP(精神波増幅放射器)』のトリガーを引いた。
キィィィィィンッ……!
人間の耳には聞こえない、だが魔導士(サイキャスター)の脳を直接揺さぶる不快な波長が、指向性を持って放たれる。
「がぁぁッ!? 思考が……まとまらない……!」
「幻影が……いや、頭が割れるッ!!」
精神感応性が高すぎる精鋭魔導士たちは、逆位相の強烈なノイズを浴びて次々と鼻血を吹き出し、詠唱を強制的に中断させられて膝をついた。
そこへ、コホートの無人支援兵器(四足歩行ドローン)が突入する。通信が途絶した状態でも、事前に設定された「交戦規定(ROE)、攻撃区域、武装魔導士の識別」という厳格なルールの範囲内でのみ自律行動を許可されたAIが、チャージ兵器の正確な火力で敵の陣地を蹂躙していく。
「魔導士部隊、崩壊! 第二中隊、広場を制圧したよ!」
アリシアの報告に、司令所のミウラが短く応える。
「上出来だ。そのままハンスの側面をカバーしろ」
一方、施設内部。
ハンス率いる第一中隊は、閉鎖された隔壁をプラズマカッターで次々と溶断し、施設の最深部である『中央制御区画』へと到達していた。
「……見つけたぞ」
ハンスの視線の先。広大な制御室の中央には、パンドーラ全土の魔力と通信網を束ねる、巨大な『主制御水晶』と、各中継基地へ出力を配る複雑な『魔導分配器』が鎮座していた。
「敵の残存兵力、抵抗を排除。……目標の破壊、および記録媒体の回収を開始する」
ハンスが冷徹に命じ、部下たちが水晶の根元と分配器に指向性爆薬をセットし始める。
この心臓部を粉砕すれば、パンドーラの妨害網は完全に沈黙する。それは情報戦におけるコホートの完全なる勝利を意味していた。
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### 5.エレナの最後の一手(負け方の選択)
――同時刻。
中央局から遠く離れた、パンドーラの別の秘密研究施設。
「……中央局が、完全に制圧されました」
医療ベッドの上で、包帯に巻かれたままのエレナ・ファンドルが、青ざめた顔でバックアップ用の魔導管理回線に向かって語りかけていた。数日前の戦闘でドローンの技術を解析した彼女は、今やパンドーラのネットワーク管理権限を持つ最上位研究者となっていた。
『……そうか。我々の負けだ、エレナ』
通信機越しに聞こえるオルコット学連長の声は、酷く老け込んでいた。
『中央局の設備が破壊されれば、パンドーラ全土の魔導通信網が完全に死ぬ。我々は、目と耳を失ったまま、あの恐るべき兵器の蹂躙を待つしかない……』
「……いいえ。まだ、終わらせない」
エレナは、血を吐きながらも、狂気的な執念で傍らの制御盤に手を伸ばした。
「私は、彼らの技術の深淵を覗いた。……奴らの強さは、中央のネットワークを『切り離しても戦える』こと」
彼女の指が、魔導盤の術式を激しく書き換えていく。
「中央局が落とされるのは、もう避けられない。……ならば。せめて中継網全体を、独立させて生かす!」
ハンスが爆薬のスイッチを押そうとした、まさにその瞬間だった。
『――警告。中央制御水晶から、異常な魔力逆流を検知!』
ハンスの部下が叫んだ。
「何だと? 誰かが外部から遠隔でシステムを操作しているのか!?」
バチバチバチィッ!!
中央局の設備が、爆薬ではなく、自らの内部から発した魔力のショートによって激しく火花を散らした。
「……自爆させたのか?」
ハンスが眉をひそめる。
「いいえ、隊長! 主制御水晶はまだ生きています!」
解析を行っていた兵士が、信じられないものを見るような声で言った。
「主制御水晶と各地方の中継基地を接続している『魔導分配器』だけが、意図的に焼き切られています! 中央局の地方回線が、すべて切断されました!」
「誰かが遠隔操作で、ネットワークを物理的・論理的に切断したというのか……?」
「はい! ……中央局は孤立して死にましたが、各地に点在する地方の魔導中継網は、中央を必要としない『独立したシステム』として生き残っています!」
それは、エレナによる最後の、そして最善の意地だった。
中央集権型のシステム構造を、敵が本丸を落とす直前に自らの手でへし折り、各地方の基地が独自に稼働する「ミッション・コマンド(分散型ネットワーク)」へと強制的に移行させたのだ。コホートが学んだ戦術を、パンドーラ側が見事に逆輸入した瞬間であった。
「……まさか、連中も『分散化』を学んだというのか?」
報告を聞いたミウラが、忌々しそうに舌打ちをした。
完全な機能停止は防がれた。広域の巨大な妨害は消え去ったが、局所的な魔導通信と小規模な妨害能力は、パンドーラ全土に点在する形でまだ生き残っている。
コホートは本丸を破壊することに成功したが、パンドーラの息の根を完全に止めることには失敗したのだった。
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### 6.決着と停戦のテーブル
中央局の主要設備が破壊され、パーパルディア北部に展開していた絶望的な広域妨害は急速に弱まっていった。
戦闘は終わった。
パンドーラ大魔法公国は、中継網の大部分と、精鋭である魔導士部隊に壊滅的な被害を受けた。
対するコホート側も無傷ではない。多数のドローンを喪失し、PA装備の損傷し、魔法(精神攻撃)と物理の双方を相手取った兵員たちの疲労は限界に達していた。何より、パンドーラがコホートの技術情報を一部盗み出し、それを保持しているという事実が重くのしかかっていた。
双方にとって、これ以上の戦争継続は「割に合わない」限界点に達していた。
数日後。
パーパルディアとパンドーラの国境から離れた第三文明圏の商業都市『セレナード』。
古くから国際商取引や条約締結に使われてきたこの中立都市の豪奢な洋館で、秘密裏に『停戦協議』のテーブルが設けられた。
パンドーラ側からは、オルコット学連長の代理である主席外交官が。
コホート側からは、渉外本部長であるイレーヌが、タイトなスーツ姿で出席していた。正式な講和条約ではなく、あくまで「相互の軍事行動を停止するための休戦協定」である。
「……我が国は、パーパルディア皇国および貴社に対する一切の魔導妨害、ならびに敵対行動の停止を約束する」
パンドーラの外交官が、屈辱に耐えるように書類を読み上げた。
「その代わり、貴社も我が国の領土・施設に対するこれ以上の攻撃を行わないこと。……これでよろしいか」
「ええ。軍事的な取り決めに関しては、当社もその条件で合意します」
イレーヌは、冷ややかな営業スマイルを浮かべて書類を揃えた。
「ただし、もう一点。……貴国が我が社の機材から不法に取得した『技術情報』について。これを第三国……マール王国やリーム王国、あるいは神聖ミリシアル帝国へ移転・売却することを、一切禁じます」
「な……ッ!」
外交官が顔を真っ赤にして立ち上がった。
「我々が血を流して得た知識をどう使おうと、我が国の勝手だ! それに、一度知ってしまった知識を『忘れろ』とでも言うのか!?」
「忘れる必要はありません。貴国が国内で独自に研究を続けることまでは、当社も制限しません。……どうせ、完全な再現には数百年単位の時間がかかるでしょうし」
イレーヌは、一切の感情を交えずに交渉の急所を突いた。
「ですが、もしその情報が他国へ流出したと当社が判断した場合……今回の『停戦』は即座に破棄されます」
彼女の獣耳が、冷酷にピンと立った。
「構造の完全な再現ができなくても、『あの巨大組織は、こういう原理で動いている』という概念そのものに価値があることは、当社も理解しています。だからこそ、情報の拡散は絶対に許さない。……お選びください。知識を内に秘めて国を存続させるか、情報を売って国ごと消滅するかを」
静かな、だが絶対的な脅迫。
外交官はギリギリと歯を食いしばり、やがて力なくペンを執り、協定書にサインをした。
コホートは、完全な情報奪還には失敗したが、「情報の拡散」を防ぐという最低限のセキュリティ・ラインを外交によって強引に引いたのだった。
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### 7.エピローグ:休む暇なき者たち
パンドーラ大魔法公国、秘密研究施設。
ベッドの上で停戦の報告を受けたエレナは、静かに窓の外の青空を見つめていた。
「……私たちは、生き残った。でも、負けたわ」
彼女は、傍らのデスクに置かれたコホートのデータクリスタルと、かつて解析した魔石のサンプルを見比べた。
彼女は今や、戦犯ではなく『対コホート研究計画の継続責任者』として、国家の命運を託される重要人物となっていた。
「あの連中も、私たちも、まだ相手の本当の姿を理解していない」
エレナは、マッドサイエンティストとしての狂気と、研究者としての純粋な知的好奇心を交差させて呟いた。
「コホートの技術。そして、この魔石と奴らの関係……。私は、絶対にこの深淵を暴いてみせる」
――そして、上空の《プロスペリティ》。
第一会議室でパンドーラ戦終結の報告を受けたタドコロは、疲れたように深く椅子へ背中を預けた。
「魔導妨害の広域波形は解除されました。当社の通信網とドローンの稼働率は、九八%まで回復しています」
キムラが報告する。
「これで、厄介な相手が一つ片付いたな」
前線から戻ったミウラが、マリーンアーマーの重装甲を脱ぎ捨てながら言った。
しかし、タドコロは静かに首を振った。
現在の情勢を示すホログラムモニターが、大陸全土に点灯している。
休戦したばかりのパンドーラ国境。敵対関係はくすぶったままだ。
西海岸では、マール王国が主力艦隊こそ燃料不足で停泊中だが、小型艦艇による低強度な嫌がらせ攻撃をいまだに継続している。
そして、ガイウスとマータルが血反吐を吐きながら防衛を継続している、パーパルディア北部のリーム戦線。
「一つじゃないわ」
タドコロは、自嘲するように笑った。コホートは技術的には凄まじい成長を遂げたが、人的資源は有限であり、社員たちの疲労はピークに達している。
「私たちは今、三つの国と同時に戦って……しかも、まだどこ一つとして、完全に『勝ち切れて』いない」
圧倒的な技術力と資金力を持ちながら、ファンタジーという異世界の理に阻まれ、泥沼の消耗戦に引きずり込まれた。ここで初めて、タドコロは企業トップとしての本音をこぼした。
「……戦争って、思ったよりずっと面倒ね」
その直後だった。
「社長!」
キムラが、モニターの一角を拡大して叫んだ。回復したばかりの北部監視網からの、緊急アラート。
「リーム戦線の敵軍に、大規模な異変があります! ……奴ら、パーパルディアの領内から、次々と撤退を開始しています!」
「撤退?」
ミウラが眉をひそめる。
「ウチのドローンが回復したから、たまらず逃げ出したってことか?」
「いえ、違います!」
キムラの声に、かつてない焦燥が滲んだ。
「撤退の速度が異常です。それに、向かっている先は本国(リーム王国)の中心部ではなく……リームの『北の国境』です!」
タドコロの扇子が、ピタリと止まった。
リーム軍は、コホートから逃げているのではない。自分たちの北側の背後から迫り来る『何か』に対処するため、パーパルディア攻略を諦めて慌てて全軍を転進させているのだ。
「……リームのさらに北。一体、何があるっていうの?」
第三文明圏の覇権を巡るコホートの戦いは、まだ終わっていなかった。
魔法という未知の現象を自分たちの戦争体系に組み込み、ようやく一息ついた彼らの前に、次なる、そしてより巨大な戦火の影が、大陸の北方から忍び寄ろうとしていた。