辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記 作:ホゲフガ
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## 第2章 第18話:王都包囲と、最悪の選択
### 1.果てなき黒波(ベルンゲン包囲戦)
トーパ王国王都、ベルンゲン。
堅牢を誇る二重の分厚い城壁に囲まれたこの都市は、今や絶望的な孤立状態にあった。
城壁の外を地平線まで埋め尽くしているのは、おぞましい異形の軍勢だった。
統率されたゴブリンとオークの重装歩兵が平原を黒く染め、その背後には攻城塔のごとき巨躯を揺らす巨大魔獣(トロール)の群れが控えている。空にはワイバーンとは似て非なる凶悪な飛行魔獣が旋回し、後方では知性を感じさせる上位魔族が、禍々しい魔法陣を展開して防壁の結界を削り続けている。
「第三防衛線、崩れそうです! 弩砲(バリスタ)の矢が尽きました!」
「魔導砲、砲身が焼き付き発射不能です!」
城壁の上で、トーパ王国軍の将兵たちは血と汗に塗れながら死闘を繰り広げていた。
弓、石弓、火縄銃、そして魔導士たちの魔法。彼らは持てる軍事力のすべてを投入し、城壁の前に何重もの魔物の死体の山を築き上げてきた。先に陥落したトルメスと違い、王都であるベルンゲンは防御態勢が整っており、備蓄も豊富だ。数週間は耐えられるはずだった。
――だが、前線で血振るいをする守備隊長の心は、すでに折れかけていた。
「……おかしい」
守備隊長は、眼下に広がる黒い軍勢を見下ろし、絶望的な事実を口にした。
「敵の数が、昨日から全く減っていない……!」
激戦に次ぐ激戦。トーパ軍は間違いなく、万を超える魔物を殺し、焼いてきた。にもかかわらず、包囲している魔王軍の陣形の密度は一切薄くなっていないのだ。通常の軍隊であれば、これほどの損害を出せば士気は崩壊し、兵站線はパンクする。だが、彼らには疲労も、飢えも、恐怖すらない。
「隊長! 北方の街道より、新たな魔物の群れが到着しました!」
見張り台からの悲鳴に近い報告が、守備隊長の耳を打つ。
「……また、増援だと……?」
守備隊長は、崩れ落ちそうになる膝を必死に堪えた。
戦場で殺しても、殺しても、後方から次々と新品の怪物が補充されてくる。これは、戦死を恐れ、兵站と士気に縛られる『普通の軍隊』ではない。無尽蔵に湧き出す、純粋な暴力の奔流だ。
トーパ王国は、呼吸をするように命を使い捨てる得体の知れない怪物たちを前に、ゆっくりと、だが確実に窒息させられようとしていた。
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### 2.屈辱の使者(リーム王国の決断)
場面は変わり、南。リーム王国王都、ヒルキガ。
王城の最高会議室は、かつてない重苦しい沈黙に支配されていた。
「……休戦を、申し入れるだと?」
国王バンクスは、震える声で目の前の宰相モルテンと、前線から急遽帰還した大将軍リバルを見下ろした。
「左様でございます、陛下」
モルテンが、苦渋に満ちた顔で深く頭を下げる。
「トーパ王国はすでに半壊。魔王軍の主力が、我が国の北部国境へ猛烈な速度で迫っています。このままパーパルディア皇国およびコホートとの戦争を継続すれば、我が国は南北から挟撃され、確実に滅亡いたします」
「だが、こちらから侵略を仕掛け、多くの血を流したのだぞ! それを今更、『北から化け物が来たから戦争をやめよう』などと……! 大国としての面子が保てん!」
バンクスが机を叩く。
「面子では、国は守れません」
大将軍リバルが、低く重い声で口を開いた。彼の顔には、あと一歩でパーパルディア北部を突破できたという悔しさと、それを放棄せざるを得なかった無念さが深く刻み込まれていた。
「コホートの異常な兵器。あれと正面から泥沼の戦闘をやり合った私だからこそ分かります。我々が屈服するのではありません。生き残るために、南の戦争を一旦『閉じる』のです。……使者を出してください。どんな屈辱的な条件を出されようと、今は背後を安全にするしかありません」
絶対の自信を持っていた大将軍の言葉に、バンクスはついに力なく玉座へ崩れ落ちた。大国リームが、プライドを捨てて頭を下げることを決断した瞬間だった。
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### 3.赦さず、生かす(パーパルディアの葛藤)
パーパルディア皇都、エストシラント。
皇帝ルディアスの御前会議は、リーム王国から届けられた『休戦申し入れ』を巡り、真っ二つに割れていた。
「断じて拒否すべきです!」
強硬派の貴族が声を荒げる。
「奴らは我が国へ不当に侵攻し、北部を蹂躙したのです! コホートの支援で戦局が優位に立った今こそ、休戦など突っぱねて一気に反撃し、奪われた北部領土と威信を取り戻す最大の好機ではありませんか!」
それは単なる感情論ではなく、長年大国として君臨してきた国家の安全保障上の正論だった。ここで弱腰を見せれば、再び舐められる。
「しかし、北の魔王軍の脅威は本物です」
第三外務局長のカイオスが、冷静に反論する。
「もし我々が休戦を拒否してリーム王国を攻撃し、奴らが崩壊すればどうなりますか。……魔王軍は、リームという緩衝地帯を通り抜け、我が国の国境へ直接到達することになります」
「カイオス卿の言う通りだ」
総司令官マータルが同意する。
「我々がリームを倒している間に、北から湧き出した魔王軍に横腹を食い破られる。戦線を二つ抱える余力は、今の皇国にはない」
紛糾する会議。その中で、沈黙を守っていた老将ガイウスが、静かに一歩前に出た。彼こそが、北部の前線でリーム軍の猛攻を最も身近で凌いできた男である。
「……リームを、赦す必要はない」
歴戦の将の、重みのある声が響いた。
「我々の同胞を殺した奴らと、和解などできるはずもない。……ただ、奴らを『生かしておく』必要はある」
ガイウスは、地図上のリーム王国の領土を指差した。
「奴らを肉の盾にするのだ。魔王軍という未知の怪物を、奴らの領土と血で食い止めさせる。……休戦とは和解ではない。我々が生き残るための、時間稼ぎだ」
その冷酷で現実的な判断に、強硬派の貴族たちも沈黙せざるを得なかった。
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### 4.利益と最悪の赤字(コホートの判断)
エストシランド沖、《プロスペリティ》の第一会議室。
「……リームと停戦?」
タドコロは、送られてきた外交情報を一瞥し、不快そうに眉をひそめた。
「冗談じゃないわ。戦争はまだ投資の『回収フェーズ』に入ったばかりよ。パンドーラの妨害も潰し、マールも動けない。今なら、疲弊したリーム王国を押し切って首都ヒルキガまで進出できる」
タドコロの頭の中では、すでに冷徹な算盤が弾かれていた。
「首都を落とせば、巨額の賠償金、領土、リーム内の資源、魔導技術、そして新たな市場を独占できる。短期的には、ここで戦争を継続した方が圧倒的に利益が大きいはずよ」
「……社長。その判断は、通常の国家間戦争であれば、間違いなく正解です」
のキムラが、酷く険しい顔でホログラムを展開した。
「ですが、この進軍図を見てください。……魔王軍の推定進路です」
真っ赤な矢印が、トーパ王国を縦断し、リーム王国の北部国境へと深く突き刺さっている。
「リーム北部が陥落すると、魔王軍はこのまま南下を続けます。もし当社がここでリームを攻撃して国家体制を崩壊させた場合……次の防衛線は、ここ、パーパルディア国境になります」
財務チーフのスカルバーグが、無機質な声で補足する。
「魔王軍という異常な存在を物理的に押し留められる戦力は、現時点で、この大陸において当社しかありません。リーム王国という『自費で戦ってくれる肉のクッション』が消滅すれば、我々は自社の兵器とパーパルディアの戦力のみで、単独で魔王軍をすべて受け止めることになります」
タドコロは、扇子を止めて沈黙した。
リームを倒す。リームが崩壊する。防壁が消える。無尽蔵の魔王軍がパーパルディアへ直撃する。自社の莫大な資産と軍事力だけで、そのすべてを削り落とさなければならなくなる。
「……なるほど。ここで目先の利益を取って勝ったら、後からもっと巨大な『最悪の赤字』が押し寄せてくるわけね」
タドコロは、忌々しそうに息を吐き出した。
戦争=敵の破壊、あるいは利益の奪い合いだった以前までのロジックが、ここで完全に崩れ去った。敵を倒すより、敵を『残した』方が得な場合がある。
「分かったわ。……休戦に応じましょう」
タドコロは、企業トップとしての冷徹な生存戦略へと思考を切り替えた。
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### 5.首輪の条件
「ただし、無条件の休戦にはしない」
タドコロは、キムラへ向かって矢継ぎ早に指示を出す。
「コホートからの条件を提示しなさい。
一、リーム軍はパーパルディア領から完全撤退すること。
二、今回の侵攻の不法性を公式に認め、すべての捕虜を即時返還すること。
三、コホートおよびパーパルディアに対する一切の敵対行為の停止。
四、パーパルディア国境から一定距離以内への非武装地帯の設置と、軍部隊の立入禁止。
五、魔王軍接近地域での当社の独自観測の許可、および軍事情報の完全共有」
タドコロは、扇子を鋭く開いた。
「そして、何より重要なこと。……『戦争は終了しない。今回は北方の異常事態に鑑み、特別に停戦するだけ』。戦後賠償の協議は後日必ず行う。いつでも首を絞められるように、首輪は掛けたままにしておくわよ」
――数日後。リーム王国、ヒルキガ。
突きつけられたコホートの休戦条件を見たリバル将軍は、屈辱に顔を歪めて激怒した。
「馬鹿にしているのか! これでは我々が完全に首根っこを掴まれたも同然ではないか!」
「屈服ではありません、将軍」
宰相モルテンが、血の滲むような声でなだめる。
「生き残るために、そして北の化け物どもに全軍を向けるために……今は、この苦い毒を飲み下すしかないのです」
大国リームは、事実上の敗北条件を飲み、パーパルディア戦線からの完全撤退を開始した。
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### 6.異常なる通過
一方、魔王軍に包囲されたトーパ王都ベルンゲン。
「……敵の攻撃が、止んだぞ?」
城壁の上で、死を覚悟していた守備兵たちが、信じられないものを見るようにざわめき始めた。怒涛のように押し寄せていた魔王軍の攻撃が、ピタリと止まったのだ。
「奴らも、我々の反撃で損耗したのではないか!?」
「いや……待て、様子がおかしいぞ」
守備隊長が、単眼鏡で魔王軍の陣立てを確認し、背筋に冷たい汗を流した。
魔王軍は、損耗したから止まったのではない。ベルンゲンを包囲している軍勢から、巨大魔獣や上位魔族を含む『主力部隊』が引き抜かれ、陣形を再編しているのだ。
そして、その主力部隊は、ベルンゲンの城壁を一瞥することもなく、完全に無視して、都市の脇を通り抜け始めた。
「どこへ行く気だ……?」
守備隊長は、その黒い群れが向かっている方角を見て、絶望のあまりへたり込んだ。
南。リーム王国の国境方向。
魔王軍の本当の狙いは、ベルンゲンの攻略ではなかった。彼らは、王都を封じ込めるための最低限の包囲戦力だけを残し、主力はさらに南の大国をすり潰すために進軍を再開したのだ。
彼らは、都市を落とすことより、その先にある文明圏そのものを根絶やしにすることを目的としている。
それは、人間の理解を超えた、真の絶望の行進であった。
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### 7.狂気なる生産ライン(グラメウス大陸)
フェルアデス大陸を蹂躙する魔王軍の遥か後方。
彼らの出処であるグラメウス大陸の地下深くには、何万年もの間、人類の歴史から完全に隔絶された『空間』が存在していた。
そこは、魔法使いの隠れ家などではない。
青白い魔導灯に照らされた、巨大で無機質な空間。鋼鉄と生体部品が複雑に絡み合う古代文明の機械群が、地鳴りのような重低音を響かせて絶え間なく稼働している。
空間の中央に並ぶ、無数の巨大な透明の培養槽。
その中を満たす緑色の液体の中で、醜悪な肉塊が急速に細胞分裂を繰り返し、四肢を形成していく。
ゴブリン、オーク、オーガ、そして空を飛ぶ魔獣。彼らは自然の摂理によって繁殖しているのではない。培養液から引き上げられた直後から、戦うための知識と殺意だけを脳に刷り込まれ、粗末な武器を持たされて地上へと排出されていく。
ここは、古代ラヴァーナル帝国が遺した『生物兵器(バイオロジカル・ウェポン)製造プラント』であった。
施設の中枢、埃を被ったメインコンソールには、ラヴァーナルの言語で、幾つもの電子レコードが明滅していた。
『――第一二七生体兵器型(オーガクラス)。膂力過剰。知能欠落。統制能力:不安定』
『――第一二八生体兵器型。知能型への調整を実施。結果:失敗』
『――プロジェクト変更。次世代個体へすべての遺伝子情報と指揮系統を統合』
気の遠くなるようなトライアンドエラーの記録。
それは、単なる兵隊(駒)ではなく、それらを統括し、無限に増殖する軍団をコントロールするための『究極の統制個体』を生み出すための狂気の実験録だった。
そして、ログの最後には、一つの完成形を示す刻印が残されている。
『最終統制型:NO-SG-01。――起動承認』
魔物は、自然発生した悪魔ではない。遥か昔に滅びた超常の帝国が作り出し、そして今なお自動で稼働し続けている兵器工場から産み落とされる、生産物(プロダクト)に過ぎなかった。
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### 8.絶対隷化
再び、トーパ王国の平原を南下する魔王軍の主力部隊。
地鳴りを立てて進む黒い軍勢の横腹に、突如として強烈な火炎が叩き込まれた。
グォォォォォッ!!
山脈から飛来した、巨大な野生の火喰い鳥だった。縄張りを侵されたことに激怒した巨大な火喰い鳥は、火炎ブレスでオークの歩兵部隊を百匹単位で焼き払い、狂乱のままに暴れ回る。
いかに魔王軍といえど、野生の強大な魔獣を前にしては局所的な被害は免れない――はずだった。
ズン、と。
軍勢の中心に座していた巨大な『影』が、ゆっくりと立ち上がった。
魔王ノスグーラ。
黒い靄に包まれ、その全貌すら定かではない巨影が、暴れ狂う火喰い鳥に向けて、ゆっくりと右腕を伸ばした。
魔法の詠唱はない。物理的な攻撃もない。
ただ、目に見えない圧倒的な『何か』が、火喰い鳥の脳髄を直接鷲掴みにした。
「ギ……、ギィィ……?」
数秒前まで殺意に満ちていた火喰い鳥の動きが、ピタリと止まる。
その凶暴な魔鳥の瞳から野生の光が完全に失われ、漆黒の虚無へと染まり上がった。火喰い鳥は静かに翼を畳み、その巨大な頭を魔王の足元へと擦り付け、ひれ伏した。
絶対隷化。
ノスグーラの最大の恐ろしさは、彼自身の物理的な戦闘力ではない。世界に存在するあらゆる魔物、生体兵器の精神を完全に支配し、自らの手足として統制・使役できるその『管理者権限(アドミン)』にこそあった。
この能力がある限り、進軍の途上で出会うすべての魔獣は敵ではなく、彼の軍団を膨れ上がらせる『資源』でしかない。三十万、あるいはそれ以上。魔王軍は進むたびに、雪だるま式にその絶望の質量を増していくのだ。
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### 9.最悪の赤字予測
《プロスペリティ》の戦略会議室。
タドコロは、スカルバーグが弾き出した「魔王軍迎撃コスト」の試算表を見て、重い溜息をついた。
「……冗談でしょう?」
「いえ、極めて現実的な予測値です」
スカルバーグが、感情のない声で告げる。
「マリーンアーマーの損耗、各弾薬の消費、ドローンの喪失、修理パーツ、兵站線の維持、および人員の補充。これらを『三十万以上の軍勢』に対して継続的に行った場合、我が社の防衛予算は三ヶ月で完全に底を突きます」
「問題は、敵の総数だけではありません」
キムラが、絶望的なデータをモニターに展開した。
「トーパ王国での戦闘データを解析した結果、敵の損耗率に対する『補充速度』が異常です。彼らは現地で繁殖しているわけではない。後方から絶えず新品の個体が供給されています。……つまり、北の大地のどこかに、彼らを自動生産し続ける『プラント』が存在する可能性が極めて高い」
その言葉に、会議室の空気が凍りついた。
「……なら、そのプラントを潰すまで、この戦争は終わらないということね」
タドコロは、扇子でトントンと机を叩いた。
「いくら前線で駒を潰しても、工場がある限り無限に湧き出てくる。通常の兵器と通常の人員で対応するには、あまりにも分が悪いわね」
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### 10.禁断の兵器庫
「だったら、アレを使えばいいじゃねえか」
腕を組んでいたミウラが、獰猛な瞳で言った。
「倉庫で埃を被っている極大の不良在庫。純粋水爆か、あるいは生物分解ナノマシン。これなら、三十万の化け物だろうが、地形ごと綺麗に消し飛ばせる」
ついに、コホートの首脳陣の口から『大量破壊兵器』の使用が明確に提案された。
だが、タドコロは即座に首を縦には振らなかった。
「……純粋水爆を撃てば、前線の魔王軍は確かに一掃できる。でも、その周辺にいる避難民や、トーパ王国の都市(ベルンゲン)まで巻き込むわ。いくら当社でも、数万人の人間を意図的に蒸発させれば、この世界でのビジネスは完全に終わる」
「なら、ナノマシンはどうだ? あれなら『指定した対象』だけを分解できる」
「敵が『人間と生物学的にどう違うのか』がまだ分からない」
キムラが首を振って強く否定する。
「もし彼らの細胞構造が人間と酷似していた場合、ナノマシンが誤作動して人間まで分解するリスクがあります。さらに、あの魔王の『絶対隷化』という精神支配ネットワークが、もし人間の脳にも及ぶ構造だった場合、我々が不用意な兵器を投入してネットワーク全体に予測不能な変異(ミューテーション)を促すのは極めて危険です」
大量破壊兵器は存在する。だが、安全に、そして「利益を損なわずに」使える保証はどこにもなかった。
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### 11.タドコロの決断
「……まだ、使わないわ」
タドコロは、扇子を閉じて明確に結論を下した。
「これまでの敵――パーパルディア、リーム、パンドーラ。彼らはこちらの軍事力とロジックで計算できたわ。でも、魔王軍は違う。何体いるか、どこまで増えるか、生産施設がどこにあるか、どういう生物なのか。……何一つ、データがない」
彼女は、経営者としての眼差しでミウラを見た。
「正体不明の未知の敵に対して、取り返しのつかない不可逆兵器をいきなり撃つのは、ただのギャンブルよ」
タドコロの判断は、企業としての徹底したリスク管理だった。
しかし、彼女は言葉を区切り、こう付け加えた。
「ただし。……あの兵器庫のロックは解除しておきなさい。全部、いつでも撃てる状態に設定してちょうだい」
「……了解だ」
ミウラが、ニヤリと笑う。
それは、コホートが初めて「通常兵器では手に負えない脅威」を明確に認識し、最悪の事態に向けた『選択肢』をテーブルに乗せた瞬間だった。
戦争のフェーズが、利益の奪い合いから「種の生存戦略」へと、完全に移行した証左であった。
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### 12.奇妙な停戦協議
数日後。
パーパルディア皇国とパンドーラ大魔法公国の国境付近から遠く離れた、第三文明圏の中立都市『セレナード』。
コホートが手配した厳重な警備が敷かれた洋館の一室に、三つの勢力の代表者が顔を突き合わせていた。
パーパルディア皇国からは、皇帝ルディアスと老将ガイウス。
コホートからは、渉外本部長イレーヌ。
そしてリーム王国からは、外交官と共に、屈辱に震えるリバル将軍の姿があった。
「……以上の条件で、我がリーム王国は、パーパルディア皇国およびコホート・コーポレーションとの間に、即時の休戦を合意する」
リーム側の外交官が、絞り出すような声で休戦条約――事実上の降伏文書を読み上げた。
捕虜の返還、非武装地帯の設置、そして不法な侵攻の謝罪。リーム王国にとって、大国の威信を完全に粉砕される屈辱的な内容だった。
「勘違いするな」
書類にサインがなされた直後、ルディアスが冷ややかに言い放った。
「我々皇国は、貴国を許したわけではない。お前たちが奪った命の代償は、いずれ必ず払わせる」
「……承知しております」
リバル将軍が、ギリギリと歯を食いしばりながら頭を下げた。
「今は、北を見ろ」
ガイウスが、その歴戦の双眸でリバルを射抜いた。
「人間同士の小競り合いをしている時間は終わった。……お前たちの背中(リーム北部)に、あの化け物どもを押し留めてみせろ。それができなければ、貴様らの国は我々が報復する前に地図から消えるぞ」
怨敵同士が、背後に迫るより巨大な絶望を前に、無理やり刃を収める。
それは和平でも友好でもない。生き残るための、極めて打算的で血生臭い「正式な停戦」の成立だった。
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### 13.死の通過点
――そして、トーパ王都ベルンゲン。
魔王軍の包囲は、依然として解かれていなかった。王都の機能は完全に麻痺し、人々は飢えと恐怖に怯えながら、いつ破られるとも知れない城壁の影で震えていた。
「……あれは、一体どこへ向かっているのだ?」
城壁の上。トーパの守備隊長は、南の空を覆い尽くすほどの砂埃と、巨大な黒い群れの行進を、ただ呆然と見送っていた。
魔王軍の主力は、ベルンゲンを包囲する軍勢だけを残し、王都に目もくれず、真っ直ぐに南のリーム王国方面へと進軍していく。
都市を落とすことが目的ではない。
領土を広げることが目的ではない。
彼らはただ、生命の脈打つ文明圏そのものを、根こそぎ喰らい尽くすために歩みを進めているのだ。
絶望の黒い波が、人間の論理と欲で築かれた第三文明圏を、真の地獄へと変えようとしていた。