辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記   作:ホゲフガ

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第65話:黒き軍勢を迎え撃て

 

 

## 第2章 第19話:黒き軍勢を迎え撃て

 

### 1.最初の接触

 

リーム王国北部、トーパ王国との国境地帯。

パーパルディア戦線から急遽引き抜かれ、休む間もなく強行軍で北上してきたリーム軍の精鋭たちは、急ピッチで防衛線の構築を急ぎながらも、明らかな動揺を隠せずにいた。

 

これまで彼らが戦ってきた相手は、パーパルディア皇国の軍隊やコホートの機械兵器だった。それらは恐ろしく強力であったが、それでも「人間が運用している軍隊」であり、彼らの常識の範疇にあった。しかし、今度来るのは全く違う。

 

「――偵察部隊が戻りました!」

 

前線本営に、疲労困憊の騎兵が転がり込んできた。

 

「敵影を確認したか! 規模は!?」

 

将軍リバルが、身を乗り出して地図を指差す。

だが、偵察兵は青ざめた顔で力なく首を振った。

 

「……分かりません」

「分からないだと? 何万いるのか、おおよその数も掴めんのか!」

「違います、閣下! ……多すぎるのです。見渡せる範囲の地平線すべてが、真っ黒な敵で埋め尽くされていました。……あれは、軍隊というより、動く大陸です」

 

リバルの顔が険しくなる。さらに、トーパ王国から命からがら逃げてきた難民の中に、魔王軍と直接交戦して生き残った兵士がいた。彼らの証言は、リーム軍の常識を根底から覆すものだった。

 

「奴ら、おかしいんです……! 昨日、砦の前で数千の怪物を殺し、確かに死体の山を築いたはずなのに……翌朝には、また全く同じ数の怪物が押し寄せてきた。北から、見たこともない新しい怪物が延々と湧き出し続けていたんです……!」

 

戦場で殺したはずの敵が、翌日には完全に補充されている。

ここで初めて、リバルらリームの将官たちは、北から来る脅威が通常の補給線に依存する『普通の軍隊』ではないことを肌で理解し始めた。

 

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### 2.迎撃態勢と未知の恐怖

 

「怯むな! 我々はリーム王国軍だ!」

リバルは前線に立ち、兵士たちを怒鳴りつけて鼓舞した。

 

連戦で疲弊しているとはいえ、リームは大国である。急造の要塞線に前装式魔導砲を並べ、後方には飛竜騎士団の編隊を待機させ、歩兵と騎兵を分厚く配置する。彼らなりに考えうる最高の防衛陣地を構築した。

 

「敵の先鋒が射程に入り次第、まず魔導砲の斉射で前衛を削り、その混乱に乗じて竜騎士で空から叩く――」

 

若き参謀ケインが戦術を具申したその時、別の古参参謀が苦い顔で口を挟んだ。

 

「ですが、敵は先ほどの証言通り、損害を即座に補充できる可能性があります。いくら魔導砲で削ろうが、相手が無尽蔵に湧いてくるのであれば、こちらの魔石と弾薬が先に尽きます」

「……」

 

ケインが言葉に詰まる。

 

通常の戦争であれば、損耗率が三割を超えれば軍隊は崩壊する。だが、敵が死を恐れず、無制限に後方から補充されるのであれば『消耗戦』という概念そのものが成立しない。

自分たちは今、底の抜けたバケツで海水を汲み出そうとしているのではないか。その恐るべき事実に、リーム軍の首脳陣は戦慄し始めていた。

 

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### 3.盾の使い道

 

一方、パーパルディア皇国。皇都エストシラント。

リーム王国との休戦が成立したばかりの皇宮では、いまだに強硬な反発がくすぶっていた。

 

「リーム王国など、到底信用できません!」

 

貴族の一人が、御前会議で声を荒げる。

 

「奴らは我が国へ不当に侵攻し、北部を蹂躙した怨敵です。休戦したとはいえ、隙あらば再び我が国へ牙を剥くのは明白。そのような国と、軍事的な協力など――」

 

「信用する必要などない」

 

その言葉を遮ったのは、擦り切れた軍服に身を包んだガイウスだった。

彼は前線指揮官として、誰よりもリームの脅威を知っているはずの男だ。その彼が、冷徹な目で貴族を睨み据えた。

 

「奴らを『友邦』などと思うから腹が立つのだ。必要なのは、奴らが我々の代わりに北の国境を守って勝手に血を流すことだ。……魔王軍を食い止めるための『肉の盾』。それ以上でも以下でもない」

 

ガイウスの言葉に、会議室は水を打ったように静まり返った。

パーパルディアは、リームを許したわけではない。ただ、強大な怪物を防ぐための「緩衝国家(バッファー)」として利用するだけだ。その血生臭いリアリズムが、皇国の新たな指針となっていた。

 

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### 4.異常な観測結果

 

エストシラント沖の巨大グラヴシップ《プロスペリティ》。

日本国が慎重に静観を保つ中、コホートは持てる技術のすべて――高高度の偵察ドローン、電子情報の収集、魔導通信の傍受を駆使して、魔王軍の分析を進めていた。

 

「やはり、補充速度が異常です」

 

内政主任のキムラが、無数の戦場データをモニターに展開する。

 

「トーパ王国での戦闘記録と現在の進軍規模を照合すると、どう計算しても辻褄が合いません。彼らは現地の資源(人間)を食料として消費するばかりで、物資を運ぶ輜重部隊を一切持たない。にもかかわらず、兵力は減るどころか増え続けています」

 

「……さらに、もう一つ奇妙な点があります」

 

キムラは、ドローンの光学カメラが捉えた魔王軍の映像を拡大した。

ゴブリン、オーク、巨大な魔獣、そして空を飛ぶ有翼種。ファンタジーの怪物たちがひしめき合っている。

 

「彼らの骨格構造、筋肉の付き方、さらには魔力の放出パターン。……全く異なる種族に見えますが、基礎的な『生体フォーマット』が異常に似通っています。こいつら、すべて『同一の生物群』から派生して設計されている可能性があります」

 

タドコロは、プラスチール製の扇子を止めて眉をひそめた。

 

「つまり?」

「自然界で進化し、繁殖した生物群ではない。……何者かが意図的に設計し、生産した『生体兵器』である可能性が高いということです」

 

『生産プラントが存在する』という仮説が、ここでさらに強い裏付けを得た。

防衛主任のミウラが、忌々しそうに腕を組む。

 

「いくら通常兵器で撃ち殺しても、兵隊の生産工場がフル稼働してるならキリがねえ。やっぱり、倉庫で眠ってる『アレ』の出番じゃねえのか? 地形ごと蒸発させるか、ナノマシンで細胞ごと分解するしかねえだろ」

「まだ駄目よ」

 

タドコロは即座に却下した。

しかし今回は、以前のように「使わない」と切り捨てるのではなく、一歩踏み込んだ条件を提示した。

 

「あの兵器を使うなら、明確な使用条件を設定するわ。

一つ、生産プラントの位置を完全に特定すること。

二つ、魔王ノスグーラの能力と支配範囲を確認すること。

三つ、攻撃予定区域からの民間人の退避が完了すること。

四つ、人間側の共同戦線部隊を攻撃区域から完全に退避させること。

五つ、通常兵器では絶対阻止不能、あるいは採算が合わないと正式に判断すること」

 

タドコロは、経営者としての冷徹な目でミウラを見た。

 

「この五つの条件がすべてクリアされた場合のみ、大量破壊兵器の使用を承認するわ」

「……分かったよ。首を長くして待たせてもらう」

 

さらに、キムラが新たな分析結果を報告する。

 

「魔王軍の進軍ルートですが、軍事的な合理性が全くありません。彼らはトーパ王国の都市を占領・維持せず、村を通過する際も、徴税や支配といった統治行動を一切行っていません」

 

「ただ人間を殺し、喰い、南へ進むだけ……。普通の侵略軍じゃないわね」

「はい。領土を取る必要すらないようです」

「じゃあ……何が目的なの?」

 

タドコロの問いに、答えられる者はまだ誰もいなかった。

 

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### 5.最後のピース(マールの合流)

 

魔王軍の圧倒的な脅威が迫る中、リーム王国政府からパーパルディア皇国へ、一つの通信が入った。

 

『魔王軍への対処について、軍事協力を求めたい』

 

当然、皇国内では「なぜ我々が?」という猛反発が起きたが、皇帝ルディアスは「受けろ」と即断した。リーム単独では防ぎきれず、結果的に火の粉がこちらへ降りかかることは明白だったからだ。

 

一方、大陸の西。マール王国。

彼らもまた、魔王軍南下の報を受け、国内で真っ二つに割れていた。

 

「我々も魔王軍と戦うべきだ!」という主戦派に対し、海軍司令部は「コホートに補給線を断たれ、主力艦は燃料である魔石不足で出撃不能です」と悲痛な報告を上げる。

さらに外務官僚が「そもそも我々は、いまだコホートと交戦状態です。まずは彼らと停戦しなければ動けません」と指摘する。

 

マール王国からコホートへ、屈辱的な『停戦と対魔王共同戦線への参加』の打診が届けられた。

 

「マール? 別に放っておけばいいでしょう」

 

当初、タドコロは冷淡に切り捨てようとした。コホートにとってマールは物流を乱す敵国であり、その海軍の足を止めたのは他ならぬコホート自身である。

 

だが、キムラがそれを制した。

 

「社長。マールの主力艦は動きませんが、沿岸の小型艦艇や哨戒艦はまだ多数残っています。それに、彼らが持つ広大な港湾施設、海上輸送能力、海軍基地のインフラは、対魔王軍の『後方支援拠点』として完全に無価値ではありません」

 

「なるほど。利用価値はある、と」

 

タドコロは、ニタリと笑みを浮かべた。

 

「では、取引しましょう。マール王国へ条件を提示しなさい」

 

コホートが突きつけたのは、マールにとっては血を吐くような条件だった。

『コホートとの即時停戦。

残存する小型艦艇の対魔王戦への全投入。

港湾施設の共同使用と海上輸送路の提供。

備蓄魔晶石の対魔王戦への優先配分と、当社による補給管理権の掌握。

そして――戦後におけるコホートへの賠償協議の受諾』

 

「コホートに物流の首根っこを握られるくらいなら、魔王と戦う……ッ!」

 

マールの国王は激怒したが、国を守るためにはこの猛毒を飲み下す以外に選択肢はなかった。かくして、マール王国もまた、重い首輪をつけられたまま同じテーブルに着くこととなった。

 

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### 6.四者協議(敵と敵と敵の会合)

 

第三文明圏の中立都市『セレナード』。

厳重な警備が敷かれた広大な会議室に、先日まで血みどろの殺し合いをしていた四つの勢力の代表者が一堂に会した。

 

リーム王国から、大将軍リバル、宰相モルテン、参謀ケイン。

マール王国から、国王ダグラス、外務大臣ヴァレンス。

パーパルディア皇国から、皇帝ルディアス、第三外務局長カイオス、ガイウス。

そしてコホートから、タドコロ、ミウラ、キムラ。

 

会議室の空気は、張り詰めた氷のように冷たく、互いへの殺意と警戒で満ちていた。

 

「……我々リーム軍は、引き続き北部防衛線を維持する。ついては、貴国ならびに貴社には、航空戦力と長距離攻撃能力を貸してもらいたい」

 

リバルが、苦虫を噛み潰したような顔で口火を切った。

 

「貸す?」

 

タドコロが、扇子をピシャリと閉じて冷笑する。

 

「つい先日まで私たちを殺そうとしていた人間が、随分と都合のいいことを言うわね」

 

リバルは顔を真っ赤にしたが、何も言い返せない。

 

すかさずガイウスが低い声で威圧する。

 

「勘違いするな、リーム。貴様らはまず自分の国を守れ。我々は貴様らの尻拭いをするために兵を出すのではない」

 

誰もがお互いを信用していない。当然だ。彼らは「仲間」になったわけではない。

 

「だったら、明確に役割を分けましょう」

 

不毛な牽制を断ち切るように、タドコロがホログラムの地図を展開した。

 

「リーム王国は、地上防衛、要塞線の維持、砲兵・歩兵による遅滞戦闘。

パーパルディア皇国は、後方防衛、竜騎士による航空戦力、兵站。

マール王国は、小型艦艇による沿岸支援、港湾施設の提供、海上輸送の管理。

そして我々コホートは――偵察、情報収集、そしてドローンとマリーンアーマー部隊による精密攻撃を担当する」

 

それは、各国の強みを活かした合理的な役割分担だった。

 

「ただし」

 

タドコロは、鋭い目で三国を見回した。

 

「この『対魔王臨時共同戦線』は、あくまで魔王軍に対してのみ機能するものよ。各軍は独立して指揮を執り、必要な場合のみ情報を共有し、共同作戦を行う。……私たちは同盟国になったわけじゃない。魔王軍という害虫を駆除するまで、お互いに殺し合うのを一時停止するだけ。それ以上でも以下でもないわ」

 

それぞれの思惑と怨恨を抱えたまま、人類側の奇妙で不安定な共同戦線が、ここに結成された。

 

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### 7.早すぎる到達

 

中立都市セレナードでの四者協議により、危うい均衡の上に成り立つ臨時共同戦線が結成された直後のことだった。

 

「社長! 魔王軍の先鋒が、すでにリーム北部の要塞線へ到達しようとしています!」

 

《プロスペリティ》の第一会議室で、キムラが驚愕の声を上げた。

 

「到達? 早すぎるわ。事前の進軍速度予測から、丸一日以上も前倒しになっているじゃない」

 

タドコロが扇子を止める。

 

隣の通信モニター越しに、防衛線へ急行中のリバル将軍も愕然とした声を上げた。

 

『何だと!? いくら魔物とはいえ、休息もなしにそれほどの行軍速度を維持できるはずがない!』

「……彼らは、行軍速度を上げたのではありません」

 

キムラが、前線の高高度ドローン映像をモニターに投影した。

 

「敵は、北部の山岳地帯や平原に生息する『野生の魔獣』を、進軍ルート上で次々と自軍に取り込みながら進んでいます。……前方の魔獣を精神支配で飲み込むことで、軍勢の最前線が物理的に『南』へ押し出されているのです」

 

それは、魔王の『絶対隷化』の力だった。敵は進むほどにその数を増し、まるで雪崩のように速度と質量を加速度的に膨張させていた。

 

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### 8.絶対隷化の実演

 

リーム王国北部、防衛線。

急造の要塞に陣取ったリームの兵士たちは、地平線の彼方から湧き上がってきた土煙と、異形の群れを見て息を呑んだ。

 

「来たぞォォッ!! 構えろ!」

 

その時だった。

魔王軍の横腹を突くように、北部の山脈から巨大な野生の魔獣――四本の腕を持つ巨大な猿型の怪物が数頭、雄叫びを上げて乱入してきたのだ。縄張りを侵されたことに怒り狂う野生の魔獣は、魔王軍のゴブリン部隊を次々と引き裂き、投げ飛ばしていく。

 

「見ろ! 魔物同士で潰し合っているぞ!」

「神の助けだ! 奴ら、統制が取れていないんだ!」

 

リームの兵士たちが、塹壕の中で歓声を上げた。

 

――だが、その歓喜は数秒で凍りついた。

黒い軍勢の奥底から、巨大な靄(もや)に包まれた『魔王ノスグーラ』が静かに姿を現したのだ。

ノスグーラが、暴れ狂う巨大猿に向けてただ一瞥をくれた。その瞬間。

 

「……ッ!?」

 

野生の魔獣たちの動きが、不自然なほどピタリと止まった。

彼らはゆっくりとノスグーラの方へ向き直ると、その凶暴な瞳から一切の光を失い、まるで操り人形のように魔王軍の隊列へと加わっていったのだ。つい数秒前まで魔王軍を殺戮していた野生の獣が、完璧に統率された『兵隊』へと変貌した。

 

「……馬鹿な。あれほどの魔獣を、一瞬で?」

 

単眼鏡でその光景を見ていたリバルは、絶望に顔を歪めた。

 

《プロスペリティ》でも、キムラが青ざめた顔で報告していた。

 

「野生魔獣の精神活動に、異常なスパイクを確認! ……魔王軍の接近と同時に、脳波のパターンが強制的に書き換えられました」

 

「なるほどね」

 

タドコロは、忌々しそうに扇子を開いた。

 

「敵を倒せば敵が減る。……そんな普通の戦争理論は、通用しないってことね。あいつらは、魔物であれば敵味方を問わず、すべて自軍の『兵隊』に変換できる」

 

敵の数を減らすほど有利になるという、戦術の根本がひっくり返った瞬間だった。

 

---

 

### 9.初の共同作戦

 

ドドォォォォンッ!!

リーム軍の前装式魔導砲が一斉に火を噴き、魔王軍の先鋒を吹き飛ばした。

ついに、三つの勢力が初めて同じ戦場で戦う、対魔王共同戦線の火蓋が切られた。

 

「撃て! 絶え間なく撃ち続けろ! 防衛線を抜かれるな!」

 

リーム軍は、分厚い歩兵の盾と砲兵の火力で、地上から押し寄せる魔物の波を必死に押し留める。

 

「上空の敵は我々が引き受ける!」

 

パーパルディア皇国の竜騎士団が、空を覆う飛行魔獣の群れへと突撃し、火炎弾の雨を降らせて制空権を争う。マール王国も、河川や沿岸部から小型砲艦による援護射撃を開始している。

 

そして、コホート。

 

『――目標確認。敵陣形の中央部、巨大なトロールおよび上位魔族の密集地帯。あれが、前線を指揮しているノードだ』

 

前線司令所のミウラが、高高度ドローンの映像を解析し、通信を飛ばす。

 

『各機、精密爆撃を開始しろ。……リームがやられる前に、頭数を減らしてやれ』

 

雲の彼方から、コホートの無人攻撃機が降下し、レーザー誘導爆弾の雨を降らせた。

 

ズドガァァァァァンッ!!

 

寸分の狂いもない精密爆撃が、魔王軍の指揮個体群を一撃で蒸発させる。指揮系統を失った周辺の魔物たちが混乱し、進軍の足が止まった。

 

「やったぞ! 魔物の陣形が崩れた!」

「押せ! 今のうちに数を減らせ!」

 

リームの兵士たちが歓声を上げ、前線を押し上げようとする。戦術的な連携は見事に機能し、魔王軍の第一波は確実に削り取られていた。

 

――しかし。

プロスペリティの指令室で戦況を見下ろすタドコロは、全く笑っていなかった。

 

「……やっぱり、そういうことね」

 

タドコロの視線の先。

爆撃で消滅した魔王軍の空白地帯を埋めるように、後方の地平線から、新たな怪物の群れが怒涛のように湧き出してきていた。

 

---

 

### 10.倒しても終わらない

 

数時間後。夜の帳が下り、初日の戦闘が一時的に小康状態を迎えた。

共同戦線の各陣営は、ただちに戦果の確認を行った。

 

「本日の戦闘で、我々は魔王軍の先鋒、約五千体を撃破しました! 我が方の損害は軽微です!」

 

リーム軍の参謀ケインが、興奮気味に報告を上げる。

 

「コホートの精密爆撃と皇国の航空支援は完璧です。この連携を維持できれば、我々は……勝てます!」

 

確かに、局地的な戦果だけを見れば、人類側の大勝であった。

だが、プロスペリティの会議室に投影されたデータは、極めて冷酷な真実を示していた。

 

「本日の敵損失、約五千体。……対して、後方からの推定補充数、約六千から七千体」

 

キムラが、抑揚のない声で読み上げた。

 

会議室は、死に絶えたように静まり返った。

撃破した数以上に、増えている。戦えば戦うほど、敵の総数が増加しているのだ。

 

「我々は、戦術的には勝っています」

 

キムラが、血の気の引いた顔で言った。

 

「でも、マクロ的には負けているわ」

 

タドコロが、冷徹に事実を突きつける。

 

「どんなに効率よく敵を殺しても、戦果より補充が上回るなら、最終的な収支は破産よ。……このままここで撃ち合っていても、絶対に勝てない」

 

---

 

### 11.プラント探索作戦

 

「魔王軍を全部倒す必要はないわ」

 

タドコロは、戦況図をグラメウス大陸――魔王軍の出処である遥か北方へとスライドさせた。

 

「キムラ。あいつらを『作っている場所』を潰すわよ」

 

「はい。……ですが、グラメウス大陸そのものが未踏の魔境です。広大な大陸のどこに生産施設があるのか。やみくもに偵察ドローンを飛ばしても、強力な飛行魔獣に片っ端から撃墜されるのがオチです」

 

「足で探す必要はないわ。情報を統合しなさい」

 

タドコロは指示を飛ばす。

 

「パンドーラ大魔法公国から得た魔力波形の解析データ。パーパルディアの皇宮図書館から提供させた古代の古文書。トーパ王国の難民から集めた伝承。当社のドローンによる気象・地形観測データ。そして、今日捕獲した魔物の生体情報。……すべてを繋ぎ合わせれば、必ず答えは出るはずよ」

 

コホートの圧倒的な演算能力が、各国のバラバラだった情報を一つの線に結びつけていく。

そして、一つの確固たる仮説が浮上した。

 

「魔王軍には、物資を運ぶ『補給線』が存在しません」

 

キムラが告げる。

 

「食糧は現地調達(人間)ですが、武器や防具、そして『新しい個体』を無から生み出すことは不可能です。ならば、必ずグラメウス大陸のどこかに、莫大なエネルギーと資源を消費して魔物を産み落とし続ける『巨大な生産拠点(プラント)』が存在するはずです」

 

「そこが、この戦争の『真の目標』ね」

 

タドコロは、扇子でグラメウス大陸の中心部を指し示した。

 

---

 

### 12.黒い海

 

その夜。リーム王国北部の戦場。

共同戦線によって最初の攻撃を撃退し、わずかな安堵に包まれていた防衛線の兵士たちは、地平線の異変に気付いた。

 

「……おい。見ろよ、あれ」

 

歩哨に立っていた兵士が、双眼鏡を覗き込んだまま震える声を漏らした。

 

「……嘘だろ」

 

地平線を埋め尽くす、無数の松明。あるいは、魔物たちの禍々しい眼光。

昼間に五千を撃破したはずの軍勢が、夜の闇に紛れて再び姿を現したのだ。しかもその規模は、昨日よりも遥かに、絶望的に膨れ上がっている。

 

そして、その中心に座す魔王ノスグーラ。

彼の背後には、昨日までは存在しなかった『新型の魔獣』――甲殻に覆われた巨大な攻城獣や、魔法の炎をまとう異形の魔族たちが、不気味に列を成していた。

さらに、遥か遠くグラメウス大陸の方角から、途切れることのない新たな黒い軍勢の帯が、絶え間なく流入し続けているのが見えた。

 

――《プロスペリティ》第一会議室。

 

「……社長」

 

キムラが、かつてなく青ざめた顔でモニターを振り仰いだ。

 

「なに?」

「グラメウス大陸の魔力観測データから、生産プラントの『生産速度』の推定値を更新しました」

 

ホログラム画面に、恐るべき文字列が表示される。

 

『魔王軍:推定年間生産能力 ―― 不明(計測不能)』

 

「上限値を……設定できません。あのプラントは、今この瞬間も稼働率を上げ続けています」

 

無尽蔵。無限。

企業が最も忌み嫌う『計算不可能な赤字』が、現実の暴力となって押し寄せようとしている。

 

タドコロは、沈黙した。

傍らで戦況を見ていたミウラが、無言のまま自らの対メカノイド大型ライフルを手に取った。

 

「……いよいよ、普通の戦争じゃねえな」

「ええ」

 

タドコロは、静かに、だが決して折れることのない瞳でそれに答えた。

利益の奪い合いは終わった。

これは、限られた資源で無限の暴力に立ち向かう、人類と企業による、最も残酷な『生存戦略』の始まりであった。

 

 

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