辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記 作:ホゲフガ
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## 第2章 第21話:ベルンゲン解放戦
### 1.空中指揮所と制約の解放戦
トーパ王国王都、ベルンゲン。
魔王軍による絶望的な包囲が始まって数日。いまだ陥落を免れていた王都の城壁の上で、血と泥に塗れたトーパの守備兵たちは、南方から土煙を上げて接近する「軍旗の波」を見て歓喜の涙を流した。
「来たぞ……! 援軍だ! 人間の軍隊が来てくれたぞォォッ!」
歓声が城壁を伝播し、絶望に沈んでいた王都に一筋の光が差し込む。
その彼方。雲海を割って、一機の異質な飛行物体がベルンゲン上空へと接近していた。
コホートの『大型装甲シャトル』だ。
強力な長距離通信装置、ドローン群の管制設備、そして簡易電子戦装置を搭載した、いわば簡易な空中指揮管制機(AWACS)である。
「通信感度、良好。ドローン群のデータリンク、正常。各マリーンアーマー部隊との同期も完了しています」
シャトル内のコンソールで、管制要員が報告を上げる。
作戦開始と同時に、タドコロとミウラは安全な母艦《プロスペリティ》を離れ、この大型シャトルに乗り込んで最前線の空へと進出していた。キムラをプロスペリティに残し、戦場での情報処理とドローン・マリーンアーマー部隊の統合指揮を、タイムラグなしで完璧に遂行するためだ。
「ここが特等席ね」
タドコロは、シャトルのモニターに映し出される戦況図を見下ろした。
魔王軍の主力が南へ抜けたとはいえ、ベルンゲンの周囲には、都市を完全に封じ込めるための『蓋』として、依然として数千から一万に近い魔物たちが分厚い包囲陣を形成している。
『――こちらリーム王国軍、奪還部隊。指揮官のノリスだ。これより我々精鋭騎兵隊が、正面から敵の包囲を食い破る!』
最前線を疾駆するリーム軍屈指の猛将ノリスから、指揮シャトルへ直接通信が入った。大将軍リバルが北部防衛線に残った今、この奪還部隊の最前線は彼に委ねられている。
『だが、厄介な大型魔獣と飛行個体がまだ多数残っている。パーパルディアの竜騎士と共に、コホートの航空戦力でアレを潰してくれ!』
「了解よ。――ただし」
タドコロは、即座に厳しい条件を突きつけた。
「当社の無人攻撃機は、ベルンゲン市街地への航空爆撃を一切禁止する。広範囲の制圧も駄目よ」
『何だと? 敵は城壁にへばりついているのだぞ!』
ノリスが苛立ちの声を上げる。
「都市ごと更地にするなら、いくらでも撃てるわ。でも、ベルンゲンを壊すくらいなら、魔物を逃がした方がまだマシよ。無差別爆撃でトーパ王国の政府と民間人を吹き飛ばせば、救援する(恩を売る)意味がない。……細かい掃除は、そっちの歩兵の仕事よ」
『……チッ。相変わらず打算的で恐ろしい女だ。だが、言っていることは正しい』
ノリスは通信を切り、サーベルを抜いて高く掲げた。
「聞け、全軍! 敵は無秩序な獣の群れだ! 陣形を崩し、王都の門まで一気に突き抜けろォッ!」
制約を抱えながらも、リームの精鋭騎兵、パーパルディアの竜騎士団、そして空から戦場を統べるコホートの『ベルンゲン解放戦』が、今まさに開始されようとしていた。
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### 2.残された者たち
一方、包囲下にあるベルンゲン内部。
長期にわたる籠城戦で、食料、医薬品、そして防衛用の魔石はすでに底を突きかけていた。
城壁の上。トーパ王国の正規兵たちに混じり、大剣を血で濡らした一人の若者が息を弾ませていた。
ガイ。かつて国境の砦《世界の扉》に非常勤の傭兵として雇われていた、腕の立つ戦士だ。
「ガイ! 持ち場を離れるな! 右翼のゴブリン共を押し返せ!」
美しいエルフの青年が、流麗な剣捌きでオークを切り伏せながら指示を飛ばす。男爵家の息子であり、トーパの正騎士であるモアだ。
「分かってる! モアこそ、指揮を放り出して前に出すぎるな!」
ガイは大剣を一閃させ、城壁をよじ登ってきた魔物たちを次々と叩き落とす。
二人は、幼馴染だった。
彼らがこの王都ベルンゲンの死地に立っているのには、理由がある。
数日前、魔王軍が《世界の扉》を突破し、城塞都市トルメスを蹂躙した時。別の世界線では、彼らは絶体絶命の窮地を『緑衣を着た異世界の軍隊』によって救われるはずだった。
だが、この世界で奇跡は起きなかった。
トルメスは完全に壊滅した。ガイとモアは、血みどろになりながらも、同じく幼馴染であるエルフの女性エレイと、ごく一部の生存者たちを引き連れて南へ逃げ、この王都ベルンゲンまで命からがら辿り着いたのだ。
『俺たちは……トルメスを守れなかった』
その罪悪感が、ガイの剣を重くし、モアの心を苛み続けていた。特に、正騎士であるモアは「守るべき民を置いて逃げた」という強烈な自責の念を抱えている。
「ここだけは……ベルンゲンだけは、絶対に抜かせるわけにはいかない……ッ!」
モアの瞳に、悲壮な決意が宿る。ここを失えば、今度こそ彼らには帰る場所も、守るべき未来も何一つ残らなくなる。
そして、城壁の直下。
安全なはずの地下室ではなく、前線に近い救護テントで、血まみれの布を洗い、負傷者の止血に走り回っているエレイの姿があった。
「しっかりして! まだ死なせないわよ!」
彼女もまた、ただ怯えて守られるだけの民間人ではない。現実的な思考と芯の強さを持つ彼女は、絶望に支配されそうな避難民たちを励まし、貴重な物資を管理し、後方の戦いを必死に支えていた。
守れなかった過去を背負う、三人の若者たち。
彼らの意地が、ベルンゲンの城壁をギリギリのところで繋ぎ止めていた。
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### 3.自己顕示と指揮官
城壁を取り囲む魔王軍の後方。
黒く蠢く軍勢を見下ろす小高い丘の上に、その『魔族』は立っていた。
魔王ノスグーラの側近にして、魔王が復活するまで軍の指揮を執っていた、魔王軍幹部マラストラス。
彼は、漆黒のコウモリの翼と、鋭い鳥の足を持つ異形の魔族だ。白いフードを深く被っており顔の全貌はうかがえないが、フードの奥には爛々と光る双眸と、大きく裂けた三日月型の口が不気味な笑みを形作っている。
「ほう……。わざわざこのベルンゲンへ、尻尾を巻いて逃げたはずの人間どもが戻ってきたか」
マラストラスは、空を飛来するパーパルディアの竜騎士たちを見上げて、ケタケタとノリの良い声で笑った。
「大方、我が軍の主力が南へ向かった隙を突いて、この都市を奪還しようという腹積もりであろうが……舐められたものだな」
彼は、コウモリの翼をバサリと広げ、周囲に控える魔物たちへ指示を飛ばした。
「よいか。逃げる人間は追うな。包囲網の南側をあえて薄くし、救援軍を城壁へ向けて『押し込め』」
マラストラスは、単なる残忍な魔物ではない。極めて高い戦術眼を持つ『現場指揮官』だ。
彼にとって、ベルンゲンを今すぐ落とす必要はなかった。だが、まとまった数の人間が自ら死地(包囲網の中)へと飛び込んでくるなら、これほど効率的な『狩り』はない。あえて道を開け、城壁という逃げ場のないキルゾーンに人間を詰め込み、まとめて焼き殺す。
「我が君や、脳筋のオーガどもばかりが持て囃されるのは気に食わん。……ここで我ら魔族の真の恐ろしさを見せつけ、我が名を歴史に刻んでくれるわ!」
自己顕示欲の塊であるマラストラスは、大仰なポーズで空へ舞い上がり、裂けた口から不気味な黒い炎を漏らした。
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### 4.黒炎の暴威
魔王軍の包囲網へ、ノリス率いるリーム軍の精鋭騎兵が楔(くさび)のように突入した。
薄くなっていた南側の陣形を強引に突破し、城門への血路を開こうとする。
「行け! 止まるな!」
ノリスの檄が飛ぶ中、上空からパーパルディアの竜騎士団が火炎を吐き、コホートのドローンがレーザーで大型のオーガを的確に狙撃していく。さらにマール王国の小型艦艇が、王都の脇を流れる河川から艦砲射撃で魔物の横腹を削る。
四者による見事な連携が、魔王軍を蹴散らしていく――かに見えた。
「――愚か者どもめ! 人間の軍隊には、必ず『指揮系統』がある。そこを潰せば烏合の衆よ!」
上空。マラストラスが、高速で飛来しながら嘲笑った。
彼は、一直線に城門へ向かおうとするリーム騎兵の『進路の先』へ向けて、両手から凄まじい密度の『黒い炎』を投射した。
ゴォォォォォォォッ!!
それは単なる火球ではない。地面に直撃した黒炎は、泥や岩石すらも燃料にして燃え広がり、長さ数百メートルに及ぶ「絶対に消えない炎の壁」となって騎兵隊の進路を完全に分断した。
「なっ……前衛が分断されたぞ! 止まれ! 火の壁を迂回しろ!」
突撃の勢いを殺されたノリスの騎兵隊が、大混乱に陥る。
「上空の魔族を仕留めろ!」
パーパルディアの竜騎士数騎が、マラストラスへ向けて突進した。飛竜が火炎弾を吐き出すが、マラストラスはあり得ないほどの急旋回でそれを軽々と回避した。
「空は、我の領域だ!」
マラストラスは、空中で反転しながら、射程が短いが威力を極限まで高めた『ヘルファイヤ』を放った。
ズガンッ!!
黒い爆発が空中で弾け、直撃を受けた飛竜が悲鳴を上げて黒焦げになり、騎士ごと地面へと墜落していく。彼はワイバーンを単機で撃墜できるほどの、異常な空戦能力を持っていた。
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### 5.コホート VS マラストラス
「調子に乗ってんじゃねえぞ、蝙蝠野郎」
大型装甲シャトル内の通信機越しに、ミウラが舌打ちをした。
「対空ドローン群、目標をあの魔族にロックオンしろ。撃ち落とせ」
指示を受けたコホートの無人迎撃機数機が、マラストラスへ向けてマイクロミサイルとレーザーの斉射を放った。
だが。
「ほう? 鉄の鳥か。面白い!」
マラストラスは、ミサイルを紙一重でかわし、さらには無数のコウモリの群れに『変身』して散開することで、レーザーの直撃を完全に無効化してのけた。
実体を取り戻した彼は、再び黒炎を広範囲にばらまき、追撃してきたドローン二機を爆炎に巻き込んで撃墜した。
「……速い。単純な飛行速度だけではありません。旋回性能と、変身による回避軌道が異常です。こちらの予測アルゴリズムをことごとく外してきます」
遠方のプロスペリティにいるキムラが、驚愕の声を上げた。
「空飛ぶ魔族一匹に、何機ドローンを使わせるつもりだ、あいつ……!」
ミウラが忌々しそうに唸る。
マラストラスは、ファンタジー世界特有の「魔法の理不尽さ」を体現する強敵だった。だが、コホート側もただやられているわけではない。
「攻撃パターンを学習しろ。奴の変身のクールタイムと、黒炎の射程の限界を割り出せ。……ジワジワと網を狭めて、追い詰めろ」
コホートのセンサー群と戦術AIが、マラストラスの行動データをリアルタイムで蓄積し、少しずつ、だが確実にその行動範囲を制限していく。
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### 6.侵入者と防衛者
上空でマラストラスが暴れ回る中、ベルンゲン城壁にも危機が迫っていた。
「右翼の城壁が抜かれた! 魔物が市街地へ侵入するぞ!」
トーパ兵の絶叫が響く。
巨大な攻城獣が城門の一部を破壊し、そこからゴブリンやオークの群れが、雪崩を打って城内へと流れ込んできたのだ。
「クソッ! 待たせやがって!」
城壁から飛び降りたガイが、大剣を構えて迎撃に走る。
彼は、先頭を走っていた上位個体――大柄なゴブリンロード三体に対し、一切の恐怖を見せずに踏み込んだ。
「オオォォォッ!!」
ゴブリンロードの振り下ろす大斧を紙一重でかわし、ガイの大剣が閃く。一太刀で一体の首を刎ね飛ばし、返し刃でもう一体の胴体を両断。さらに踏み込んで、最後の一体の頭蓋を叩き割る。
人間の兵士なら数人がかりでも苦戦する魔物を、一瞬で切り伏せる。傭兵ガイの、規格外の実力が爆発していた。
「ガイ! 突出するな!」
後方から駆けつけたモアが、戦況を見渡して鋭く叫んだ。
「待て。これは、偶然突破されたわけじゃない。敵は、わざと『ここだけ』を破らせたんだ!」
モアの明晰な頭脳が、マラストラスの戦術の意図を正確に見抜いていた。
「敵を市街地内部へ招き入れることで、我々の防衛兵力を分散させる気だ! 救援軍が城門に辿り着く前に、内側から城を崩壊させるつもりだ!」
モアの予測通り、市街地へ散らばった魔物たちを追うためにトーパの守備兵たちが分散し、城壁の防御が急速に薄くなっていく。
「このままでは別の場所も突破される!」
モアが警告を発する中、後方の地下室入り口では、エレイが必死の形相で避難民たちを誘導していた。
「走って! 転ばないで! 奥へ詰めて!」
彼女は、血塗れの包丁を握りしめながら、パニックに陥る民間人たちを統率する。
「戦える人は残って時間を稼いで! 戦えない人は、ここから絶対に動かないで! 私たちが、絶対に守るから!」
市街地になだれ込む魔王軍と、血みどろの抗戦を続けるガイ、モア、エレイたち。
だが、彼らだけでは、圧倒的な数の暴力に飲み込まれるのは時間の問題だった。
その時。
市街地の空を引き裂くような轟音と共に、タドコロたちの乗る大型シャトルの護衛についていた数機の降下艇から、『灰色の装甲の塊』が次々と市街地へ降下してきた。
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### 7.袋小路の罠と、マールの生命線
「そのまま押し通れ! 城門は目前だ!」
リーム軍の精鋭騎兵隊が、薄くなっていた魔王軍の南側陣形を強引にこじ開け、ベルンゲン城壁へ向けて血路を切り拓いていく。
だが、上空からその様子を俯瞰していたマラストラスは、大きく裂けた口を三日月型に歪めて嗤っていた。
「馬鹿め。我は『南側を開ける』とは言っていない。『通過できる程度に開けてやった』だけだ」
彼の命令により、魔王軍は後退したわけではなかった。
騎兵隊が城壁へ向かって深く突入した直後、左右に分かれていた魔王軍の分厚い壁が、巨大な顎(あぎと)のように背後から閉じ始めたのだ。
「――っ! ノリス将軍、後方の敵が道を塞ぎにかかっています!」
リーム騎兵が青ざめる。
前進はできる。だが、戻れない。左右と後方を完全に魔物に塞がれ、前方にはベルンゲンの城壁しかない。人間の軍隊を『キルゾーン』へ押し込め、一網打尽にする。それこそが、人間の軍事思想を熟知したマラストラスの狩猟戦術だった。
「包囲を完成させるな! マール王国軍、側面をこじ開けてくれ!」
ノリスが魔導通信機に怒鳴る。
『言われずともやっている! 我々を単なる砲台だと思うなよ!』
王都の脇を流れる大河川。そこに展開していたマール王国の小型艦艇群が、魔導蒸気機関を激しく唸らせて岸辺すれすれまで突っ込んできた。
ドドドッ!!
前装式魔導砲が火を噴き、リーム軍の背後を塞ごうとしていた魔物の群れに弾幕の壁を形成する。
さらに、戦闘用ではない多数の小型輸送船が次々と接岸し、銃弾が飛び交う中で工兵部隊が強引に桟橋を構築し始めた。
『陸路が塞がれるなら、河川を撤退・補給ルートにする! 負傷兵を船へ乗せろ! 弾薬箱は岸へ放り投げろ!』
マール海軍の将校がサーベルを振るって叫ぶ。
主力戦艦を持たない彼らだからこそできる、小回りの利く兵站支援と、浅喫水を活かした近接火力支援。コホートに無理やり引っ張り出されたマール海軍だったが、彼らの意地が、マラストラスの描いた『完璧な包囲網』の側面に、風穴を空け続けていた。
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### 8.未知との共闘
ズガガガガッ!!
ベルンゲン市街地に侵入した魔物の群れを、空から降下してきた『灰色装甲の塊』――コホートのマリーンアーマー部隊が、チャージライフルで容赦なく掃討していく。
上空からの爆撃が制限されている市街地において、彼ら歩兵の直接戦闘(CQB)能力は絶対的だった。
ゴブリンロードの頭蓋を大剣で叩き割ったガイが、血を払いながらその異様な装甲兵たちを睨みつけた。
「……なんだあんたたち。随分と変わった鎧を着てるな。どこの国の騎士だ?」
「ウチら味方だし。一般人はマジで下がってて」
第二中隊長のアリシアが、ヘルメットの外部スピーカー越しに極めて軽い口調で答える。
「ここは俺たちの街だ。民間人だろうが何だろうが、共に戦うさ」
ガイはニヤリと笑い、大剣を肩に担ぎ直した。
「あんたたちのその奇妙な杖(銃)、連射は利くが小回りが利かないだろ。路地裏から飛び出してくる奴らは俺が斬る。デカいのは任せたぜ」
傭兵の剣士とマリーンアーマー。全く異なる戦闘体系を持つ二人が、背中合わせで魔物の群れへと突入していく。
ガイの超人的な踏み込みと剣技が、マリーンアーマーの死角に潜り込もうとする魔物を一瞬で両断し、マリーンアーマー兵の放つ高速のチャージ弾が、ガイの剣を弾く甲殻魔獣を内臓ごとミンチに変える。信じられないほど噛み合った共闘だった。
一方、少し離れた屋根の上から、モアはその『灰色の装甲兵』たちの戦い方を鋭い目で観察していた。
(なんだ、あの動きは……。彼らは大声を掛け合ってもいないのに、互いの死角を完璧に補い合っている。それに、上空の奇妙な飛翔体(ドローン)と完全に動きが連動している……!)
モアの明晰な頭脳は、彼らが「個人の武力」ではなく、見たこともない「高度に連結された戦術体系(ネットワーク)」で動いていることを直感的に理解し始めていた。
「怪我人はこっちよ! 走れない人は肩を貸して!」
後方の地下区画への入り口では、エレイが瓦礫の中で声を張り上げ、避難民の誘導を続けている。
戦士、分析者、そして民間人の要。三人の幼馴染たちが、ベルンゲンの命脈を必死に繋いでいた。
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### 9.黒炎と空中指揮所
「チッ……。忌々しい鉄の鳥(ドローン)どもめ。空を飛ぶのは竜だけではなかったか」
上空でマラストラスが忌々しそうに舌打ちをした。
彼は人間の軍事思想には極めて明るかった。だが、コホートの放つ『SF兵器』は、彼の知識の範疇を完全に超えていた。
生命力も魔力も感じさせない無機物。それが、自分の飛行軌道を予測して的確に死角から射撃してくるのだ。さらに、市街地に降下したあの灰色の装甲兵たちは、自分のの精神魔法を不可視の結界(PSY-FOIL)で弾き返している。
「得体の知れぬ術を使うが……つまりは、あの灰色の鎧の連中が人間どもの『要』であろう。ならば、焼き払うまで!」
マラストラスは、救援軍の騎兵を放置し、一気にベルンゲン市街地の上空へと急降下した。
そして、コホートのマリーンアーマー部隊が密集している大通りへ向けて、その口を大きく裂き――『黒炎(ヘルファイヤ)』を放射した。
「上方より高熱源体! 回避――」
アリシアの警告は間に合わなかった。
ゴォォォォォォォッ!!
直撃を受けた数機のPAのパーソナルシールドが、けたたましいエラー音を鳴らしながら消滅する。シールドを破壊した黒炎はマリーンアーマーの強固なプラスチール積層装甲の表層を融解させる。
「ぐっ! 退避!」
装甲を溶かされたPA兵たちが、堪らず後退する。
「消えろ、人間ども!」
マラストラスが高笑いと共に、次弾の黒炎を市街地全体へばらまこうとした。
――その眼下。ベルンゲンの上空数千メートルに滞空している、コホートの大型指揮シャトル。
「……やっぱり、エネルギーシールドと物理装甲だけじゃ魔法の理不尽さは防ぎきれないわね」
指揮シャトルのモニターで部下の損害を確認したタドコロは、扇子をパチンと閉じて立ち上がった。
市街地への広範囲爆撃はできない。ドローンの機動力では変身を繰り返すマラストラスを捉えきれない。このまま彼に上空から黒炎をばら撒かれ続ければ、地上の部隊は全滅する。
「……指揮だけじゃ足りないわね。私が降りる」
タドコロの言葉に、隣のコンソールを叩いていたミウラが目を剥いた。
「おい、待て。社長がわざわざ安全なシャトルを捨てて、前線に出る必要があるか?」
「あるわ。あいつを直接引きつけて止めないと、下の部隊が持たない」
タドコロは、経営者としての冷徹な目でミウラを見た。
「ミウラ、マリーンアーマーとドローンの現場指揮はあなたに任せるわ」
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### 10.しまらない出撃
タドコロはスタスタとシャトル後部の降下区画へ向かった。
――数分後。
「ミウラ! お腹がつっかえる! お尻が入らないわよ! 助けて!」
「何やってんだアンタは!! だから日頃から不摂生だって言っただろうが! 息を吸え!」
コホートの防衛トップと管制要員が総出でタドコロをマリーンアーマーに押し込もうとしていたが、わがままな彼女の体型(特に尻と腹)はどうしても強固な装甲に収まらなかった。
「もういいわ! マリーンアーマーは諦める!」
結局、タドコロはマリーンアーマーの着用を断念した。代わりに、対弾ボディアーマーと、身体能力を補助する外骨格(エクソスケルトン)、そして腰に『改良型パーソナル・シールドベルト』を装着するという、非常にアンバランスだが機動性と防御力に特化した装備で降下ハッチの前に立った。
「これまでの私は、戦場の外から命令するだけの人だった。……でも、今回は違う」
タドコロは、狐耳をピンと立て、自らの愛銃であるチャージピストルを装填した。
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### 11.狐と蝙蝠
ズンッ! と。
ベルンゲン市街地の広場に、シャトルから射出された降下ポッドが着地し、中から外骨格を装着したタドコロが降り立った。
上空で暴れ回っていたマラストラスが、その異質な気配に気付いて急降下してくる。
「ほう。女狐が空から降ってくるとはな。貴様が、あの忌々しい鉄の鳥どもを操る将か?」
「あなた、随分と態度が大きいわね」
タドコロは、チャージピストルを構えて冷たく見上げた。
「我は魔王軍の側近にして、空を統べる者、マラストラスなり! 冥土の土産に――」
「アンタの名前なんて聞いてないわよ」
タドコロの無慈悲な一発が、名乗りの最中のマラストラスの顔面を掠めた。旧世代のシールドベルトとは異なり、コホートが独自にアップデートした改良型シールドは、外からの攻撃を弾きながらも内側からの射撃を一切妨げない。
「貴様ァッ!!」
激怒したマラストラスが、コウモリの群れに変身して散開し、タドコロの周囲から一斉に黒炎を浴びせかける。
ボォォォンッ!!
間一髪回避するタドコロ。だが、彼女の身体を包み込むシールドを黒炎が掠める。シールドが青白く光り、黒炎の物理的エネルギーを弾き返した。
(なるほど、あの黒炎はただの熱じゃない。魔力という『質量』を伴っているから、物理シールドが反応するのね)
タドコロは、冷静に敵の能力を分析する。彼女自身の身体能力は、ミウラやガイのような生粋の戦士には遠く及ばない。だが、彼女には『戦術眼』と『装備』、そして生まれ持ったミホ特有の『仙術』があった。
「【狐火】」
タドコロが指を弾くと、青白い仙術の炎が無数に宙に浮かび、マラストラスを自動追尾する。
「小賢しい幻術を!」
マラストラスは異常な旋回性能で狐火を躱し、上空から黒炎による面制圧爆撃を仕掛けてくる。
「……キムラ。奴の飛行データの解析は?」
タドコロは、外骨格の機動力を活かして瓦礫の陰へ逃げ込みながら、はるか南方の《プロスペリティ》にいるキムラへ通信を繋ぐ。
『完了しつつあります! 奴は速度も旋回性能も異常ですが、コウモリの翼の骨格構造上、特定の「右急旋回」から実体化へ移行するコンマ数秒間だけ、わずかに揚力が低下し、高度が落ちます!』
「上出来よ。……私が『的(マト)』になるわ。ミウラ、タイミングは合わせなさい」
タドコロは、自ら瓦礫の陰から飛び出し、マラストラスの視界のど真ん中へと躍り出た。
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### 12.ネットワーク・キル
一方のガイとモアは息を呑んでその広場での戦闘を見ていた。
「魔族を相手に、単身で立ち回っている……。あのキツネのねーちゃんは何者なんだ?」
モアが驚愕の声を漏らす。
「知らん。でも……」
ガイは、自らの大剣を握り直した。
「あいつ、自分の部下と、俺たちの街を守るためにわざわざ降りてきて戦ってるぞ」
「だったら、私たちも負けてられないじゃない!」
背後から、エレイが息を切らしながら叫んだ。
「あんたたち、ただ見てるつもり!?」
「当たり前だ! 行くぞ、モア!」
――そして広場。
「死ねぇぇッ、女狐ェッ!!」
マラストラスが、完全にタドコロを捕捉し、自身の最大火力である『黒炎』を至近距離で叩き込むべく、急速右旋回をかけて実体化した。
『社長! 右旋回に入ります!』
キムラの叫び。タドコロは逃げるのではなく、自らシールドの出力を最大にして、黒炎の射程内へと自ら踏み込んだ。
バキィィィンッ!!
黒炎の直撃を受け、タドコロのシールドベルトが限界を超えて砕け散る。
だが、その数秒の『足止め』こそが、戦術AIが導き出した唯一の死角だった。
『今だ! 全マリーンアーマー部隊、射撃停止! ドローン群、死角へ回り込め!』
上空の指揮シャトルから、ミウラが絶叫する。
タドコロを焼くことに執着し、地上のマリーンアーマー部隊の銃撃が一時的に止んだことで完全に警戒を解いたマラストラス。その右旋回によって生じたコンマ数秒の硬直、完全な死角から、息を潜めていたコホートのドローン群が密集陣形で突入した。
ズガガガガガガガガッ!!!
「ガァァァァァァッ!?」
回避不能の至近距離から放たれたレーザーと機関銃の集中射撃が、マラストラスの漆黒の翼を根本からズタズタに引き裂いた。
空を統べる魔族が、自らの血と羽を撒き散らしながら、ベルンゲンの石畳へと無様に墜落していく。
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### 13.忘却の最期
ズドォォンッ!
地面に激突し、全身の骨を砕かれたマラストラスは、それでも己の虚栄心だけで立ち上がろうと身をよじった。
「こ、の……獣人、風情が……! 我は、魔王軍……」
だが、彼を囲むように、すでに漆黒の銃口と鈍色の刃が向けられていた。
周囲を完全に包囲したアリシアたちコホートの部隊。
大剣を振り上げるガイ。
剣を構えるモア。
『やっちまえ』
ミウラの無慈悲な命令。
ドロロロロロロロロロッ!!!
アリシアたちによる、完璧に統制されたチャージライフルの集中射撃が、マラストラスの胴体を無惨に削り取る。
「……我の、名を……覚えて、おけ……」
マラストラスは、最後まで己の自己顕示欲を満たそうと血に濡れた手を伸ばし、そしてタドコロを見上げた。
タドコロは、チャージピストルの銃口を彼の眉間に突きつけた。
「覚えておくわ。敵としてね」
閃光。
異世界の戦士たちとコホートのネットワーク戦術が完全に噛み合った一撃が、魔王軍の指揮官の息の根を完全に止めた。
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### 14.解放、そして新たな深淵
直接の指揮官であるマラストラスが討ち取られたことで、ベルンゲン市街地に侵入していた部隊や、包囲部隊は、完全に統制を失って混乱状態に陥った。
その隙を逃さず、城外ではノリス率いる機動部隊とパーパルディアの竜騎士団が残存部隊を次々と撃破し、包囲網を完全に粉砕した。
重々しい音を立てて、ベルンゲンの城門が開かれる。
血まみれのノリスが、王都の広場へ馬を進め、高らかに剣を掲げた。
「――王都ベルンゲン、ここに解放されたりッ!!」
生き残ったトーパの兵士たち、避難民たち、そしてガイ、モア、エレイの三人が、涙を流して抱き合い、歓喜の声を上げた。
人類は、強敵マラストラスを打ち倒し、王都を取り戻したのだ。
だが、その歓喜の輪から少し離れた場所で。
指揮シャトルへと帰還したタドコロの耳に、プロスペリティのキムラから極めて重い報告が入っていた。
『……社長。断定はできません。ただ、マラストラスの死体から得られた生体データを解析した結果、こいつの神経系には、これまで解析した魔物と共通する異常な器官があります』
「ノスグーラと繋がっている?」
『その可能性が極めて高いです。通常の魔族とは異なる、人工的な神経構造です。ですが、通信機能なのか、直接制御なのか、あるいはもっと別の機能なのか……まだ分かりません』
タドコロの表情が、スッと凍りついた。
マラストラスという個を倒しても、魔王軍の『本体』には何のダメージも入っていないのだ。
――同時刻。
遥か北方、グラメウス大陸の地下深く。
ラヴァーナル帝国が遺した『生物兵器プラント』のメインコンソールに、新たな文字列が浮かび上がっていた。
『――上位指揮個体(マラストラス)のシグナルロストを確認』
『――当該個体の戦闘データ、および被弾情報の回収を完了。設計パラメータを更新します』
『――次回生産ロットの装甲および回避プログラムへの反映予定(スケジュール)を策定』
『――最終統制型(ノスグーラ)、活動継続中』
魔王軍という『兵器生産システム』は、一切の痛痒を感じることなく、人類の戦術を学習し、ただ淡々と次の絶望の設計図を引き直している。
タドコロは、深く、重い息を吐き出した。
「倒した敵から学習してくるなら……こちらも、学習速度で勝つしかないわね」
コホートと人類の共同戦線は、ついに魔王軍の真の心臓――未知なるグラメウス大陸のプラントへと、その狙いを定めるのであった。