辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記   作:ホゲフガ

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第6話:鋼鉄の企業と、皇国の威信(後半)

第6話 後半

 

平原の彼方で鳴り響く鈍い砲撃音を背にしながら、ラルヴァ率いる別働隊は、鬱蒼とした原生林の中を強引に進軍していた。

 

彼らの目的は単純だった。

正面からあの怪物じみた亜人集団を打ち破れぬのであれば、その背後にある「弱い場所」を踏み潰せばいい。

 

レジスタンスの村を焼き払い、住民を虐殺し、見せしめにする。それによって敵の足並みを乱し、自分たちの威光を取り戻す。ラルヴァは、そう信じ込もうとしていた。

 

「急げ!」

 

彼は顔面の腫れを歪めながら怒鳴った。

以前ハキに殴打された鼻骨は未だ完全には治っておらず、その醜く変形した面相には、敗北への恐怖と復讐への執念がこびり付いている。

 

「本隊が奴らを引きつけている間に村を制圧する! 男は処刑、女は拘束だ! 反逆者を匿った愚民どもに、皇国へ逆らう代償を教えてやれ!」

 

兵士たちは下卑た笑みを浮かべた。彼らもまた、先日の惨敗で自尊心を傷つけられていた。あの灰色の装甲兵たちに、まるで虫のように仲間を殺された恐怖を、彼らは認めたくなかった。

だからこそ、自分たちより弱い農民を蹂躙することでしか、優位を実感できなかったのである。

 

隊列後方では、兵士たちが卑俗な声で笑い合っていた。

 

「今度こそ、あの娘を捕まえられるかもしれんな」

「隊長殿も機嫌が直る」

「村を焼けば、レジスタンスどもも震え上がるさ」

 

だが、その一方で、若い兵士の中には明らかに顔色を失っている者もいた。

 

「あ、あの……本当に大丈夫なんでしょうか」

 

新兵の一人が不安げに呟く。

 

「あの亜人たち、普通じゃありませんでした。鉄の杖から光を放って、瞬時に……」

 

「黙れ!」

 

ラルヴァの怒声が飛んだ。

 

「貴様まで恐怖に呑まれるつもりか! 飛竜隊まで投入されているのだぞ! あんな少数の獣人ども、皇国軍の前では時間の問題だ!」

 

そう叫びながらも、ラルヴァ自身、胸の奥底に張り付く恐怖を完全には消せなかった。

 

(……先ほどから響いているあの轟音は何だ? 皇国の砲声ではない。地響きすら伴うあの悍ましい音は――)

 

本隊が「引きつけている」のではなく、一方的にすり潰されているのではないかという疑念が、彼の思考の端をかすめる。

 

だから彼は怒鳴り続ける。怒りで恐怖を塗り潰すしかなかった。

やがて、森の切れ目から村の輪郭が見え始めた。ラルヴァの口元が歪む。

 

「見えたぞ」

 

彼はサーベルを引き抜いた。

 

「突入――」

 

その言葉は、最後まで続かなかった。

 

村の入口。そこに、すでに灰色の装甲兵たちが展開していたからだ。

 

「……な」

 

ラルヴァの喉が凍り付く。

 

農村の外縁部には、重装甲の兵士たちが、まるで最初からそこにある岩盤のように整然と防衛線を築いていた。

 

灰色のマリーンアーマー。青白い光を放つシールド発生器。そして、こちらへ静かに向けられた長大な銃口。

その中央には、ネズミ耳を揺らす一人の男が立っていた。

 

ハンスだった。

 

「やあ」

 

ヘルメット越しの低い声が響く。

 

「だから言っただろう。不用意な接触は避けたかったんだ」

 

ラルヴァの顔が激怒で歪んだ。

 

「き、貴様ァ……!!」

 

彼はサーベルを突きつけた。

 

「また貴様らか、薄汚いネズミども!!」

 

だが、ハンスは怒りも見せず、小さく肩を竦めただけだった。その態度が、かえってラルヴァの神経を逆撫でした。ハンスの後方では、村人たちがバリケードの内側へ避難を終えているのが見える。

 

つまり、この村は既にコホート側の完全な管理下に置かれていた。ラルヴァはようやく理解した。自分たちは、待ち伏せされていたのだと。

 

「一応、最後に警告しとくよ」

 

ハンスは静かな声で言った。

 

「武器を捨てて投降してください。これ以上の交戦は、あなた方にとって何の利益にもならない」

 

その言葉は事実だった。だが、ラルヴァにとって、それは屈辱以外の何物でもなかった。

 

「誰が……!」

 

彼の顔面が怒りで真っ赤に染まる。

 

「誰が獣人風情に屈するかァァァァァッ!!」

 

絶叫と同時に、ラルヴァはサーベルを振り下ろした。

 

「撃てェェェッ!!」

 

兵士たちが一斉にマスケット銃を構える。

しかし、その瞬間には既に、ハンスたちの照準レーザーが赤い光線となってパーパルディア兵たちの隊列へ無数に走っていた。

 

次の瞬間、村は、近代国家と超文明企業との絶望的な戦力差を示す処刑場へと変わった。

 

パーパルディア兵たちの放った一斉射撃は、乾いた炸裂音と共に白煙を噴き上げ、無数の鉛弾をコホート側へ叩き込んだ。しかし、その弾丸は一発たりとも意味を成さなかった。

 

ハンスたちの前面に展開された半透明の低角シールドが青白く明滅し、飛来した鉛玉を空中で容易に弾き、砕き、熱を帯びた破片へ変えて霧散させていく。まるで分厚い城壁に小石を投げつけたかのようだった。

 

「な――」

 

兵士たちの顔から血の気が引く。

自分たちの攻撃が「通じていない」。その単純極まりない現実が、彼らの精神を瞬時に凍結させた。

 

だが、コホート側は彼らが処理する時間すら与えなかった。

 

ハンスが片手を軽く下ろす。それだけで十分だった。

次の瞬間、灰色の装甲兵たちが、一斉にチャージライフルを発砲した。

 

森の空気が鋭く震える。火薬の爆音とはまるで異なる、高圧電流にも似た不気味な射撃音が連続し、赤い照準線の先にいた兵士たちの身体が次々と破壊されていった。

 

胸当てごと上半身を吹き飛ばされる者。肩口から腕を失い、絶叫しながら倒れる者。腹部を貫通され、内臓を撒き散らしながら地面を転がる者。

パーパルディア兵たちは、初めて理解した。これは戦争ではない。

 

狩りだ。しかも、自分たちが獲物側だった。

 

「ひっ……!」

 

最前列の兵士が恐慌状態に陥り、マスケット銃を捨てて逃げ出した。しかし、その背中を赤い光線が正確に貫き、兵士は声を上げる暇すらなく前のめりに倒れ伏す。

 

ハンスたちの射撃には、一切の感情がなかった。

怒りも興奮もない。ただ効率的に、敵対対象を排除していく。その様子は、むしろ全自動工作機械に近かった。

 

「た、隊長ォ!!」

「駄目です! 近づけません!」

「化け物だ……!」

 

隊列が崩壊する。兵士たちは恐怖に耐えきれず、蜘蛛の子を散らすように後退を始めた。

ラルヴァは顔を引き攣らせながら叫ぶ。

 

「逃げるなァ!! 皇国兵としての誇りを――」

 

その瞬間だった。彼の横にいた副官の頭部が、一瞬で消し飛んだ。

血と脳漿がラルヴァの頬へ降りかかる。副官だった肉塊が崩れ落ちるのを見て、ラルヴァの精神は完全に限界へ達した。

 

「ひ……」

 

喉が震える。

視界の先では、灰色の装甲兵たちが淡々と前進してくる。まるで死そのものだった。

逃げなければ。その本能だけが、ラルヴァの脳を支配する。彼はサーベルを放り捨て、無様に踵を返した。

 

「に、逃げろォォォォ!!」

 

皇国軍将校としての威厳も何もかも捨て去り、ラルヴァは森の奥へ向かって狂ったように走り始めた。その背後で、なおも兵士たちが次々と撃ち倒されていく。

 

ハンスは、その様子を静かに見つめていた。

 

「追撃は?」

 

部下の一人が尋ねる。ハンスは数秒だけ思考し、それから首を横に振った。

 

「不要です」

 

彼は冷静な声で続けた。

 

「恐慌状態で逃げ帰った敗残兵は、優秀な宣伝媒体になります。彼ら自身が、“我々に敵対した結果”を周囲へ広めてくれるでしょう」

 

実にコホートらしい合理的判断だった。無意味な殺害はしない。しかし、利益のためなら恐怖すら利用する。

ハンスは小さく息を吐き、背後の村へ視線を向けた。

 

粗末な木柵の隙間から、村人たちが震えながらこちらを見ている。彼らの目に宿っているのは、感謝ではなかった。

 

畏怖だ。

 

絶対的な暴力への、本能的恐怖。

ハキもまた、その中に立っていた。彼は、自分を苦しめ続けたパーパルディア兵たちが、まるで赤子のように蹂躙される光景を見て、言葉を失っていた。仇敵が敗北したのだから、嬉しくないわけではない。

 

だが同時に、理解してしまった。

パーパルディア皇国ですら、この企業には敵わない。目の前にいる灰色の装甲兵たちは、この世界の戦争そのものを変えてしまう存在なのだと。

 

その時、ハンスがゆっくりと振り返った。

 

「ハキ君」

 

静かな声が響く。

 

「君たちの村は、当面の安全を確保しました。ただし、パーパルディア側もこの程度で諦めるとは思えません」

 

彼は平然と続ける。

 

「だから次の段階へ進みます。ボス――タドコロは、この地域全体を我が社の“経済圏”へ組み込む方針を決定しました」

 

その言葉に、ハキの背筋が凍る。ハンスは敵を掃討した直後とは思えないほど穏やかな口調で、恐ろしいことを告げた。

 

「安心してください。コホート・コーポレーションは、勤勉な住民にはとても寛容ですから」

 

だが、その優しげな言葉の裏側にあるものを、ハキはもう理解していた。

彼らは救世主ではない。ましてや正義の英雄でもない。

利益のために世界すら変えてしまう、本物の怪物なのだ。

 

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