辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記 作:ホゲフガ
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## 第2章 第22話:黒き軍勢の心臓
### 1.勝利の朝、敗北の算盤
トーパ王国王都、ベルンゲン。
魔王軍の幹部マラストラスを討ち取り、絶望的な包囲網を打ち破った翌朝。王都は、生き残った兵士や民間人たちの涙と歓喜に包まれていた。
エレイは救護テントで負傷兵たちに温かいスープを配り、モアは疲弊したトーパ軍の再編に奔走している。
だが、その歓喜の輪の中に、ガイの姿はなかった。
ベルンゲンの解放を確認したコホートは、負傷者の一部と補給物資、そして北部戦線への帰還を希望するリーム軍将兵を輸送シャトルへ収容した。ガイもその中にいた。彼は王都の安全を見届けた後、再び剣を振るうために、より凄惨な戦場であるリーム北部防衛線で戦うことを決意したのだ。
そして。ベルンゲンの遥か上空、エストシラント沖から前進してきた《プロスペリティ》の戦術管制室に、祝勝のムードは一切なかった。
「……ベルンゲンを取り戻した。でも、戦争には全く勝っていないわ」
メインモニターを睨みつけるタドコロの声は、氷のように冷たかった。
モニターの左半分には、解放に沸くベルンゲンの映像。
しかし右半分――リーム北部戦線の戦況図は、真っ赤なエラー表示で埋め尽くされている。
「リーム北部防衛線、後退を余儀なくされています。マラストラスの死による組織的混乱は一時的なものでした」
徹夜でデータを解析し続けていたキムラが、血走った目で報告する。
「いえ、むしろ悪化しています。昨日までの戦闘損失を補うように、北から全く新しい魔物の群れが補充され、南下速度を上げています」
それは、絶望的な事実だった。
人類は昨日、死に物狂いで敵の指揮官であるマラストラスを殺した。だが、敵の総数は昨日よりも増えている。戦線が「押されている」のではない。敵軍そのものが「増殖している」のだ。
「兵站の概念がない、無限増殖する軍隊。……やっぱり、プラントを潰すしかないわね」
タドコロは、扇子を強く握りしめた。
### 2.点と線を繋ぐ知性
数時間後。プロスペリティの第一会議室。
タドコロ、ミウラ、キムラ、スカルバーグが集まる中、ホログラム通信の先に、一人の異世界人が繋がれていた。
トーパ王国の正騎士であり、王立大学を首席で卒業した若き俊才、モアである。
『……提供された魔力波形のデータと、我々が保管していた古代文献の照合が完了しました』
ベルンゲン城内の臨時指揮所に残ったモアは、コホートから貸与された奇妙な『戦術通信端末』を前に、疲労の色を濃くしながらも知性の光を放っていた。
リームの魔導通信機が音声と簡易な暗号しか送れないのに対し、コホートの戦術データリンクは、高高度の偵察ドローンが収集した膨大な映像とセンサーデータをリアルタイムで伝送することが可能だ。
「ご苦労様。それで、プラントの場所は分かったの?」
タドコロの問いに、モアは手元の羊皮紙を広げた。
『はい。パンドーラ大魔法公国から共有された魔力データと、貴社(コホート)のドローンが観測した地脈の熱源分布。そして、我々が解読した「古代ラヴァーナル帝国」の禁忌の書……。これらを重ね合わせると、一つの特異点が浮かび上がります』
モアの指示に従い、キムラがグラメウス大陸の広域マップに三つのデータをオーバーレイさせた。
『魔物が最も濃密に湧き出しているグラメウス大陸の深部。ここには、古代帝国が「大規模な生物兵器研究施設」を建設していたという記述が残っています。……しかし、貴社の航空偵察では、地表にそれらしき施設は発見されなかった』
「ええ。地表は荒野と野生の魔獣の巣窟だったわ」
『ならば、答えは一つです』
モアは、確信を持って断言した。
『地下です。彼らは地下深くの強固な岩盤の下に、巨大な生産拠点を隠している』
「……ビンゴだ」
キムラがキーボードを叩く。
「モア殿の指定した座標の地下数百メートルの深度に、異常な熱源、複数の巨大な空間、そして大量の魔石の濃縮反応を検知しました」
古代の知識と、現代のセンサー技術。そして魔物の出現パターンの統計。
異世界の学者の頭脳とコホートのインテリジェンスが融合し、ついに魔王軍の心臓部――『生産プラント』の存在位置が特定された瞬間だった。
### 3.究極の赤字解消法
「場所は分かった。……で、どうやってぶっ壊す?」
ミウラが、キャンディを噛み砕きながら腕を組んだ。
「俺たちのドローンから地中貫通爆弾を落とすか?」
「地下空間の全容と構造が不明です。通常の爆弾や貫通弾を何十発撃ち込んでも、生産設備の中枢まで届く保証はありません」
キムラが即座に否定する。
「だったら……あれの出番じゃねえか?」
ミウラが、タドコロを見た。
純粋水爆、あるいは生物分解ナノマシン。
圧倒的な質量と無限の生産力を持つ敵に対し、コホートが用意できる『大量破壊兵器(WMD)』の投入である。
会議室に、重い緊張が走った。
「……駄目よ。まだ撃てない」
タドコロは、静かに首を振った。
「以前決めた、WMDの使用条件を思い出してちょうだい」
一、生産プラントの存在位置を特定すること。(クリア)
二、魔王ノスグーラの能力と支配範囲を確認すること。(未クリア)
三、攻撃予定区域からの民間人の退避。(未確認)
四、人間側の部隊を攻撃区域から完全に退避させること。(クリア)
五、通常兵器では阻止不能、かつ経済的に継戦不能と正式に判断すること。(クリア)
「グラメウス大陸の地下深くに、捕獲された人間の奴隷や生存者がいないという保証はない。敵が人間を『資源』として利用している可能性は十分にあるわ。そして何より……」
タドコロは、ホログラムの地下施設を指差した。
「この地下施設がどんな構造をしていて、魔王『ノスグーラ』本人がどこにいるのかが分かっていない」
「大量破壊兵器を使えば、確かに工場は潰せるでしょう」
キムラが同意する。
「ですが、もしノスグーラが地下最深部の特殊なシェルターにいて核爆発を生き延びたら? 管理者(アドミン)が生きている限り、既存の数十万の魔王軍は統制を失わず、地上を蹂躙し続けます。兵器で工場は焼けても、魔王までは確殺できない」
「……だから、撃ち込む前に『中』を見る必要があるってことか」
ミウラが、獰猛な笑みを浮かべた。
「偵察と、必要なら内側から直接ぶっ壊すための『特殊部隊』がいるな」
「ええ。プラントはWMDで潰す。でも……魔王は、私たちが殺す」
それが、タドコロの導き出した結論だった。
### 4.新たな絶望の投入
その時、第一会議室にけたたましい緊急通信のアラートが鳴り響いた。
『――こちらリーム北部防衛線! 敵の新型だ! 第2、第4防衛線が突破された!』
通信機越しに聞こえるリバル将軍の声は、かつてないほど切羽詰まっていた。
「新型だと? 映像を出せ!」
ミウラがモニターを切り替える。
そこに映し出されたのは、絶望的な光景だった。昨日までのオークやオーガではない。マラストラス戦で得られた戦闘データから設計パラメータが更新され、その最初の生産ロットと思われる新型魔獣の群れ。
コホートのチャージ弾を弾き返す、極端に傾斜した流線型の生体装甲を持つ甲殻獣。
竜騎士のブレスを相殺するため、対魔法結界を常時展開しながら高速機動する空戦魔族。
そして――それらを統率するように前線に立つ、二体の巨大な魔族の姿があった。
「マラストラスが死んだ。……ならば敵は、我々の能力をすでに解析しているということだ」
氷のように冷たい、知性を感じさせる青い肌の魔族ブルーオーガ。
「人間どもォォッ! 皆殺しにして、肉片一つ残さず喰らい尽くしてやる!!」
煮えたぎる溶岩のような怒りを放ち、大剣を振り回す赤い肌の魔族レッドオーガ。
魔王ノスグーラの側近たち。人類の戦闘能力を測り、そして確実に防衛線を突破するために魔王が派遣した最上位の個体が、ついにその牙を剥いたのだ。
### 5.戦略的ジレンマ
『コホート! いつまで遊んでいる! こっちは限界だぞ!』
リバルの悲痛な叫びが響く。
新型魔獣と二体の側近の投入により、リーム、パーパルディア、マールの三軍が支える北部戦線は、完全に崩壊の危機に瀕していた。
「……社長。どうしますか」
キムラが、タドコロを見た。
「プラント探索部隊をグラメウス大陸へ出せば、コホートの精鋭と指揮能力をそちらへ割くことになります。北部戦線への支援は手薄になる。……北部戦線を見捨てれば、人類側が先に滅びます」
プラントを叩けば、戦争を終わらせられるかもしれない。
しかし、そこへ行くために北部戦線を疎かにすれば、人類は魔王の暴力に飲み込まれる。
究極のジレンマ。
だが、タドコロは一切の迷いなく扇子を広げた。
「どちらかを捨てるんじゃない。両方取るのよ」
彼女は、ミウラとキムラを見据えた。
「ミウラ。あなたは地上部隊の指揮を執りなさい。あの赤と青のデカブツを倒して、北部防衛線を絶対に死守すること。……その間に、私が別働隊を率いてグラメウスの地下へ潜る」
「……本気か、アンタ」
ミウラが、呆れたように、だが頼もしそうに笑った。
「お前自ら、魔王の首を取りに行くってのか」
「ええ。この赤字プロジェクト、私が直接終わらせてくるわ」
### 6.重装対剛力(ミウラ VS レッドオーガ)
リーム北部防衛線。
泥と血に塗れた塹壕を、巨大な赤い影が蹂躙していた。
「死ねェッ! 脆弱な肉塊どもが!」
レッドオーガが身の丈ほどもある大剣を横薙ぎに振るう。それだけで、リームの戦列歩兵十数名が紙切れのように吹き飛ばされる。通常の小銃弾など、彼の分厚い皮膚と筋肉の前では豆粒と同義だった。
「ば、化け物が……!」
リバルが絶望しかけたその時。
空から、一機の指揮官用マリーンアーマーが、流星のようにレッドオーガの目の前へ着地した。
「ずいぶんと元気がいいじゃねえか、赤鬼」
ミウラだ。不敵に微笑むと、巨大な電磁加速式パイルバンカーを装備した右腕を構えた。
「変わった鎧だな! 中身ごと潰してやる!」
レッドオーガが大剣を振り下ろす。
ガギィィィンッ!!
ミウラのマリーンアーマーが、その凶悪な一撃をパイルバンカーの盾部分で受け止める。マリーンアーマーの関節モーターが悲鳴を上げ、足元の地面がクレーターのように陥没した。
「……チッ。生身でこのパワーか。人間型魔獣としては完全に規格外だな」
ミウラは、通常のチャージライフルではこの皮膚を貫けないと即座に判断した。これはマラストラス戦のような「ネットワークの読み合い」ではない。純粋な暴力同士が激突する近接戦だ。
『全マリーンアーマー部隊へ告ぐ。あの赤鬼を正面から撃つな! 皮膚じゃなく、関節を狙え!』
ミウラの指示により、周囲に展開したPA部隊が、レッドオーガの膝裏や肘の内側など、可動部へ向けてチャージ弾を集中させる。
「小賢しいハエどもが!」
レッドオーガが煩わしそうに体勢を崩した瞬間。
「よそ見してんじゃねえぞ」
ミウラのマリーンアーマーが油圧モーターを限界まで駆動させ、レッドオーガの懐へ潜り込んだ。
ドゴォォォォンッ!!
ゼロ距離で射出された劣化ウラン合金のパイルが、レッドオーガの大剣と激突し激しい火花を散らす。
### 7.知恵と剣技(ガイ VS ブルーオーガ)
一方、防衛線の右翼。
シャトルでリーム北部戦線へと参戦したガイが、冷徹な青い肌の魔族――ブルーオーガと対峙していた。
「……こいつは、今までの魔物とは違う」
ガイは、大剣の柄を握る手にじっとりと汗をかいていた。
目の前のブルーオーガは、レッドオーガのような無茶な突撃はしてこない。ガイの間合いを正確に見切り、氷の魔法で牽制しながら、ガイの剣技の『癖』を学習しようとしているのだ。
「なるほど。お前の剣技は、踏み込みの速度に依存している。ならば、足場を凍らせれば威力は半減するな」
ブルーオーガが冷たく告げ、腕を振るう。ガイの足元の泥が瞬時に凍りつき、彼が踏み込もうとした瞬間、ツルリと体勢が崩れた。
「しまっ――!」
そこへ、ブルーオーガの氷の刃が容赦なく振り下ろされる。
人間の剣技だけでは勝てない。強烈な死の予感がガイを襲った、その時。
『ガイ! 左へ跳べ! 奴の右脚がわずかに遅れている!』
インカム越しに、ベルンゲンに残ったモアの鋭い声が響いた。
遥か後方。戦術端末の画面には、コホートの偵察ドローンが上空から撮影したブルーオーガの姿が映し出されていた。モアは数度繰り返された攻防の映像を巻き戻し、生体力学の観点から敵の挙動を解析していたのだ。
「……氷結魔法を使う際、右脚へ体重を移している。攻撃直前だけ、ほんのわずかに沈み込んでいる!」
モアの指示に直感的に従い、ガイは左へのローリングで氷の刃を躱す。そして、体勢を崩しながらも、ブルーオーガの「遅れた右脚」の膝関節へ向けて大剣を薙ぎ払った。
「グッ……!? なぜ、私の重心の偏りを見抜いた……!」
膝を深く斬り裂かれ、ブルーオーガが驚愕に目を見開く。
『魔物とはいえ、二足歩行の生体力学からは逃れられない! ガイ、次は右肩だ!』
モアの頭脳、コホートのセンサー群、そしてガイの武力。遠く離れた幼馴染の連携が、魔王軍最上位の知将を少しずつ追い詰めていく。
### 8.深淵への降下
北部戦線で、人類の総力を挙げた決死の防衛戦が続く中。
遥か北方、グラメウス大陸。
広大な荒野に隠された巨大なクレバスの底。コホートのシャトルが、エンジンを激しく吹かせ減速しながら着陸した。
ハッチが開き、中から完全武装の少数精鋭部隊が降り立つ。
タドコロ。そして、彼女を護衛する数名のマリーンアーマー兵。
魔王軍の心臓部『生産プラント』の内部構造を解析し、WMDの爆心地を特定するための部隊である。
「……ここが、古代ラヴァーナル帝国の遺産」
タドコロは、クレバスの奥深くに口を開ける、巨大な金属製のゲートを見上げた。
何万年もの間、誰も立ち入ることのなかった人類の禁忌。そこからは、濃密なバイオマスの腐臭と機械の駆動音が入り混じった、おぞましい空気が吐き出されていた。
「ゲートの周辺に、歩哨と思われる個体が少数。排除します」
PA兵たちが、消音器付きの狙撃銃と白兵戦で、入り口を守る魔物たちを一切の音も立てずに排除する。
部隊は暗いゲートを抜け、地下深くへと潜行していく。
内部の光景は、地獄という言葉すら生ぬるいものだった。
天文学的な広さを持つ空間に、無数の巨大な培養槽が整然と並んでいる。
培養液の中では、ゴブリン、オーク、そして先ほど北部戦線に投入されたばかりの『新型魔獣』の胎児たちが、不気味に脈打ちながら急速培養されていた。
床には不要になった魔物の死体が山積みにされ、自動化された機械アームがそれらを回収し、再び生命の材料(バイオマス)としてプラントの炉へ放り込んでいる。
「これが……魔王軍の正体。純粋な『魔物製造ライン』……」
PA兵が、ヘルメットの中で嘔吐感を堪えるように呻いた。
「一気に一番奥まで行くわよ」
タドコロは、チャージピストルを構えたまま、最深部へと歩を進めた。
### 9.観測する魔王
最深部。
そこは、プラントの培養槽群とは打って変わって、静寂に包まれた広大な空洞だった。
床には複雑な幾何学模様(魔法陣)が刻まれ、その中央に、圧倒的な存在感を放つ『影』が座していた。
魔王ノスグーラ。
黒い靄に包まれ、輪郭すら定まらないその巨体。周囲の空間そのものが、彼の放つ重力と魔力によって歪んでいるように見える。
マラストラスの死体から得られたデータ通り、魔王軍の生体ネットワークから発せられるすべての信号が、この空間――ノスグーラ自身へと収束していた。
タドコロたちが暗闇の中から銃口を向けた、その時。
『……来たか、人間ども』
タドコロの脳内に、直接、絶対的な念話が響き渡った。
ノスグーラが、ゆっくりと首を動かすとタドコロへその顔を向けた。
『驚くことはない。我は、貴様らが地表へ降り立った瞬間から、その存在を認識していた』
「……! なぜ、警備を寄越さなかったのよ」
タドコロは、銃を構えたまま油断なく後退する。
『知るためだ』
ノスグーラの念話には、怒りも焦りもなく、ただ純粋な「観察者」としての冷徹さがあった。
『なぜ、脆弱な人間が我が軍をこれほど効率的に殺せるのか。なぜ、この聖域の存在を突き止められたのか。……そして何より、なぜお前たちには、我の「絶対隷化」が及ばないのか』
ノスグーラが、玉座からゆっくりと立ち上がった。
その瞬間、プラント全体の空気が凍りつき、マリーンアーマー兵たちの装甲が、未知の圧力によってミシミシと悲鳴を上げた。
『我が軍を退け、我らが進化の果てに何を見るのか。……直接確かめてやろう。貴様ら人間の、真の価値を』
軍隊同士の戦争ではなく、
第3文明圏の存亡を賭けた極限の対決が幕を開けた。