辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記 作:ホゲフガ
## 第2章 第24話:戦争の後始末
### 1.終わらない掃除
魔王ノスグーラが討たれ、魔王軍を統率していた生体ネットワークが崩壊してから数日。
グラメウス大陸南部からリーム王国北部にかけての、魔王軍による大規模な組織的攻勢は完全に停止していた。無限増殖と絶対隷化という最悪の脅威は去った。
しかし、各地にはまだ膨大な数の魔物が取り残されていた。
ノスグーラの直接支配下にあった個体はその場で倒れたが、すべてが一斉に死滅したわけではない。知性の低い魔獣は暴走して人間の居住地を襲い、野生から隷属させられていた魔獣は森や山岳地帯に潜伏して野生化しつつあった。
特に、プラントが最後に生み出した『新型甲殻魔獣』の群れは、命令系統を失ってもなお、プログラムされた攻撃本能だけで暴れ回っている。
「……第二大隊から報告! 北部の森に潜伏していた大型魔獣と交戦、魔導砲の直撃にも耐えられ、数十名の負傷者が出たとのことです!」
リーム軍の前線本営で、参謀ケインが悲痛な声を上げた。
大将軍リバルは、疲労で落ち窪んだ目を擦りながら、泥沼の残敵掃討戦を示す戦況図を睨みつけた。
パーパルディア皇国の竜騎士たちも、山岳地帯へ逃げ込んだ飛行魔獣を一体ずつ探し出して追撃する作業に追われ、飛竜の疲労は限界に達している。マール王国の小型艦艇は河川沿いの魔物を砲撃しているが、砲の射程から離れた湿地帯や森林の奥までは手が届かない。
《プロスペリティ》でも、ミウラが険しい顔で戦術マップを見上げていた。
「敵の組織的抵抗は終わっています。ですが、残敵の数はまだ多すぎる。……戦争は終わりましたが、掃討戦は終わっていません」
キムラが横からデータを補足する。
「通常兵器とマリーンアーマー部隊だけで残敵を完全に掃討した場合、数週間から数ヶ月の時間がかかります。しかも、その間に数十万単位の魔物の死体が腐敗し、疫病の蔓延や水源汚染を引き起こす危険性が極めて高いと試算されています」
タドコロは、机の上に積まれた分厚い「損耗報告書」の束をペラペラとめくった。
ドローンの損失、マリーンアーマーの修理費、膨大な弾薬の消費、医療費、輸送費。
「これじゃあ、まだ他国へ請求書を出せる状態じゃないわね」
タドコロは、プラスチール製の扇子をパチンと閉じた。
「……まずは、この残敵をさっさと片づけましょう。極上の『洗剤』でね」
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### 2.恐怖の実演(プレゼンテーション)
数日後。
コホートは、魔王軍の残党が数万規模で集結している地域を複数特定した。
地下洞窟群、巨大な峡谷、廃棄された魔王軍の集積拠点、そして大型魔獣が密集する広大な荒野。これらの地域にはすでに人間の住民は残っておらず、通常兵器で掃討するには被害と時間が大きすぎる場所ばかりだ。
「……『広域殲滅兵器』を使用するわ」
タドコロは、パーパルディア皇国、リーム王国、マール王国、パンドーラ大魔法公国、そしてトーパ王国の各代表へ向けて事前通告を行った。
あえて『核兵器』や『純粋水爆』という科学的な専門用語は使わない。
リーム側はそれを巨大魔導砲による砲撃だと考え、パンドーラは古代魔法帝国の禁忌兵器に近いものだと推測した。パーパルディアは、その兵器の真の威力と使用条件を分析すべく観測部隊を配置した。
タドコロは、避難状況、風向き、地下水脈への影響を厳密に確認した上で、あえて各国の観測部隊に「安全な距離」からその爆発を見せることにした。
前回のグラメウス地下での純粋水爆の起爆は、地震と陥没しか見えなかった。今回は違う。これは残敵掃討であると同時に、戦後の講和会議へ向けた『政治的なプレゼンテーション(脅迫)』であった。
――魔王軍残党が集結した、広大な荒野。
避難を終えたリームの軍、上空のパーパルディア竜騎士、河川を下ったマールの艦艇、そしてパンドーラの魔法観測隊が、固唾を呑んで地平線の彼方を見守っていた。
遥か上空から、コホートの高高度無人機が一発の『弾頭』を投下した。
カッ……!!
一瞬、すべての音が消えた。
数秒後、世界を白く塗り潰す巨大な閃光が炸裂し、大気を切り裂くような轟音と共に、地面を押し潰す凄まじい衝撃波と超高温の熱風が、地平線の彼方まで広大な荒野を呑み込んだ。
純粋水爆(クリーンニューク)。
それを基礎に、核分裂反応による放射能汚染を極限まで抑え、核融合反応の効率を異常な水準まで高めたコホート独自の戦略兵器。
爆心地周辺の数万の魔物は、悲鳴を上げる暇すらなく細胞レベルで一瞬にして蒸発した。少し離れた場所にいた巨大な甲殻魔獣さえも、襲い来る超高温の熱線で外殻をドロドロに溶かされ、続く衝撃波によって跡形もなく吹き飛ばされる。地下洞窟の入り口は陥没し、内部に潜んでいた残党ごと大地の底へと押し潰されていった。
「……ば、馬鹿な……」
数十キロ離れて観測していたリームの兵士たちは、腰を抜かして震えた。城壁や要塞など、あの光の前では紙細工に等しい。
「爆発規模……既存のあらゆる魔法兵器の記録を、大幅に超えています……!」
パーパルディアの観測士官は、震える声で本国へ報告した。
マール海軍の将校は、あの兵器が一発でも自国の港湾都市に向けられた場合の被害を想像し、大量の冷や汗を流した。
タドコロは、各国に対して意図的にその技術的な詳細を説明しなかった。
「魔王軍を効率よく処理するための兵器よ」
それだけで済ませた。だが、各国には絶望的なほどに伝わった。
コホート・コーポレーションは、通常の戦争の尺度から完全に外れた破壊力を持っている、と。
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### 3.選択的生体分解(ナノマシン)
純粋水爆の圧倒的な熱量によって、大規模な残党集団は消滅した。
しかし、地下深くに潜んで核攻撃の範囲外へ逃れた魔物や、これまでの戦場一帯に残された数十万体にも及ぶ『魔物の死体の山』はまだ残っている。
「仕上げよ。生物分解ナノマシンを散布なさい」
コホートは、次の兵器を投入した。
無人機から、目に見えない銀色の粉雪のようなものが、広範囲の戦場跡地へ向けて散布されていく。
そのナノマシンは、無差別にすべてを食い尽くすものではない。
『魔王軍の生体ネットワークに接続された個体』、または『魔王軍由来の生体改変を受けた個体』に共通する特有の生体マーカーのみを完全に識別するようプログラミングされていた。
これにより、ノスグーラが直接支配していた個体やプラント産生の魔物だけを分解し、完全に無関係な野生の魔獣や生態系、そして人間には一切の危害を加えない。
散布された地域で、異様な光景が広がった。
山積みになっていたオークやゴブリンの死体が、腐敗するのではなく、まるで砂の城が崩れるようにサラサラと崩壊し、僅かな時間で無害な微粉末(バイオマスダスト)へと変化して大地へ吸収されていく。
岩陰に潜んでいた生き残りの魔物たちも、突如として自身の肉体を維持できなくなり、次々と悲鳴を上げながら砂と化し崩れ落ちていった。
「こ、これは……何だ?」
パンドーラ大魔法公国の魔法学者が、双眼鏡を覗き込みながら戦慄した。
「これは分解魔法ではない。魔力の流れそのものを使って、生体構造を内側から崩している……?」
この光景は、純粋水爆とはまったく異なる、底知れない恐怖を各国に与えた。
爆発は、巨大な暴力としてまだ「理解」できる。しかし、微細な粉による生体分解は、何が起きているのかさえ分からないのだ。
「この兵器は、本当に魔物だけを見分けているのか?」
リームの兵士たちが、魔物が音もなく消えていく様子を見ながら震えた。
「もし見分けを間違えたら……俺たち人間も、同じように消えるのではないか?」
疑念の声に対し、コホートはあくまで事務的に安全性を説明した。
『今回使用した兵器は、魔王軍由来の生体構造にのみ反応するよう設定されています』
だが、各国がそのプログラムや識別条件を検証することは不可能だ。コホートの言葉を盲信するしかない。
純粋水爆による「無差別の広域破壊」と、ナノマシンによる「選択的な生体処理」。
この二つを連続して見せつけることで、タドコロは第三文明圏の各国に『兵器体系の全体像』を完璧に植え付けた。コホートは、世界を吹き飛ばすことも、特定の種族だけを静かに消し去ることもできるのだと。
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### 4.日本側の戦争総括
同じ頃。極東の日本国。
日本は転移の際に人工衛星アセットを失っており、宇宙からのリアルタイム観測能力を持っていなかった。
だが、第三文明圏の各国から外交ルートを通じて送られた観測情報や、自衛隊の高高度無人偵察機、そして魔法通信の傍受記録を繋ぎ合わせることで、日本政府は『大規模熱核兵器の使用』と『魔王軍残党の異常な消滅』を正確に把握していた。
「日本政府は、今回の戦争を単純な『魔王軍討伐』とは見なしていません」
内閣情報調査室の分析官が、合同会議のスクリーンにこれまでの戦局推移を映し出す。
「戦争の前半は、コホート・パーパルディア連合と、他三国との覇権を巡る侵略戦争でした。その途中で魔王軍が乱入したため、敵対していた勢力が一時的な共同戦線を形成したに過ぎません。彼らは友愛で結ばれたのではなく、純粋な利害の一致で動いていました」
分析官は、一枚の資料を提示する。
「コホートは、魔王軍との戦争によって損害を受けました。しかし同時に、第三文明圏の軍事情報、魔法兵器の性能、各国の政治的弱点、そして魔王軍の生体データと古代文明の技術情報のすべてを入手しています。……コホートは今回の戦争で勝利しただけでなく、第三文明圏全体に対する『絶対的な情報優位』を獲得したのです」
別の分析官が、深刻な顔で続ける。
「しかも、彼らは純粋水爆と推定される熱核兵器と、未知の生体分解兵器を実戦使用した。戦後交渉において、コホートはそれらを背景に、極めて強硬な要求を通す可能性が高いと思われます」
日本側は、生体分解兵器を「ナノマシン」だと断定はできていなかった。報告書には『魔物のみを選択的に分解する未知の兵器』と複数の仮説が並べられている。
だが、どの仮説が正解であろうと、日本にとって最も重要かつ危険な事実は一つだった。
「コホートは、対象を限定した大量破壊兵器を、躊躇いなく実戦運用できる」
「……接触時の基本方針は?」
防衛省の幹部が尋ねた。情報局の上官は、重々しく答えた。
「直接的な敵対は避ける。……ただし、相手を『人類の救援者』とも、『単なる企業』とも見なすな。極めて危険な国家級の武装勢力として扱え」
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### 5.勝者のテーブル(講和会議)
魔王軍残党の掃討が完了した数日後。
中立都市セレナードにて、第三文明圏の戦後秩序を決定づける歴史的な『講和会議』が開かれた。
参加者は六者。パーパルディア皇国、コホート・コーポレーション。
そしてリーム王国、マール王国、パンドーラ大魔法公国。最後に、国土の大半を蹂躙されたトーパ王国の代表だ。
会議の冒頭、パーパルディアの皇帝ルディアスが、コホートとの『共同戦勝国』としての声明を読み上げた。この形式により、皇国の主権と面子は保たれていたが、同席するタドコロの醸し出す圧力により、実質的な主導権がコホートにあることは誰の目にも明らかだった。
ルディアスは、侵攻責任の確認、捕虜の返還、国境地帯の非武装化、戦争被害への賠償など、国家としての正当な要求を突きつけた。
「では、次に『コホート側』の条件を提示するわ」
ルディアスの言葉が終わるや否や、タドコロが分厚い書類をテーブルに開いた。
リームやマール側は、皇国からの講和条件を聞いた直後に、コホートからさらに別の条件を突きつけられる形となった。
【リーム王国への要求】
・コホートへの戦費補償および破壊された装備の完全補填。
・『魔王軍再発生監視団』の名目によるコホート駐留軍の受け入れ。
・魔石および主要鉱物資源の優先購入権。
リームの宰相モルテンは、唇を噛み締めた。名目は「安全保障」や「共同防衛」などと綺麗に整えられているが、監視団の駐留は実質的な主権制限に等しい。
【マール王国への要求】
・『緊急時』における国内の全河川・港湾の優先使用権。
・コホート艦艇への補給権および魔石燃料の安定供給。
・海上輸送路の共同管理と関税の優遇。
マール王国は、海軍を持たないコホートにとって最も有用な海上輸送能力を持っている。だが、緊急時という名目で港湾使用権を認めれば、コホートの艦艇が自国の腹の中を恒常的に出入りすることになる。
【パンドーラ大魔法公国への要求】
・古代ラヴァーナル帝国に関する資料の全面開示。
・グラメウス大陸における『共同調査区域の設定』とコホートへの優先調査権。
・魔王軍生体技術およびサイキャスト(魔法)の共同研究。
パンドーラの代表は、あの絶望的な兵器群を見た直後だけに、コホートへさらに古代技術を渡すことに強い警戒を示した。だが、魔王軍の発生源と古代文明の関係を解明するためには、コホートの情報解析能力も必要不可欠だ。完全に拒否することはできなかった。
【トーパ王国への『復興支援』】
・コホート主導によるインフラの完全再建。
・復興資金の無期限融資、およびその担保としての国土開発権の譲渡。
トーパの代表は涙を流して感謝した。だが、それは国家の心臓を永遠に企業へ売り渡す、最も甘く恐ろしい借金漬け(デットトラップ)の契約書であった。
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### 6.潜在的な客
表面上は穏当な言葉で飾られながらも、実質的な支配権を要求する条件提示が続く中。沈黙に耐えかねたリバル将軍が、タドコロへ鋭く問いかけた。
「……一つ聞きたい、タドコロ殿」
会議室の空気が変わる。マールとパンドーラの代表もタドコロを見た。
「なぜ、あのような大規模破壊兵器を、最初から我々に使わなかった? 我々との戦争の際、あれを使えば、我々の軍も都市も、一切の抵抗を許さずに消し飛ばせたはずだ」
その問いは、各国の代表全員が抱いていた恐怖と疑問だった。
タドコロは、少しだけ目を細め、そして、あまりにも自然で冷酷な口調で答えた。
「潜在的な『客』だからよ」
一同が、息を呑んで沈黙した。
「……客、だと?」
「ええ。貴方たちは、我々にとって将来の取引相手になり得る。軍事力も、資源も、港も、魔法技術も持っている。……ヒトも都市も破壊して灰にしてしまえば、そこから得られる利益も一緒に消えてしまうでしょう?」
タドコロは、リームだけでなく、マールとパンドーラの代表へも視線を向けた。
「我々は、あなた達を慈善事業の対象として救ったわけではないわ。将来、商品を買い、資源を売り、契約を結ぶ可能性のある相手として見ていたのよ」
リバルは、救援の裏側にあった生々しい現実を理解した。
コホートは、リームを救う価値があると判断したのだ。それは友愛でも善意でもなく、将来の取引相手としての価値、コホートの巨大な経済圏に組み込める部品としての価値だった。
タドコロは、最後にゆっくりと付け加えた。
「客になるか、それとも今まで通り『敵』になるかは、これからのあなたたち次第よ」
それは勧誘であると同時に、絶対的な恫喝であった。
客になれば生き残れる。だが、敵であり続けるなら、次はあの『兵器』の対象になるかもしれない。
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### 7.エピローグ:新たな覇権勢力
各国は、コホートの条件を全面的に歓迎したわけではない。
しかし、純粋水爆とナノマシンを目の当たりにした直後であり、魔王軍との戦争で軍も経済も疲弊しきっていた彼らに、コホートと再び戦争をする余力などどこにも残っていなかった。
結果として、三つの文書が調印された。
第一文書『魔王軍戦争終結宣言』(パーパルディア皇国とコホートの連名)。
第二文書『第三文明圏戦後安定化協定』(六者による共同文書)。
第三文書『個別補償・協力契約』(コホートと各国が個別に締結する不平等条約)。
これによって、表向きには共同戦勝国による戦後秩序の構築という形が取られたが、実態としては、コホートが各国へ個別契約を結ばせ、経済・軍事・技術面で第三文明圏全域への影響力を爆発的に拡大させる結果となった。
同時刻。日本国の内閣情報調査室では、分析官が魔王軍戦争に関する最終報告書の末尾に、重苦しい一文を書き加えていた。
『――結論として、コホート・コーポレーションは、第三文明圏における新たな覇権勢力となる可能性が極めて高い』
その数日後、中立都市セレナードではすべての講和文書の調印が完了した。
分厚い契約書の束を閉じたタドコロに、護衛に就いていたアリシアとキムラが尋ねた。
「社長。今回の戦争の最終収支は?」
タドコロはすぐには答えなかった。
北部戦線で倒れた無数の兵士たち。
王都ベルンゲンで、今も瓦礫を片付けながら生き抜こうとしているガイ、モア、エレイたち。
損耗したコホートのマリーンアーマー兵、破壊されたドローン。
それらをすべて脳裏に浮かべた後で、彼女は静かに答えた。
「純粋な金銭収支なら、まだ大赤字よ」
タドコロは、不敵に微笑んだ。
「だから、これからきっちり回収するわ」
第三文明圏を覆い尽くそうとした絶望の魔王の軍勢は、リームの兵士たち、パーパルディアの竜騎士、マールの船乗り、そしてコホートのネットワーク戦術によって、その心臓を完全に止められた。
魔王軍戦争は、ここに終結した。
しかし、コホート・コーポレーションによる第三文明圏への本格的な経済的・軍事的支配は、ここから真の始まりを告げようとしていた。