辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記 作:ホゲフガ
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## 第2章 第25話:極東の天秤
### 1.未知なる超越者
東京、霞が関。
首相官邸の地下深くに位置する危機管理センターには、重苦しい空気が澱のように沈殿していた。
星野内閣総理大臣をはじめ、近藤外務大臣、防衛大臣、官房長官、そして自衛隊の制服組トップである栗林統合幕僚長など、日本政府の安全保障に関わる最高首脳陣が一堂に会している。
彼らの視線は、部屋の正面にある巨大なスクリーンに釘付けになっていた。
映し出されているのは、第三文明圏へ密かに放たれた情報員や、自衛隊の無人偵察機から収集された断片的な映像記録だ。
グラメウス大陸の荒野で魔物を蒸発させた純粋水爆。
山積みになった魔物の死体を、腐敗ではなくサラサラと砂のように崩壊させていく『選択的生体分解兵器(ナノマシン)』。
そして、中立都市セレナードで行われた講和会議にて、各国の代表を前に不敵に微笑む、狐耳を持った女性――タドコロの姿。
「……以上が、先日終結した『魔王軍戦争』に関する、現在までの情報統合結果です」
内閣情報調査室の分析官である秋吉が、レーザーポインターを下ろして説明を締めくくった。
「彼らは自らを『コホート・コーポレーション』と名乗っています。国家ではなく、あくまで企業、あるいは民間軍事会社(PMC)という体裁を取っていますが、その実態は既存の分類に当てはまりません。移動可能な巨大プラットフォームを本拠地とし、我々すら持たない高度な自律型無人兵器、医療、生産能力を保有。さらに周辺国と交易を行いながら、必要とあれば躊躇なく戦略級の軍事力を行使する、極めて危険な独立勢力です」
星野総理は、腕を組んだままスクリーンの中のタドコロを鋭い目で見据えた。
「我々は、国家ではない相手――一介の『企業』と、今後の外交を行っていくことになるのか」
「国際法上の分類がどうであれ、相手の肩書きなど問題ではありません」
近藤外務大臣が、手元の資料を整えながら口を開いた。
「彼らは現実に、広大な第三文明圏の戦後秩序を単独で塗り替えました。一帯の国家群の首根っこを掴み、絶対的な軍事力と経済力を有している以上、我々が無視できるような規模の組織ではありません」
「無視できない、と言うがね、近藤外務大臣」
官房長官が、慎重な口調で反論した。
「相手は、日本に対して『国家承認』を求めてきているわけでもない。こちらからあえて接触しなければ、彼らが我が国に危害を加える理由も薄いでしょう。正体不明で大量破壊兵器を持つ武装組織に対して、わざわざ日本から正式な外交窓口を開いてやる必要はありません。遠巻きに静観すべきです」
「無視する、というのは『何もしないこと』ではありませんよ、長官」
秋吉分析官が、冷静に突っ込んだ。
「相手の視界に入らない場所で、こちらだけが一方的に監視を続けるという意味ですか? 今回の戦争の記録を見る限り、彼らのセンサー能力はかなり高度です。すでに空自の無人偵察機や、外洋のP-1哨戒機が発するレーダー波を逆探知されている可能性が高い。こちらが無視を決め込んでも、相手が我々を無視してくれるとは限りません」
「ならば、こちらから積極的な接触は控えるべきです」
近藤外相が、現実的な中間案を提示する。
「こちらからは動かず、コホート側が接触してきた場合に備えて、極秘の窓口だけは設けて話を聞く。少なくとも、相手が我々に何を求めているのかを確認するまでは、決して敵対行動や軍事的な警戒態勢を取るべきではありません」
その言葉に、強く机を叩いた者がいた。
栗林統合幕僚長だ。彼は歴戦の自衛官らしい厳しい面持ちで、近藤外相を睨みつけた。
「甘すぎます、外務大臣。彼らのあの兵器を見ましたか? 地形を変えるほどの威力の熱核兵器に、特定の対象だけを消滅させる生物分解兵器。あれは、既存の国家秩序を根本から破壊する存在です」
栗林統幕長の声には、安全保障の専門家としての強烈な危機感がこもっていた。
「彼らは今回の戦争に乗じて、第三文明圏の国々を経済的・軍事的に自らの影響下へ組み込みました。仮に彼らが東進し、我が国のシーレーンや国益と衝突した場合……自衛隊の現有戦力で、あの兵器群を確実に抑止できる保証はありません。彼らが軍事・経済的覇権を完全に固める前に、我が国主導の多国間協力などで封じ込め、あるいは明確な『抑止線(レッドライン)』を引くべきです」
強硬な敵対的警戒策。単なる好戦論ではない、日本の生存を最優先に考えた現実的な防衛論理だった。
星野総理は、静かに頷いた。
「栗林統幕長の言う通りだ。相手の危険性を明確に認識しているのに、向こうがこちらを攻撃してくるまで待つというのは、抑止ではなく『問題の先送り』に過ぎない」
「しかし、総理」
防衛大臣が、苦渋の表情で言葉を継いだ。
「軍事的な封じ込め姿勢には重大なリスクが伴います。我々は現在、コホートの空中プラットフォームの正確な防衛能力、兵力、補給能力、地下施設、そして『さらなる大量破壊兵器』の有無などを、まだ十分に把握できていません。万が一、我が方の軍事的な圧力が相手を刺激し、失敗に終われば……あの大量破壊兵器を持つ集団を、日本の『明確な敵』に回すことになります」
会議室が、重い沈黙に包まれた。
刺激すれば敵になるかもしれない。放置すれば手がつけられなくなるかもしれない。
「だからこそ、彼らの行動原理を知るためにも、我々から早期に接触を図るべきではないでしょうか」
秋吉が、情報分析の観点から積極的な接触を訴えた。
「彼らは危険な組織ですが、同時に極めて高度な技術、異世界における圧倒的な情報、そして巨大な資本を持っています。放置して勝手に成長させるよりも、早期に関係を作っておく方が状況をコントロールしやすい。……対話不能な魔物と違い、彼らは『企業』です。損益の計算が成り立つ相手なら、必ず交渉の余地はあります」
「しかし、公式に接触すれば、こちらの情報――政治体制の弱点、自衛隊の法的な制約、経済状況などを相手に与えることにもなるぞ。相手に足元を見られるリスクもある」
官房長官が懸念を示す。
静観。消極的接触。積極的接触。封じ込め。
四つの方針がテーブルに出揃い、日本政府の議論は白熱した。
「……整理しよう」
長時間の議論の末、星野総理が静かに、だが場を制する力強い声で発言した。
「現時点で、コホートを『日本の敵』と認定するだけの確たる情報はない。しかし、無視して放置できる相手でもない」
総理は、スクリーンの映像を真っ直ぐに見据えたまま、決断を下した。
「よって、当面は我が国からあえて敵対的な行動を取ることはせず、情報収集を継続する。だが、ただ待つだけではない。コホート側からの接触に備え、水面下で非公式な連絡経路(パイプ)を準備する」
星野総理は、各省庁のトップへ向けて次々と具体的な指示を飛ばし始めた。
「防衛省および内調は、コホートの拠点と移動経路の継続的な監視を行え。外務省は、すでに彼らと接触した現地国家――パーパルディア皇国やリーム王国から、外交ルートで極秘裏に情報を引き出せ。
さらに、コホートが形成しつつある経済圏と取引品目の分析、彼らの軍事技術の調査を急げ。コホートとの接触を担当する非公式チームを直ちに設置し……何より、彼らが『我々(日本)をどう認識しているか』を最優先で調査しろ」
「総理」
近藤外相が、少しだけ身を乗り出して尋ねた。
「これほどまでにこちらから接触するための布石を打つのであれば、実質的には『積極策』ではありませんか?」
「接触するかどうかを決めるのは、相手の正確な情報を得てからだ」
星野総理は、一国のリーダーとしての冷徹な目で外相に返した。
「今は、いつでも安全に接触できる『環境』を作るだけだ。我々は、この異世界において、無知なまま相手の土俵に上がるわけにはいかない」
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### 4.エピローグ ―― 天秤の向こう側
日本政府が「コホートとの接触準備」を秘密裏に決定した、その頃。
エストシラント沖の《プロスペリティ》第一会議室。
「……東の日本国が、我々の動きを極度に警戒しています」
キムラが、情報コンソールに日本列島のデータを投影しながら報告した。
「我が艦の周辺空域への、彼らの高高度無人偵察機や哨戒機の接近頻度が急増しています。もちろん、当社のレーダー網は彼らの機影を完全に探知し、機体の位置を正確に捕捉していますが……現状、防衛プログラムによる撃墜は保留(ホールド)しています。
さらに、第三文明圏の各国へ放たれた日本の情報員(エージェント)たちが、我々の技術や軍事力、経済活動に関する調査を本格化させているようです」
「日本さんのお出ましってわけか」
ミウラが息を吐き出した。
「で、向こうの政府は、こっちをどう扱うつもりなんだ? 敵か、味方か。あの哨戒機を撃ち落として、挨拶してやるか?」
「やめなさい。無駄な刺激は不要よ」
タドコロは、優雅にひまわり茶のカップを置き、ホログラムの日本地図を眺めた。
「彼らの基本方針は読めるわ。彼らは我々の技術や軍事力を調査し、接触の機会を窺っている。敵とは断定していないけれど、極めて危険な監視対象として、法律と会議という縛りの中で必死に天秤を揺らしているはずよ」
彼女は、まるでゲームの次の手を考えるように、不敵に口角を吊り上げた。
「日本が我々を『国家に準ずる組織』として……真っ当な取引相手として扱うなら、こちらも最高のビジネスパートナーとして歓迎してあげるわ」
タドコロは、手にした扇子をパチンと鋭い音を立てて開いた。
「でも、我々の市場(シマ)を荒らしたり、脅威として封じ込めようとしたりするなら……それ相応な対応をするだけよ」
彼女の藍色の瞳には、一切の油断も、超巨大な近代国家に対する萎縮もなかった。
あるのは、損益と合理性に基づく絶対的な自信だけだ。
「この世界では、先にカードを提示した方が勝つのだから」
極東の強大な法治国家と、世界を塗り替えようとする異質な巨大企業。
二つの巨大な天秤が、ついに互いを認識し、静かにその均衡を測り始めていた。
**(第2章『第3文明圏編』・完結)**