辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記   作:ホゲフガ

83 / 83
第71話:極東の天秤

 

 

---

 

## 第2章 第25話:極東の天秤

 

### 1.未知なる超越者

 

東京、霞が関。

首相官邸の地下深くに位置する危機管理センターには、重苦しい空気が澱のように沈殿していた。

 

星野内閣総理大臣をはじめ、近藤外務大臣、防衛大臣、官房長官、そして自衛隊の制服組トップである栗林統合幕僚長など、日本政府の安全保障に関わる最高首脳陣が一堂に会している。

 

彼らの視線は、部屋の正面にある巨大なスクリーンに釘付けになっていた。

映し出されているのは、第三文明圏へ密かに放たれた情報員や、自衛隊の無人偵察機から収集された断片的な映像記録だ。

 

グラメウス大陸の荒野で魔物を蒸発させた純粋水爆。

山積みになった魔物の死体を、腐敗ではなくサラサラと砂のように崩壊させていく『選択的生体分解兵器(ナノマシン)』。

そして、中立都市セレナードで行われた講和会議にて、各国の代表を前に不敵に微笑む、狐耳を持った女性――タドコロの姿。

 

「……以上が、先日終結した『魔王軍戦争』に関する、現在までの情報統合結果です」

 

内閣情報調査室の分析官である秋吉が、レーザーポインターを下ろして説明を締めくくった。

 

「彼らは自らを『コホート・コーポレーション』と名乗っています。国家ではなく、あくまで企業、あるいは民間軍事会社(PMC)という体裁を取っていますが、その実態は既存の分類に当てはまりません。移動可能な巨大プラットフォームを本拠地とし、我々すら持たない高度な自律型無人兵器、医療、生産能力を保有。さらに周辺国と交易を行いながら、必要とあれば躊躇なく戦略級の軍事力を行使する、極めて危険な独立勢力です」

 

星野総理は、腕を組んだままスクリーンの中のタドコロを鋭い目で見据えた。

 

「我々は、国家ではない相手――一介の『企業』と、今後の外交を行っていくことになるのか」

 

「国際法上の分類がどうであれ、相手の肩書きなど問題ではありません」

近藤外務大臣が、手元の資料を整えながら口を開いた。

 

「彼らは現実に、広大な第三文明圏の戦後秩序を単独で塗り替えました。一帯の国家群の首根っこを掴み、絶対的な軍事力と経済力を有している以上、我々が無視できるような規模の組織ではありません」

 

「無視できない、と言うがね、近藤外務大臣」

 

官房長官が、慎重な口調で反論した。

 

「相手は、日本に対して『国家承認』を求めてきているわけでもない。こちらからあえて接触しなければ、彼らが我が国に危害を加える理由も薄いでしょう。正体不明で大量破壊兵器を持つ武装組織に対して、わざわざ日本から正式な外交窓口を開いてやる必要はありません。遠巻きに静観すべきです」

 

「無視する、というのは『何もしないこと』ではありませんよ、長官」

 

秋吉分析官が、冷静に突っ込んだ。

 

「相手の視界に入らない場所で、こちらだけが一方的に監視を続けるという意味ですか? 今回の戦争の記録を見る限り、彼らのセンサー能力はかなり高度です。すでに空自の無人偵察機や、外洋のP-1哨戒機が発するレーダー波を逆探知されている可能性が高い。こちらが無視を決め込んでも、相手が我々を無視してくれるとは限りません」

 

「ならば、こちらから積極的な接触は控えるべきです」

 

近藤外相が、現実的な中間案を提示する。

 

「こちらからは動かず、コホート側が接触してきた場合に備えて、極秘の窓口だけは設けて話を聞く。少なくとも、相手が我々に何を求めているのかを確認するまでは、決して敵対行動や軍事的な警戒態勢を取るべきではありません」

 

その言葉に、強く机を叩いた者がいた。

栗林統合幕僚長だ。彼は歴戦の自衛官らしい厳しい面持ちで、近藤外相を睨みつけた。

 

「甘すぎます、外務大臣。彼らのあの兵器を見ましたか? 地形を変えるほどの威力の熱核兵器に、特定の対象だけを消滅させる生物分解兵器。あれは、既存の国家秩序を根本から破壊する存在です」

 

栗林統幕長の声には、安全保障の専門家としての強烈な危機感がこもっていた。

 

「彼らは今回の戦争に乗じて、第三文明圏の国々を経済的・軍事的に自らの影響下へ組み込みました。仮に彼らが東進し、我が国のシーレーンや国益と衝突した場合……自衛隊の現有戦力で、あの兵器群を確実に抑止できる保証はありません。彼らが軍事・経済的覇権を完全に固める前に、我が国主導の多国間協力などで封じ込め、あるいは明確な『抑止線(レッドライン)』を引くべきです」

 

強硬な敵対的警戒策。単なる好戦論ではない、日本の生存を最優先に考えた現実的な防衛論理だった。

 

星野総理は、静かに頷いた。

 

「栗林統幕長の言う通りだ。相手の危険性を明確に認識しているのに、向こうがこちらを攻撃してくるまで待つというのは、抑止ではなく『問題の先送り』に過ぎない」

 

「しかし、総理」

 

防衛大臣が、苦渋の表情で言葉を継いだ。

 

「軍事的な封じ込め姿勢には重大なリスクが伴います。我々は現在、コホートの空中プラットフォームの正確な防衛能力、兵力、補給能力、地下施設、そして『さらなる大量破壊兵器』の有無などを、まだ十分に把握できていません。万が一、我が方の軍事的な圧力が相手を刺激し、失敗に終われば……あの大量破壊兵器を持つ集団を、日本の『明確な敵』に回すことになります」

 

会議室が、重い沈黙に包まれた。

刺激すれば敵になるかもしれない。放置すれば手がつけられなくなるかもしれない。

 

「だからこそ、彼らの行動原理を知るためにも、我々から早期に接触を図るべきではないでしょうか」

 

秋吉が、情報分析の観点から積極的な接触を訴えた。

 

「彼らは危険な組織ですが、同時に極めて高度な技術、異世界における圧倒的な情報、そして巨大な資本を持っています。放置して勝手に成長させるよりも、早期に関係を作っておく方が状況をコントロールしやすい。……対話不能な魔物と違い、彼らは『企業』です。損益の計算が成り立つ相手なら、必ず交渉の余地はあります」

 

「しかし、公式に接触すれば、こちらの情報――政治体制の弱点、自衛隊の法的な制約、経済状況などを相手に与えることにもなるぞ。相手に足元を見られるリスクもある」

 

官房長官が懸念を示す。

 

静観。消極的接触。積極的接触。封じ込め。

四つの方針がテーブルに出揃い、日本政府の議論は白熱した。

 

 

「……整理しよう」

 

長時間の議論の末、星野総理が静かに、だが場を制する力強い声で発言した。

 

「現時点で、コホートを『日本の敵』と認定するだけの確たる情報はない。しかし、無視して放置できる相手でもない」

 

総理は、スクリーンの映像を真っ直ぐに見据えたまま、決断を下した。

 

「よって、当面は我が国からあえて敵対的な行動を取ることはせず、情報収集を継続する。だが、ただ待つだけではない。コホート側からの接触に備え、水面下で非公式な連絡経路(パイプ)を準備する」

 

星野総理は、各省庁のトップへ向けて次々と具体的な指示を飛ばし始めた。

 

「防衛省および内調は、コホートの拠点と移動経路の継続的な監視を行え。外務省は、すでに彼らと接触した現地国家――パーパルディア皇国やリーム王国から、外交ルートで極秘裏に情報を引き出せ。

さらに、コホートが形成しつつある経済圏と取引品目の分析、彼らの軍事技術の調査を急げ。コホートとの接触を担当する非公式チームを直ちに設置し……何より、彼らが『我々(日本)をどう認識しているか』を最優先で調査しろ」

 

「総理」

 

近藤外相が、少しだけ身を乗り出して尋ねた。

 

「これほどまでにこちらから接触するための布石を打つのであれば、実質的には『積極策』ではありませんか?」

 

「接触するかどうかを決めるのは、相手の正確な情報を得てからだ」

 

星野総理は、一国のリーダーとしての冷徹な目で外相に返した。

 

「今は、いつでも安全に接触できる『環境』を作るだけだ。我々は、この異世界において、無知なまま相手の土俵に上がるわけにはいかない」

 

---

 

### 4.エピローグ ―― 天秤の向こう側

 

日本政府が「コホートとの接触準備」を秘密裏に決定した、その頃。

エストシラント沖の《プロスペリティ》第一会議室。

 

「……東の日本国が、我々の動きを極度に警戒しています」

 

キムラが、情報コンソールに日本列島のデータを投影しながら報告した。

 

「我が艦の周辺空域への、彼らの高高度無人偵察機や哨戒機の接近頻度が急増しています。もちろん、当社のレーダー網は彼らの機影を完全に探知し、機体の位置を正確に捕捉していますが……現状、防衛プログラムによる撃墜は保留(ホールド)しています。

さらに、第三文明圏の各国へ放たれた日本の情報員(エージェント)たちが、我々の技術や軍事力、経済活動に関する調査を本格化させているようです」

 

「日本さんのお出ましってわけか」

 

ミウラが息を吐き出した。

 

「で、向こうの政府は、こっちをどう扱うつもりなんだ? 敵か、味方か。あの哨戒機を撃ち落として、挨拶してやるか?」

 

「やめなさい。無駄な刺激は不要よ」

 

タドコロは、優雅にひまわり茶のカップを置き、ホログラムの日本地図を眺めた。

 

「彼らの基本方針は読めるわ。彼らは我々の技術や軍事力を調査し、接触の機会を窺っている。敵とは断定していないけれど、極めて危険な監視対象として、法律と会議という縛りの中で必死に天秤を揺らしているはずよ」

 

彼女は、まるでゲームの次の手を考えるように、不敵に口角を吊り上げた。

 

「日本が我々を『国家に準ずる組織』として……真っ当な取引相手として扱うなら、こちらも最高のビジネスパートナーとして歓迎してあげるわ」

 

タドコロは、手にした扇子をパチンと鋭い音を立てて開いた。

 

「でも、我々の市場(シマ)を荒らしたり、脅威として封じ込めようとしたりするなら……それ相応な対応をするだけよ」

 

彼女の藍色の瞳には、一切の油断も、超巨大な近代国家に対する萎縮もなかった。

あるのは、損益と合理性に基づく絶対的な自信だけだ。

 

「この世界では、先にカードを提示した方が勝つのだから」

 

極東の強大な法治国家と、世界を塗り替えようとする異質な巨大企業。

二つの巨大な天秤が、ついに互いを認識し、静かにその均衡を測り始めていた。

 

**(第2章『第3文明圏編』・完結)**

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

日本国召喚~帰還艦隊~(作者:シェリダン)(原作:日本国召喚)

もし大日本帝国海軍東遣艦隊及び陸軍第〇軍が帰還した先が、転移後の現代日本だったら?というお話です。旧日本軍の兵器を魔改造したりやりたい放題な作品です。▼※執筆にはAIが書いたものを修正等を行ってます。


総合評価:345/評価:8.45/連載:20話/更新日時:2026年07月16日(木) 02:26 小説情報

思いつき二次小説召喚(作者:キシリトールガム)(原作:日本国召喚)

日本国召喚の二次が好きで色々調べていたのですが、更新が待ちきれなかったので自分で書くことにしました。▼初投稿なので甘く見てください。▼完全自己満足で書くので、気に入らないところがあったらブラウザバックして他の方の二次小説を読みましょう。▼日本国召喚の二次は良いもので溢れております故。▼あと小説タイトルとあらすじは、話の方向性がまとまったらちゃんとしたものに変…


総合評価:551/評価:8.89/連載:14話/更新日時:2026年09月19日(土) 13:35 小説情報

日本国召喚 ~新世界の新秩序~(作者:バナナ)(原作:日本国召喚)

「もしも日グ魔帝の復活が延期されたら?▼中央歴1669年。世界は史上類を見ない緊張状態に達していた。▼圧倒的技術で周辺諸国を抑え込む神聖ミリシアル帝国。▼新たな文明”機械文明”の地位を確固たるものにしたムー連邦。▼フィルアデス大陸にて北進を完遂したパーパルディア皇国。▼この三つの超大国は世界を分割し、相互破壊の確証を作り上げるため新たな技術の研究に惜しんでい…


総合評価:184/評価:8.5/連載:6話/更新日時:2026年08月13日(木) 21:20 小説情報

TFR日本国召喚(作者:ちんすこー)(原作:日本国召喚)

歴史戦略シュミレーションゲームhoi4▼そのmodであるThe Fire Rises世界の日本が召喚されます。


総合評価:65/評価:-.--/連載:3話/更新日時:2026年08月03日(月) 22:39 小説情報

紀伊型戦艦現存IF(作者:戦艦オワタ)(原作:日本国召喚)

これは「もしも日本国召喚の紀伊型戦艦が解体されずに現存していたら?」というIFです▼※一部AIを利用して執筆しています。


総合評価:189/評価:8.25/連載:6話/更新日時:2026年07月04日(土) 06:05 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>