辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記 作:ホゲフガ
## 閑話2-1:戦後の算盤
### 1.赤字の決算書
魔王軍という未曾有の脅威を退け、第三文明圏の戦後秩序を強引に再編した講和会議から数日後。
エストシラント沖に停泊する巨大グラヴシップ《プロスペリティ》の船内は、とても戦勝に沸く軍隊の本拠地とは思えない有様だった。
通路の片側には補充用弾薬の空箱が天井まで積まれ、メインハンガーや整備区画は破壊されたドローンや、修理待ちのマリーンアーマーの残骸に完全に占拠されている。
格納庫の隅には、リーム王国やパンドーラ大魔法公国から回収・鹵獲した魔法装備がブルーシートを被せられて山積みになっており、時折、未解析の魔導具が勝手にボワッと青く発光しては整備員を驚かせていた。
医務室には負傷兵たちの私物や装備が散乱し、食堂のテーブルにはレーションの空き箱や飲料の空きパックが山を成している。
激戦に次ぐ激戦で、プロスペリティの船内はまるで『敗戦直後』のような荒れ果てた状態だった。
『――戦争は終了しました。したがって、戦闘中という理由で放置されていたすべての問題を、今日、この時間から「通常業務」として処理します』
キムラが、艦内放送で各部署へ向けて無慈悲な宣言を放った。
「ええーっ」
通路のど真ん中で、まだ土と魔物の返り血に汚れたマリーンアーマーを着たままのアリシアが、露骨に嫌そうな顔をした。
「通常業務って、もしかしてコレ全部片付けるってこと?」
「正確には、戦利品と損耗装備の分類、点検、修理、廃棄の決定、再配置、在庫登録、そして今回の損害に対する再発防止策の策定です」
キムラは無表情のまま、タブレット端末をタップして膨大なタスクリストをアリシアのインカムへ送信した。
「配送および清掃用ドローンも稼働率が落ちています。手が空いている人間は全員、清掃と在庫管理に回ってください」
「うげぇ……銃撃ってる方がマシなんですけど……」
アリシアがげっそりと肩を落とすのを横目に、キムラはそのままスタスタと歩き出し、執務室のドアをノックもせずに開け放った。
「そして社長。あなたも自室と執務室の片付けをしてください。戦争中は多忙を言い訳に清掃をサボっていたため、完全にゴミ捨て場状態です。よくこの状態で寝起きできますね。不潔です。信じられません」
「なにもそこまで言わなくてもいいじゃないの」
書類の山と、飲みかけの清涼飲料水のペットボトルに埋もれていたタドコロが、狐耳をペタンと伏せて抗議した。
「あと、戦争は終わったのです。すぐにシャワーを浴びてください」
「二、三日くらい入らなくても死なないわよ」
「周りの人間の鼻が死ぬから、今すぐ入れと言っているのです!」
キムラの容赦のない小言が響き渡る。
戦争が終わっても、コホートの仕事は終わらない。むしろ、血生臭い戦闘よりも厄介な『事務処理』という日常が、彼らを待ち受けていた。
小言を浴びてしぶしぶシャワーを浴び、小綺麗な服に着替えたタドコロは、改めて執務室のデスクで『第三文明圏戦役・最終決算報告書』に目を通していた。
表紙には華々しく「戦争終結および戦略的目標の全達成」と印字されている。だが、ページを捲った先に添付されている資料は、地獄のような惨状だった。
・各口径弾薬およびチャージ兵器用セルの天文学的消費
・高価な精密誘導兵器、大型・小型ドローンの甚大な喪失
・前線医療資源およびマリーンアーマー用パーツの枯渇
・圧倒的な輸送能力および海上戦力の不足
・パンドーラ大魔法公国による魔法妨害に起因する致命的な通信障害
・パーパルディア皇国軍の甚大な人的損害
・第三文明圏および日本国からの『過剰な警戒対象化』
「……勝ったのに、どうして倒産寸前の赤字決算報告書みたいになっているのよ」
タドコロは、ズキズキと痛むこめかみを押さえた。
書類を届けに来たキムラが、淡々と答える。
「戦争とは、勝利という成果を得るために、莫大な資産と人員を消費する『巨大な投資事業』です。消費が利益を上回れば、短期的に赤字になるのは当然です」
「おい。戦争を『事業』なんて不謹慎な言い方をするのはやめろ」
ドアにもたれかかっていた防衛主任のミウラが、腕を組んだまま釘を刺す。
「わかっていますよ」
キムラは少しムッとした表情で頷いた。
「だからこそ、我々は早急に戦訓を分析し、次回からこの無駄な消耗を減らす必要があります。……会議を始めましょうか」
片付けの時間は終わった。ここからは、コホートの存亡を懸けた極めて真剣な総括が始まる。
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### 2.対国家戦の総括と人員不足
プロスペリティのメイン会議室。
タドコロ、ミウラ、キムラをはじめ、渉外部のイレーヌ、情報員のセリナ、そして兵站、航空・無人兵器、皇国軍連絡担当など、コホートの主要メンバーが巨大な円卓を囲んでいた。
「これより、第三文明圏戦役の総括、および『軍備再編計画』の策定会議を始める」
ミウラが、中央のホログラムテーブルに巨大なフィルアデス大陸の地図を投影した。
「今回の戦争は、大きく分けて二つのフェーズが存在した。一つは人類国家(リーム、マール、パンドーラ)との覇権戦争。もう一つは魔王軍との殲滅戦だ。まずは、対人類国家戦の総括から行う」
ミウラはまず、リーム王国との地上戦のデータを表示した。
「リーム軍は、我々の圧倒的な正面火力にまともに挑んでくるほど馬鹿じゃなかった。奴らは戦線の隙間や後方へ軽歩兵や騎兵を浸透させるゲリラ戦術をとった。結果として、我々は前線の局地戦では常に勝ち続けたが、後方警備、伸び切った補給線、通信施設、そして皇国軍の防衛拠点の防護にひどく苦しめられた」
ミウラの報告に、各部門の担当者が重々しく頷く。
「リーム軍は、戦場を横に広げ、我々の『少ない人員』を分散させたんだ。総じて、我々の最大の問題は『人が足りない』ことだった」
対策として、オートマトロイド(戦闘用人型自律機械)の増産、警備・輸送の完全自動化、無人砲兵や小型無人車両の増強が次々と可決されていく。さらに、コホートにとっては旧式にあたる「非ハイテク装備」の再評価も行われた。
「ハイテク兵器だけじゃ広い戦線はカバーしきれない。旧式の実体弾兵器は生産・整備が容易で、弾薬も確保しやすく、パンドーラのような魔法妨害下でも確実に機能する。旧式装備には旧式の使い道がある」
「……人間を減らすために機械を増やすのか。それとも、人間を死なせないために機械を増やすの?」
タドコロの静かな問いかけに、キムラが答える。
「目的は同じです。替えの効かない貴重な『人的資源』を、機械では代替できない高度な判断を伴う任務にのみ集中させることです」
「人員不足を補うという意味では、パーパルディア皇国陸軍を再評価すべきだ」
ミウラが、皇国軍の奮戦を示すデータを投影する。
「彼らがいなければ、俺たちはリーム軍の浸透を止められず、補給線をズタズタにされていた。彼らの人員(マンパワー)という『肉の盾』が、我々の致命的な弱点を埋めたんだ」
会議室が沈黙する中、タドコロが皮肉っぽく笑った。
「私たちが徹底的に叩いて弱体化させた皇国軍を、今度は我々の手で強化しなければならない。……皮肉な話ね」
「ですが、事実です」
イレーヌが冷静に言葉を引き継ぐ。
「皇国が弱体化した結果、他国が侵攻しました。パーパルディアの過度な弱体化は、我々にとっても『安全保障上の損失』になることが証明されたのです。ただし、単なる武器供与ではなく、明確な政治的条件をつけます」
議論の結果、パーパルディア軍への装備供与は三段階に制限されることが決まった。
第一・第二段階として、歩兵用小火器、暗視装置、迫撃砲、装輪装甲車などの「地域防衛および治安維持」に必要な装備は供与する。
しかし第三段階に相当する主力戦車、戦闘機、長距離ミサイルは「当面供与しない」とされた。
「私たちが作るのは、コホートの軍隊(私兵)じゃない。パーパルディアが自分の国を守るための軍隊よ」
タドコロのこの決定は、パーパルディア軍を近代化させつつも、コホートの絶対的な軍事的優位を保つ冷徹なものだった。
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### 3.海域拒否と有人航空機
次に、マール王国海軍との戦闘記録が投影された。
キムラが、冷徹なデータ分析を報告する。
「コホートはUUV(無人潜水艇)や水上ドローンを保有していますが、これらはあくまで無人の『局地防衛戦力』でした。一方、マール王国海軍は旧式ながらも有人艦艇を中心とした大艦隊を持ち、長時間の海上展開、大量の物資輸送、沿岸砲撃などにおいて、我々を大いに苦しめました」
「……軍隊として数えるには、我々の海軍はあまりにも心許ないな」
ミウラが渋い顔をする。
「ならば、我々も大型の有人艦艇(駆逐艦や巡洋艦)を建造すべきではないか?」という意見に対し、キムラは即座に否定した。
「現在の我々には、数千から数万トン級の艦艇を建造する『ドック』も『大規模設備』もありません。艦長や機関員といった専門人材も不足しており、海上補給のノウハウも皆無です。大型艦艇は、鉄の箱を作れば完成する兵器ではないのです」
だが、イレーヌが外交的・戦略的な観点から反論する。
「しかし、海上輸送の護衛や沿岸部への影響力投射において、我々はあまりに脆弱です。これから第三文明圏の外へ進出するなら、海を渡れない勢力は行動範囲を著しく制限されます」
議論の末、タドコロが折衷案となる『暫定結論』を下した。
「当面は『大型艦隊』の建造は保留。無人海上戦力(UUV・USV)の拡充と対艦ミサイル網の構築を第一とし、並行して小型の哨戒艇やミサイル艇などの『小型有人艦艇』で運用経験を積むわ。無人戦力と小型有人艦艇を組み合わせた、防御的な『海域拒否(A2/AD)型』の海上戦力を目指すのよ」
そして、会議室の空気が一段と重くなった。モニターには、パンドーラ大魔法公国との戦闘で、コホートのドローン群が次々とコントロール不能になっていく映像が流れている。
「ドローンの機体性能の不足ではありません。パンドーラの魔法による広域ジャミングは、通信網と自律判断システムを破壊しました」
キムラの説明に、ミウラが苦々しく振り返る。
「我々は、無人兵器が動くことを前提にすべての戦術を組み立てていた。パンドーラは、我々の強さの『前提』を根底から攻撃してきたんだ」
対策として、応急的に投入したPSY-FOIL(精神防壁)とPSY-AMP(精神波増幅器)の正式装備化が可決された。だが、それだけでは根本的な解決にはならない。
「通信が切れても現場で『人間』が目視で判断できる『有人航空機』の開発が急務です」
航空担当の熱弁に、多くの賛同が集まった。電子機器に頼らない光学式照準と、フライ・バイ・ワイヤ(あるいは物理操縦索)を備えた有人機なら、強烈な妨害下でも最低限の作戦行動が可能だ。
ここでも三段階の開発案が採用された。
第一段階として『練習・偵察機』でパイロットを育成し、第二段階で『軽攻撃機』を開発。
最終的に第三段階の『制空戦闘機』を目指すが、当面は「魔法妨害下での指揮・偵察・判断を担う母機(有人機)として、無人機群と混成運用する」方針が決定した。
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### 4.文明の守護者というコスト
「これで、対人類国家戦の総括と、それに基づく通常の軍備再編は完了した」
ミウラが、ホログラムの戦況図を切り替えた。
「次だ。第五議題。……『魔王軍戦』における問題点と、今後の対魔王戦能力についてだ」
会議室の空気が、一気に張り詰めたものに変わった。
これまでの対人類国家戦(リーム、マール、パンドーラ)の総括とは、明らかに異質な重苦しさが漂う。
「結論から言う。我々は魔王軍を撃破した。だが、これを単なる『もう一つの戦争の勝利』と同一視してはならない」
ミウラが、魔王軍の侵攻規模と損害データを投影する。
「銃火器、砲兵、航空機、無人兵器。……これらを駆使する戦いにおいて、我々は『国家』との戦争には滅法強い。既存の軍事技術による技術的優位は圧倒的だ。しかし、魔王軍は国家ではなかった。領土も、経済も、補給線も持たない『災害』そのものだった」
キムラがデータを引き継ぐ。
「魔王軍の上位個体や、ノスグーラ自身が使用した強大な魔法・特殊能力は、我々の通常兵器の物理的威力を容易く減衰させました。戦車や装甲車で押し切るだけでは、根本的な解決になりません。……今回の戦争によって、我々は極めて重大な教訓を得ました」
キムラは、全員の顔を見回した。
「『国家という枠組みから外れた脅威』に対して、現在のコホートは十分な準備ができていない、という事実です」
「対国家戦用装備(ミリタリー)と、対魔王軍装備(アンチ・カラミティ)は、分けて設計・運用すべきだということね」
タドコロの呟きに、ミウラが深く頷く。
「その通りだ。魔王軍に対する勝利で、我々自身が自分たちの戦力を過大評価するのは極めて危険だ。今後、ノスグーラよりもさらに強大な『規格外の脅威』が出現した場合、我々の通常戦力はただの鉄屑になる」
これまでコホートは、「この世界には国家があり、その国家と戦争や交易をする」という認識で動いていた。
だが、魔王軍という存在によって理解させられたのだ。この世界には、国家間戦争とは別に、文明そのものを捕食し脅かす存在がいるのだと。
「……市場となる文明そのものが破壊されてしまえば、私たちのビジネスは成立しない」
タドコロは、扇子でトントンと机を叩いた。
「私たちはこれまで、利益のために戦争をする企業だった。でも、これからは『文明を守るための軍事力』も兼ね備えなければならない。……厄介極まりないわね」
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### 5.失われた空のインフラ
魔王軍戦の重い総括が一段落したところで、情報担当のセリナが一枚の特殊な構成図をホログラムテーブルに表示した。
そこには、惑星の軌道を周回する無数の人工衛星のネットワークが描かれていた。
通信衛星、攻撃衛星、偵察衛星、防衛衛星、測位衛星、気象観測衛星、軍事用データ中継衛星。だが、現在の図では、そのすべてに赤い文字で『LOST(喪失)』と表示されている。
「もう一つ、今回のあらゆる戦争を通じて露呈した、極めて重大な問題があります」
キムラが淡々と告げた。
「海軍か?」とミウラが聞く。
「いえ。……宇宙です」
全員が一瞬、黙り込んだ。
「我々は転移したあの日以降、軌道上の衛星アセットを完全にロストしたままです」
「前世界(リムワールド)では当たり前のように衛星を運用していたのだから、さっさと再建すべきだったのではないか?」
航空担当の素朴な疑問に、キムラは首を振った。
「転移直後の我々には、衛星を作る余裕など微塵もありませんでした。水、食料、電力、弾薬、生活インフラの確保が最優先。さらに、衛星は空へ打ち上げれば終わりではありません。衛星を制御する地上局、専用アンテナ、データ解析設備、そして運用要員が必要です。我々には、宇宙よりも先に解決すべき『地上の問題』が山ほどあった」
だが、状況は変わった。
「魔王軍戦争を経験したことで、『衛星なしで戦うことの不便さ』が、もはや我々の安全保障上、許容できない限界に達しました」
セリナが、これまでの戦訓と衛星の必要性を結びつけていく。
「リーム軍の浸透作戦には、偵察衛星による広域監視が必要です。マール王国海軍の警戒には、海洋監視衛星が。パンドーラの魔法妨害に対しては、宇宙経由のデータ中継(通信衛星)による経路の多重化が不可欠です。我々のドローン依存戦術には測位インフラ(GPS)が必須であり……何より」
セリナは、世界地図の『第三文明圏の外側』の黒いモヤを指した。
「これから世界へ進出するにあたり、遥か遠方の情勢をリアルタイムで収集する『目』が足りません」
「……つまり、世界を見るための目が必要なのね」
タドコロが納得したように頷く。
「だが、打ち上げはどうする?」
ミウラが現実的な問題を指摘した。
「大型の多段式ロケットを、今の俺たちの工業力で一から開発するのか? 何年かかるか分からんぞ」
「その点については問題ありません」
キムラが、平然と答えた。
「この巨大艦《プロスペリティ》自身が、軌道高度まで直接上昇できます」
「あ……」
ミウラをはじめ、何人かの幹部が「そうだった」という顔をした。
コホートの場合、地球の宇宙開発のような大掛かりな多段式ロケットは必要ない。グラヴシップであるプロスペリティが反重力機関で大気圏を強引に突破し、軌道上で直接衛星を放出すればいいのだ。パーパルディア戦争ではマスドライバーを皇国の飛行艦に対して兵器として使用した実績もあり、軌道投入技術そのものには十分なノウハウがある。
「ただし」
キムラが冷ややかに釘を刺す。
「軌道へ運ぶ手段があることと、衛星網を構築できることは別問題です。衛星の材料となる特殊な半導体部品やセンサーの製造ラインは不足しており、打ち上げたデータを処理する戦術AIとの統合システムも再構築しなければなりません。数週間でポンと復活するような魔法ではありません」
キムラは、現実的な三段階の再建計画を提示した。
【第一段階:最低限のインフラ】少数の通信・データ中継・偵察衛星と、地上管制局の復旧。
【第二段階:軍事・民生衛星網】高解像度偵察、電波情報、気象、海洋監視、測位衛星の複数軌道への配置。
【第三段階:完全なコンステレーション】多数の衛星群による冗長化、衛星間レーザー通信、AIによる全地球規模の情報統合網の完成。
「軌道投入手段(プロスペリティ)があるからこそ、人員とリソースを『衛星本体』と『地上インフラ』の製造・再建に全振りできます。通常の文明よりは遥かに速いペースで復旧できるでしょう」
「承認するわ」
タドコロが即決した。
「急ぎなさい。私たちが世界に見られているのなら、私たちも宇宙から世界を見下ろしてやらなきゃ不公平よ」
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### 6.未知なる来訪者
果てしなく長い総括会議が終わった後。
ハンガーデッキでは、アリシアが損傷したマリーンアーマーの横でキムラと口論していた。
「それは廃棄対象です。部品取りに回します」
通りかかったキムラが、冷たく告げる。
「えー! まだ動くよ! 勿体ないじゃん!」
「左腕の人工筋肉は出力六十二%に低下。右脚の装甲板は固定不良。内部冷却系は応急修理のままで火災の危険があります」
キムラはタブレットを見ながらスラスラと読み上げる。
「次の戦闘に使用した場合、敵より先に、装備があなたを殺します」
「でも、これでも敵を殴ることはできるもん!」
「それなら、敵を殴る前にうちの整備担当を殴らないようにしろ」
通りかかったミウラが、アリシアの尻を軽く小突いた。
「旧式は多少雑な修理でも動くが、ハイテク装備の継ぎ接ぎは命取りだ。諦めて新型を申請しろ。……人員不足なんだ、死なれたら困る」
軽いやり取りの中にも、彼らの装備と人員がいかに限界まで消耗していたかが窺えた。
執務室に戻ったタドコロの机の上に、セリナが新たな報告書の山をドサリと置いた。
「戦争によって、第三文明圏の外にも、我々コホートの存在が広く認知され始めています」
セリナが要点を報告する。
「パーパルディア皇国や魔王軍を打ち破った軍事力に関する噂。他の文明圏における我々への警戒。……そして何より、東の日本国がコホートを極めて危険視している可能性が高いです。同時に、我々の技術を求める勢力、あるいは敵視する勢力からの接触の兆候が多数確認されています」
「……戦争が終わったと思ったら、今度は外交か」
タドコロは、山積みの書類を見て大きな溜息をついた。
「外交だけではありませんよ」と、イレーヌが微笑む。
「交易、諜報、海上交通路の確保、資源調達、技術交渉、同盟関係の構築。……これからは、戦争以外のタスクが爆発的に増えます」
「はぁ……。いっそ、戦争してた時の方が楽だったかもしれないわね」
「その発言は、戦死者の前では控えてください」
キムラが即座に無機質な突っ込みを入れ、タドコロは苦笑して両手を上げた。
――その時だった。
「社長。たった今、新たな情報を受信しました」
セリナが、インカムを押さえながら真剣な顔つきになった。
「長距離偵察網が、第三文明圏の『外側』の海域から、未知の大規模な船団……あるいは巨大な航空・魔法反応がこちらへ接近しているのを捉えました」
「敵か?」
ミウラが目つきを鋭くしてレーダースクリーンを覗き込む。
「現時点では所属不明です。……ただし、明らかに『こちら』を探して、一直線に接触を試みようとしている軌道です」
執務室の空気が、ピンと張り詰める。
タドコロは、先ほどまでの「戦後処理」の書類をパタンと閉じた。
「……私たちが世界へ出ていく前に、世界の方からこちらへ挨拶に来るというわけね」
「それなら、盛大な歓迎の準備が必要ですね」
イレーヌが外交官としての顔で微笑む。
「歓迎の準備と防衛の準備は、同じ部署にさせるなよ。ややこしくなる」
ミウラが鼻を鳴らす。
タドコロは、ゆっくりと立ち上がり、コホートの全幹部へ向けて指示を出した。
「戦争の後始末を続けなさい。軍備と宇宙インフラの再編を急ぎなさい。……そして、これからは『世界に見られている』ことを前提に行動しなさい」
海軍を作る。有人航空隊を作る。衛星網を再建する。外交窓口を作る。属国とも呼べる他国軍を再建する。
これらはすべて、単なる一企業の軍拡ではない。移動する傭兵企業だったコホートが、いつの間にか『国家と同じ機能』を持ち始めていることの証明だった。
「国家ではない」と言い張りながらも、外から見ればどう見ても恐るべき覇権国家。
その巨大な矛盾を孕んだまま、コホートはついに、世界を巻き込む新たなる外交戦と謀略の海へと漕ぎ出そうとしていた。