辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記   作:ホゲフガ

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閑話2-2:神聖なる観測者

 

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## 閑話2-2:神聖なる観測者

 

### 1.辺境の劇変

 

中央世界に君臨する世界最強の超大国、神聖ミリシアル帝国。

帝都ルーンポリスの空にはミリシアルの航空技術の粋である天の浮船が浮かび、地上には摩天楼が林立している。世界のあらゆる秩序と文明の中心。それが、神聖ミリシアル帝国という国だった。

 

その帝国にとって、『第三文明圏』と呼ばれる辺境の地は、長らく取るに足らない存在だった。パーパルディア皇国を中心とした、比較的文明水準の低い国家群。多少の戦争や政変が起きたところで、中央世界の秩序を揺るがすほどのものではない。

 

――少なくとも、これまでは。

 

「……これが、情報局がまとめた第三文明圏の最新情勢か」

 

神聖ミリシアル帝国中央政府、白亜の大会議室。

円卓を囲む政府高官たちの視線が、上座の一人の人物へと集まっていた。

 

白髪。長い顎髭。老いたエルフの姿を持ちながら、その眼差しには少しの衰えも感じさせない。

神聖ミリシアル帝国皇帝、ミリシアル8世。世界最強の国家を統べる男は、分厚い報告書を静かにめくっていた。

 

そこに記されていたのは、第三文明圏で発生した一連の異常な事象だった。

パーパルディア皇国と『コホート』と呼ばれる謎の勢力との戦争。その後のパーパルディアの体制変化。マール王国、リーム王国、パンドーラ大魔法公国との戦争。

そして極めつけは――伝説上の存在とさえ考えられていた『魔王軍』の出現と、その完全な撃破。

 

第三文明圏の勢力図がひっくり返るほどの動乱。そして、そのほぼすべての事象の中心に存在していたのが、一つの名だった。

『コホート・コーポレーション』。

 

情報局の提出した資料には、この『コホート』について【傭兵組織】【企業】【軍事共同体】【独立勢力】と複数の分類が併記されている。

皇帝の静かな声が響く。

 

「一体、どれが正しいのだ?」

 

問いかけられた外務省の代表が、苦渋の表情で立ち上がった。

 

「……どれも完全には当てはまらない、というのが実態です。陛下」

 

ミリシアル8世は小さく頷いた。

 

「そうか」

 

それ以上は何も言わなかった。だが、その一言には、報告書を読んだ時から抱いていた直感が滲んでいた。

――この勢力を、我々は今までの常識だけで測ってよいのか。

 

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### 2.「コホートとは何なのか?」

 

「馬鹿な。分類できない勢力など存在するものか」

 

保守的な文官が鼻を鳴らした。

 

「まず大前提として確認する。彼らは『国家』なのか?」

 

「いいえ。国家ではありません」

 

外務省の代表が明確に答える。

 

「彼らは領土たる国土を持たず、空中を移動する巨大なプラットフォームを本拠地としています。また、一般的な意味での『国民』という概念も存在しません。あくまで利益と契約で結ばれた組織であると推測されます」

 

「ならば、単なる傭兵団か、武装した私企業に過ぎないではないか」

「それが、そう単純ではありません」

 

外務省の代表は資料の別ページを開いた。

 

「彼らは独自の強大な軍事力を保有し、自前の生産設備で武器、弾薬、医薬品を製造しています。さらに他国と正式な条約や契約を締結し、国家間の戦争に介入し、独自の外交交渉を行い、自らの利益に基づいて戦争と講和の決定を下している」

 

一呼吸置く。

 

「これを、一介の企業や傭兵団の枠に押し込めるのは現実的ではありません」

 

会議室がざわめく。軍務省の幹部が重々しく口を開いた。

 

「外務省の言う通りだ。『国家ではない』という一点だけを理由に、彼らを国家に準ずる軍事勢力として扱わないのは、安全保障上、極めて危険と言わざるを得ない」

 

「しかし、国家ではない勢力を国家と同等のテーブルに乗せれば、我が国が構築してきた国際外交秩序そのものを崩すことになりませんか?」

 

反論が飛ぶ。国家間の秩序を重んじる官僚にとって、得体の知れない『企業』を同じ舞台に立たせることは受け入れ難い。

 

その議論を、黙って聞いていたミリシアル8世は、やがて厳かに口を開いた。

 

「……国家とは、何だ?」

 

一瞬、会議室が静まり返った。

 

「陛下?」

 

「領土を持つことか? 国民を持つことか? それとも、他国から国家として認められることか?」

 

誰も答えない。

 

「我々は国家というものを長く知りすぎている。そのため、国家ではないものを国家の外側へ置くことに慣れてしまっている」

 

皇帝は報告書へ視線を落とした。

 

「だが、コホートは我々の分類表に収まらない。それは、彼らが異常なのではなく……我々の作った分類表が、彼らのような存在を想定していなかっただけかもしれぬ」

 

その言葉に、情報局の高官が静かに頷いた。

 

「おっしゃる通りです。……『国家として承認する』ことと、『外交上の主体として扱う』ことは別問題です。コホートは国家ではありません。しかし、第三文明圏の秩序を実質的に塗り替えた最大の『政治主体』です」

 

「ならば」

ミリシアル8世は顔を上げた。

「政治主体として扱えばよい」

 

それは、ごく簡単な結論だった。しかし、賢王と名高い皇帝のその言葉が会議室に与えた影響は大きかった。

 

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### 3.有限の神性

 

「では、彼らの軍事力について報告します」

 

情報局のライドルカが立ち上がった。

 

魔導プロジェクターに、第三文明圏に潜伏していた密偵から送られてきたおぼろげな戦闘記録だ。映像が映し出される。不鮮明な戦場。視認できない超遠距離から降り注ぐ精密な攻撃。空を飛ぶ無人機。そして、魔王軍を圧倒する強烈な爆発と光。

 

「注目すべきは、無人兵器の大量運用、長距離からの精密攻撃、そして偵察と攻撃の異常なまでに高速な連携です」

 

映像が切り替わる。

 

「さらに魔王軍との戦争中には、敵の新型に合わせて数日単位で戦術や装備を変更する、恐るべき『適応力』を見せています」

 

軍務省の幹部が身を乗り出した。

 

「恐ろしい軍隊だな。古代帝国、ラヴァーナルの遺産か?」

「その可能性は現時点では否定できません」

 

ライドルカは答えた。

 

「しかし――」

 

映像が変わる。今度は、泥に塗れて破壊されたコホート側の兵器の残骸や、苦戦する防衛線の記録だった。

 

「彼らは『無敵』ではありません」

 

ライドルカは断言した。

 

「リーム王国戦では、敵の浸透作戦によって人員不足の隙を突かれ、後方警備に苦戦しています。マール王国戦では、圧倒的な海上戦力(補給能力)の不足が露呈しました。そして最後に、パンドーラ大魔法公国戦では、高度な魔法干渉を受けた際、彼らの最大の武器である『無人兵器の通信網』が大きく制約されるという致命的な弱点を曝け出しています」

 

情報局の分析は正確だった。コホートが各国の軍隊を自らの『肉の盾』として利用せざるを得なかった背景を、彼らは完全に見抜いていた。

 

「圧倒的な火力を持つ一方で、人員が少ない」

 

軍務省の事務次官ベルーノが呟く。

 

「海にも弱く、魔法の妨害にも弱い。……実に奇妙だ」

 

ベルーノは顎を撫でた。その人間らしい、あまりにも現実的な「弱点」の存在が、かえって帝国の上層部に薄気味悪いリアリティを感じさせた。

 

「神のような兵器を持ちながら、組織そのものはひどく『人間臭い』」

 

その言葉に、ミリシアル8世が反応した。

 

「人間臭い、か」

「失礼しました」ベルーノが頭を下げる。

「いや、構わぬ」皇帝は映像を見つめた。

「むしろ、その方が我々にとっては判断しやすい」

 

「と、申しますと?」

「彼らが万能な存在ではない、ということだ」

 

ミリシアル8世は静かに言った。

 

「底の知れない万能な相手ほど、恐ろしいものはない。しかし、明確な弱点と限界があるならば、そこには交渉の余地も、抑止の余地もある」

 

ライドルカが頷く。

 

「ただし、その弱点を我々が容易く利用できるとは限りません」

「当然だ」皇帝は即答した。

「弱点があることと、我々がそれを突けることは別だ」

 

その言葉に、軍務省の幹部が黙った。

世界最強の軍事力を持つ国家の皇帝でありながら、彼は未知の勢力を決して侮り、見下すことをしなかった。

 

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### 4.方針の模索

 

「現時点で、彼らと敵対する理由はありません」

 

外務省が口を開く。

 

「むしろ、彼らが周辺国を完全に掌握する前に、早急に外交関係を構築すべきでしょう」

 

「しかし、軍事力の実態や技術の出処が不明すぎます」

 

軍務省が反論する。

 

「不用意に接触して我が国の情報を与えるのは危険です」

 

「問題は、接触しないことによって得られる利益が何一つないことです」

 

情報局が応じる。

 

「彼らは今この瞬間も第三文明圏の技術と資源を吸収しています。情報を集めるだけなら、接触しないという選択肢もあります。しかし、接触しない限り得られない情報も存在します」

 

「我々の中央世界とはまったく異なる技術体系を持っている可能性があります」

 

技術研究開発局のアルパナが身を乗り出した。

 

「彼らの巨大な空中拠点が何によって飛行しているのか。無人兵器がどのような原理で動くのか。あれほどの火力を、どのような生産体系によって維持しているのか。公式に接触し、技術の一端を見るだけでも極めて大きな価値があります」

 

各省の思惑が交錯する。軍事。外交。技術。情報。そして経済。

それらをしばらく聞いた後、ミリシアル8世が手を挙げた。

議論がピタリと止まる。

 

「結論を急ぐ必要はない」

 

皇帝は静かに言った。

 

「現時点でコホートを敵とする理由はない。しかし、放置する理由もない」

 

一人の官僚が尋ねる。

 

「では、陛下。どのように?」

 

「観測する」

短い言葉だった。

「接触し、話を聞き、相手を知る。その上で我々の立ち位置を判断する」

 

皇帝は一同を見渡した。

 

「我々が世界最強であるからこそ、未知の相手を決して侮ってはならぬ」

 

それは、皇帝自身が歴史から学んだ、絶対的な真理であった。

 

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### 5.旧き枠組みの限界

 

「……そこで、もう一つ問題があります」

 

ライドルカが一枚の広域地図を広げた。

 

「数ヶ月後に我が国で開催予定の『先進十一ヵ国会議』です」

 

会議室の空気が、ピンと張り詰めた。

先進11か国会議。それは、世界中から選ばれた主要な文明国が集い、世界の外交、経済、安全保障の秩序を決定する最高位の国際会議である。

しかし今回、従来の枠組みでは処理しきれない重大なバグが発生していた。

 

「まず、パーパルディア皇国です」

 

外務省が説明する。

 

「彼らはコホートとの戦争で大打撃を受けましたが、主権国家として存続しています。さらに先の魔王軍戦争ではコホートと共同戦勝国として講和を結び、依然として第三文明圏の大国として振る舞っています。彼らを会議から外す理由はないかと」

 

「うむ。認めよう」

 

皇帝が頷く。

 

「加えて」

 

外務省が続ける。

 

「ロウリア王国を圧倒的な軍事力で打ち破り、独自の高度科学文明を持つとされる『日本国』。さらに、西の果てから現れ、恐るべき軍事力でレイフォルを瞬殺し、版図を拡大しつつある『グラ・バルカス帝国』」

 

「そして、最後に、最大の懸念事項が……『コホート』です」

 

ライドルカが言う。

室内が、一瞬静まり返った。

 

「国家ではないコホートを、国際会議へ参加させるべきか否か。これが問題になります」

 

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### 6.数字の消失

 

「馬鹿なことを言うな!」

 

外交官の一人が激昂した。

 

「先進十一ヵ国会議だぞ!? 文字通り『十一の国家』のための由緒正しき会議だ! 企業など呼べるはずがない! もしコホートを入れるなら、どうする?  『先進12か国会議』にでも変更するのか?  それでは、あの企業を世界が『国家』として承認することになってしまう!」

 

「では、呼ばなければいいのでしょうか?」

 

ライドルカが冷静に問い返す。

 

「第三文明圏でこれほど巨大な影響力を持ち、パーパルディアや魔王軍すら実質的に撃破したコホートを会議から排除すれば、どうなりますか?」

 

「……」

 

「『世界情勢を議論する最高会議』を謳いながら、現在世界で最も大きな変化を引き起こしている当事者を無視することになる」

 

ライドルカはさらに続けた。

 

「日本やパーパルディアが参加する一方、その地域で最大の政治的プレイヤーであるコホートを呼ばない。そうなれば、我々が主催する会議そのものの情報価値と権威が疑われることになります」

 

「ぐっ……」

 

反発していた外交官が、言葉に詰まる。

 

「そもそも」

 

部屋の隅から若い官僚が声を上げた。

 

「なぜ、『十一ヵ国』なのでしょうか?」

 

その単純すぎる問いに、高官たちが顔を見合わせる。

 

「これまで十一ヵ国だったのは、世界の主要文明国が、たまたま十一ヵ国だったからに過ぎません」

静かな声だった。

「歴史的経緯によって、数字が固定化されていただけです」

 

ミリシアル8世は目を閉じ、しばらく考えた。

やがて、ゆっくりと口を開く。

 

「……数字に世界を合わせるのではなく、世界に数字を合わせるべきだろう」

 

誰も反論できなかった。

 

「日本国、グラ・バルカス帝国、パーパルディア皇国。そしてコホート」

 

皇帝は一つずつ名前を挙げる。

 

「世界が変わっているのなら、我々の制度も変わらねばならぬ」

 

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### 7.ルールの改変

 

「今回を機に、会議の名称と制度そのものを変更してはいかがでしょうか」

 

外務省の高官が正式に提案した。

 

「例えば『世界先進国会議』、あるいは『世界主要勢力会議』。『十一ヵ国』という数字の縛りを名称から外すのです」

 

「参加資格についても変更します」

 

ライドルカが続ける。

 

「国家だけでなく、『世界情勢に重大な影響を与える政治勢力』にも参加資格を与える」

 

「つまり、国家と政治勢力を分けるのだな」

 

ベルーノが言う。

 

「その通りです」

 

「主要参加国と、特別参加勢力」

 

皇帝が呟いた。

 

「コホートは後者というわけか」

 

「はい」外務省が答える。

 

「これならば、我々がコホートを国家として承認したことにはなりません。しかし、世界運営について意見を述べる資格を持つ重要な主体であることは認められる」

 

ミリシアル8世は深く頷いた。

「よい」

その一言で決まった。

 

「コホートを国家と呼ぶ必要はない」

皇帝は静かに言う。

「しかし、国家ではないからと、存在しないものとして扱うこともできない」

 

そして、わずかに口元を緩めた。

 

「世界最強を自負する我々が、旧き慣習に囚われるような狭量な国であってはならぬ」

 

会議室にいた者たちは、一斉に深く頭を下げた。

 

こうして、長年にわたって世界秩序の象徴だった『先進十一ヵ国会議』は、その枠組みを大きく変えることになった。

国家ではない勢力を、初めて正式に世界規模の外交舞台へ迎え入れるために。

 

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### 8.遠回りの接触

 

「方針は決まった」

皇帝が言った。

「では、コホートへの接触を開始せよ」

 

「しかし、陛下」

文官の一人が困惑した表情を浮かべる。

「我々には、コホートの正式な外交窓口も、本拠地の正確な位置も分かりません」

 

室内を沈黙が支配する。

 

「……そうだったな」

 

ミリシアル8世が苦笑した。

それを見た何人かの官僚が、少しだけ肩の力を抜いた。世界最強国家の皇帝といえど、知らない相手の連絡先までは持っていない。

 

「パーパルディア皇国を通じて接触しましょう」

 

外務省が答えた。

 

「皇国はコホートと共同戦勝国として講和を結び、直接的な関係を持っています。我が国からパーパルディアへ正式な外交文書を送り、そこからコホートへ伝達してもらうルートを使います」

 

「プライドの高い皇国が、素直に仲介に応じるか?」

「強制はしません」

 

外務省が答える。

 

「あくまで外交的な仲介を依頼する形です。皇国にとっても、我が国とコホートの間を取り持つことは、強大な外交的カードになるでしょうから」

 

皇帝は頷いた。

 

「ならば頼めばよい」

「承知しました」

 

「そして日本国についても、別途正式な外交使節を派遣する」

 

皇帝の声が少しだけ変わった。

 

「日本についても、我々自身の目で確かめる必要がある」

 

その言葉に、アルパナが反応する。

 

「陛下も、日本にご関心を?」

 

「当然だ」

 

ミリシアル8世は答えた。

 

「この世界に、我々とは全く異なる文明体系を持つ勢力が突然複数現れたのだ」

 

皇帝の目には、警戒だけではないものがあった。未知への興味。そして、まだ誰にも語っていない期待。

 

「近い将来、彼らは世界の在り方を根本から変える存在になるかもしれぬ」

 

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### 9.皇国の思惑

 

――場面は変わり、第三文明圏、パーパルディア皇国。

 

皇都エストシランドの皇宮にて、皇帝ルディアスと第三外務局長カイオスは、中央世界から届けられた仰々しい封書の束を前に険しい顔を突き合わせていた。

 

「神聖ミリシアル帝国が……あのコホートとの仲介を我々に依頼してきた、だと?」

 

ルディアスが信じられないものを見るように文書を眺める。

 

「はい。表向きは『新興の政治勢力との平和的な関係構築のため』とされていますが……」

 

カイオスが慎重に答える。

 

「なぜ、あのミリシアルがそこまでコホートを知りたがる?」

「そこが問題です」

 

カイオスは腕を組む。

 

「我々を仲介役として利用しながら、コホートの軍事力や技術力を密かに調査する意図がある可能性もあります」

 

「当然だろう」

 

ルディアスは冷笑した。

 

「ミリシアルほどの国が、ただの辺境の企業に興味を持つはずがない」

 

しばらく考えた後、皇帝は答えた。

 

「受ける」

「よろしいのですか?」

 

「我々としても、ミリシアルとコホートがどのような関係を築くかは極めて重要な情報だ」

 

ルディアスは封書を指で叩いた。

 

「間に入れば、双方の動向を最も近くで探り、必要であれば双方を牽制する材料として使える」

 

「……承知しました」

「直ちにコホートの渉外部へ連絡を繋げ」

 

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### 10.企業の打算

 

――《プロスペリティ》にて、タドコロの執務室。

 

「中央世界、神聖ミリシアル帝国から私たちに?」

 

タドコロはイレーヌから手渡されたパーパルディア経由の外交文書を読み、狐耳をピクリと動かした。

そこには、平和的な外交関係の構築。情報交換。将来的な交易。そして――

 

『次回・世界先進国会議への特別参加勢力としての招請に関する協議』

 

「その先進国会議ってのは、デカい『国家』しか参加できないんじゃないのか?」

 

防衛主任のミウラが首を傾げる。

 

「ミリシアル側で制度を改定する予定だそうです」

 

イレーヌが答えた。

 

「国家以外の『世界情勢に重大な影響を及ぼす政治勢力』にも参加資格を与えるとのことです」

 

「へぇ……」

 

タドコロは感心したように口角を上げた。

 

「世界最強の国が、たかが辺境の一企業を呼ぶために、自分たちが作った世界のルールをわざわざ書き換えてくれたってわけね」

 

「そこまで考えると、ミリシアルがどれほど私たちを警戒しているかも分かります」

 

イレーヌが言う。

 

「同時に、相手がこちらといきなり敵対するつもりがないこともな」

 

ミウラが続ける。

 

「少なくとも今のところはね」

 

簡単な協議が行われた。

メリットは大きい。ミリシアルの最新情報を直接得られる。世界の大国と直接交渉できる。そして何より――コホートの存在と商品を世界中へ宣伝する絶好の舞台になる。

 

一方で、デメリットも明白だった。会議の場で軍事力や技術の底を探られる可能性。他国との利害関係に巻き込まれる危険。そして、これまで以上に世界中から注目されること。

 

やがて、タドコロが結論を出した。

 

「参加するわ」

 

ミウラがタドコロを見る。

 

「本当にいいのか?」

 

「メリットの方が大きいもの」

 

タドコロは外交文書を机に置いた。

 

「ただし、こちらの情報をどこまでタダで出すかは別問題よ」

 

イレーヌに向き直る。

 

「皇国経由でミリシアルへ返信して。私たちは『国家』としてではなく、あくまで『コホート・コーポレーションという企業』として参加する」

 

「承知しました」

 

タドコロは背もたれに身体を預けた。

 

「世界最強の国との、大掛かりな商談かぁ」

 

その狐耳が、商機を見つけた商人のように楽しそうに動く。

 

「……魔王軍との戦争より、儲かるといいんだけど」

 

 

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