辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記 作:ホゲフガ
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## 閑話2-4:魔石の真実と、塗り替えられる世界
### 1.科学と魔法の融合点
巨大グラヴシップ《プロスペリティ》。その深部に位置する研究開発区画。
無機質な白い照明の下、分厚い防爆ガラスの向こう側に置かれたテストベンチで、拳大の赤茶色い石が淡い光を放っていた。
「……タドコロ社長。ミウラさん。お集まりいただきありがとうございます」
白衣を羽織ったキムラが、ホログラムの分析データを手で払いながら、タドコロとミウラへ向き直った。
「わざわざこんな奥底まで呼び出して、何事よ。戦後処理の膨大な決裁で忙しいんだけど」
タドコロが、面倒そうにプラスチール製の扇子で顔を仰ぐ。
「今後のコホートの『世界戦略』を根本から決定づける、極めて重大な報告です」
キムラは、テストベンチの赤茶色の石を指差した。
「今回の戦争で、我々はリーム王国の市場から購入した一般流通品の『魔石』、そしてグラメウス大陸の地下プラントから回収した極めて純度の高い『魔石結晶』。この両系統について、これまでにない精密な成分分析とエネルギー解析を行いました。……結論から言います」
キムラの無機質な声が、研究室に響く。
「少なくともこの世界で『魔石』と呼ばれている物質そのものは、我々が前世界(リムワールド)で抽出していた物質――『バイオフェライト』と、物質的・エネルギー的に完全に同一のものです」
「……は?」
ミウラの口から間の抜けた声が漏れた。タドコロの狐耳が、ピンと直立する。
「バイオフェライトって……あの、前世界で超常存在(エンティティ)から命がけで抽出してた、サイキック現象の媒介になるあの特殊資源のこと?」
タドコロが、信じられないというように確認する。
「はい」
キムラが頷く。
「つまり、この世界の住人たちは、我々が厳重な収容施設で管理していたアノマリーの燃料を、石炭か石油のような天然資源として鉱山から採掘し、生活や兵器のエネルギー源としてガバガバ燃やしていることになります」
「おいおい……」
ミウラが、呆れたように額を押さえた。
「じゃあなんだ。魔法っていうのは、ただのサイキック現象だったってことか?」
「そこは慎重になるべきです」
キムラは即座に否定した。
「魔石の正体がバイオフェライトであることは確定しました。魔王軍が魔石を消費して巨大な絶対隷化(生体ネットワーク)を構築できた理由もこれで説明がつきます。しかし、この世界の『魔法』そのものを、すべて我々の知るサイキック現象として説明できるわけではありません。なぜ彼らが『術式』というプロセスを経ることで、火、通信、飛行、そして広域のジャミングなどを自在に実現できるのか、その根本原理は依然として未解明のブラックボックスです」
燃料の正体は分かった。だが、その燃料を使った『魔法』の仕組みは、まだ彼らにも理解できていないのだ。
「……フフッ」
タドコロの喉の奥から、抑えきれない笑い声が漏れた。
「フフフッ、あははははっ!」
彼女は、まるで金脈を見つけた採掘者のように極上の笑みを浮かべた。
「仕組みが完全に分からないのは問題じゃないわ。重要なのは、この世界には、我々のPSY-FOIL(精神防壁)やPSY-AMP(精神波増幅器)、さらにはより高度なアーティファクトを作るための『絶対的な燃料』が、鉱山資源として普通に存在しているということよ」
前世界のコホートは、バイオフェライトを得るために、危険な存在を捕獲し、命がけで抽出と管理を行っていた。だがこの世界では、講和条約という一枚の紙切れで、その無尽蔵の供給網を合法的に独占できるのだ。
「……軍備を飛躍的に拡張するための、最大のボトルネックが一つ消えたわね」
タドコロは、防爆ガラスの向こうの魔石を愛おしそうに見つめた。
「今まで燃料不足で止まっていたプロジェクト、どこまで動かせるかしら」
魔石の真実。それは、科学と魔法の融合点であり、コホートがこの世界の異質な資源構造を、自らのビジネスとして完全に『利用』できると確信した瞬間だった。
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### 2.規格化される軍隊
――パーパルディア皇国、皇都エストシランド近郊。
かつて、マスケットを構えた誇り高き皇軍兵士たちが、美しく整然とした陣形訓練を行っていた広大な演習場。
そこでは今、泥臭く異様な光景が広がっていた。
「撃てェッ!!」
ダダダダダダダッ!!
砂塵にまみれた皇国の兵士たちが、単調な連続発射音と共に、紙の標的を一斉に蜂の巣にしている。彼らが手にしているのは、装飾の施された魔法の杖でも、木と鉄で出来た前装式マスケットでもない。コホートから『第一段階の装備供与』として支給された、無骨なアサルトライフルだった。
煌びやかな軍服は脱ぎ捨てられ、全員が実用性のみを追求した緑色の合成繊維の野戦服を着込まされている。
「次! 装甲車、前へ!」
コホートから派遣された軍事顧問の怒号と共に、土煙を上げて『装輪装甲車』が走り込んでくる。その分厚い鉄の塊の影に隠れるようにして、皇国兵たちが随伴歩兵としての戦術訓練を行っている。
「……これが、我が誇り高きパーパルディア皇国軍の姿か」
演習場を見下ろす高台で、皇帝ルディアスは苦々しく呟いた。
「火力と機動力は、魔王軍戦争の以前よりも遥かに飛躍しました。……が」
第三外務局長カイオスが、渋い顔で言葉を濁す。
「彼らの手にある小銃の弾薬も、装甲車の交換部品も、すべては『コホートの補給』がなければ数日で完全に枯渇します。通信機から流れる暗号規格も、兵站の管理システムも、すべてコホートの規格に完全に依存しています」
皇国軍は確かに近代化され、強くなった。だが、軍事において『弾薬の口径と通信規格を握られる』ということは、生殺与奪の権を完全に相手に委ねることを意味する。その姿は自立した軍隊ではなく、まるでコホートの巨大な軍事システムに接続された『末端(ターミナル)』のようだった。
「つまり我々は、軍を再建したのではなく、コホートの軍事体系の奴隷になったのだな」
ルディアスは、深く重い溜息をついた。
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### 3.食い破られる大地と海
――リーム王国、北部防衛線跡地。
魔王軍の残党が純粋水爆によって完全に消滅し、巨大なクレーター群が残された荒野。そこには今、リーム王国の再建の象徴となるようなものは何一つなかった。
あるのは、地響きを立てて大地を穿つ、コホートの巨大な『自動採掘機』の群れと、採掘した魔石や鉱物資源を運ぶ無人輸送トラックの列だけだ。
「……第四ゲート、異常なし。魔獣の気配はありません」
採掘施設の周囲に張り巡らされた鉄条網に沿って、リーム王国の兵士たちが巡回報告を行っていた。
視察に訪れた大将軍リバルは、絶え間なく続く掘削機の轟音を聞きながら、ギリリと拳を握り締めた。
戦争では、間違いなく国を守った。だが、戦後になると、講和会議で締結された『資源の優先供給契約』とコホートの莫大な資本投資によって、国内経済が急速に塗り替えられていく。
王国の領土はコホートの資源採掘場となり、誇り高き兵士たちは、彼らの施設を守るための『警備員』として雇われている。武力で領土を奪われたのではない。契約と資本によって、国の内側から構造そのものを合法的に変質させられているのだ。
――海洋国家マール王国。
国内最大の港湾都市では、かつて帆船や魔導蒸気船を運用していた現地の海運ギルドが、激しい内部抗争の渦中にあった。
講和条約に伴い、コホートが持ち込んだ無人水上船(USV)が、港湾間の短距離輸送や沿岸監視などの一部の市場を、圧倒的な効率と低コストで瞬く間に奪い取ったからだ。
「我々も、直ちにコホートからUSVを導入すべきだ! 効率が違いすぎる!」
「馬鹿なことを言うな! そんなものを導入したら、船員も海運ギルドも不要になる! 我々の歴史を捨てる気か!」
改革派と保守派の対立が、港のあちこちで火花を散らしている。
コホートはいきなりマールの海運業すべてを破壊したわけではない。ただ、ほんの少し『圧倒的に便利な技術』を市場に流し込んだだけだ。それだけで、現地の社会構造そのものが自発的に歪み、崩れ始めていた。
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### 4.分解される神秘
そして、パンドーラ大魔法公国の古代遺跡群。
公国の魔法学者たちが長年かけて慎重に発掘と研究を重ねてきた聖域に、コホートの『調査用スキャナードローン』が我が物顔で無数に飛び交っていた。
「やめろ! その石版には古代ラヴァーナルの呪いが――」
学者の制止を完全に無視し、ドローンはレーザーで石版を数秒で3Dスキャンし、そこに刻まれた物理的な魔法陣を単なる『幾何学データ』としてクラウドへアップロードしていく。
「ああ……なんということだ。彼らは古代の神秘と大いなる魔法の歴史を、ただの機械部品かデータの断片のように扱っている!」
魔法学者たちは、頭を抱えて絶望していた。
パンドーラからすれば、「自分たちの広域魔法妨害は、コホートの無人兵器を止められる絶対の切り札だ」という自信があった。
ところが戦後になると、その魔法を成立させている魔力構造そのものを、コホートが科学的・論理的に分解し、研究対象として丸裸にし始めたのだ。
自分たちの信仰と誇りの源である『魔法の神秘』が、圧倒的な合理性の前でただの『解明可能な物理現象』へと解体されていく恐怖は、武力で国境を破られるよりも遥かに残酷だった。
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### 5.塗り替えられる世界
第三文明圏は、魔王軍の暴力からは救われた。
だが、魔王軍との戦いが終わった後も、彼らの世界は決して元には戻らなかった。
戦争で国境の線が引き直されることは、彼らも歴史の常識として知っていた。
だが、講和条約の契約書と、効率化された補給網、そして圧倒的な資本と技術によって、国の内側の『制度・軍隊・産業・価値観』そのものが静かに、そして暴力的に塗り替えられていくことを知る者は少なかった。
コホート・コーポレーション。
世界に突如として現れたその異質な巨大企業は、武力で世界を征服するのではなく、世界そのものを自らの『巨大な商圏』へと組み込むための、静かで冷徹な侵略を完了させつつあった。