辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記 作:ホゲフガ
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## 第3章 第1話:異邦人同士
### 1.互いを監視する者たち
第三文明圏を揺るがした魔王軍の戦乱が終結して数週間。
表向きの平和を取り戻した空と海では、二つの『異邦の勢力』による、音のない激しい情報戦が繰り広げられていた。
日本国と、コホート・コーポレーション。
日本側から見れば、コホートは国家とも企業とも軍事組織とも分類しきれない、極めて危険な特定不能勢力だ。
一方、コホートから見れば、日本は高度な工業力と一億以上の人口基盤を持ち、高度な技術を持つと思われる未知の巨大国家だった。
双方とも、相手を強く警戒しながら航空機や無人機による情報収集を継続していた。
『いつまでも監視だけを続けるわけにはいかない。どこかで接触を図るべきだ』
両陣営の首脳部は、そう判断しつつあった。日本は非公式な接触ルートを検討し始め、コホートも不要な敵対関係を固定化させるより、直接の意思疎通を図る方がビジネスとして合理的だと考えていた。
話し合いたい。しかし、交渉のテーブルに着く前に、少しでも多く相手の手札(情報)を知っておきたい。
その奇妙な焦燥感が、かえって現場の監視活動をエスカレートさせていた。戦後、コホート側の活動範囲が拡大したことで、日本の自衛隊機とコホートの無人偵察機が、公海上空で同一空域に進入し、ニアミスを起こす事態が頻発し始めていたのだ。
そして、張り詰めた糸は、ごく些細なきっかけで切れた。
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### 2.海上の事故と、初めての声
パーパルディア皇国とクワト・イネ公国を隔てる公海上空。
日本の自衛隊が運用する無人偵察機と、コホートの無人偵察ドローンが、互いのセンサーで牽制し合いながら飛行していた。
両者は相手の存在を明確に認識していた。互いに相手の回避性能を見極めようとする危険な駆け引きと、上空の突発的な乱気流が、最悪の形で噛み合った。
双方が衝突を避けるために自動回避行動を取ったものの、その回避方向が完全に重なったのだ。
機体同士が接触し、金属が擦れる鈍い振動が双方の機体を揺らした。幸い、両機とも完全に墜落するほどのダメージではなく、日本側は機体の損傷を確認して本土へ帰投し、コホート側もドローンを即座に回収した。
ここまでは、偶発的な『アクシデント』で済むはずだった。
しかし、その数日後。同じ海域を情報収集任務で飛行していた海上自衛隊のP-1哨戒機に対して、接近してきたコホートの無人機から、国際緊急周波数(ガードチャンネル)であるVHF121.5MHzを通じて、直接『音声通信』が入った。
『――This is Cohort corporation. We warn your aircraft. Leave this airspace immediately.(こちらコホート。貴機に警告する。当該空域から直ちに退去せよ)』
P-1のコクピットに、強烈な緊張が走った。
無機質で流暢な英語の合成音声。これまで互いに監視していることは分かっていたが、実際に相手から直接の「退去警告」が来たのはこれが初めてだったのだ。
「……機長、コホートの無人機からです!」
「応答しろ。本機は公海上の国際空域を飛行中であり、国際法に基づく正当な飛行であると伝えろ」
日本側も即座に英語で応答する。
これが、奇しくも日本とコホートの『最初の直接通信(ファースト・コンタクト)』となった。外交交渉でも友好的な挨拶でもない。「事故を起こした相手から、軍用機が退去警告を受けている」という、極めて剣呑なファーストコンタクトだった。
しかし、事態はさらに悪化する。
P-1は不測の軍事衝突を避けるため、監視任務を継続しつつも警告に従って緩やかに進路を変更した。
しかし、その機影を数百キロ離れた箇所から捉えていた巨大艦《プロスペリティ》の防空レーダーシステムが、深刻なエラーを起こしたのだ。
数日前の無人機接触事故により、コホートの防衛戦術AIは警戒レベルを最大限に引き上げていた。
『警戒空域内の所属不明機』『進路の不規則な変更』。そして何より、P-1が常時放射している『HPS-106アクティブ・フェーズドアレイ・レーダーの強力な電波』。
相手(日本機)の交戦規則や行動パターンに関するデータが不足している高警戒状態の自律防空AIは、これらを複合的に処理し、相手のレーダー波を「未知の電子攻撃(EA)」あるいは「火器管制レーダーの照射」と誤判定し、相手の動きを『攻撃準備』と認識してしまった。
『――Warning. 敵性航空機をロックオン。自律防空システム、緊急防空モードにより対空ミサイル発射シーケンスへ移行します』
プロスペリティの戦術管制室に、赤い警告灯と無機質なアラートが鳴り響いた。
「なっ……!?」
コンソールを見た防衛主任ミウラの表情が、一瞬で凍りついた。
「馬鹿野郎、アレは日本の哨戒機だぞ! 攻撃の意図はねえ!」
「ミサイル発射まで残り五秒!」
管制要員が悲鳴を上げる。
「オーバーライド(手動介入)! 敵性判定を強制解除しろ!!」
「了解」
ミウラの怒号に応じ、キムラが即座に物理コンソールへ切り替え、強制停止コードを冷静に入力した。
『……発射シーケンス、停止。ロックオンを解除します』
VLSのハッチが閉まり、管制室に冷や汗の混じった静寂が戻った。
「はぁっ……、はぁっ……」
ミウラが、心臓を押さえて深く息を吐き出した。
「やっちまったわね……」
奥の席で、タドコロが額に手を当てて天を仰いでいた。いつもの余裕は微塵もない。
結果として、ミサイルは発射されず、日本機は無傷だった。
だが、日本側からすれば「撃たれなかったから問題ない」などという話で済むはずがなかった。
P-1の乗員は、機体のESM(電子戦支援装置)を通じて、自分たちが未知の防空システムから明確に『射撃レーダー(FC)を照射(ロックオン)された』ことを確認していたのだ。射撃レーダーの照射は、国際常識において『火器の使用に準ずる明確な敵対行為』である。しかも、その直前には退去警告まで受けている。
日本の防衛当局は、激震に見舞われた。
「単なるシステムの誤作動なのか?」
「コホート側の意図的な威嚇、あるいは撃墜の意思表示ではないのか?」
「そもそも、あの異常な防空システムは本当に人間の統制下にあるのか?」
日本側の怒りと疑念は、沸点に達しようとしていた。直ちに戦争にはならない。だが、外交問題としては最悪のスタートだ。
「……すぐに日本へ接触するわ」
タドコロは、冷や汗を拭いながら即断した。
「向こうが『攻撃された』と判断して軍を動かす前に、話し合いのテーブルを用意するのよ!」
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### 3.コホートからの『文書』
日本政府が、コホートに対する厳重抗議と自衛隊の警戒態勢引き上げを検討していた矢先。
予想外のルートから、日本へ一通の連絡が舞い込んだ。
それは、無線通信でも直接の使者でもなかった。
コホートから、講和を結んだ同盟国であるパーパルディア皇国へ。
パーパルディアから、日本の友好国であるクワト・イネ公国へ。
そしてクワト・イネ公国の外交網を経由して、日本の外務省へ届けられたのだ。
この経路は、見事な外交的配慮の産物だった。現在の日本とコホートの間には正式な国交がない。だが、日本が最も信頼する第三国(クワト・イネ)を立会人として間に挟むことで、コホート側が「事態を極めて重く受け止め、誠意ある外交手続きを踏んでいる」ことを示したのである。同時に、かつて列強として第三文明圏を支配していたパーパルディア皇国が、戦後は『異邦勢力同士を繋ぐ仲介者』としての新たな外交的価値を持ち始めたことも意味していた。
外交上の正式な国書ではない。しかし、単なる私信とも言えない。日本政府に対する、コホートからの正式な「接触要請」であった。
そして、外務省の秘密会議室。
クワト・イネ経由で届けられたその文書の写しを開いた日本側の外交官たちは、一様に絶句した。
「……日本語?」
文書は『日本語』で書かれていた。
しかも、機械による不自然な翻訳文章ではない。日本の公文書を読み慣れた人間が見ても、まったく違和感のない完璧なビジネス構文の日本語だった。
内容は簡潔だった。
『先日の無人機接触事故、および貴国航空機に対するレーダー照射の件について。当方の自動防空システムのエラーであったことを深く遺憾に思うと共に、直接の弁明と協議の場を設けたい』
「なぜ、相手が日本語を完全に理解して使える……?」
外務省の幹部が、困惑したように呟く。無線の音声は英語だったはずだ。
日本語の存在を理解しているのか? どこから情報を得た? 我々の通信を傍受して言語体系を解析したのか、それとも相手の組織内に『日本人』がいるのか……。
疑問は尽きなかったが、今は深追いする時ではない。
コホートが指定してきた会談場所は、パーパルディア皇国の首都エストシランドの迎賓館。巨大艦プロスペリティは威圧を避けるため、あくまで沖合に留まるという。
パーパルディアが会場を提供することで、結果としてエストシランドが「異邦勢力同士の外交交渉の舞台」となったのだ。
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### 4.日本側の外交団
「……これ、こちらが本気で怒っていることは、最初にちゃんと伝えた方がいいですよね?」
外務省の廊下を歩きながら、提出用の資料の束をパラパラと捲り、一人の若き外交官が尋ねた。
朝田泰司(あさだ たいじ)。三十代前半。
七三分けに銀縁眼鏡という、いかにも外務省の官僚らしい理知的な外見をしている。人手不足の外務省にあって、その高い実務能力とタフな交渉経験を買われて投入された男だ。だが、その内面には、国益を損なう相手を決して許さない、激情的なプライドを秘めていた。
「もちろんだ、朝田くん」
隣を歩く上司が、釘を刺すように言った。
「我々の哨戒機が射撃レーダーを照射(ロックオン)された事実は極めて重い。断固たる抗議を行う。……だが、絶対に相手を刺激するな。相手はパーパルディアでも、グラ・バルカスでもない。国家ですらない、得体の知れない存在だ」
「不必要に刺激するつもりはありませんよ」
朝田は、眼鏡の中央を中指でクイッと押し上げた。
(だが、射撃レーダーを照射されて、ヘラヘラ笑って帰れるほど、日本の外交官はお人好しじゃない)
企業を名乗りながら、巨大な軍事力を持ち、独自の領域と強固な防空システムまで持つコホート。朝田にとっても、経験したことのない異常な相手だ。
普通なら、軍事衝突寸前のこの状況で直接会うことには慎重になるはずだ。
「しかし、相手の素性が分からないなら、なおさら直接会って話すしかないでしょう」
朝田は、冷徹な目で呟いた。
「だが、相手は我が国の航空機にミサイルを撃ち込もうとしたのだぞ。罠の可能性もある」
同僚の懸念に、朝田はフッと口角を上げた。
「だからこそ、会うんですよ。撃ち合ってから話すより、撃つ前に話した方がいいでしょう」
日本の方針は決まった。
怒っていることは明確に伝える。しかし、今回の件を戦争の理由にはしない。コホート側の説明を聞き、再発防止を確約させ、同時に『コホートとは何者か』という情報を引き出す。
数日後。
朝田泰司を筆頭とする日本国の外交使節団が、航空自衛隊の輸送機に乗り込み、初めて外交官同士が顔を合わせる地となるパーパルディア皇国・エストシランドへ向けて飛び立った。
日本は怒っている。
コホートも、いきなり軍事衝突寸前まで行ったことを問題視し、火消しに走っている。
そして日本側だけが、『なぜコホートは完璧な日本語の公文書を書けたのか』という巨大な謎を抱えたまま、会談のテーブルへと向かう。
一触即発となった二つの異邦勢力。
銃弾ではなく、言葉と情報が交差する第一ラウンドのゴングが、今まさに鳴ろうとしていた。