辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記 作:ホゲフガ
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## 第3章 第2話:異邦人の素顔
### 1.エストシラント迎賓館
パーパルディア皇国の首都、エストシラント。
皇宮に隣接する『迎賓館』の周囲は、現在、異様な緊張感に包まれていた。
迎賓館の外周を固めるのは、緑色の野戦服に身を包んだ皇国軍の兵士たちだ。しかしその装備は、サーベルやマスケットではなく、コホートから供与されたアサルトライフルと防弾ベストである。彼らは、現地人から見れば奇妙な「鉄の鳥」にしか見えない日本の航空自衛隊の輸送機から現れた一団を、厳重に、かつ最大限の礼を尽くして出迎えていた。
「この度は、我が国を会談場所としてお選びいただき、光栄に存じます」
出迎えに出た皇国の外務卿カイオスが、深々と頭を下げる。
「ご丁寧な対応、感謝いたします」
日本側の外交団を率いる朝田泰司は、銀縁眼鏡の奥の目を細めたまま、儀礼的な笑みで応じた。
(……傲慢と噂されていたパーパルディアとは、ずいぶん違うな)
朝田は内心で毒づいた。かつて周辺国を武力で威圧していた大帝国が、今では日本とコホートという二つの異邦勢力の間を取り持つ「仲介役」に徹している。第3文明圏の構造が、魔王軍戦を経て大きく変わりつつある証左だった。
だが、問題はパーパルディアではない。
日本の哨戒機に射撃レーダー(FC)を照射した、正体不明の勢力『コホート・コーポレーション』だ。
朝田ら日本側代表団は、随行する防衛省・自衛隊の制服組と共に周囲の警戒を怠ることなく、案内された会談室の扉を重々しく開いた。
### 2.コホート側の自己紹介
会談室には、すでに四人の人物が着席していた。
巨大グラヴシップ《プロスペリティ》を沖合に停泊させ、シャトルで降りてきたコホートの首脳陣である。
日本側から簡単な自己紹介が行われた後、テーブルの向かい側から、ビジネススーツを着こなしたキツネの獣人の女性が立ち上がった。
「はじめまして。コホート代表取締役、タドコロ・コージーです」
「……タドコロ?」
朝田は、一瞬だけ名前に引っかかった。日本人の姓のように聞こえる。
しかし、目の前にいる女性は褐色の肌にプラチナブロンドの長髪を持ち、頭にはピンと立った『狐の耳』、背後には『狐の尻尾』が揺れていた。どう見ても日本人(人間)ではない。
続いて、隣の青い肌の男が名乗る。
「防衛主任、ミウラ・トモマサ」
冷徹な目つき。青い肌。頭にはウミウシの触角のようなもの(モヨ族の器官)が生えている。
「内政主任、キムラ・ナオキです」
長いウサギの耳(ラビ族)を持った、白衣の神経質そうな男。
「渉外本部長のイレーヌです」
こちらも見事な獣耳と尻尾を持った、完璧な営業スマイルの女性。
朝田は、手元の名簿と彼らを交互に見比べた。
(……3人は日本人のような名前だ。偶然にしては出来すぎている)
「……皆さん、日本人のようなお名前をお持ちなんですね」
探りを入れるような朝田の言葉に、タドコロは特に気にする風でもなく微笑んだ。
「そうですね。ですが、我々は日本人ではありません」
タドコロは、手元の扇子を開いた。
「では、なぜ日本人と同じような名前を?」
「それについては……少し、長い話になりますわ」
タドコロは言葉を濁した。朝田の中に、強烈な違和感と最初の大きな疑問が生まれた。
### 3.謝罪と責任の切り分け
「さて。まずは本題から入りましょう」
イレーヌが、テーブルに一枚の書類を差し出した。
「先日の無人機接触事故について、コホートとして正式に謝罪いたします。また、貴国の哨戒機(P-1)に対する火器管制レーダーの照射、およびミサイル発射シーケンスへの移行についても、我々の防空システムが過剰に反応した結果であり、すべてはコホート側の責任です」
非常にまともで、明確な謝罪だった。
だが、朝田は気を緩めなかった。
「では、今回の件については、全面的にコホート側の過失であったと?」
「それは違います」
タドコロが、扇子をパチンと閉じて即答した。
会談室の空気が、スッと冷たくなる。
「私たちから見れば、日本は無人偵察機を継続的に飛ばし、我々の活動範囲を執拗に監視していました。哨戒機による監視も同様です。……我々が防空態勢を最大まで引き上げたのは、突然理由もなく警戒したからではありません」
「正体の分からない航空機や無人機が、自分たちの勢力圏の周囲を飛び続けてるんだ。過剰に警戒しない方がおかしいでしょうが」
ミウラが、かなり直接的に威圧を放つ。
「だからといって、ミサイルを発射しかけていい理由にはなりません」
朝田は、まったく怯まずに冷徹に反論した。
「ええ。そこは我々のシステムの欠陥であり、責任です。だからこそ謝罪しています」
タドコロは頷き、そして真っ直ぐに朝田を見据えた。
「ですが、日本側にも、あの空域での『監視活動のあり方』について考えていただきたい。事故の責任は取りますが、事故を誘発した状況の責任は、互いにあるはずです」
朝田は理解した。
コホートにとって、謝罪とは敗北宣言ではない。自分たちが負うべき責任(ミサイル発射)だけを正確に切り分け、それ以外(防衛のための警戒)については一歩も譲らない。それが彼らの冷徹な交渉だった。
### 4.防空AIの誤判定
「……では、なぜあなた達の防空システムが、あれほど簡単に自動発射へ移行したのか、説明を求めます」
朝田が追及する。
キムラが、無表情のまま回答した。
「UAVの接触事故直後で警戒レベルが最大まで上がっていたこと。日本側の航空機の『レーダー反射断面積』や『交戦規則』が十分に登録されていなかったこと。そして、警告後も機体が『退避』ではなく、レーダーを照射したまま監視を継続する軌道を取ったこと。これらが重なり、システムが敵対行動の可能性を過大評価しました」
(……こちらのレーダー反射断面積を、完全には把握していなかった?)
朝田の随行員たちが、微かに目配せをした。「コホートは何でも知っているわけではない」という事実は、日本側にとって貴重な情報だった。
「これは我々にとっても想定外の不具合でした」とキムラが締めくくる。
「現在、自律交戦に関する判定基準と安全措置を、根底から見直しています」
「再発防止の姿勢は評価します。……だが、自律交戦、ですか」
朝田は、相手がどこまで兵器システムを自律化させているのかを探ろうとしたが、キムラはそれ以上語らなかった。
### 5.コホートとは何なのか?
事故の処理に関する一定の言質を取ったところで、朝田は本題の角度を変えた。
「そもそも、コホートとは何なのでしょうか?」
国家なのか。企業なのか。軍事組織なのか。
「コホートは、コホートです」
タドコロは、ミリシアル使節団に答えた時と同じように言った後、今回はもう少しだけ踏み込んだ。
「我々は企業です。しかし軍事力を持っています。外交もしますし、領域も持っています。独自の経済活動を行い、自分たちの利益と社員は、自分たちで守ります」
「……『領域』というのは?」
朝田がすかさず確認する。国家という概念を適用できるのかを探るための質問だった。
「現在は《プロスペリティ》を中心とする活動区域です」
「日本政府が我々を何と呼ぶか(国家と認めるか)は、我々にとってそれほど重要ではありません。我々は、我々として行動するだけです」
国家ではないと言い張りながら、実質的な主権者のように振る舞う。朝田としては、国際法という既存の法体系が追いつかない、非常に扱いづらい相手だった。
「では、もう一つ」
朝田は、銀縁眼鏡を押し上げた。
「コホートは、どこから来たのですか?」
### 6.地球と、3400年の歴史
それが、今回の会談の最も重要な局面だった。
朝田はまず、日本について簡単に説明した。日本国は『地球』という惑星から来たこと。地球という惑星ごと異世界へ転移してきたわけではなく、国家の領域だけが切り取られてきたこと。そして、日本の人口、産業、国家制度の概要。
すると、コホート側の反応がわずかに変わった。
「……地球」
タドコロ、ミウラ、キムラの三人が、一瞬だけ顔を見合わせた。
「ご存じなのですか?」
朝田が、その反応を見逃さずに尋ねる。
「ええ。知っていますわ」
タドコロは、少しだけ懐かしむような、奇妙な目をした。
「昔、歴史の授業で習ったことがあります。――『人類発祥の惑星』として」
「……は?」
朝田をはじめ、日本側の外交団全員が完全に固まった。
「……人類、発祥?」
タドコロは、自然な口調で続けた。
「我々の知る宇宙の歴史では、約3400年前に、人類が母星である『地球』から外宇宙へと出発したとされています」
日本側に、強烈な衝撃が走った。
日本にとって、地球は「現在の故郷」だ。だが、コホートにとって地球は「宇宙史の始まり」を意味する歴史上の用語だった。同じ『地球』という言葉でも、そこには数千年という埋めがたい認識の断絶があった。
### 7.「Q-315」と「Rimworld」
「で、では……コホートは、遠い未来の地球から来たのですか?」
朝田が、動揺を抑えながら尋ねる。
「いいえ」
ここで初めて、タドコロは自分たちの真の出自を口にした。
「我々がいたのは、惑星『Q-315』です。地球ではありません」
「Q-315……それは、惑星の名前ですか?」
「ええ、惑星の識別番号のような固有名称です」
タドコロは、扇子でテーブルをトントンと叩いた。
「我々はもともと、超高度技術を持つグリッターワールド(先進惑星)である惑星『シモキタ』の出身でした。ですが、シモキタはメカノイド(殺人機械)の侵略によって滅亡。我々を含む生存者は、銀河の果てにある惑星『Q-315』へ移住し、そこで『コホート・コーポレーション』を立ち上げたのです」
朝田は、無意識に手元の資料の余白へペンを走らせていた。
『地球(3400年前)』『宇宙進出』『シモキタ滅亡』『Q-315へ移住』『コホート設立』。
……書けば書くほど、目の前の相手が遠くなる。異世界人だと思っていた。しかし実際には、異世界人ですらなかった。彼らは――途方もない未来の時代から来た、同じ『人類』だった。
「Q-315という惑星は、どのような世界なのですか?」
朝田が辛うじて問う。
「『リムワールド(Rimworld)』に分類される世界です」
タドコロが説明する。
「リムワールドというのは、惑星の固有名詞ではありません。我々の宇宙において、銀河の外縁部(Rim)に位置する、人口が少なく、強力な中央政府を持たない無秩序な惑星群を指す分類・呼称です。Q-315も、その一つでした」
### 8.深まる謎と、商談の予告
朝田は、猛烈な勢いで思考を回転させていた。
「……では、なぜ皆さんは『日本語』を?」
名前も日本人に近い。地球を歴史の教科書で知っている。そして、日本語の文書まで完璧に使いこなしている。しかし、本人たちは地球出身ではない。
タドコロは、美しく微笑んだ。
「それについては……また、別の機会にゆっくりご説明しましょう」
はぐらかされた。朝田の中では、「コホートは地球文明と何らかの強い繋がりがある」という疑念が固まった。
だが、この場はこれ以上の深追いは避けた。
「……分かりました。では、話を本来の議題に戻しましょう」
日本側は、コホート周辺での無人機活動についての事前通告、緊急時の連絡周波数の設定、防空識別に関する情報交換など、実務的なルールづくりを提案した。
コホート側もそれを受け入れた。コホートは「日本に監視をやめろ」と要求するのではなく、「監視するなら、お互い事故を起こさないルール(仕組み)を作ろう」という極めて合理的な方向に話を着地させた。
張り詰めていた緊張が少しだけ解けたところで、タドコロが話を変えた。
「ところで日本とは今後、もう少し別の話もしたいと思っていますの」
「別の話、ですか?」
「ええ。――ビジネスです」
タドコロの狐耳が、楽しそうに動いた。
「ミサイルを発射しかけたこと」の謝罪に始まり、「安全規則の設定」で合意した直後に、平然と「商売」の話題へ切り替える。そのあまりの切り替えの早さに、朝田は内心で舌を巻いた。
「日本は巨大な人口と産業力を持つ。我々は、日本が持たない技術や、この世界でしか手に入らない資源へのアクセスを持っている。……互いに不足しているものを『交換』する場を設けたいわ。次回以降、経済・技術交流について協議しましょう」
### 9.異邦人たちのすれ違い
会談を終え、エストシラントの空港から飛び立った自衛隊の輸送機内。
朝田泰司は、座席で分厚い資料を読み返していた。
『コホート代表取締役、タドコロ・コージー』
名前は日本人らしいが、本人は狐人。ミウラは青い肌、キムラはウサギの耳。
彼らは地球を知っている。しかし地球出身ではない。故郷はシモキタというグリッターワールド。そこから辺境のQ-315へ移住し、コホートを設立した。
さらに、なぜ完璧な日本語を使えるのかは一切不明。
朝田は、資料を閉じて眼鏡を外した。
「……分かったことより、分からないことの方が増えたな」
だが、一つだけ確かなことがある。彼らは決して野蛮なテロリストでも、魔法ファンタジーの住人でもない。遥かな未来の時代に生きていた人類文明から来た、『人類の末裔』なのだ。
一方、エストシラント沖に停泊する《プロスペリティ》の会議室。
コホート側もまた、日本についての分析を行っていた。
「人口、一億以上か」
タドコロが、溜息をつくように言った。
「しかも、大規模の『国家』という強固なシステムとしてまとまっている」
ミウラが、珍しく深刻な顔で腕を組む。
「人口規模と組織力だけなら、Q-315で我々が接触したどの勢力よりも巨大です」
キムラが冷徹に評価する。
「だからこそ、敵にはしたくないわ」
タドコロは、窓の外の青い空を見つめ、そして少し間を置いて、狐らしい不敵な笑みを浮かべた。
「……でも、ビジネス相手としては、これ以上なく面白そうだけどね」
3400年前の「地球」から来た一億人の巨大国家と、遥か未来の「リムワールド」から来た数百人の企業。
異なる時間軸と歴史を持つ二つの人類が、互いを最大の顧客であり最大の脅威として見据え始めた瞬間だった。