辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記 作:ホゲフガ
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## 第3章 第3話:異邦人の取引
### 1.国家承認と特別外交主体
日本国、東京。
首相官邸の地下危機管理センターは、前例のない騒然とした空気に包まれていた。
パーパルディア皇国の首都エストシラントに派遣された外交団――朝田泰司から送られてきた『第一回会談の報告書』は、日本政府の首脳陣に言語を絶する衝撃を与えた。
コホートが射撃レーダー照射の非を認め、安全規則の策定に合意したことは、外交的成果としては十分だった。だが、問題はその後半の報告である。
「……地球を、『人類発祥の惑星』として歴史の授業で学んでいる、だと!?」
星野総理は、信じられないものを見るように手元の資料を凝視した。
外務省と内閣情報調査室が共同で作成した要約資料には、信じがたい単語が並んでいる。
『地球からの宇宙進出(約3400年前)』『グリッターワールド(超高度文明惑星)シモキタ』『メカノイド(殺人機械)による滅亡』『銀河外縁部のリムワールドに分類される、惑星Q-315への移住』。
相手は魔法ファンタジーの異世界人などではなかった。それどころか、地球人類の遥か数千年先の未来の時代を生きていた『超未来の人類の末裔』だったのだ。
「事実であれば、国家安全保障の根幹を揺るがす重大情報です」
近藤外務大臣が、深刻な顔で言う。
「彼らの持つ技術は、文字通り桁違いです。……我々が到底追いつけないほどの」
「だが、彼らは『国家』ではないと言い張っている。企業だと」
官房長官が、疲れたように眉間を揉んだ。
「未来の企業と国交を結ぶのか? そもそも国家ではない相手に『国交樹立』という表現を使っていいのか?」
既存の国際法や外交の常識が、まったく通用しない。
「そこで、外務省から一つの制度案が提示されています」
外務省の幹部が説明を引き継ぐ。
「『外交関係の樹立』と『国家承認』を完全に分離する、という現実的な落とし所です。つまり、コホートを領土を持つ主権国家として承認するわけではない。しかし、彼らを日本独自の制度として『特別外交主体』と認定し、『準外交関係』を結ぶ……という形です」
星野総理は、重く頷いた。
「柔軟な対応だ。枠組みにこだわって接触を断つには、彼らは危険すぎ、かつ有益すぎる」
### 2.巨大すぎる市場(マーケット)と価格決定力
一方、エストシラント沖に停泊する巨大艦《プロスペリティ》の会議室でも、コホート首脳陣による日本国の分析が進められていた。
「日本国の基礎データが、ある程度まとまりました」
キムラが、ホログラムテーブルに日本の地図と各種の統計データを表示する。
「人口、1億数千万人。中央集権的な単一の政府が存在し、全国に統一された高度な法制度が敷かれています。大規模な工業基盤、安定した電力網とインフラ、高度な科学技術、そして25万人規模の組織的な近代軍を保有しています」
キムラは、眼鏡を押し上げた。
「問題は、我々にとって日本が『巨大すぎる』ということです。Q-315で我々が相手にしてきた現地国家や派閥とは、比較にならない規模です」
「領土が固定されており、長期的な国家運営ができる1億人の近代国家、か」
ミウラが、忌々しそうに言う。
「数十万の魔王軍なんかよりよっぽど質が悪い。……本格的に戦争になったら、最高に厄介だな」
「ええ。ですが、戦争にならなければ『もっと厄介』ですよ」
キムラの無機質な返しに、タドコロが狐耳を傾けた。
「どういう意味?」
「『顧客』としてです」
キムラの言葉に、タドコロはハッと目を見開いた。
1億人を超える人口。強固な社会基盤。そして、旺盛な大量消費社会。それは、コホートがこれまでに接触したどの文明よりも巨大で、とてつもなく深い『市場』を意味していた。
「日本の市場規模は極めて魅力的です」キムラが続ける。
「しかし同時に、取引の規模が大きすぎれば、我々が『価格決定力』を維持できなくなるリスクがあります。向こうの需要にこちらが振り回されれば、我々は巨大な下請け企業に転落します」
「……なるほど。相手が大きすぎるから、売り方も買い方も慎重にならないと、こちらが飲み込まれるわね」
タドコロは、妖しく口角を吊り上げた。
### 3.最初の「商談」
数日後。エストシラントの迎賓館。
第一回会談で「軍事事故の処理と安全規則」を片付けた日本とコホートは、いよいよ『第二回会談』のテーブルに着いていた。
議題は、タドコロが予告していた『ビジネス』である。
「いきなり大規模な協定を結ぶ前に、まずは互いに『何を交換できるのか』、そのすり合わせから始めましょう」
イレーヌの提案で、双方が提供可能な技術と物資のリストが提示された。
日本側がコホートに求める技術は、喉から手が出るほど欲しいものばかりだった。
あらゆる傷を癒やす超高性能医薬品(ヒーラーシーラム)、失われた四肢を取り戻す高度義肢・再生医療技術。軽量で強靭なプラスチールなどの新素材、超高効率のエネルギー技術、無人機技術、そして魔石(バイオフェライト)の工業利用を含むPSY関連技術などである。
朝田は、コホート側が一体何を要求してくるのかと身構えた。
超未来の企業である彼らは、果たして現代の地球文明(日本)の技術など欲しがるだろうか。
だが、イレーヌが提示した『コホートの要求リスト』を見て、朝田は一瞬、目を疑った。
そこに書かれていたのは――。
【日本の大量生産能力による工業製品の継続的供給】
工作機械、電子部品、基礎工業素材、化学製品、化繊繊維。
安定した食料品、一般消耗品。および、大型船舶による大量輸送能力。
「……これは?」
朝田が、思わず問い返す。
「我々の持つ高度な技術は、いずれも素晴らしいものですが」タドコロが微笑む。「我々の抱えている致命的な弱点として、絶対的な『生産力(規模)』が足りていないのです」
### 4.技術力と工業力の非対称性
朝田は、ここでコホートという組織の奇妙な『歪み』に気づいた。
日本側には、「相手は未来文明なのだから、圧倒的に優位なのでは?」という先入観があった。
ところが実際には違う。コホートは数千年前のオーバーテクノロジーを持っているが、組織の人口は数百〜千人規模に過ぎない。彼らは『高度な職人集団』であって、『大量生産・大量消費社会』ではないのだ。
「誤解のないように言っておきますが、我々に鉄鋼や衣服や電子部品が『作れない』わけではありません」
キムラが、淡々と補足する。
「しかし、高度な無人機を作ることはできても、数万トンの鉄鋼や、何百万着もの服、膨大な食糧を『少人数で継続的に大量生産する』のは、極めて非効率です。我々が自分たちのリソースを割いてまでやるべき仕事(合理性)ではないのです」
逆に日本は、技術世代こそコホートに数千年遅れているが、一億人の労働力と巨大な工場群を持ち、桁違いの『工業力』を有している。
「技術力」と「工業力」が、決してイコールではない。
この絶対的な非対称性に、朝田は外交官としての活路を見出した。
「なるほど……。技術レベルの差はあれど、我々は対等に取引ができるというわけですね」
「ええ。日本は、私たちが欲しいものを持っています」
タドコロは、扇子を優雅に揺らした。
「それは何でしょう?」朝田が尋ねる。
「『人』です」
朝田の表情が、ほんの一瞬だけ硬くなった。
言葉の裏にある「人間という資源」の響きに、日本の倫理観が強烈な警鐘を鳴らしたのだ。
朝田のわずかな警戒を見て取り、タドコロはクスクスと笑った。
「誤解なさらないでください。奴隷貿易を提案しているわけじゃありませんよ。一億人という巨大な労働力と、それが生み出す『産業的基盤を持つ文明そのもの』の価値です。……私たちは高度な技術(プロダクト)を提供し、日本は生産力と市場インフラを提供する。完璧な補完関係だと思いませんか?」
### 5.取引の段階と、繋ぐ国
「魅力的な提案です。我が国としても、前向きに検討する価値は十分にあります」
朝田は、リストの品目を見つめた。
「ですが、ここにある技術のすべてを、即座に交換できるわけではないでしょう」
「その通りです」
イレーヌが、実務的な顔つきに変わる。
「我々としても、リストの中には現時点では取引対象にできない技術も含まれています。今後は具体的な品目ごとに、『供与可能』『条件付き』『研究協力のみ』『現時点では供与不可』の四段階に分けて精査させていただきます」
コホート側も馬鹿ではない。PSY関連技術や高度な軍事技術、最先端の再生医療をポンと売り渡す気はない。日本側もまた、国内の防衛・産業政策と照らし合わせて慎重に選別していく必要がある。
互いに、「何を、どこまで、どの価格で渡すのか」という経済交渉が、ここから始まるのだ。
――迎賓館の別室では、パーパルディア皇国の外務卿カイオスが、部下からの報告を受けながら深く頷いていた。
「……日本とコホートの会談は、互いの技術と生産力の補完という、実務的な取引の話に進んでいるようです」
「直接対話できる関係になれば、我が国は仲介役としての価値(カード)を失うのでは?」
部下の懸念に、カイオスは首を横に振った。
「そうではない。コホートと日本が正式な関係を結べば、第三文明圏において、双方と太いパイプを持つ我が皇国の地理的・政治的価値は跳ね上がる」
カイオスは、窓の外のエストシラントの街並みを見下ろした。
「我が国は、両者の間に立つ(邪魔をする)のではない。両者を『繋ぐ』国になるのだ。それこそが、新しい秩序における我がパーパルディアの生き残る道だ」
かつての帝国主義国家は、コホートとの戦争での敗北を経て、したたかな『外交ハブ』への転換を模索し始めていた。
### 6.異邦人の取引
会談室では、歴史的な交渉が最終盤を迎えていた。
「これほど大規模な技術供与と物資取引を継続的に行うのであれば、非公式な関係のままでは限界があります」
朝田が、両手をテーブルで組んで宣言した。
「したがって、日本政府は、コホート・コーポレーションとの間に、公式な外交・経済関係を構築し、安全保障上の連絡窓口を常設するための『協定締結』に向けた交渉開始を提案します」
「歓迎しますわ」
タドコロは、狐耳をピンと立てて微笑んだ。
「その代わり、日本には一つお願いがありますの」
「何でしょう?」朝田がわずかに警戒する。
「我々を、国家でも企業でもない奇妙な存在として扱うのは構いません。日本の国内法でどう分類しようと自由です」
タドコロは、扇子を閉じ、真っ直ぐに朝田の目を見据えた。
「ですが、交渉する時だけは……互いに利益を提示し合う時だけは、我々を『対等な主体』として扱っていただきたい」
朝田は、数秒の沈黙の後、眼鏡を押し上げてフッと口角を上げた。
「……承知いたしました。我々も、対等なビジネスパートナーとしてお付き合いさせていただきます。タドコロ代表」
一週間前まで、互いは正体不明の異邦勢力だった。
今は、互いに相手の「不足」を知っている。
そして、その不足を埋める方法も。
日本とコホート。
二つの異邦人による、本格的な取引が始まろうとしていた。