辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記 作:ホゲフガ
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## 第3章 第4話:異邦人の契約
### 1.国家承認と特別外交主体
日本国、東京。
霞が関の合同庁舎の一室。エストシラントでの『第一回・第二回会談』を終えた朝田泰司からの報告を受け、日本政府内部では、コホートとの関係構築に向けた熾烈な制度設計が始まっていた。
会議室には外務省だけでなく、防衛省、経済産業省、そして財務・法務関係の官僚たちが顔を揃えている。
議論の的はただ一つ。「そもそも、コホートをどういう相手として扱い、どういうルールで縛るのか」だ。
「彼らは国家承認を求めていない。したがって我が国も、独自の制度として彼らを『特別外交主体』に認定し、公式な交渉主体として扱う。……外務省の基本方針はこれで固まっています」
外務省の幹部が説明する。
「だが、軍事力と自律兵器を持つ以上、安全保障上は国家に準ずる扱いが必須だ」
防衛省の代表が釘を刺す。
「我々の哨戒機にロックオンしてきた連中だぞ。軍用機の接近ルール、演習時の事前通告、ホットラインの常設は譲れない」
「経済面では極めて魅力的です」
経産省の官僚が、目を輝かせる。
「ヒーラーシーラム(超高性能創傷治癒薬)やプラスチールといった未来技術へのアクセスが得られれば、我が国の産業や医療は劇的に飛躍する可能性がある」
「だからこそ危険なのだ」
内閣情報調査室の分析官が、冷や水を浴びせた。
「そのような超絶技術が、我が国の競合国……グラ・バルカス帝国などに流出すればどうなる? 逆に我々の技術が彼らにどう利用されるかも分からない。技術移転のルールは厳格化しなければならない」
国交を結ぶからといって、手放しで大歓迎しているわけではない。
「コホートと友好・経済関係を結ぶことと、彼らを無条件に信頼することは別である」
官邸で報告を受けた星野総理のこの一言が、日本側の極めて慎重で現実的なスタンスを決定づけていた。
### 2.何を売って、何を売らないか
一方、エストシラント沖に停泊する巨大グラヴシップ《プロスペリティ》。
コホートの首脳陣もまた、日本向けの『技術輸出リスト』の具体的な選定に入っていた。
ホログラムテーブルには、三段階に分けられたリストが投影されている。
【即時供与可能】
一般医療品、一部の義肢技術、一般素材、一部の製造・農業・食品保存技術。
【条件付き供与】
ヒーラーシーラム、高度再生医療、プラスチール製造権、高効率発電・蓄電技術、魔石(バイオフェライト)の限定的な工業利用研究。
【原則非供与】
PSY-FOIL(精神防壁)および軍用PSY技術、高性能兵器関連、高度AI、自律兵器制御技術、コホート固有の戦略・軌道兵器。
「……日本に技術を渡しすぎれば、やがて彼ら自身が、俺たちの最大の競争相手になるのではないか?」
ミウラが、リストを見ながら懸念を示す。
「競争相手になるほど彼らが技術を吸収・成長できたなら、その時はまた新しい商売を考えればいいでしょう」
タドコロは、扇子でリストを軽く叩いた。
「それに、今の日本に『完成品』を売ることと、未来の日本の『基礎技術力』を強化してやることは同じじゃないわ。彼らに技術のブラックボックスをどこまで開示するかは、徹底的にコントロールするのよ」
### 3.最初の「値段」
数日後。パーパルディア皇国の首都、エストシラント迎賓館。
日本とコホートによる『第三回正式交渉』が開始された。
この日のメインアジェンダは、互いの技術と物資の具体的な『取引条件』である。
「それでは、リストの【条件付き供与】について、具体的な条件をすり合わせたいと思います」
朝田が、手元の資料を開く。
「我が国としては、特にこの『ヒーラーシーラム』――あらゆる外傷や欠損を即座に治癒するという奇跡の薬品の提供を強く希望します」
「承知いたしました」
イレーヌが、完璧な営業スマイルで応じた。
「では、その対価として、日本側は何を、どれだけの『量』で供給していただけますか?」
朝田は、事前に準備していたリストを提示した。
「我が国からは、特定の規格を満たした工作機械50基。さらに高純度の電子部品、指定された医療品原料、および各種工業素材を提示します」
それは、日本から見れば「少し値が張るが、十分に供給可能な工業製品」だった。
「結構です。契約成立ですね」
イレーヌが頷く。
「では、これらの物資と引き換えに、当方からは『ヒーラーシーラム10本』を供与いたします」
朝田の動きが、ピタリと止まった。
「……10本?」
「はい。月産供給量として、まずは10本です」
「……それだけですか?」
朝田の背後に控えていた経産省の官僚が、思わず声を漏らした。
「はい。非常に希少で、高度な製造設備を占有しますので」
イレーヌは、どこまでも淡々と答えた。
日本側の外交団は、ここで初めて決定的な事実を理解した。
『未来文明=魔法のような技術が無限に大量生産できる』わけではないのだ。
超高度な技術であるからこそ、生産には途方もない手間とリソースがかかる。コホートは「何でも生み出せる魔法の国」ではなく、「希少な技術を細々と生産する、極めて規模の小さな企業」に過ぎないのだ。
### 4.技術力と工業力の逆転
今度は、日本側が自らの『強み』を提示する番だった。
「では、こちらのリストについて確認します」
朝田が、コホート側が要求した基礎工業製品のリストを読み上げる。
「ご要求の規格のベアリングやモーター、電子部品であれば、国内需要を差し引いても、年間数十万から100万単位の供給能力を確保できます。衣類、食料、生活用品であれば……既存の生産・輸送計画を組み替えれば、一定期間内に数万トン規模まで増量可能です」
それを聞いたコホート側が、今度は息を呑んだ。
「……年間100万単位ですか?」
無表情なキムラが、珍しく確認を求めた。
「はい。もちろん品目によりますが、必要なら生産ラインの増設も可能です」
朝田が、淡々と答える。
会談室に、奇妙な沈黙が落ちた。
ミウラが、呆れたように呟いた。
「……こいつら、本当に一億人いるんだな」
高度な技術力ではコホートが圧倒している。しかし、圧倒的なマンパワーによる『暴力的なまでの大量生産・安定供給能力』においては、日本がコホートを完全に凌駕していた。
技術力と工業力の非対称性。その途方もないスケールの差が、具体的な『数字』として初めて衝突した瞬間だった。
### 5.二つの難所(軍事と魔石)
商談が進む中、当然のように『軍事技術』の話題が上った。
防衛省の官僚が、リストの非供与項目である『PSY-FOIL(精神防壁)』『自律防空システム』『高性能装甲素材』について、民間技術との交換条件にできないかと探りを入れる。
しかし、ミウラが明確に線を引いた。
「軍事技術は別枠だ。民間技術との交換条件にはできない」
「軍事部門の技術移転は、現段階では一切認められない、と?」
「ええ。そこを混ぜると、取引そのものが壊れます」
タドコロも、ミウラの言葉を強く肯定した。
コホートは日本への経済的依存を進めたい一方で、自らの「絶対的な軍事的・戦略的優位」まで売り渡すつもりはない。日本側も、その安全保障上の警戒は当然だと理解し、当面は軍事技術の移転を議題から外すことで合意した。
そして、第二の難所が『魔石(バイオフェライト)』だった。
「我が国の研究機関も、この世界の魔石には強い関心を持っています」
朝田が切り出す。「もし、貴社がこの物質を新たなエネルギー源として利用する技術をお持ちなら、共同研究、あるいはその技術供与について――」
「研究協力は可能です」
キムラが、朝田の言葉を遮った。
「ただし、『供給契約そのもの』は別問題とさせていただきます。魔石の正体は解明しつつありますが、この世界における『魔法現象』そのものの仕組みが完全に解明されたわけではありません。不完全な技術を供与して、貴国で予期せぬサイキック事故が起きても責任は持てません」
(……なるほど。彼らも魔法のすべてを解明したわけではないのか)
朝田は、相手の技術的限界を一つ推測しつつ、この件も一旦引き下がった。
### 6.制度のすり合わせ
取引の条件が見えてきたところで、会談はついに「外交上の核心」へと移った。
「これほど大規模な取引と関係を継続する以上、恒常的な『代表窓口』の設置が不可欠です」
朝田が提案する。
だが、コホートには固定された『首都』が存在しない。
議論の結果、日本側は『エストシラントのパーパルディア側施設を借りて、在コホート日本代表部を置く』こととなった。
一方、コホート側は『プロスペリティ内、あるいはエストシラントに在日本コホート代表部を置く』という変則的な形が採用された。大使館ではなく、あくまで『代表部』。この奇妙な名称もまた、この世界ならではの外交関係を表していた。
さらに、朝田は極めて現実的な法務問題を突きつけた。
「法的地位(外交特権・免除)について確認します。例えば、プロスペリティ号内に滞在する日本人技術者が事故や事件を起こした場合、裁くのは日本法ですか? パーパルディア法ですか? それとも、コホートの社内規則ですか?」
「逆も同じです。我が社の社員に外交官資格を与えるのか。日本国内のコホート施設をどう扱うのか?」
イレーヌも引き下がらない。
巨大な移動可能拠点であるグラヴシップ《プロスペリティ》を、日本領土と同じ不可侵領域として扱うのか?
正式な外交・経済関係を結ぶということは、単に「仲良くしましょう」という紙切れを交わすことではない。事故、犯罪、関税、紛争時の法的手続きなど、現実的な問題を一つずつクリアしなければならないのだ。
### 7.契約の条件と、パーパルディアの台頭
「我々から、技術移転に関する絶対条件を一つ提示します」
タドコロが、扇子を閉じて厳格な顔つきになった。
「日本は、コホートから供与された技術・製品を、いかなる理由があろうと『第三国へ無断で供与・転売しない』こと」
「妥当な条件です」
朝田は即座に頷き、そして冷徹に返した。
「では、我が国からも条件を出します。コホートも、日本国内から取得した製品・技術を、第三国へ無断転売しないこと。さらに、我が国から提供した『製品そのものの用途』を制限するつもりはありませんが、それを『コホートの技術と組み合わせて軍事転用する場合』については、必ず事前協議を行うこと」
相互の輸出管理。
それは、「互いを無条件に信頼してすべてを渡す」のではなく、「信頼できないからこそ、厳密な契約(ルール)によって管理する」という、極めてコホートらしい、そして日本らしい関係性の構築だった。
「……お話し中、失礼いたします」
ここで、オブザーバーとして同席していたパーパルディアの外務卿カイオスが、静かに口を挟んだ。
「お二方の契約と物流において、我が国の『港湾・倉庫・通関制度』を利用することを提案いたします」
カイオスは、両者を見渡した。
「コホートの製品を第三文明圏へ流通させる場合、あるいは日本から大量の物資をコホートへ輸送する場合、我が国のインフラが必ずお役に立てるはずです」
日本とコホートが直接交渉を始めたことで、パーパルディアは単なる「仲介役」から、契約履行・輸送・市場アクセスを支える『巨大な交易ハブ国家』となる可能性を見出していた。
両者はこの提案に興味を示し、パーパルディアの新たな存在感がここで確立された。
### 8.仮協定の締結
数日間に及ぶ熾烈な交渉の末、正式条約の締結に先立ち、一つの暫定的な文書がまとめられた。
『日本国政府とコホート・コーポレーション間の関係構築に関する基本合意(仮協定)』
内容は、以下の通りである。
・公式な外交・経済関係を構築し、安全保障上の連絡窓口を常設するための協定締結に向けた正式交渉の開始。
・双方の代表窓口の設置。
・軍事衝突回避ルールの継続。
・試験的な物資交換の開始。
・技術供与の個別契約化。
・情報保護および第三国への無断移転禁止。
「これで、ようやくスタートラインですね」
朝田が、仮協定の文書に署名を終えて息を吐く。
「ええ。長く、実りある取引の始まりですわ」
タドコロも、優雅にサインを終えて微笑んだ。
### 9.未来と過去の交差点
仮協定の締結から数日後。
日本とコホート双方に、第一回目の『試験取引品』が届けられた。
日本の厚生労働省管轄の特定研究所には、厳重に梱包された小さなジュラルミンケース――コホート製の医療パッケージ(ヒーラーシーラム10本)が届けられ、研究者たちが歓声と畏怖の声を上げていた。
一方、上空の《プロスペリティ》の格納庫。
そこには、日本の航空自衛隊の輸送機から降ろされた、日本製の高品質なベアリング、電線、モーター、精密な切削工具、電子機器などが詰まった巨大なコンテナが鎮座していた。
コンテナを開け、中身を確認したミウラが拍子抜けしたように呟く。
「……なんだ。ただの普通の工具じゃないか」
「その『普通』の工具が、恐ろしく高い精度で、しかも数万単位で揃っているからこそ、圧倒的な価値があるんですよ」
キムラが、真新しい日本製の精密ドライバーを手に取って満足げに言う。
「我々に作れないわけではありません。ですが、これらを自分たちで一から作ろうとすれば、人員と設備を無駄に消費します。完成品を日本から買い上げるのが、最も合理的なのです」
タドコロは、コンテナの中に積まれた『Made in Japan』と印字された製品をそっと手に取り、少しだけ感慨深げな目を向けた。
「遥かな未来(リムワールド)を生きる技術者が、数千年前に遠い祖先たちが旅立った故郷(地球)の工業製品を、実用品として使う日が来るなんてね……」
タドコロは、新品の工具の感触を確かめ、狐耳をピンと立てて不敵に笑った。
「悪くない取引だわ」
異邦人同士の契約は結ばれた。
異なる時間軸を生きた二つの人類が、互いの不足を補い合うための歴史的な『正式条約締結』へ向けて、世界は最後の準備に入ろうとしていた。