辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記   作:ホゲフガ

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第77話:帝国の第一歩

 

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**第3章 第6話:帝国の第一歩

 

**1.未知の帝国**

 

時は遡り第二文明圏、ムー大陸西方。イルネティア王国。

王城ランパールは、蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。城内の会議室には軍や政府の幹部が集められ、緊急の御前会議が執り行われている。

 

「──以上の通りです! グラ・バルカス帝国なる未知の国家が、突如として我が国との国交開設を求めてきております」

 

軍務卿が、声を上擦らせて報告した。

 

国王イルティス十三世を含む、会議に参加している全員が困惑の表情を浮かべている。軍務卿の報告内容は、彼らの常識と理解を完全に超えるものだった。

 

「グラ・バルカス帝国? そんな国、聞いたこともないぞ。……どこにあるのだ?」

 

国王の問いに対し、軍務卿は広域海図を指し示しながら説明を始めた。

 

昨日、イルネティアの沖合に突如として「鋼鉄の巨大な軍艦」六隻が現れたという。彼らはグラ・バルカス帝国と名乗り、ここより西方に位置する島国からやって来たと告げた。

 

「イルネティアより西方に、あのような巨大な近代軍艦を建造できるほどの大国があるなど、聞いていないが……」

「それが……彼らの説明によれば、今からちょうど『十四日前』に、突如としてユグドなる別世界から国土ごと転移してきた、と」

 

「ユグドから転移してきただと?」

 

国王は、思わず半笑いを浮かべた。

 

「つまり異世界からやって来たと? まるで、東のムー大陸のおとぎ話ではないか」

 

イルネティア島から見て東部に位置する第二文明圏の列強国・ムー。彼らもまた、伝説によれば別世界から転移してきたと言われている。だが、それは当のムー人ですら信じる者が少ない神話であり、会議に出席している者たちも一笑に付すのみだった。

しかし、軍務卿だけは顔面を蒼白にしたまま言う。

 

「ですが陛下! イルネティア沖を遊弋しているグラ・バルカスの艦隊は、おとぎ話ではなく紛れもない『現実』なのでありますぞ! あの艦隊に混じる巨大な艦をご覧ください。平らな飛行甲板を持ち、我が軍の装甲艦よりも遥かに強大です。恐らくは、第一文明圏の神聖ミリシアル帝国の最新鋭艦クラスに匹敵する戦闘力を持っているかと……!」

 

軍務卿の必死の訴えに、会議室の空気が一気に重く沈んだ。

 

「……ミリシアルと同等の国力を持った国が、突然現れて国交を求めてきた、か。由々しき事態だな」

 

将軍の一人が呟き、出席者たちが無言で同意を示す。

 

「分かった。貴公の言い分を信じよう」

 

国王は、重々しく頷いた。

 

「まずは相手の使者を受け入れ、出方を窺うこととする」

 

**2.砲艦外交の真意**

 

「ふう……。とりあえず、最初の関門は突破したというところでしょうかね」

 

グラ・バルカス帝国海軍・派遣艦隊旗艦。ヘリコプター巡洋艦《トーリマン》の艦橋にて、外務省の若き外交官シエリア・オウドウィンは安堵の溜息をついた。

 

帝国がこの未知の世界に転移して、ちょうど十四日。

右も左も分からない、既存の海図すら一切役に立たない暗中模索の中で、ようやく異世界の国家と『交渉する段階』まで漕ぎ着けることができたのだ。

 

「ええ。まさかこれほど早く、正式な外交の場を設けていただけるとは思っていませんでした」

 

彼女の言葉に応えたのは、帝国海軍の洗練された制服に身を包んだ艦隊司令、アイラクス中将である。

 

「帝国が異世界に転移して、初めて接触する国家です。何としても友好的な関係を築きたいですね。我々はこの世界では新参者なのですから、無用な敵を作るのは得策ではありません」

 

シエリアは、全権大使としての責任感から真剣な表情で言った。

 

「同感です。……しかし、友好関係を築くのに、これだけの軍艦で他国の領海に乗りつけるというのは、どうなんでしょうかな?」

 

アイラクスは、苦笑しながら首を傾げた。

無理もない。この艦隊は旗艦トーリマンをはじめ、護衛空母一隻、重巡洋艦一隻、駆逐艦三隻で構成されており、その威容はまさに強国による『砲艦外交』と呼ぶに相応しいものだった。

 

シエリアは、眼鏡の位置を直し、理知的な目で海を見つめた。

 

「我々としても、決して戦争などしたくはありません。ですが……だからといって、未知の世界で『弱国』だと思われるわけにはいきません。国家の外交力や発言力を担保するのは、結局のところ軍事力なのです」

 

「舐められれば、付け込まれる、と?」

 

「はい。我々が圧倒的な武力を背景に示すことで、相手に『戦うより交渉した方が利益になる』と思わせなければなりません。戦争を避けるための抑止力として、あえて強引にこちらのペースで盤面を作ります」

 

「なるほど、軍人よりも外交官殿の方がよほど好戦的だ」

 

アイラクスが笑う。

 

「お任せいたしますよ。ところで、もし仮に彼らが敵対するようなことがあれば、いかがいたしましょう?」

 

「その時は……仕方ありません。帝国の臣民を守るため、全力をもって叩き潰さねばなりませんね。まあ、そうならないようにするのが、私の仕事ですけれど」

 

シエリアは肩をすくめて見せた。

 

彼女は本気で「平和的な外交」を望んでいた。自国の安全を確保するための、近代国家として極めて合理的な外交方針。それが後に、魔法や独自のプライドを持つ他国からいかに『野蛮な脅威』として映るかを、彼女はまだ知る由もなかった。

 

「シエリア大使。ヘリの準備が整いました」

 

伝令の声に、シエリアは頷いた。

 

「それでは、行って参ります」

 

**3.異形の飛竜**

 

イルネティア王国、ランパール城の中庭。

普段は美しい花々が咲き誇るその場所は、今や未知の帝国からの使者を迎えるため、物々しい雰囲気に包まれていた。

 

「使者は航空機(空飛ぶ機械)でやってくると聞いたが……滑走路もない中庭に着陸できるのか?」

 

イルネティアの外交担当官ビーリーが、空を見上げながら呟く。

 

「先方の通信によれば、垂直に離着陸できる機体とのことですが……」

「なんだそれは。そんな気球のような真似ができる飛行機など、ムーにも存在しないぞ」

 

ビーリーが混乱していると、頭上から空気を叩き切るような重低音が響いてきた。

 

「あれが……グラ・バルカスの飛行機か!」

 

イルネティアの人々からすれば、それは奇怪極まる乗り物だった。膨らんだ機首を持ち、胴体の天辺で巨大な刃(ローターブレード)が回転している。

グラ・バルカス帝国海軍の対潜哨戒ヘリコプター《H-58》が、強烈なダウンウォッシュを巻き起こしながら、彼らの目の前にゆっくりと着地した。

 

「こ、これが……空を飛ぶ機械……」

 

初めて見るヘリコプターの異質なフォルムに、ビーリーと侍従たちは驚愕し、顔を引きつらせた。

 

ローターの回転が止まり、機体のドアが開く。

降りてきたのは、灰色を基調とした洗練された制服に身を包み、長いブロンドの髪を後ろでまとめた女性だった。数名の完全武装した護衛を伴っている。

 

「初めまして。私はグラ・バルカス帝国外務省所属、シエリア・オウドウィンです。貴方がこの国の外交担当の方ですか?」

 

シエリアは、落ち着いた口調で問いかけた。

 

「は、はい! 私が外交担当官のビーリーです」

 

極度に緊張するビーリーとシエリアは固い握手を交わし、城内の会議室へと移動した。

 

**4.情報と世界地図**

 

窓のない、重厚な石造りの会議室。

ビーリーとシエリアは席に着くと、挨拶もそこそこに本題へと入った。

 

「まず、我が国の現状についてご説明いたします」

 

シエリアは、手元の書類を開いた。

 

「我がグラ・バルカス帝国は、今からちょうど十四日前……征暦一九六四年の八月十五日に、ユグドという世界からこの世界へ国土ごと転移してきました。転移直後の社会的混乱がようやく収束したため、周辺国との国交樹立に向けて動き始めた次第です」

 

「なるほど、転移してまだ二週間程度ということですか……」

 

ビーリーは、相手の国家機構の立ち直りの早さに内心で驚きつつ、首を傾げた。

 

「しかし我々としましては、貴国の規模や実態について何も知らない状態です。失礼を承知で申し上げれば、信用に値するかどうかの判断すら出来かねます」

 

「当然の疑念です。我々についてご説明しましょう」

 

シエリアは、国家の誇りを持って答えた。

 

「我々グラ・バルカス帝国は、皇帝グラ・ルークス陛下を頂点とする大帝政国家です。人口は約三億五千万。高度な技術力を持った先進国であると自負しております」

 

「さ、三億五千万!?」

 

ビーリーは、椅子から腰を浮かせんばかりに驚愕した。イルネティアの人口は約八百万人。桁が二つも違う。

 

「先ほどのヘリコプターに加え、我が国は鉄道、自動車、航空機、そして沖合の艦隊などの先進的な科学技術を保有しています。……しかし、我々にも決定的に不足しているものがあるのです」

 

シエリアは、真剣な目でビーリーを見た。

 

「不足しているもの、とは?」

「『情報』です」

 

シエリアは、深く頭を下げた。

 

「我々はこの世界について、文字通り何も知りません。一つお願いがあります。この世界の『地図』と、主要な国家の勢力図――ムー、神聖ミリシアル帝国といった大国の情報を、可能な限り詳細に提供していただけませんか? その対価として、我々の技術の一部供与や、国交を通じた確固たる友好関係をお約束します」

 

(なるほど……彼らは自分たちの安全のために、この世界の状況を知りたがっているのか)

 

ビーリーは、相手が圧倒的な武力を持ちながらも「孤立した新参者」として情報に飢えていることを理解し、わずかに安堵した。

 

「分かりました。地図と周辺情勢の基本資料をご提供しましょう」

 

**5.圧倒的な兵器体系**

 

「情報のご提供、心より感謝いたします。では、我が国がご提供できる『技術』の一端をお見せしましょう」

 

シエリアは傍らの護衛兵に合図をした。

 

兵士が木箱をテーブルの上に置き、蓋を開ける。そこには、イルネティアで使われている木と鉄の古めかしい小銃とは全く異なる、無機質で洗練された黒い銃器が収められていた。

 

「これは……銃器の類のようですが?」

「我が国のアームズファイア社製自動小銃『AWM23』です。口径6.2ミリ、装弾数は三十発。セミオート(半自動)とフルオート(連射)の切り替えが可能です」

 

シエリアは、この時のために暗記してきたスペックをすらすらと読み上げた。

 

「宜しければ、実射性能をご覧に入れますが?」

「ぜひお願いします! この目で確認したい」

 

一行は、城内にある練兵場(射撃場)へと移動した。

 

「それでは、まず我が国の小銃の性能をお見せしましょう」

 

ビーリーの指示で、イルネティアの歩兵が五十メートル先の木製標的に向かって構える。

イルネティア国産の『後装式ライフル(8ミリ単発)』。信頼性が高く、第二文明圏でも優秀とされる銃だ。

 

ターンッ!

発砲音と共に、銃弾は五十メートル先の標的のほぼ中心を撃ち抜いた。兵士は慣れた手つきでボルトを引き、薬莢を排出して次弾を装填する。

 

「見事です」

 

シエリアは、素直に感嘆の声を上げた。

 

(旧式(ボルトアクション)だが、兵士の練度は高い。五十メートルで初弾必中なら、軍隊として最低限以上の訓練は施されている……)

 

シエリアは単に驚くのではなく、外交官として相手の軍事レベルを冷静に測っていた。

 

「ありがとうございます。さあ、次は貴方方の番ですよ」

 

ビーリーが促す。

 

グラ・バルカスの護衛兵が進み出た。

彼はAWM23に三十連マガジンを挿入し、チャージングハンドルを引いて初弾を薬室へ送り込む。立射の姿勢で、五十メートル先の新しい標的に照準を定めた。

 

「撃ちます」

 

タンッ! タンッ! タンッ! タンッ! タンッ!

セミオートによる五連射。排莢と装填の動作を一切挟まず、引き金を引くだけで連続して銃弾が放たれ、すべてが標的の中心付近に着弾した。

 

「なっ……!?」

 

ビーリーは目を見開いた。弾丸の一発の威力ではない。歩兵一人が、瞬時に連射できる『速度』が異常なのだ。

 

「次はフルオートで撃ちます」

 

兵士がセレクターを切り替え、引き金を引いたままにする。

 

ダダダダダダダダダダッ!!

 

連続した銃声が鳴り響き、残りの二十五発が数秒で標的に叩き込まれる。土煙が晴れた後には、原形をとどめないほどに粉砕された木製標的の残骸が転がっていた。

見学していたイルネティア兵たちは、呆然と口を開けて固まっている。

 

(一人の兵士が、これほどの弾幕を張れるというのか!?)

 

ビーリーは戦慄した。先ほどまで頼もしく見えていた自国の小銃が、急に時代遅れの骨董品に見えてしまったのだ。魔法でもない、見たこともない別次元の兵器体系だった。

 

「素晴らしい……! 我が軍の小銃にも、これほどの連続射撃能力があれば……」

「我が国と国交を結んでいただけるのであれば、友好関係構築の証として、この『AWM23』を二百丁、無償供与させていただきますよ」

 

シエリアが、すかさず外交カードを切った。

 

「ほ、本当ですか!?」

「ええ。銃本体だけでなく、弾薬、予備部品、整備方法、そして扱い方の訓練までセットでご提供します」

 

シエリアは、優雅に微笑んで右手を差し出した。

 

「私達グラ・バルカス人は、異世界の住民ではあります。しかし、我々は悪辣な侵略者ではありません。貴国が我々を受け入れてくれるならば、私たちは良き隣人となりましょう」

 

ビーリーは、少しの躊躇いの後、その強大な「良き隣人」の右手を力強く握り返した。

 

「ありがとうございます! 貴方方が友好的な方々で良かった! 是非とも、よろしくお願いいたします!」

 

こうして、グラ・バルカス帝国とイルネティア王国の間に国交が成立した。

 

帝国の外交は、完璧な成功を収めたかに見えた。

グラ・バルカス本国はこの成功体験を元に、「この世界でも、我々の常識と軍事力を背景にした砲艦外交は通用する」と確信し、イルネティアだけでなく、パガンダ、レイフォル、ムー、ミリシアルなど、全方位への一斉な『使節団派遣』を決定することになる。

 

彼らは信じていた。「我々は侵略者ではない。近代国家として正当な外交をしているだけだ」と。

この『戦争を避けるための武力外交』という自国の正義が、やがて異世界の複雑な条約網と国家のプライドに衝突し、取り返しのつかない大戦争(パガンダ・レイフォル戦役)を引き起こす最悪の引き金となることを、この時のシエリアたちはまだ誰も知らなかった。

 

 

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