辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記 作:ホゲフガ
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## 第3章 第7話:帝国の憂鬱
### 1.新参者の憂鬱
グラ・バルカス帝国首都、ラグナ。
皇帝の居城であり行政の中核でもあるニヴルス城にて、皇帝グラ・ルークスは一人、執務室の窓から外を眺めていた。
窓の向こうでは青空が広がり、穏やかな風が吹いている。眼下に見下ろす帝都の街並みは平穏そのものであり、人々が行き交い、市場は賑わいを見せていた。
「異世界でも、空の青さは変わらんか……」
ルークスはそう呟きながら、安堵の息を漏らした。
帝国がこの異世界に国土ごと転移した直後は、まさに混乱の極みであった。
ルークスは直ちに国家非常事態宣言を出し、戒厳令を敷いて事態の収拾を図った。これにより表面的なパニックは落ち着いたものの、水面下では依然として未曾有の事態に対する動揺が続いている。
しかし、それもいずれ終わる。窓から見える臣民たちの姿を見ながら、彼はそう確信していた。
転移からおよそ二週間。帝国軍と情報機関は周辺の偵察と情報収集に全力を挙げており、既にこの世界についてある程度の理解を深めていた。
この世界にはいくつもの国家が存在し、その中には軍事大国も存在すること。そして、グラ・バルカス帝国と同じく科学力によって立脚する国すら存在するかもしれない、ということ。
先日のイルネティア王国との接触は、ひとまず平和裏に終わった。
だが、そうでない国もあった。イルネティアの南に位置する島国『パガンダ王国』との接触は、平和的とは程遠いものとなった。
パガンダ王国は、使節として赴いたグラ・ルークスの実弟であるグラ・ハイラスを殺傷しようとしたのだ。幸い、ハイラスは軽傷を負ったものの護衛の奮戦により無事に脱出し、本国へ帰還した。
この事態の説明を求めた帝国の通信に対し、パガンダ側から返ってきた回答は『蛮族のくせに生意気だったから』という、到底信じがたい理由だった。
さらに報告によれば、パガンダ側は皇弟ハイラスへ五体投地を強要し、彼を踏みつけ、非常識な額の金品まで要求したという。
この事態に、ルークスは頭を抱える思いであった。
そのような野蛮な振る舞いを平然と行う異世界の国家と、どう付き合っていけばいいのか。パガンダ王国との国交はどうなるのか。
(まずはパガンダへの対応を考えねばならんな……)
そんなことを考えている時、ドアをノックする音が聞こえた。
「入れ」
ルークスが応じると扉が開き、侍従長が入ってきた。
「失礼いたします。陛下、会議の準備が整いました」
「そうか、今行こう」
ルークスは立ち上がり、部屋を出た。その表情は極めて険しかった。
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### 2.列強と国内事情
三十分後。玉座の間にて、グラ・バルカス帝国の主要閣僚による最高会議が行われていた。
出席者は皇帝グラ・ルークスをはじめ、内政を取り仕切る『知勇兼備』の帝王府長官カーツ。国防大臣ブリガスト。諜報活動の責任者であり『帝国の頭脳』と呼ばれる戦略情報局長官アルダー。そして、外務大臣ルナンである。
彼らは円卓に着席し、真剣な表情で帝国の未来を決める会議に臨んでいた。
まず口を開いたのは、外務大臣ルナンだった。
「イルネティア王国との接触は平和裏に終了し、無事に国交が樹立されました。さらにイルネティアの仲介によってムー国とも接触の糸口を掴んでおります。ムーへは近く、親善と情報収集を目的とした艦隊を派遣する予定です」
「ふむ、そうか……」
ルークスは、真新しい――大部分がまだ白紙の世界地図を見ながら顎を撫でた。
「帝国本土の東に巨大なムー大陸と呼ばれる大陸があり、様々な国家が存在している。その中で最も有力なのがムー、ということだな。……ムーとは如何様な国だ?」
ルークスの質問に、戦略情報局長官アルダーが答える。
「はい。ムーは東の大陸において最大の版図を誇る列強国です。軍事力・経済力ともに、この世界ではトップクラスと言えます」
「列強国か。すると、ムー以外にも大国が存在しているのだな?」
「はい。世界には大小様々な大陸が存在し、それぞれに国家群が存在しています。その中でも特に強大な力を持つのは『神聖ミリシアル帝国』『パーパルディア皇国』、そして『レイフォル』です。彼らはいずれも強力な国力と軍事力を持つ列強として知られており、特に神聖ミリシアル帝国は世界最強を謳われる最大の覇権国家のようです」
「なるほどな……」
アルダーの説明を聞き、ルークスは深く思案する。
未知の大国。果たしてこれらの国は味方になるのか、それとも敵対するのか。
現時点で、帝国は日本国やコホート・コーポレーションという「異邦勢力」の存在をまだ知らない。彼らの世界認識は、あくまでこの世界の列強国のみに向いていた。
「いずれにせよ、帝国にとって友好的な関係を築いていきたい。我が帝国はこの異世界では孤立した新参者だ。無用に敵を増やすのは得策ではないからな」
「御意にございます」
ルークスの言葉にルナンが同意する。
しかし、帝王府長官カーツは内心で不安を抱いていた。
(新参者……か。確かにその通りだ。我々は軍事的優位を見せて交渉に引きずり出す『砲艦外交』の方針を採っているが、果たしてこの世界の列強が、我々を対等な国家として受け入れてくれるだろうか?)
「では、次の議題に移ります」
カーツは懸念を胸に秘めたまま、新たな話題を切り出した。
「国内状況についてです。帝都は現在安定した情勢を保っており、食糧・生活物資ともに枯渇は見られません。しかし、地方都市のいくつかで小規模な暴動が発生しており、治安部隊の増強が必要です。……そして最大の懸念事項が、燃料(石油)の確保です」
会議室の空気が重くなる。
グラ・バルカス帝国は国内にも複数の油田を有している。しかし、三億五千万人の人口と巨大な工業・軍事部門を維持するには到底足りず、平時から相当量を海外からの輸入に頼っていたのだ。
転移によって海外の供給網(シーレーン)を完全に喪失した今、帝国の石油備蓄は音を立てて減り続けている。燃料が枯渇すれば、どれほど強大な軍艦や航空機を持っていようと、それらはただの鉄屑になる。
「引き続き戦略物資の統制を継続せよ。他国との交易で石油に代わる燃料を入手できればよいが……」
「ムーは科学技術が発達した国だと聞きました。ならば、石油のような燃料も輸入できるかもしれません」
アルダーの言葉には希望が含まれていたが、ムーが帝国の巨大な需要を満たせるほどの産油国である確証はまだない。
帝国の現在の最優先目標は「世界征服」などではなく、国家の「生存」そのものだった。
「いずれにしても、情報収集は継続して必要だな。次は軍の状況についてだ」
ルークスは国防大臣ブリガストへ視線を向けた。
「はっ。陸海空軍ともに各部隊の規律は維持されており、実戦に耐えうる練度を保っております。しかし、一部の部隊で燃料不足による活動制限が懸念される状況です」
「新兵器の開発はしばらく見送りだな。他国の技術レベルを加味し、現在の装備の保守と生産を優先すべきだろう」
「承知いたしました」
グラ・バルカス帝国は転移の三年前まで、宿敵であるケイン神王国とユグドを二分する大戦を繰り広げていた。休戦協定後、再戦に備えて様々な新兵器の開発を行っていたが、転移の混乱と資源不足により、それらは現在中断されている。
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### 3.パガンダ事件への対応
ルークスは、重い息を吐いて次の議題へと会議を進めた。
これが、本日の会議で最も重要かつ、最大の難題であった。
「……パガンダ王国が、使節である我が弟ハイラスを殺傷しようとした件についてだが。これについて意見はあるか?」
ルークスは慎重に言葉を選びながら尋ねた。
一同の間で沈黙が流れる中、カーツが口を開いた。
「パガンダ王国は我が国を蛮族と見下し侮辱した上、ハイラス様の命を脅かしました」
「この事実は到底許しがたいものであります。帝国はパガンダに対し、相応の武力による報復を行うべきでしょう」
アルダーが、戦略情報局長官として冷徹に意見を述べる。
「放置すれば、我が国の権威が損なわれます。パガンダを野放しにすれば、他の国々も帝国を『皇族を襲われても報復できない弱国』と見做し、我々を軽視するでしょう。それは長期的な安全保障上、極めて危険です」
その言葉に、国防大臣ブリガストも同意するように頷く。
しかし、ルークスとしては簡単に武力行使という結論を出すわけにはいかなかった。
「待て。アルダーの懸念はもっともだが、情報によれば、パガンダはこの世界の列強の1つである『レイフォル』の保護国だ」
ルークスは、世界地図のレイフォルを指し示した。
「報復としてパガンダを攻撃すれば、それは間違いなく背後にいるレイフォルとの戦争に発展する。帝国はまだこの世界の全容を掴んでおらんのだ。転移直後に、いきなり未知の列強国と全面戦争を始めるのは、国家の生存戦略として愚の骨頂だろう」
ルークスの判断は、極めて真っ当だった。
皇族を傷つけられた怒りはある。だが、怒りに任せて国家を未曾有の危機に晒すわけにはいかない。
「ならば、どうなさいますか? 泣き寝入りしろと?」
ブリガストが問う。
「いや。外交的措置をとる。パガンダに対して正式な抗議文を送り、公式な謝罪と賠償金を要求する。あくまで『国家間の外交交渉』として解決を図るのだ」
武力報復(戦争)ではなく、外交的抗議。
それは、近代国家として最も正常な対応だった。
「なるほど……。して、使者は誰になさいますか?」
外務大臣ルナンが問う。
「……カバルを使者として送る」
その言葉に、一同は驚愕した。
カバルはグラ・ルークスの息子。すなわち、帝国の皇太子である。
「反対です、陛下!」
国防大臣ブリガストが即座に声を荒らげた。
「ハイラス殿下が襲撃された直後です! そんな危険な国へ、次期皇帝たる皇太子殿下を派遣するなど、あまりにもリスクが大きすぎます!」
「私もブリガスト大臣に同意します」
ルナンも慌てて制止する。
「抗議使節なら、外務省の外交官で十分なはずです!」
「しかし……」
アルダーが思案気に口を挟む。
「皇太子殿下を派遣すれば、パガンダ側も『グラ・バルカス帝国政府がこの問題をどれほど重大視しているか』を正確に理解する可能性があります。ただの外交官では、『外務省からの単なる要求』として軽くあしらわれるやもしれません」
「その通りだ」
ルークスは、重々しく頷いた。
「私は戦争をしたいのではない。むしろ、戦争を全力で避けたいのだ。そのために、帝国がこの問題をどれほど重大視し、本気で抗議しているか、これ以上はレッドラインであることを、相手国の首脳陣に正確なシグナルとして理解させる必要がある」
カバルの派遣。
それは決して愚かな判断ではなかった。パガンダの背後にある列強レイフォルとの戦争を何としても回避するための、ルークスによる『極めて政治的で合理的な外交の賭け』だったのだ。
「カバルは帝王学を学んでおる。感情を殺し、帝国の意思を正確に伝える使節としては適任だ。……必ず、外交で決着をつける」
ルークスの断固たる決意に、出席者たちは押し黙った。
ハイラスが軽傷で済んだからこそ、「まだ外交で解決できる」という心理的余地が生まれてしまった。それが、さらなる悲劇の連鎖を呼ぶことを、彼らは誰も予測できなかった。
「……分かりました。陛下がそこまでおっしゃるなら、カバル殿下を使者に立てましょう」
ルナンが深く頭を下げ、他の閣僚たちも重苦しい空気の中で同意した。
こうして、会議は終了した。
帝国は、戦争を避けるための最大限の努力を尽くしたつもりだった。
外務省は徹夜で抗議文の作成に入り、情報局はレイフォルとパガンダの力関係の再調査を急ぎ、海軍は万一に備えて派遣艦隊の準備を始めた。
(……カバル。お前に命じるのは報復ではない。交渉だ)
自室に戻ったルークスは、遠く離れた息子へ向けて心中で語りかけた。
(パガンダが何を言おうと、決して感情を表に出すな。帝国は戦争を望んでいない。……必ず、無事に帰ってこい)
誰も、戦争になるなどとは思っていない。ただ念のために備え、平和的に解決できると信じている。
しかし、世界は彼らの合理的な願いとは全く別の方向へと転がり始めていた。帝国は今、自らの意思とは裏腹に、取り返しのつかない破滅のシナリオへと足を踏み入れようとしているのだった。