辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記 作:ホゲフガ
---
## 第3章 第8話:すれ違う思惑
### 1.小国の恐怖
5日後。パガンダ王国にて。
王城の執務室で、国王アニュンビス3世は頭を抱えていた。原因は、グラ・バルカス帝国からの使者ハイラスに対する襲撃事件である。
彼の甥であり、外交担当のドグラスがグラ・バルカスの皇族を傷つけたという報告は、アニュンビス3世にとって完全な寝耳に水であった。
(ドグラスめ……バカなことを……!)
皇族を傷つけられて黙っている国家などいない。アニュンビス3世は怒りと焦りを感じていた。
グラ・バルカス帝国という国家の名前は聞いたことがない。しかし、彼らは見たこともない巨大な鋼鉄の軍艦でパガンダの沖合までやってきたのだ。
そんな正体不明の国家に、こちらから喧嘩を売る行為はまさに自殺行為だ。
(愚か者が! いったいどう責任を取るつもりだ!)
ドグラスには現在謹慎を命じているが、おそらくグラ・バルカス帝国は怒り狂っているだろう。
「どうすれば……」
そう呟いた時だった。執務室に慌てた様子の衛兵が駆け込んできた。
「へ、陛下! 大変です!」
「どうした?」
アニュンビス3世が怪訝な表情を浮かべる。
「グラ・バルカス帝国の使者と名乗る者が、艦隊を率いて到着しました!」
「な、なんだと!?」
アニュンビス3世は思わず立ち上がり、窓へ駆け寄る。
そこから海を見ると、確かに巨大な鋼鉄の艦船が何隻も遊弋していた。パガンダ王国が保有する最大の戦艦より遥かに大きく、不気味なほど洗練されたデザインをしている。
「あれが……グラ・バルカス帝国の軍艦だと……?」
アニュンビス3世は呆然と呟いた。
彼はグラ・バルカスの全軍事力を知っているわけではない。だが、あの巨艦と、使者を護衛するために上陸してきた完全武装の二個中隊の兵士たちを見るだけで、直感的に理解できた。
(勝てない……! 少なくとも現在の我々の戦力と情報では、到底対抗できない!)
あんな巨艦を備える国と戦争になってたまるか。
まさかこんなにも早く使者が来るとは予想外だった。
(まずい! このままでは我が国は……)
この外交会談は絶対に失敗できない。もし交渉が決裂すれば、パガンダ王国はグラ・バルカス帝国に蹂躙されるだろう。それだけは何としても避けなければならない。
「陛下! どういたしましょうか?」
宰相が不安そうに問いかけてきた。
アニュンビス3世はしばらく考え込んだ後、覚悟を決めたように言った。
「宰相! まずは使者との会談を開こう! それから対策を考えるのだ!」
### 2.強気な要求と、安堵の笑み
数時間後。パガンダ王国王城、謁見の間。
アニュンビス3世と宰相の前に、グラ・バルカス帝国からの使者である皇太子グラ・カバルと、彼を警護する兵士たちが控えていた。
カバルの周りには、隙のない完全武装の兵士たちが立っている。ハイラスの時と同じ轍は踏まないという決意の表れだ。王城から港に至る道にすら兵士が配置されており、その厳重な警戒態勢はパガンダに対する強烈な威圧となっていた。
「では、これより両国による会議を開始する。まずは自己紹介をしてもらおう」
宰相の言葉に従い、まずカバルが名乗る。
「私はグラ・バルカス帝国皇太子、グラ・カバル・フォン・グランデリアだ。この度は我が国の皇族であるハイラス殿を侮辱し、あまつさえその命までも危ぶませたことに対する、謝罪と賠償を求めるために来た」
続いてアニュンビス3世も口を開いた。
「私はパガンダ王国国王、アニュンビス3世だ。我が甥ドグラスが貴国の皇族を侮辱し、御命を危険に晒したことについては深く反省している。……だが、我が国にも言い分がある!」
アニュンビス3世は、恐怖を隠して必死に強気に出た。
「言い分だと?」
カバルが訝しむように尋ねる。
「そうだ。グラ・バルカス帝国は、我が国の領海に軍艦で侵入した! 事前の通達なしのそのような行為は、重大な国際法違反である!」
アニュンビス3世の指摘に対し、カバルは眉をひそめ、しかし冷静に頷いた。
「確かに、その点については我が国に非がある。謝罪しよう。……だが、それとハイラス殿を傷つけたこととは話が別だ」
カバルは厳しい口調で切り捨てた。彼らは「自分たちがすべて正しい」と傲慢に振る舞うわけではない。自国の非は認めるが、だからといって皇族への襲撃は正当化されないという、極めて理詰めの外交姿勢だった。
「まずは非礼を詫びよう。そして謝罪を受け入れてほしい」
アニュンビス3世は深々と頭を下げた。平行線を辿れば最悪の場合、戦争になる。
だが、カバルは冷たく言い放つ。
「言葉の謝罪だけでは足りぬ! 謝罪の形に誠意が見えるべきだ。貴国からの正式な謝罪の証として献上品を要求する。また、今回の事件の首謀者であるドグラスの身柄の引き渡しも要求する!」
カバルの要求に、アニュンビス3世は苦虫を噛み潰したような顔をした。
ここで断れば戦争になる。しかし、パガンダは『レイフォル』の保護国だ。献上品や王族の身柄の引き渡しといった屈辱的な行為を、宗主国であるレイフォルの許可なく勝手に決めるわけにはいかない。
「どうした? 早く答えよ!」
カバルが催促する。アニュンビス3世は葛藤の末、口を開いた。
「……分かった。献上品を贈ろう。だが、ドグラスの身柄引き渡しについては、宗主国であるレイフォルの回答を待ってくれ」
その言葉を聞いて、カバルはわずかに口元を緩めた。
(……よかった。少なくとも、パガンダ王国は要求を受け入れる姿勢を見せた。これならば、父上の命じた通り、戦争を避けて話し合いで決着できるかもしれない)
カバルは内心の安堵を隠し、傲然と頷いた。
「結構だ。では早速準備をしてくれ。期限は10日後だ」
こうして、最初の会談は幕を閉じた。アニュンビス3世はすぐに側近に命じ、レイフォルへ急使を派遣したのだった。
### 3.賢人の推論
それから二日後の午後。
パガンダの宗主国である列強レイフォルの王都レイフォリア。レイフォル皇帝ヒューエル1世は、パガンダから届いた急使の書簡に目を通し、険しい顔をしていた。
「グラ・バルカス帝国について、どう思う?」
ヒューエル1世が臣下たちに問いかける。軍務卿のローレルが鼻を鳴らした。
「グラ・バルカスなど、最近になって出てきた新興国でしょう。我がレイフォルの覇権を奪おうと威圧してくるならば、粉微塵に打ち砕くまでです」
臣下たちは同意するように頷いた。だが、ヒューエル1世の考えは違った。
(本当に、ただの新興国なのか?)
ヒューエル1世は疑問に思った。もしグラ・バルカスが弱小国だとしたら、歴史も浅い新興国が、強力な同盟国も持たないまま、単独で軍艦を率いて他国を威圧するだろうか。あまりにも余裕がありすぎる。
考えられる可能性は二つだ。彼らが単なる愚か者であるか。それとも――『レイフォルに匹敵する、あるいはそれ以上の超大国』であるか。
(どちらにしても、厄介だな……)
ヒューエル1世がため息をついた時、一人の老齢の男性が進み出た。
レイフォルの宰相、ゴードン・ランカー。その高い政治力と洞察力から『賢人』とも呼ばれる人物である。
「陛下。申し訳ありませんが、今回の件につきましては、私にお任せ願えないでしょうか」
「ほう。どうするつもりだ?」
「私が直接、パガンダへ赴きましょう。そして、グラ・バルカスの皇太子と交渉を行います」
ヒューエル1世が眉をひそめる。
「直接、グラ・バルカスの本土へ行くのではないのか?」
「はい。グラ・バルカス帝国の本拠地がどこにあるのか、我々はまだ把握しておりません。そんな状態で未知の海域へ向かうのは危険です。それに、カバル皇太子は現在パガンダに滞在し、返答を待っています。ならば、こちらから会談場所を変える必要はありません」
ゴードンの理にかなった説明に、ヒューエル1世は納得して頷いた。
「よかろう。ただし条件がある。一つ、戦争になる可能性は低いとはいえ危険が伴う。お前自身の安全は自分で守ること。二つ、我が国に不利となるような条件は一切認めないこと」
そして、ヒューエル1世はさらに付け加えた。
「三つ。あくまで我が国の利益を最優先とし、パガンダ王国には一切肩入れしないことだ」
「了解いたしました」
ゴードンは即答した。レイフォルにとって、パガンダはあくまで防波堤(保護国)の一つに過ぎない。パガンダを無条件に守ってやる義理などないのだ。
こうして、レイフォルとグラ・バルカスの両国代表者が、パガンダ王国にて直接会談を行うことが決定した。
### 4.最初の直接交渉
数日後。パガンダ王国の港に到着したゴードンは、沖合に停泊するグラ・バルカス帝国の艦隊を見て、言葉を失った。
(なんだ、あの巨大な鋼鉄の船は……。ムーの軍艦より大きいぞ!?)
ゴードンは軍人ではないため、レーダーや通信設備、砲の威力を正確に評価することはできなかった。しかし、あの威容を見れば、パガンダが恐怖に震え上がった理由は痛いほど理解できた。
一方、パガンダの王城でゴードンを迎えたカバルもまた、レイフォルの対応に驚いていた。
(パガンダの一件に、レイフォルが『宰相本人』を送り込んできた。……彼らも、我々との戦争を避けようと本気で外交に臨んでいる証拠だ)
会談は、意外にも礼儀正しく始まった。
ゴードンは、グラ・バルカスの使節団が極めて洗練された官僚組織であることを悟り、「彼らは話の分かる連中だ」と安堵した。カバルもまた、「レイフォルは道理の通じる相手だ」と感じていた。
双方とも、「これなら戦争は避けられる」と確信したのだ。
そして、交渉に入る前に、奇妙な『情報交換』が行われた。
「ゴードン殿。本題に入る前に、一つ教えていただきたい。我々はこの世界について、まだ知識が乏しいのです。……『神聖ミリシアル帝国』や『ムー』といった国々について、貴国の知る世界情勢をお聞かせ願えないか」
カバルの要請に、ゴードンは内心で驚愕した。
(これほどの軍事力を持つ大国が、世界の基本情勢すら知らないだと? まさか彼らは、本当に『異世界』から来たというのか?)
ゴードンは求めに応じ、第一・第二文明圏の情勢を大まかに説明した。カバルをはじめとするグラ・バルカスの外交官たちは、それを食い入るように熱心に記録していく。
逆にグラ・バルカス側も、レイフォルの人口、主要産業、軍事規模などを質問した。
(なるほど、レイフォルは我々が想定していた以上に大きな国家だ。……父上の言う通り、今は戦争をするべき時期ではない)
カバルは、レイフォルという国の規模を評価し、慎重さを強めた。
### 5.『保護国』という爆弾
「では、本題に入りましょう」
ゴードンが、静かに切り出した。
「パガンダは我が国の保護下にあります。今回の件については、パガンダの王族にも非があることは認めます。しかし、彼らの身柄を貴国へ引き渡すことは、我が国の主権と保護条約の観点から、到底認められません」
カバルが、鋭い視線を向けた。
「では、パガンダの王族は、我が国の皇族を襲撃しておきながら、何の責任も取らないと?」
「そうは言っていません」
ゴードンが首を振る。
「パガンダからの正式な謝罪、ハイラス殿下への賠償金の支払い、公式声明の発表。そして、ドグラス本人の外交職からの永久追放と『我が国の国内法に基づく処罰』をお約束します。それで手を打っていただけないか」
極めて現実的で、妥当な落とし所だった。
しかし、カバルは不満を隠さなかった。
「なぜ、首謀者の身柄を引き渡せないのだ?」
「先ほども申し上げた通り、パガンダはレイフォルの『保護下』にあります。外国がその王族を直接拘束することを、宗主国である我々が認めるわけにはいかないのです」
ゴードンにとっては、国際社会における『レイフォルの体面』を守るための当然の論理だった。
しかし、カバルの解釈は違った。
(つまり、パガンダが我々にした非道な振る舞いについて、レイフォルが『自分たちが庇う』と宣言したということか。……レイフォルは、パガンダの罪の責任を自ら背負うつもりなのだな)
ゴードンは「レイフォルはパガンダの外交・安全保障上の保護者ではあるが、今回の事件を肯定しているわけではない」と考えていた。
しかしカバルは「パガンダを保護するということは、レイフォルがパガンダの凶行を庇う立場にある」と認識してしまった。
このわずかな、しかし決定的な『保護国』という言葉の認識のズレが、静かに、しかし確実に両国の間に根を下ろした。
### 6.決定的なすれ違い
それでも、カバルはここで交渉を決裂させるつもりはなかった。
(父上から、戦争は避けろと厳命されている。……ここは妥協すべきだ)
「……分かった。ドグラスの身柄引き渡しについては、保留としよう」
カバルは、大きく譲歩した。
「その代わり、パガンダからの正式な謝罪と莫大な賠償、そしてドグラスの厳罰をレイフォルが保証することを条件とする」
「感謝いたします、カバル殿下。必ずや、約束は果たさせましょう」
ゴードンは深く頭を下げた。
ここで両者は、心底安堵していた。
『これで、戦争は回避できた』
誰もが外交交渉は成功したと信じて疑わなかった。
帰国したゴードンは、ヒューエル1世にこう報告した。
「グラ・バルカスは危険な国家ではありますが、道理は通じます。少なくとも現時点では、彼らも我々との戦争を望んでいないようです」
「ならば、しばらくは様子を見るとしよう」
レイフォル側は、危機は去ったと判断した。
同じ頃、グラ・バルカス本国でも、グラ・ルークスに報告が上がっていた。
「レイフォルとの交渉は成立しました。彼らがパガンダを庇い、賠償と処罰を保証しました」
「そうか。これで一つ、面倒な問題が片付いたな」
グラ・ルークスもまた、外交による平和的解決を喜んだ。
――ここまでは、双方とも平和だった。
グラ・バルカスは「レイフォルはパガンダの行動に責任を持つ国家」だと認識した。
レイフォルは「グラ・バルカスはこちらの体面を理解し、譲歩する国家」だと認識した。
互いに戦争を避けようと最善の外交努力を尽くした結果、両国は互いの『レッドライン』を致命的に見誤ってしまったのだ。
やがて、グラ・バルカスの艦隊が「航路調査」としてレイフォル周辺を航行し、それをレイフォル側が「軍事的な偵察・威嚇」と見なして警告を発する……といった『小さな摩擦』が起き始めた時。
このすれ違った認識が、破滅的な大戦争へと向かう歯車を回し始めることになるのだった。