辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記 作:ホゲフガ
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第3章 第12話:最後通牒
**1.帝国の怒り**
グラ・バルカス帝国の首都、ラグナ。
レイフォル近海で発生した「パガンダ・レイフォル艦隊との交戦事件」の第一報から間もなく、損傷した駆逐艦と生存者たちが母港へ帰還し、帝国政府は被害の全容を完全に把握した。
水兵数十名の死傷。駆逐艦の上部構造物および対空機銃座の破壊。
血塗られた甲板と、本国へ無言の帰還を果たした遺体を前に、海軍内部では沸騰するような強硬論が勢いを増していた。
「レイフォルは、パガンダを利用して我が国の航路調査を妨害し、さらに帝国艦へ明確な砲撃を行いました! これは弁解の余地のない侵略行為であり、即時の報復攻撃を具申します!」
国防参謀総長サンド・パスタルが、皇帝グラ・ルークスの御前で声を荒らげた。
現場の報告には、パガンダ艦が先に臨検を試み、発砲してきたという情報が含まれている。だが、介入してきたレイフォル艦との交戦については、双方の証言が真っ向から食い違っていた。
ルークスは、冷徹な顔を崩さなかった。
「却下する。即時の報復は許可しない」
「陛下ッ!」
「我々は、転移後の航路と資源供給網を再建している最中だ。未知の海域を越えて、列強国レイフォルと全面戦争に突入すれば、膨大な燃料を消費し、軍事的にも経済的にも帝国の血は枯渇する」
ルークスの判断は、軍事的な激情を排した極めて戦略的なものだった。
だが、ルークスも「何もせずに済ませる」ことはできない。帝国臣民が殺され、艦艇が損傷したのだ。ここで国家として厳烈な責任追及を行わなければ、軍の統制は崩壊し、帝国の威信は地に堕ちる。
「外務省に命じる。レイフォル政府およびパガンダ政府に対する『正式な要求書』を直ちに作成せよ」
ルークスは、静かに、だが重々しく告げた。
「我々の目的は開戦ではない。責任の所在を明確にし、再発防止を完全に確約させることだ」
**2.レイフォルの苦境**
レイフォル王宮。
ヒューエル一世と宰相ゴードン・ランカーは、帝国からの要求が届く前に、独自に事件の調査を進めていた。
そして判明した事実は、ヒューエル一世を激怒させるに十分なものだった。
「パガンダの艦が、独断で帝国の支援船へ強行接舷を試み、あまつさえ先に発砲しただと……!?」
「はい。ドグラスが裏で若手将校を煽動した結果です。パガンダ政府も、我がレイフォル政府も、一切関与しておりません」
ゴードンが、沈痛な面持ちで報告する。
「あの大うつけ者が……! 己のくだらん虚栄心で、我が国を帝国との戦争に引きずり込む気か!」
ヒューエル一世は、怒りで机を叩き割った。
パガンダの独断行動によって、レイフォルは望んでもいない帝国との戦争の矢面に立たされてしまったのだ。
「陛下。帝国との交渉では、パガンダの無断行動であったことを認めつつ、我が国の艦は『保護国の艦艇が一方的に破壊されている状況で介入した、やむを得ない防衛行動だった』と説明するしかありません」
ゴードンが、外交の防衛線を構築し始める。
「しかし、ゴードン。我々にも絶対に譲れない一線があるぞ」
ヒューエル一世は、苦渋に満ちた声で言った。
「パガンダが保護国である以上、帝国の要求をすべて丸呑みし、パガンダの将兵を帝国へ引き渡したり、我が海軍の行動に帝国から一方的な制限を設けられたりすれば、保護国制度とレイフォルの威信そのものが崩壊する」
戦争は避けたい。だが、帝国に屈服したと見られるわけにもいかない。レイフォルもまた、大国としての体面という鎖に縛られていた。
**3.大陸の危機**
ムー大陸東部、第二文明圏の覇権国家ムーの首都、オタハイト。
外交省の会議室には、レイフォル国から届いた緊急報告書が置かれていた。
報告書に記されていたのは、グラ・バルカス帝国の艦隊とパガンダ王国の哨戒艦との交戦、そして現場に介入したレイフォル海軍との砲撃戦についてだった。
「……ついに、ここまで発展してしまったか」
報告書を読み終えた外交大臣は、深く息を吐いた。
グラ・バルカス帝国。
先日、イルネティア王国の仲介によってムーがその存在を知り、接触窓口を確保したばかりの新興大国である。ムー政府は近く親善艦隊を派遣し、相互理解を深める準備を進めていた。だが、その矢先に起きたのが今回の事件だった。
「グラ・バルカス帝国の軍事力については、まだ不明な点が多い。だが、これまでに得られた情報から考えても、レイフォルとの衝突が長期戦に発展すれば、大陸西側の勢力均衡が崩れ、ムー大陸全体に影響が及ぶ可能性がある」
「レイフォルが敗れれば大陸の安定は崩れる。一方で、我々が帝国と敵対することも、それもまた避けたい事態だ」
誰もが、簡単に答えを出せずにいた。
そのとき、外交省の職員が新たな報告書を手に会議室へ入ってきた。
「大臣。グラ・バルカス帝国から、我が国へ緊急の連絡が入りました。今回の事件について、レイフォルとの外交交渉を『仲介』してほしいとの要請です」
会議室に、短い沈黙が流れた。
「……向こうも、戦争を望んでいるわけではないということか」
外交大臣は、机上の報告書に視線を落とした。
「あるいは、戦争を始める前に、武力を背景に自国の要求をどこまで通せるか確かめたいのかもしれません」
別の出席者が慎重に指摘する。
どちらにせよ、ムーにとってこれは無視できない申し出だった。
仲介を引き受ければ、戦争を回避できる可能性がある。同時に、グラ・バルカス帝国の要求と外交姿勢を、直接見極めることもできるのだ。
「受けよう。ただし、我々はあくまで交渉の仲介者だ。どちらか一方の主張を無条件に支持し、武力介入するわけではない」
こうしてムーは、グラ・バルカス帝国とレイフォル国の交渉に深く関与することになった。それが戦争を防ぐ最後の機会となるのか、それとも大陸全体を巻き込む戦乱の前触れとなるのか、この時点では誰にも分からなかった。
**4.帝国の要求**
ムーの首都オタハイトに設けられた会談の場。
ムーの外交官が同席する中、グラ・バルカス帝国の全権大使シエリアと、レイフォルの宰相ゴードンがテーブルを挟んで対峙した。
シエリアは一切の無駄を省き、帝国政府の『五つの要求』を提示した。
一、パガンダ政府による、帝国艦艇への攻撃についての公式謝罪。
二、作戦を立案・実行したパガンダ海軍将校の帝国への身柄引き渡し、および責任者であるドグラスの厳正な処罰。
三、帝国艦艇の損傷および死傷者に対する賠償。
四、レイフォル政府による、帝国艦隊への敵対行動を今後一切行わないとの確約。
五、事件の再発防止と、両国艦艇が接近した際の連絡・警告手順の(帝国主導による)取り決め。
「……以上が、我が帝国の要求です。これらを全面的に受諾していただけるならば、本件を外交的に解決する用意があります」
グラ・バルカス帝国から見れば、いずれも自国艦艇の安全確保と再発防止のために絶対に必要な要求だった。領土割譲や即時の軍縮など、国家の存亡に関わる全面的な屈服を求めているわけではない。ルークスはまだ、戦争を回避する可能性を残していたのだ。
**5.譲れない一線**
だが、その要求は、レイフォルにとっては自国の主権と保護国制度の根幹を揺るがすものだった。
「シエリア全権大使。パガンダの艦艇が独断で貴国の支援船へ接近し、砲口を向けた件については、調査の結果、事実と確認いたしました。遺憾の意を表明します。関係者の処罰と賠償についても、我が国が責任を持ってパガンダ政府に履行させます」
ゴードンは、最大限の譲歩案を提示した。
「しかし、『帝国への身柄引き渡し』だけは応じられません。その代わり、パガンダの関係将校をレイフォルとパガンダの『合同法廷』で裁き、貴国の立会人に裁判の傍聴を許可します。さらに、事件の共同調査委員会を設け、双方の艦艇の行動記録を照合し、海上での接近手順を『双方の対等な合意』で定めることを提案します」
それは、レイフォル側が絞り出した、戦争を避けるためのギリギリの妥協案だった。この魔法文明の国際社会において、自国の法廷に他国を招き入れるなど異例中の異例である。
だが、シエリアは首を横に振った。
「我が国の兵士を殺した罪人を、身内である貴国が裁くというのですか? 国民の命を奪った者を自国の法で裁けないなど、独立国家の主権の放棄に他なりません。さらに、我が国が被害者であるにもかかわらず、レイフォル自身の砲撃の責任については一切触れられていない。保護国を守るためとはいえ、我が国への明確な敵対行動を正当化することは認められません」
双方が、国家としての『譲れない一線』に突き当たっていた。
帝国は「攻撃を受けた自国兵の死を、相手の国内処理と責任逃れで済ませることはできない。
レイフォルは「保護国を守るための行動を、帝国への敵対行為として認め、一方的な軍事的制約を受けるわけにはいかない」。
「……貴国が、自国艦の砲撃について一切の責任を認めず、我々の安全保障上の要求を拒否するというのであれば、これ以上の交渉は無意味です」
シエリアが、静かに書類を閉じた。
両国が互いに歩み寄る余地を探した末に、外交交渉は実質的な決裂を迎えた。
**6.最後通牒**
交渉中断の報告を受けたグラ・ルークスは、ラグナの執務室で重い沈黙を守っていた。
開かれた国防評議会では、強硬派であるサンド・パスタルが即時開戦を求めていた。一方、外務担当者は「レイフォルが一部の要求(合同法廷や共同調査)を提示した点を評価し、再交渉の余地がある」と主張した。
ルークスは、最後の機会を与える決断を下した。
「レイフォル政府に対し、期限を定めた『最後通牒』を送付せよ。パガンダの責任は、宗主国であるレイフォルに確実に履行させる。そして、レイフォル自身の砲撃についての責任を明確にし、帝国艦艇への攻撃を二度と再発させないための具体的な保証を提示するよう要求する」
ルークスは面子にこだわっているわけではない。このまま相手国の責任を問えず、艦隊への攻撃が常態化するような状況を放置すれば、海を生命線とする帝国の生存そのものが脅かされる。外交で解決できない安全保障上の問題を、武力で解決しようとする苦渋の選択だった。
一方、レイフォルの王宮。
最後通牒を受け取ったヒューエル一世は、手元の書簡を握り潰した。
「……帝国が一方的に定めた期限と条件に屈すれば、我が国は今後、帝国に対して自国の軍事行動を制限される前例を作ることになる。もはや列強としての主権と威信に関わる問題だ」
ヒューエル一世は、最後通牒を拒否すれば戦争になることを理解していた。それでも、拒絶以外の道は残されていなかった。
**7.宣戦布告**
期限が経過した。
レイフォル側からの最終回答は、「パガンダの独断行動に対する調査・処罰・賠償の協議には応じる。しかし、レイフォル艦の行動を全面的な侵略行為と認めること、および帝国が要求する一方的な軍事的保証については断固として拒否する」というものだった。
帝都ラグナ。
グラ・ルークスは、その回答書を静かに机に置いた。
「……帝国は、これ以上の譲歩を行わない」
ルークスの声は、ひどく静かだった。
戦争を回避するためのすべての道が、今、完全に閉ざされた。
「外務省に命じる。レイフォル王国およびパガンダ王国との一切の外交関係を断絶せよ」
「ハッ!」
「国防評議会へ通達。本日これより、我がグラ・バルカス帝国は、我が国に攻撃を加えたパガンダ王国、およびその責任の履行を拒絶したレイフォル王国との戦争状態に入る」
数時間後。グラ・バルカス帝国の全土に向けて、テレビとラジオを通じた皇帝の臨時放送が行われた。
怒りに任せた扇動ではない。それは、冷たく重い、国家としての生存を懸けた宣言だった。
『――レイフォルが帝国の要求を拒否した以上、我が国は自国の安全と臣民の命を、武力によって確保する』
同刻。
ラグナの広大な軍港では、帝国の誇る巨大な戦艦と空母群が、一斉にボイラーに火を入れ、濃密な黒煙を吹き上げて出撃の準備を開始していた。
彼らの眼前に広がるのは、「圧倒的な工業力による勝利」ではない。「燃料の制約」「未知の海域」「レイフォルの未知なる魔導兵器」という、短期決戦で決着をつけねば国家が破綻する、過酷で背水に満ちた戦場である。
そしてレイフォルの王宮のバルコニーでは、ヒューエル一世が暗い夜の海を見つめていた。
(結局、こうなる運命だったのか……)
誰も望まなかった。誰もが戦争を回避しようと最善の理屈を尽くした。
それでも、互いの国益と主権という名の歯車が噛み合わず、すべてが最悪の方向へと転がり落ちた。
小さな支援船を巡るすれ違いは、ついに第二文明圏の海を焼き尽くす、途方もない大戦争の幕開けを告げようとしていた。