うらしまたろう   作:神在月ユウ

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3日目 素魚の踊り食い

 太郎が目を覚ますと、またもや夕刻だった。

 夜遅くまで酒を飲んでいたせいなのか、普段は早起きのはずなのに、夕方まで寝ているなんて、竜宮城に来てからの経験だった。

 周りには誰もない。

 乙姫も今はおらず、昨日宴が開かれていたはずの空間に、太郎ひとりだけが横になっていた。

「……(かわや)いこう」

 酒を飲み過ぎたせいか、起き抜けに尿意を催した太郎は部屋を出た。

 とはいっても、広大な竜宮城だ。普段は乙姫やそのお付きが付き添ってくれていたからいいが、場所をよく覚えていない。

 そこへ、目の前に透明な小魚が通りかかる。

「すみません、厠は……」

「……」

 小魚は太郎の言葉を無視して通り過ぎた。

 それどころか、睨まれたような気もする。

「どういたしました、太郎様?」

 そこへ、乙姫がやって来た。

「なんか嫌われちゃってるみたいで—――」

 太郎はさっきの小魚のことを話すと、乙姫は一瞬すっと目を細め、すぐに頭を下げた。

「申し訳ございません、太郎様。ご不快な思いをさせてしまいまして。その魚にはよく言って聞かせますので」

「いえ、そんな気にしないでください。あ。それよりも、厠に案内いただきたいのですが」

 太郎は乙姫に案内され、無事用を済ませた。

 

 

       *   *   *

 

 

 本日の朝—――

「鯵は大変大義でありました。太郎様も大変お喜びであり、皆には一層の奮起を望みます」

 乙姫はにこやかを通り越し、恍惚(こうこつ)とした様子で語った。

 その表情が、魚たちをはじめとしたこの場の海の生き物たちには不気味でならない。まるで太郎を神格化し、もてなすことに悦びを感じ、至上の命題と呼べるまでに崇高なものにしている。まさに狂気だ。

「では、本日の主役をお知らせします」

 緊張が場を包む。

 全員が目を伏せる。

 

素魚(しろうお)、あなた方です」

 

 小さく透明な魚の集団に、一斉に視線が集まった。

 百匹以上の素魚の集団が、言葉を失っていた。

「昼までに三十匹、誰が太郎様に捧げられるか、お選びなさい」

 乙姫はそう言うと、部屋を出ていった。

 

 

 

「どうするの……?」

「どうするったって……」

 素魚たちは集まり、話し合いを始めた。

 

 誰がその身を捧げるのか。

 誰が犠牲になるのか。

 誰を差し出すのか。

 

「子供たちは除外してもいいのでは?」

「それなら、卵を抱えている女性(メス)もでしょう」

 選別から除外すべき者がいると主張する声。

 

「俺たち(オス)はいくら死んでもいいっていうつもりか!」

「みんな自然に生きる者だ。平等に選ぶべきだ!」

 自分が選ばれる確率を少しでも下げるために、生存の権利を主張する声。

 

「選別方法はくじ引きにしませんか」

「そうですね、運を天に任せましょう。それが平等です」

 平等にくじ引きで三十匹を選ぼうとする声。

 

 議論の決着はなかなかつかなかったが、昼を直前にしたころ、そろそろ決めねばならない時刻となり、結論に至った。

 

『妊婦は除外する』

『生後間もない者二十匹だけは除外する』

『残り百十二匹の中で平等にくじ引きを行い、犠牲となる三十匹を選ぶ」

 

 以上のルールを定め、くじ引きを行っていく。

 全部で百十二のこよりを作り、その先端が赤いものを三十個作る。

 

 一匹が引く。—―――――白。

「ほっ」

 ほっと一息つく。

 

 一匹が引く。—―――――白。

「た、助かった……」

 安堵に胸を撫でおろす。

 

 一匹が引く。—―――――白。

 緊張の糸が切れ、その場にへたり込む。

 

 一匹が引く。—―――――赤。

「う、うそだ……」

 

 一匹が引く。—―――――赤。

「くそっ、俺の命もここまでなのかよ……!」

 

 緊張が続いていく。延々と続く『死のくじ引き』に、まだくじを引いていない者たちは落ち着きなく周囲を徘徊し、口々に呟き、励まし合い、罵り合っていた。

「シロちゃん心配しないで。もし君が当たりを引いても、僕が身代わりになる」

「ソウ君……」

 そんな中、一組のカップルの順番が回って来る。

 くじはまだ七割ほど残っており、当たりは五つ出ている。

 

 オスの素魚がくじを引く。

 ――――――白。

 ほっとする。

 

 メスの素魚がくじを引く。

 —―――――赤。

 言葉を失った。

 

「ソウ君、わたし……」

 メスの素魚は赤いくじを震えながらオスの素魚に見せる。

 二匹はその場で抱き合った。

「最期の瞬間まで、少しでも長く一緒にいたい。僕のわがままを聞いてくれる?」

「うん……」

 二匹が抱き合う中でも、くじ引きは進んでいった。

 

 そして、太郎へと捧げられる三十匹の犠牲者が選ばれた。

 

 

 昼過ぎに三十匹が選ばれたことを告げると、乙姫は満足そうに笑みを浮かべた。

「よろしい。では、夕刻にわたくしの元へいらっしゃい」

 自らの脚で刑場へと来い。

 そう聞こえた。

 

 

 そして夕刻—――

 乙姫のいる調理場《処刑場》に、素魚たちが集まった。三十匹だけではない。心配になってついてきた数十匹も一緒にいる。

 一組のオスとメスが抱き合っている。

「これでお別れだね」

「ああ、そうだね」

 選ばれた側と選ばれなかった側、二つの集団の中間で、二匹は別れの言葉を言い合った。

「わたし、ソウ君の分も、頑張って生きるから」

 メスの素魚は涙を流しながら告げると、オスは一度体を離し、

 

「……やっぱ、無理だよ」

 

 メスの素魚の体を、『選ばれた側』に押し出した。

 

「え?」

 メスの素魚は訳が分からず惚けてしまう。

「だって、ソウ君、わたしが選ばれたら代わってくれるって」

「いや、さ……」

「わたしのこと守るって…いっつも言ってくれてて」

「やっぱりさ……」

 

「なんだかんだで君がくじで選ばれたんだし、なんか僕が身代わりになるのも違うかなって」

 

「ふざっけんなよ!結局最後はそれなんて…!」

 メスが怒り出す。

「君の分も、僕は頑張って生きるからさ」

 すでに、オスは他人事のような態度になっていた。

 絶望に打ちひしがれながら、メスの素魚は他の二十九匹の元へゆらゆらと向かっていった。

 

 

「あ、そうそう」

 

 乙姫はわざとらしく、今思い出したというように手を叩いた。

「そういえば、先ほど小さな魚が太郎様に大変失礼な態度を取ったと聞いたのですが―――」

 素魚たちの背筋が一斉に凍った。

「どなたかしら?」

 笑顔のままで、乙姫は尋ねる。

 だが、確実に殺されるとわかっていて名乗り出る者もいまい。まして、ここには全員揃っているわけではなく、その犯人がここにいるとも限らない。

 沈黙をどう受け取ったのか、乙姫は告げた。

「誰も名乗り出ないのであれば、仕方ありません」

 そう言って、乙姫は心配になって集まっていた数十匹の素魚たちに近づき、無造作に数匹を抱え込んで、くじで選ばれた三十匹の方へと振り分けた。その中には、さっきのオスの素魚も混じっていた。

 そして一言。

 

 

「連帯責任です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 熱く煮えた出汁の入った鍋に、十五匹が放り込まれる。

「「「「「ぎぃやぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁっぁ!!!!」」」」」

 

 他の素魚たちは、がたがたと震えながら、その光景を見ていた。

 熱せられた出汁に生きたまま放り込まれ、体を茹でられる苦痛の声が聞こえる。

 

「「「「「ぎぃやぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁっぁ!!!!」」」」」

 

 そして、もう一方の鍋にも、十五匹が投入された。

 体に衣を纏わされ、百七十度の油の中に放り込まれ、生きたまま揚げられたのだ。

 

「あづいぃぃぃ!!」

「や、やげで…!」

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛~~~!!」

 高熱から逃れる術はなく、三十匹の素魚たちは全身を高温に晒され、絶命する数十秒の間地獄の苦しみを味わい続けた。

 本来なら冷水に漬けられて感覚がなくなった状態で調理されるはずが、『連帯責任』のせいでそれすら許されず、苦痛を以って償いを果たせと命じられたせいだ。

 

 そして、ソウという名のオスの素魚をはじめとした数匹は、容器に詰め込まれた。

 自分たちはどうなるのかと、頭にこびりつく三十匹分の悲鳴に発狂しそうになりながら、頭から酒や酢醤油などをかけられ、そのまま運ばれていった。

 

 

 

 

       *   *   *

 

 

「お待たせしました、太郎様」

 

 乙姫は配膳を進めていく。

 

「今夜は素魚の卵とじと、天ぷらに—――」

 

 最後に、数匹の生きた素魚が入った容器を太郎の前に置く。

 

 

「素魚の、踊り食いです」

 

 

 

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