魔法世界の海に生きる   作:鉄野波琉

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エイナス中北地区「アイセント」
「トントレース」と「ノーセント」の間に位置する平原と丘陵が広がる温暖な地区。トントレースとは大きな河川が境界になっており、ノーセントとは山岳で隔たれている。その安定した気候から一次産業が発達しており、田畑や酪農、海岸には漁港も存在する。エイナスにおける農業は土壌や気候といった自然の恩恵と魔法による成長促進や病気の予防、物理科学による農耕機械と輸送が融合しており、魔法と物理科学の対立が深まる昨今のエイナス情勢の中で唯一あらゆる分野が融合して協力しあうことに成功した地区である。

ノーセント地区造船所
 海崎と鉄野が運営する大型造船所。とはいえこれまで建造してきたのは排水量500トン前後の運搬船が主であり、巨大なドッグに対して入渠している船の大きさは小さい。それでもエイナス内では唯一の重量・大量輸送を行える乗り物であり、需要はそこそこあった。また地下資源採掘の設備も整っており、つい最近天然ガスの安定供給に成功。LNG燃料船の実用化に成功した。
 魔法に対抗心のある二人だが、実はノーセント奥地で採取したレア魔法アイテム「アイスストーン」の超冷却機能を用いて天然ガスの液化を行っている。物理科学至上主義の鉄野は反対であったが、あくまで魔法一強の現状を改善し融和を図るのが目的である海崎の説得によって魔法アイテムを使用するに至った。結果的にでたった二人で造船から燃料供給までの海運インフラを整備することに成功している。


序章 2話 この世界の日常

 海崎が造船所に入り浸ってからはや二週間。その間ずっとコンソールを操作しドッグの様子を見守っていた。自動建造クレーンおかげで二週間ですでに作業全体の40%は進んでいた。

 

「流石に目が疲れてきたな...いかん、食べ物もないのか。コンソールばかりで全然周りを見てなかったな...」

 

 倉庫内に備蓄していた食料も底をつきかけていたため、気分転換を兼ねて買い出しに行くことにした。背伸びをした後、ドッグのすぐ横の埠頭へと向かう。そこには仕事に使用していた排水量500トンほどの運搬船が1隻と、タグボートが2隻、さらにエアクッション艇が1隻停泊していた。アメリカ海軍のLCACを参考に建造したこの船は輸送、揚陸能力を持ちながら50ノット(時速93km)もの速力で航行できる。米海軍のLCACはガスタービンエンジンで航行するが、ジェットエンジンが実装されていない現状、ディーゼルエンジンの改良に死力を尽くし、なんとかこの世界でも高速性能を実現した。

 燃料を確認し発動機を始動、船を動かす。なれた手つきで出航し、目的地の「アイセント」に進路をとった。エアクッション艇で買い出しという贅沢ができるのはこの世界の特権であった。

 

 全力航行して2時間、目的地のアイセント西岸に到着した。50ノットもの高速で2時間もかかるという広大なマップにはいつ見ても驚かされる。これでも隣同士の区域を移動しただけであり、東西南北にいくつもの区画が存在するこの世界は本当に広い。物流事業が発達するわけである。転送魔法が使えるものもいるが、限られた魔力を転送に振ると他のスキルに余裕がなくなるために普及はしていない。

 

 西岸沿いを航行している途中、見慣れない光景を目にした。海岸沿いの高原に桜によく似た木が見えたのだ。さらに家屋が一件立っている。アイセントに来るのは一か月ぶりではあったが、あんなに美しい木を見たのは初めてであり、つい見とれてしまった。もうすぐ上陸地点なため鑑賞はしなかったものの、どうにもその光景が頭から離れなかったのであった。

 

 アイセント西岸の砂浜から上陸し、そのまま内陸部へ進入する。水陸両用というのは本当に便利なであるが、エアクッション艇は発生する風圧が凄まじいので流石に街中には入れない。海岸からある程度進んだところで停止し、あとは徒歩で町中まで行くことにした。

 町にはいると店が並ぶ商店街に向かった。野菜や果実、魚に肉類と一通りそろっている。この世界では現実の植物や動物に加え、この世界特有の架空の動植物も存在しており、自然や食料の分野でも凄まじいレパートリーを誇っていた。

 

「今日のトマトは大きくて安いよ~サイナも新鮮なのそろってるよぉ~」

 

「今朝釣ったばかりのマノグにサンマだ!見ってってくれぃ!!」

 

「ノール豚は煮つけが旨いんだ、よかったらどうですか奥さん。」

 

 聞きなれた食材に加え、初めて耳にするこの世界の食材も入り混じる。長らくノーセントにいたせいで新たに実装された食材に疎く目移りしてしまう。とはいえ料理スキルがロクにない海崎が買うものといったら、大体スーパーの加工済み食品やレトルトなのであった。

 

「海崎さんいらっしゃい、久しぶりねぇ。たまには食材を買って料理とかしないの?」

 

 スーパーの店長に話しかけられる。海崎にとっては普通の客のつもりなのだが、いかんせんエアクッション艇で乗り込んできて買い物をする客は海崎と鉄野しかいないために顔を覚えられてしまったのであった。

 

「お久しぶりです。最近は忙しくなってしまいまして、まだまだレトルトに頼ることになりそうです。それに料理してくれる人もいませんしね。」

 

「あれま、それは大変ね。そろそろお嫁さん探しとかどう?」

 

「いやぁ私には縁のない話です。こんな鉄臭い男を好きになってくれる人はいないでしょう。」

 

「そんなことないわよ、いい顔をしているじゃない。男らしいいい顔。一人じゃもったいないわ。」

 

 店長がそんな気前のいいことを言う。海崎も考えたことは何度かあったものの、いかんせん船乗りというのは海に出る時間がある以上恋愛事にかけられる時間があまりないのだ。ちなみに店長は普通のおばさんだ。リアルで主婦をしている傍ら友達作りにこのゲームを始めたのだという。

 

「お褒めにあずかり光栄です。船はいつものところに止めてありますのでまた積み込みをお願いします。」

 

「了解、またサービスでコンテナにいろいろ押し込むわ。しっかり食べてね。」

 

「...いつもすいません、ありがとうございます店長。」

 

 前々から店長に相談し、購入した食品はあらかじめこの店の裏に設置した小型コンテナにいれて船にそのまま運んでもらうようにお願いしていた。のだがなぜか海崎は店長に気に入られており、コンテナの中にはいつも購入した食品に加えて新鮮な野菜や果実が押し込まれているのであった。

 会計を済ませて店長とともに食品をコンテナに押し込む。「そんなにいけません、もらってばかりでは。」「いいのよ、黙って持って行って。」そんなやり取りを何回か繰り返しながら作業を続けていた時、海崎はふと思い出したことを店長に尋ねてみた。

 

「そういえば店長、ここに来るときに海岸沿いの高原に桜の木と家を見つけたんですが、最近誰かが住み始めたんですか?」

 

「あぁ篠葉ちゃんのところね。2か月前ぐらいにここに来たのだけれど、ちょっと恥ずかしがり屋さんでね。でもお花が好きな可愛い子よ。つい最近になってお花屋さんを開いて鑑賞用の花と薬草の販売を始めたのよ。よかったら見てみたら?」

 

 積み終わったコンテナを、店長が魔法で軽々と持ち上げ、船まで運んでいく。飛行魔法と物体の浮遊魔法を使えるだけでも生活面ではとても便利なのだ。

 

「今日もありがとうございました。私は少し散歩してから帰りますのでもうしばらく船をここに置いておきます。」

 

「わかったわ。もし篠葉ちゃんに会えたらよろしく伝えてね。今度サービスしてあげるって。」

 

 散歩と言っただけなのにもう花屋に行くことを見透かされていた。会話の流れでわかることとはいえ、この人に隠し事はできなさそうだ。

 とはいえ店長のいう通り海崎はその花屋に行ってみようと思っていた。今まで無機質な造船所に入り浸っており、船好きな性格とはいえコンソールの相手ばかりで飽きが来ていた。買い物だけ済ませて変えるだけなのもつまらないのでせっかくならと思い立ったのだ。船乗りの海崎にはまず縁のない場所であるはずだったが、この時はどうにも自然と足がその方向へ歩みを進ませていたのだった。

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