篠葉 彩菜(しのは さな)20歳
桜色の花柄着物に足首丈の茶色いブーツ、お腹周りに大きなリボン飾りの女性。成人してはいるものの少女と思えるような可愛らしい顔立ちにふわふわの雰囲気をまとわせている。若干の人見知りで恥ずかしがり屋なためアイセント西端、海辺の高原に一人暮らしをしている。薬草栽培と花屋を営んでおり、一人暮らしにしては大きめの一軒家に併設の温室、海を望める小川のある広い花畑がある。
現実では大学で植物生態学を学んでおり、大学きっての花好き。ただしかなりの人見知りであり大学の友人は少ない。夢は庭園付きの花屋さんを営むこと。
あと巨乳である。
途中で車をレンタルし、高原の方へ向かう。高原とはいっても海岸沿いのそれほど標高の高くない所であり、海が目前に広がっていた。道もよく整備されていたため花屋にはすぐに到着できた。道路のすぐ横に小さな駐車場があり、そこからなだらかな斜面に階段あり、丘上に立つ建物の横に続いていた。
海崎は車を止め、階段を上る。斜面とはいえよく整備され切り開かれており、洋風な柵や外灯、石畳に加え様々な花が咲き誇っていた。バラやラベンダーに加え、金木犀などの木も咲き誇っており、まさしく庭園の風景であった。花には疎い海崎であったが、リアルでも見たことのある花々に見とれ、つい足が何度も止まってしまっていた。ようやく建物の横まで上りきったところで、海崎はまたしても足を止めることになった。
階段を上り切った先には、一面の花畑が広がっていた。ポピー、チューリップ、芝桜、ネモフィラ。その他にもこの世界特有の花が咲き誇っていた。花畑の奥には青々とした海原が広がっており、あらゆる色彩が集まった光景に、海崎は目を奪われていた。
あまりの美しさに心を奪われ、茫然と立ち尽くした後に、自然と足は花畑の方へと歩みを進めていた。花畑の中にウッドチップが敷き詰められて道があり、海崎は色彩に囲まれながらその小道を歩いて行った。途中穏やかな風が吹き少量の花びらが空を舞う。その光景にすら目を奪われ、立ち尽くしていた。この世界に、こんな景色があったのか。自然とは、こんなにも美しいものであったのか。海崎はいまだかつて経験したことのない感動という感情に囚われていたのであった。
「あ、あの、お、お店に御用でしょうか...?」
ふと声が聞こえた。少し緊張した声で、しかし優しい柔らかな声質が海崎の耳に入ってきた。声の方へ振り返るとそこには、一人の女性が立っていた。桜色の長髪に青い目、桜色の着物に茶色い足首丈のブーツを履く女性だ。袴は着ていないがいわゆる大正ロマンの服装というものだろう。
「あ...これは、失礼しました。私はノーセット地区で船乗りをしている海崎という者です。ここに花屋があると聞きまして、散歩に寄らせて頂いておりました。」
海崎は答えながら、今まで被っていた船員帽を一度脱ぎ、会釈をして被りなおす。感極まっていたところに思いがけず話しかけられたことで海崎の方も少しギクシャクした挨拶になってしまった。
「あ、は、初めまして。私、篠葉咲菜といいます。えっと、せ、先月からお花屋さんを開きまして、えっと、薬草を加工したお薬も少し、扱ってます。お家用のお花の飾り物も作ってまして、あの、ご、御覧になります...か?」
なるほど、店長が言っていた通りだいぶ人見知りではあるようだ。話をしている最中も顔を赤らめ両手を胸の前で合わせてモジモジしていた。彼女のボディラインにピッタリめな和服のせいで彼女の腕がたわわな胸に食い込んでいたが、元自衛官として「至誠に悖(もと)るなかりしか」と学んだ手前、決して失礼はあってはならないと鬼のメンタルを保ち彼女の目を見ていた。まぁそれが余計に彼女を緊張させてしまっていたのだが、当の海崎にそんな余裕はなかった。
「では、是非お店の方も立ち寄らせてください。ちょうど薬も切らしていたものでして。」
「あ、は、はい!こ、こちらにどうぞ。」
海崎が彼女の横に並び、建物の方へ歩きだした。海崎が苦しく挨拶をしてしまったためにだいぶ気まずい雰囲気となってしまった。とはいえ彼女の様子を見て逆に海崎の方は早々に緊張がなくなったので、空気を和ませるために歩きながら少し話をしてみた。
「ふもとのスーパーの店長から篠葉さんへよろしく伝えるように言われてきました。あの店長とはよくお会いしているのですか?」
受け取った伝言がてらに他愛のない会話をしてみる。
「は、はい、よく買い物はあそこに行ってて、えっと、買ったものの他にも色々頂いてて、とても、お世話になってます。」
「そうでしたか、私もついさっきあそこで買い物していたんですが、私もよく色々頂いてしましましてね、料理はロクにしていないと言っているのに生野菜なんかを押し付けられて困ったものです」
海崎の方はすでに肩の力を抜き、顔も軽く笑顔を作りフランクに話しかけるように心掛けていた。一方彼女の方はというと相変わらず赤面とモジモジは止まらなかったが、目線は何度かこちらの顔を向いており、一生懸命話をしようとしてくれているようであった。あまり目を合わせすぎると余計に緊張させてしまうと思い、彼女の方を向くのは程々にしつつ歩いて行った。
建物に着いた。大きめの木造二階建て一軒家で、手前にはプランターや花壇に可愛らしい花が咲いていた。そのまま彼女の案内で建物に入る。正面は小さな店舗となっており、棚には植物由来の様々な商品が並んでいる。
「こ、この棚が薬草加工の薬で、わ、私が育てた薬草を、魔法で効能を上げてます。傷口の塗り薬とか、飲むお薬とかもあって、万能じゃないんですけど、普段使いできるものが揃ってます。」
「あ、あとは家庭菜園用のお花とか、種とか、お花で作った壁掛けの飾りとかもあ、あります。あ、ご、ごめんなさい、そういうのじゃないですよね...」
一通り説明を受けた後、店内を一望する。壁の飾りや天井から吊るタイプのプランターなどでこちらも自然豊かな雰囲気だ。こういうのには縁がないと思っていた海崎だが、いざ入ってみると中々興味深い。植物だけでなく棚や机なんかも雰囲気に合わせつつも木の形をそのまま流用しているものもあり、なるほど現実で一時期DIYが流行ったのはこういうことかと感心する。
彼女は説明を終えた後、少しうつむきながらこちらの様子を伺っていた。こんな堅苦しそうな男に飾りものなどの紹介もして余計なことをしたと思っているのだろう。そんな様子を察した海崎は、彼女の予想外の言葉を発した。
「ではこの傷薬と...この押し花の壁掛け、あとはこのナミノソウの植木をください。」
「ふぇ...?」
彼女はあっけに取られたような表情をした。まさか薬だけでなく花と飾りまで買ってくれるとは思ってもみなかったのだろう。
「あ、ありがとうございます!え、えっと、ナミノソウはこのアイセント特有のお花で、基本はお水を上げてくだされば大丈夫なんですけど、寒さに少し弱いので、そこだけお気をつけてください。もしお花に元気がなくなってきたら、この肥料をお付けしますのでこのまま土に乗せてあげてください!」
彼女の顔に一気に笑顔が溢れる。先ほどまで話もしどろもどろであったはずが、今ではすらすらと育成の説明をしてくれている。海崎の機転を利かせた注文だったが、ちょうど造船所の無機質な室内を少しばかりリフォームしようと思っていたのだ。
「わかりました。素敵な花です。きっと貴女の手入れがよく行き届いているのですね。大切にします。」
「は、はい!」
彼女が眩しいほどの笑顔を向けてくれる。あまりの純粋さに海崎も自然と笑みがこぼれたのだった。そのまま会計を済ませ、店の外へと出る。一緒に出てきた彼女の足取りは、先ほどまでとは打って変わって軽やかなものだった。
「しかし、この花畑はすごいですね。この広さをお一人で?」
「いえ、町の皆さんにとても手伝ってくださったんです。この町は皆で協力するものだって言ってくださって、こんな離れの方まで来てくださいました。」
「そうでしたか、入り口の庭園も素晴らしいものでした。とてもいいセンスをお持ちですね。」
「あ、ありがとうございます...え、えへへ...///」
彼女が恥じらうようにまたモジモジしてしまった。普通に褒めたつもりだったのだが、少しかゆくなるセリフだっただろうか?
「えっと、あそこのバラの花壇がイングリッシュローズの品種を集めてて、色合いも何度も考えてきれいに見えるようにしたんです。あの柵のところにもつるバラを植えて華やかになるようにして...」
自然と彼女の案内が始まり、庭園の中を二人で歩いていく。他に誰もいない庭園の中で、たった二人で穏やかな景色に見とれながら、海崎は心地よさを感じていた。今まで船に、海にしか生きてこなかった海崎が、今は笑顔を見せる女性とともに庭園を歩いている。海崎にとっては何もかもが初めての経験だったのだ。そうしてゆっくり階段を下り、駐車場まで降りてきたときにはすっかり夕日となっていた。
「今日はありがとうございました。おかげでいい一日を過ごせました。また来させてください。」
「いえ、話過ぎちゃって遅くなってごめんなさい...でも、また是非いらしてください!季節によっていろんなお花が咲きますから!」
海崎は笑顔を向け会釈をすると、車を走らせる。今日の出来事は余りに非日常的であった。いや、もしかしたらこれが、本来人が送るべき日常なのかもしれない。海崎の胸の中には、自分の人生の新たな道を探すちいさなきっかけが起ころうとしていたのだった。
「あ、もしもし鉄野です。あの店長さん、海崎がそっちに買い出しにいったはずなんですけど知りませんか。こっちは飯がすっからかんでして。」
「あら鉄っちゃん。ごめんなさいねぇ海崎さんは”散歩”に行ったきりまだ戻ってなくってぇ...もしかしたら、ちょっと”いい”雰囲気になっちゃったのかも♪」
「は、はぁ...えぇ...?」
一方ログインしてきた鉄野はというと、海崎の書き残していった置き手紙を見ながらお腹を空かせていたのであった。