菊地 京子(きくち きょうこ)50歳
現実では普通に主婦をしているが、子供も一人暮らしを始め時間を持て余していた。その時に夫からエイナスを進められ、ゲームを始める。元々スーパーのパートをしていたためゲーム内でも結局スーパーを始めてしまう。ただし店長をするのは初めてだったため、新しい体験が出来て中々楽しんでいる模様。特にゲームなので責任とかがないところがいいらしい。
太田 勇五郎 (おおた ゆうごろう) 44歳
現実でもゲーム内でも漁師をしているひげ面のおっちゃん。魚といったらこの人。いろんな漁がリアルに体験できるゲームと聞き漁の研究がでら試しにやってみたらいつの間にかハマっていた。
取り合えず落ち着きを取り戻した二人は、造船所の建物に入った。ここは二人の仕事部屋。事務所であり、研究室であり、会議室である。椅子に腰かけた二人は、なんとか現状を把握していた。
「転生か...マジかよ...テンション上がってきたぁぁぁぁ!!!」
状況を知るや否や鉄野は一人で盛り上がっていた。まぁいまや王道となっている異世界転生ともなればテンションが上がる者もいるのだろう。しかし元自衛官の堅物である海崎は真剣な表情で思考を巡らせていた。
「そう喜べるものでもないだろう。現実世界がどうなっているのかがわからんし、何より戻り方もわからん。メニューは開けるのに一体どうなっているんだ...?」
海崎が腕を持ち上げる。脳内でメニューを思い浮かべると、海崎の目の前に見知った画面が表示された。一つだけ違うのは、そこにあるはずのログアウトの項目がなくなっていたのだ。
「全く海崎は相変わらずお堅いなぁ...ま、でもお前さんのいう通りだな。俺も明日は大事な仕事があったってのによぉ...」
「会社の飲み会だろう?お前も相変わらずいい気なもんだ...さて、どうするか。」
「ま、俺たち二人じゃどうしようもないだろ。やるべきは...」
二人はお互いに前のめりになり、顔を合わせる。そして二人同時に声を発した。
「「町に行って情報収集だな」」
意見の一致を確認すると、二人は同時に立ち上がり、歩みを始めた。向かう先は埠頭。いつものように「アイセント」へ行き、聞き込み調査に向かうのだ。
二人はすぐにいつものエアクッション艇に乗り込み、操縦席へ向かう。だがここで一つの問題が発生した。
「ところで...これ操縦できる?」
そう、今までPCのマウスとキーボードで操作していたが、今は実物そのものが目の前にあるのだ。ハンドルと計器を操作して動かさなければならない。
「体験乗艦の時におおすみ型のLCACは見たからなんとなくはわかるが...流石に操縦したことはないな...」
元海自の海崎といえど、護衛艦「あさなみ」はイージス艦であったために、エアクッション艇の経験はなかった。とはいえアイセントは遠いので、海崎たちが持っている船の中で一番早いこのエアクッション艇で行きたい。
「どちらにしろ、この世界住むことになったらこの船も動かせるようになった方がいいだろう...とりあえず俺がやってみよう。」
「頼んだぜ...転生して早速海難事故だけは勘弁な。」
「波は穏やかだ...大丈夫だろう、たぶん。」
「おいまで不安になるからはっきり言ってくれ。おい海崎?かいざきさん?」
不安げな声を上げる鉄野をよそに、海崎はエンジンをつける。ディーゼル特有の轟音とともに船体下のクッションに空気がはいり、船が持ち上がった。ここから180°反転させ、海に入らなければならない。
「ようし、出発するぞ...まずは逆進に入れて...船体を回して...」
「お、おい、なんかさっそく横滑りしてねぇか...おいおいおい横から海に入っちまうぜおいおいおい!!!」
「えぇいなんとでもなるだろ!出航する!!!!」
「どわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
普段の海崎からは考えられないぐらい荒い操船で海に突っ込んでいったエアクッション艇。さっそく振り回された鉄野の目には安定して航行できたはずのタグボートが映っていた。そのボート達の目線が「何をやっているんだが...」といっているような気がして、思わず鉄野は苦笑いをして「全くだな...」とつぶやいたのだった。
「どうしましょ...皆ここに来ちゃったなんて...」
アイセントのスーパーの店長、菊地は困惑していた。菊地もまたこの世界に転生してきてしまったのだ。彼女だけでない。このアイセントの住人のほどんどが転生してきていた。今は町の沿岸の公園に集まり、会議を行っている。さながら町内会議だ。
「とにかく来ちまったもんはしょうがねぇ。今までのまちづくりを続けてここで暮らしていけるようにするしかないべな。」
中央で漁師の恰好をした男が声を上げた。この町のリーダー的存在の太田だ。漁師でありながらアイセントのまちづくりに多大な貢献をした頼れる人物。この状況でも人一倍声を上げて皆をまとめ上げていた。
「そうだ、とにかく今まで通り食べ物を作っていこう。みんなならやれるはずだ。」
八百屋の青年も声を上げる。最初こそ皆動揺していたが、大田の尽力もありすでに町は落ち着きを取り戻し、これからの行動方針を決めていた。
そんな最中、再び町に動揺が走る事件が発生する。
「おいおいおいおいおい減速減速減速!!!!しかもまた滑ってるぞぉ!!!!」
「えぇいこんなに止まらんものなのか!「おおすみ」のLCAC員はよくこんなもの操縦できるな全く!!!」
「喋ってないで止まってくれよ!町に突っ込んじまうよぉぉぉ!!!!」
海辺から轟音と風圧が襲い掛かる。海崎と鉄野の乗るエアクッション艇だ。普段の二人からはあり得ないほど動揺の声が上がっているが、そんな声をかき消して船は町の方へ斜めに突っ込んでいく。
「おいおい、ありゃ大丈夫か?!」
太田が目を見開く。幸い人々が集まっている方には向かっていなかったが、どう見ても船を制御しきれていない。そのまま船は海辺を走る道路に突入し、外灯にぶつかり静止した。エンジンの轟音が徐々に静まり、船体下のエアクッションがしぼんていく。船体が下がりきってから、中から二人の男が出てきた。
「「し、死ぬかと思った...」」
二人して顔を青くして呟く。おとなしくタグボートでくればよかったものを、速さを優先したばかりに散々な目に会っていた。
「ずいぶん豪快な到着だなぁおい、俺たちをひき殺しに来たってのかい?」
二人の元に太田が詰め寄り、睨みを利かせる。あやうく町を壊しかけたことに流石に黙ってはいられなかったのだ。とはいえ、すぐに怒りの表情は収まった。
「ま、普段ならもっとまともに着岸してるお前さん達がそんなことするわけないわな。その様子じゃ、二人もこの世界に来ちまったってことだろう?」
太田が二人に尋ねる。流石町のリーダーだけあって状況の把握が早い。話もすぐにつきそうだ。
「お騒がせして大変申し訳ありません。おっしゃる通り我々二人もこの世界に入り込んでしまいました。急ぐあまりに慣れないハンドルでの操船で船を暴走させてしまい、ここまで突っ込んできてしまいました!」
海崎が脱帽し、深く頭を下げる。鉄野も隣でヘルメットを取り同じ姿勢を取った。
「普段からやってたことでも今じゃ私たちの手で直接やらなきゃいけないわ。無理になれないことをしちゃ駄目ってことね。」
店長の菊地も二人の元へ歩み寄り、声を掛ける。
「店長...それに、その様子では町の皆さんもこの世界に?」
「あぁ、みんなこのエイナスに入り込んじまった。連絡魔法が使える奴がトントレースの住人にも声を掛けたが、そっちも同じ状況らしい。あっちは人口が多いから大パニックだとよ。」
太田が早速情報を伝えてくれた、やはりアイセントに来たのは正解だったようだ。さらに、太田は重要な事を口にした。
「なるほど...しかし太田さん、今『通信魔法』と仰いましたが、やはり魔法はそのまま使えるということでしょうか?」
海崎が太田に尋ねる。海崎にとっては現実への戻り方の次に重要な情報であった。
「あぁ、飛行も浮遊も通信もできる。魔法を使ってる連中は念動力みたいな感覚で使えるとかっていってたわ。俺にはなんのこっちゃさっぱりだがな。」
「すごいですね...思うだけで使えるとは肝心します。」
今現在で『二番目』に知りたかったことを知ることができた。魔法に関することはいったん切り上げて、海崎は今一番知りたかったことを質問した。
「店長...篠葉さんはご存じありませんか?」
隣で鉄野が不適に笑う。情報収集で一致したとはいえ、海崎の心の内ではずっと彼女のことが気になっていたのだろう。そのことはすっかり鉄野にはお見通しであった。
「それが...連絡先を知らなくてわからないの。それに飛行魔法が使える子に花屋に行ってもらったけど、まだ見つかってないって。多分まだ来てないのだと思うんだけれど...」
「そうですか...いや、この状況でこの世界に来ていないのであればむしろいい事です。このまま何事もなければいいのですが...」
その海崎のセリフが、フラグとなってしまった。その会話をした直後、高原の方にまばゆい光が着弾する。そして轟音が響き渡った。
「あれは...まさか!!」
海崎の脳裏にある予感が走った。あの場所にいる人物は彼女しかいない。確かめなければ。海崎はすぐに声を上げた。
「車を貸してください!お金は後で支払います!」
近くにいたレンタカーの店員に声を掛け、店まで走りすぐに車に乗る。幸い自衛官時代に車の免許は取っていたため、こちらは問題なく運転できる。
(頼む...どうか無事で...)
車は坂を駆け上がり、突き進んでいく。吹き付ける風が、これから起こる出来事を不安げに予言しているようだった。