海崎達が転生してから早一ヵ月。転生してきたプレイヤーの大半が安定した生活を取り戻すことに成功していた。特にアイセントは元々平和な地区である上、食料資源が豊富に存在しているために生存に困ることはなかった。今回の転生事件を受けて生活しやすいアイセントに移住してきたプレイヤーも多い。
一方ノーセット方面は厳しい環境であった。如何せん寒冷地帯というのが災いしており、前々から体温の概念はあったため防寒着を完備していたとはいえ、転生して実際に気温を感じるとなるとやはり寒さが肌に突き刺さるのであった。
「えぇい...寒い...今まで画面の寒さデバフだけ気にしてれば良かったのにぃ...」
「鉱物資源を求めて北に来たのが災いしたな...最もこんな事態になるなんて思ってもいなかったが...」
海崎と鉄野は岸壁に立っていた。二人ともなんとか直立を維持していたが、顔に突き刺さる冷たい風に四苦八苦していた。それでもここに立っているのは、ついに海崎と鉄野の悲願であった艦が完成を迎え、就役の時を迎えたからだ。
「ついに完成したなぁ...ここまで長かったぁ...」
鉄野が艦を見上げながら呟く。岸壁に係留されたその艦は、巨大な鋼鉄の城壁を広げ堂々たる威厳を放っている。魔法が普及したエイナスに、このような巨大艦は完全に異質な存在であった。
「あぁ...色々あったがついにだ...とはいっても、魔法陣営に一撃を加えるなんて状況ではないがな。まさか自分の眼で本物の戦艦を見ることになるとはな...」
巨大な砲、重圧な装甲、幾重にも並べられた対空砲、そして高くそびえたつ艦橋。魔法世界に君臨したこの存在は、誰の眼に見ても記憶に残る正しく「戦艦」であった。
「さて、命名式を始めるか。」
「お、ついにだな。命名式を延期するなんて前代未聞だったぜ。ちゃんと書状と垂れ幕も用意したからな。」
「あぁ...それじゃ、いくぞ。」
海崎が外に設置された机の前に立ち、書状を持ち上げる。ここにいるのは二人だけ、飾り付けは何もないが、それでも正式な命名式としてなるべく準備をしてきた。
「戦艦第一号艦の命名を行う」
式の始まりを、鉄野が告げる。この世界で初めての大型艦として、これから後に続くすべての船を護り導く存在として、今まさにこの戦艦に魂が吹き込まれる。エイナス初の戦艦として、この海原に君臨する、その名前はー。
「本艦を、『黎明(れいめい)』と命名する。令和9年、11月27日。ノーセット造船所所長、海崎晴登」
ラジカセに録音された音楽がながれ、垂れ幕が下りる。黎明の名が刻まれた幕が初めて姿を現した。さらに鉄野が設置された鐘をならす。まるでこの艦に魂が宿ったことを告げるように。音楽が鳴り終わった頃、鉄野が続けた。
「ノーセット造船所所長、海崎晴登より主綱切断が行われる。」
海崎が小さな斧を持ち上げ、そのまま机に置かれた小さな綱を叩き切る。用意された小ぶりなくす玉が割れ、中からカラフルな紙テープがあふれ出てきた。それと同時にラジカセの音楽がまた鳴り響く。海崎は艦を見上げる。転生という前代未聞の事態に陥ったこの世界で、黎明の艦生は波乱万丈になることは間違いない。それでも、だからこそいつか人々の希望になる。海崎はそんな願いを込めて戦艦黎明を見上げていた。黎明もまた、これから自身に起こりうる未来を予感しながら、自身を映し出す群青の空と海を見渡していたのだった。