ゴーシュキラー! 作:ナナッシー
大気が沸騰していた。
かつてエーゲ海に浮かぶ美しき聖地と讃えられたデロス島は、今や生命の存在を許さぬ煉獄の釜へと変貌を遂げていた。まつろわぬ神がもたらす天災級の呪力によって、周囲数キロメートルに及ぶ海水は瞬く間に蒸発し、海底の泥が干からびてひび割れた白き塩の平原が広がっている。
大理石の円柱が並ぶ神殿遺跡のただ中を、魔王たるカンピオーネは、乱れる息を整えながら歩んでいた。
じりじりと肌を焼く熱波が、彼の黒い外套を焦がしていく。一歩足を踏み出すごとに、熱せられた石床がピシリと音を立てて爆ぜた。
「……さすがは十二神の一角。ただ顕現しているだけで、世界をここまで書き換えるか」
少年は自らの内に渦巻く人外の呪力を昂ぶらせ、体内の熱を強引にねじ伏せる。
彼が弑し奉ったのは、北欧の最高神にして魔術と闘争の父たるオーディン。その神殺しの特権として簒奪した権能が、少年の四肢に冷徹なまでの魔力を循環させていた。
「神の秩序を乱す不届き者が。よくぞ我が聖地へ足を踏み入れたな、魔王よ」
天上から降り注ぐような、朗々たる声が響き渡った。
陽炎の向こう、神殿の最奥にある祭壇の宙空に、その神は佇んでいた。
燃えるような黄金の髪に、非の打ち所のない彫刻めいた美貌。背には眩いばかりの光背を背負い、手には白銀の輝きを放つ長弓を携えている。
ギリシャ神話における光と芸術の神、まつろわぬアポロンであった。
その姿は神々しく、世界の調和そのもののようだった。しかし、少年の目は騙されない。アポロンが纏う黄金の光の裏側、大理石の影となった部分に、おぞましい何かが蠢いている。キチキチ、キチキチと、無数の小動物が硬い爪で石を引っ掻くような、不快極まりない音が島全体に木霊していた。
「我が名はアポロン。不敗の太陽であり、天の法を執行する者」
青年神は憐れみの色さえ浮かべ、手にした弓を少年に向けた。
「我が光の前に、地を這う獣の如く平伏するが良い」
「生憎と、不敗の神を叩き落とす手札なら、こちらにも揃っていてね」
少年は不敵に笑み、右手を掲げた。
神と神殺し、世界の覇権を巡る闘争の火蓋が、ここに切って落とされた。
アポロンが放った第一撃は、単純にして絶対的な暴力だった。
神がその指を弦から離した瞬間、空間そのものが光の奔流と化した。
『不敗の太陽』
それはアポロンが体現する太陽神としての権能そのものだ。放たれた光条は単なる熱線ではない。あらゆる遮蔽物を透過し、対象の存在そのものを根源から蒸発させる暴力だ。数千度の熱波が少年に向かって殺到する。
「来い! 『高き者の言葉を聞け』!!」
少年は、呪力を爆発させて言霊を紡ぐ。オーディンから奪った権能の三つの力その一つ『戦意を凍てつかせる拘束の魔歌』の発動である。
少年の周囲の虚空に、青白く発光する原初のルーン文字が次々と浮かび上がった。
冷徹なる氷の嵐が吹き荒れ、迫り来る太陽の絶対熱と正面から衝突する。大気が激しく対流し、デロス島の遺跡に爆音と白煙が巻き起こった。
「ほう。我が太陽の熱を、北方の冷気で相殺するか」
アポロンは眉一つ動かさず、再び弓を引き絞る。
「だが、これは防げるか? 我が放つは、未来を確定させる絶対の神託なり」
弦が弾かれ、一本の黄金の矢が放たれた。
『絶対必中の神託矢』
この矢の本質は速度や威力ではない。デルフォイの神託の主たるアポロンが、この矢は敵の心臓を貫くという未来をあらかじめ【予言・確定】して放つ因果の呪いだ。
少年は瞬時に危機を察知し、神速の身のこなしで横へと跳んだ。しかし、黄金の矢は物理法則を完全に無視し、直角に軌道を曲げて少年の心臓へと追尾する。どれほど速度を上げようが、空間を転移しようが関係ない。当たるという結果が先に存在する以上、逃げることは不可能なのだ。
「ならば、その軌道ごと縛り付けるまでだ!」
少年は退かない。掲げた右手から、さらに無数のルーン文字を撃ち出す。
展開されたのは、動きを阻害する拘束の呪言。
「敵の刃を鈍らせる歌を此処に、戦の父の前に平伏せよ!」
凍てつくルーンの鎖が黄金の矢に絡みつく。未来を確定させる神託の矢といえど、それを放つ呪力そのものを外側から抑え込まれれば、その速度と出力は減衰せざるを得ない。
ギチギチと音を立て、少年の胸元数センチメートルのところで、黄金の矢がその動きを極限まで鈍らせた。
「くっ……!」
少年は全力で右腕を振り抜き、ルーンを纏わせた拳で矢の側面を殴りつけた。
凄まじい衝撃波が走り、少年の右腕の骨がミシミシと悲鳴を上げる。神殺しの強靭な肉体をもってしても、神の権能を直接叩けばタダでは済まない。しかし、無理やり軌道を逸らされた矢は、少年の肩を浅くかすめ、背後の神殿の巨石を塵へと変えながら彼方に消え去った。
「私の予言を、力技で捻じ曲げたか……」
アポロンの美しい顔に、初めて不快感の影が差した。
「だが、魔王よ。貴様は我がルーツの片鱗に触れたに過ぎん。光の裏にある、我が真の恐怖を知るが良い」
アポロンが両腕を広げると、彼の背負う光背が急速に陰り始めた。黄金の光はどす黒い紫の霧へと変質し、神殿の影から、地を這うような不気味な足音が無数に響き渡る。
キチキチキチキチキチキチキチキチ――!!
「ッ!? これは……!」
少年の目が見開かれる。
神殿のあらゆる影、石の隙間、果ては干上がった海底の亀裂から、空間を埋め尽くすほどの黒いネズミの群れが溢れ出してきたのだ。それらは単なる生物ではない。一匹一匹が腐濁した呪力の塊であり、死と病の概念を宿した霊体だった。
『這い寄る病魔の鼠』
「往け、我が眷属よ。不届き者に平等なる死の病を授けよ」
アポロンの冷酷な命を受け、十万、百万とも知れぬネズミの津波が少年に向かって殺到する。
少年はすぐさま防御障壁を最大展開した。青白い光の壁が彼を取り囲む。しかし、押し寄せるネズミの群れが壁に触れた瞬間、信じがたい光景が起きた。
ルーンの光壁が、まるで強酸を浴びせられたかのように、黒く変色し、ボロボロと崩れ始めたのだ。
「防御が……腐食している!? いや、これは疫病の攻撃か!」
そう、アポロンが放ったネズミの群れは、あらゆるエネルギーや概念を病気に感染させて腐らせるという最悪のデバフだった。神殺しの権能たるルーン魔術の障壁すらも、病魔に冒されてその機能を喪失していく。
「キチチチチ!」
障壁の破れ目から、数匹のネズミが滑り込み、少年の脚へと飛びかかった。
「しまっ」
鋭い牙が、少年の肉体に突き刺さる。その瞬間、少年の全身を激しい悪寒と、焼けるような激痛が襲った。
「ガハッ……!?」
少年は口からどす黒い血を吐き出し、その場に膝をついた。
全身の細胞が急速に壊死していくような感覚。体内の呪力が、底の抜けた桶のように外へと流れ出していく。視界がかすみ、立っていることさえ困難になる。
これこそがアポロンの真の恐ろしさ。まばゆい太陽の光で敵の目を眩ませ、その影から回避不能の疫病を媒介し、なぶり殺しにする。
「哀れな魔王よ。貴様たちの持つ簒奪の力など、所詮は神の模倣に過ぎぬ」
アポロンは冷徹に見下ろし、トドメの一撃のために、再び黄金の弓を引き絞る。
「我が太陽の矢で、その病める肉体ごと灰に還してくれよう」
絶体絶命。呪力は枯渇しかけ、肉体は病魔に蝕まれている。
しかし、少年はうつむいたまま、血に濡れた唇を吊り上げ、不敵に笑った。
(……見えた。やはり、そういうことか)
死の淵に立たされたことで、彼の内に宿るオーディンの英知が、異常なまでの冴えを見せ始めていた。
なぜ、太陽の神がネズミを操るのか。なぜ、芸術の神がこれほどまでにおぞましい疫病の権能を持つのか。
その矛盾の裏にある、壮大なる神話の歴史。それこそが、この不敗の神を打ち破るための、唯一にして最大の鍵だった。
少年は震える足で、一歩、大地を踏みしめて立ち上がる。
「まだ立つか。だが、無駄な足掻きだ」
アポロンの弓に、これまで以上の呪力が集束していく。
「無駄かどうかは……お前のその、化けの皮を剥ぎ取ってから決めるさ!」
少年は残る呪力のすべてを自らの眼へと集中させた。
オーディンから簒奪した権能の第1の力『万象を見通す双翼の眼』。
パキリ、と硝子が割れるような冷たい音が、少年の脳内で響いた。
次の瞬間、彼の右目から完全に光が消失した。オーディンが知恵を得るために泉に捧げた隻眼の代償。右目の視力を失うことと引き換えに、少年の左目は深淵なる青い輝きを放ち、世界の因果、そして目の前の神を強制的に霊視し始めた。
少年の脳内に、二羽の大烏が持ち帰る世界中の記憶のように、膨大な神話学の知識が奔流となって流れ込んでくる。
アポロンという神の、数千年に及ぶ成立過程の歴史が、パノラマのように展開された。
ギリシャ神話におけるアポロン。彼はゼウスの息子であり、月の女神アルテミスの双子の弟とされる。オリンポス十二神の中でも屈指の人気と知名度を誇り、太陽、光、予言、芸術、音楽、医療、そして弓術を司る、非の打ち所のない清廉なる美の化身だ。
だが、宗教史や神話学の光を当てたとき、その完璧な神格の至る所に、奇妙な歪みと矛盾が浮かび上がる。
まず第一に、ギリシャ神話における本来の太陽神は、アポロンではない。ティタン神族のヘリオスこそが、元々の太陽の化身であった。アポロンが太陽神としての属性を持つようになるのは、歴史の遥か後年、古典期以降の解釈に過ぎない。つまり太陽神アポロンとは、後世の人々が別の神格を習合させ、作り上げた偽りなのだ。
では、アポロンの真のルーツはどこにあるのか。
神話の最も古い層を掘り下げていくと、アポロンの誕生譚に突き当たる。彼はデロス島で生まれたとされるが、彼の母レトは、ゼウスの正妻ヘラの嫉妬を恐れ、ギリシャの地を追われ、各地を彷徨った末にこの島へ辿り着いた。これは、アポロンという神が元々はギリシャ外部から持ち込まれた異邦の神であったことを示唆している。
最古の文学資料であるホメロスの叙事詩イリアスにおいて、アポロンがどのように描かれているか。それこそが最大の矛盾だ。
イリアスの冒頭、トロイア戦争において、アポロンはギリシャ軍ではなく、敵対するトロイア側の守護神として参戦している。そして、自分の神官を侮辱したギリシャ軍に対し、激怒したアポロンは何をしたか。
彼は天から降り立ち、その弓から矢を放ち、ギリシャ軍の陣営に凄まじい疫病を蔓延させた。兵士たちや家畜は次々と病に倒れ、軍勢は壊滅の危機に瀕した。
光と医療の神が、なぜ真っ先に疫病を撒き散らすのか?
ここに、アポロンの本来の神職が隠されている。古代の多神教において、病を治す神とは、同時に病を自由にもたらす神でなければならない。毒と薬は表裏一体。アポロンの本質は、輝かしい光の神などではなく、人々に死と病を配給する恐るべき疫神だったのだ。
さらに、ホメロスはアポロンを呼ぶ際、奇妙な尊称を用いている。
『アポロン・スミンテウス』
このスミンテウスという言葉の語源は、小アジアすなわち、現在のトルコ周辺のトロアス地方の言葉で【ネズミ】を意味する。すなわち、アポロンの最古の二つ名の一つはネズミのアポロンなのだ。
古代の世界において、ネズミとは穀物を食い荒らし、恐るべき伝染病を媒介する、文字通りの『厄災の象徴』であった。
つまり、アポロンのルーツはギリシャの神ですらない。小アジアの土着信仰において、ネズミを媒介として疫病を撒き散らし、あるいはそれを鎮める、暗黒の疫病神こそが、彼の原初の姿であった。
それが歴史の変遷の中で、ギリシャへと流入。デルフォイの大蛇ピュトンを退治したという神話を上書きすることで、その地の予言の神格を吸収。
さらにローマ時代に至り、一神教的な絶対性を求める皇帝たちの政治的意図、そして東方から伝来したミトラ教の不敗の太陽の信仰と結びつくことで、アポロンは本来の泥臭い疫病神としての姿を徹底的に隠蔽され、まばゆい太陽神へと祭り上げられたのだ。
少年の左目が、鋭くアポロンを射抜く。
すべてのピースが繋がった。神話の成立過程、その歪みを暴くための、絶対の言霊が少年の唇から紡ぎ出される。
「……ハハッ、素晴らしいな。お前の積み上げてきた歴史は、あまりにも欺瞞に満ちている!」
少年は血を拭い、大声で笑い飛ばした。その声には、神の威光を書き換えるだけの、確かな『詩歌の蜜酒』が宿っていた。
「何を笑っている、魔王よ。死を前にして狂ったか」
アポロンが不審げに眉をひそめる。彼の放つ光の矢は、既に臨界点に達していた。
「狂ったのはお前の方さ、アポロン! 小アジアの疫病神よ!」
少年は左目を爛々と輝かせ、アポロンの欺瞞を白日の下に晒すべく、神話を絶唱した。
「俺は知っている! 汝が元よりギリシャの清廉なる太陽などではないことを! イリアスの幕開けに歌われし、トロイアの平原に這い寄る影の本質を!」
その言葉が響いた瞬間、アポロンの携える黄金の弓が、不穏に微振動を始めた。神の呪力が、少年の言葉によって神格を揺るがされているのだ。
「お前が背負う太陽は、後世のローマ皇帝たちが政治のためにミトラの信仰から掠め取り、無理やり着せた偽りに過ぎん! 本来の太陽の座はヘリオスのものであり、お前の座ではない!」
「黙れ……! 戯言を!」
アポロンの顔から余裕が消え去り、激昂の表情へと変わる。彼は強引に矢を放とうとするが、少年の言霊の拘束力はそれを許さない。
「黙らんさ! お前の真のルーツを、ここに暴いてやる! お前の母レトがギリシャを追われ、彷徨った理由。それはお前が異邦の、小アジアの土着より来たりし疫病神だからだ!」
少年の声が響き渡るたび、アポロンの周囲の空間から黄金の光が剥ぎ取られ、どす黒い霧が濃度を増していく。周囲を埋め尽くしていたネズミの群れが、主のコントロールを失ったかのように狂乱し始めた。
「デルフォイの蛇を殺し、予言の座を奪い、太陽の光で身を隠そうとも、その足元に群がる眷属の鳴き声は隠せまい! 聞け、アポロン! お前の最古にして真なる名は、輝かしい光の主ではない! トロアス地方の言葉にてネズミを意味する名」
少年は、アポロンの胸元を力強く指差した。
「お前の本質は、ネズミを媒介として病魔を振り撒き、軍勢を皆殺しにした暗がりの疫病神! アポロン・スミンテウスだ!!」
ドォォォォン!!!
デロス島全体を揺るがすような、爆鳴が轟いた。
言霊の直撃を受けたアポロンの身体から、まばゆい黄金の光、不敗の太陽の権能が、まるでガラスのように粉々に砕け散った。彼の背負っていた光背は消滅し、手にした弓も白銀の輝きを失って、ただの古ぼけた木の弓へと変貌する。
「な……我が、我が太陽の権能が、神格が……解体されていく……!?」
アポロンが驚愕の声を上げる。
少年の『詩歌の蜜酒』により、アポロンの持つ最高の太陽神としての最高位の防御性と不死性が、完全に無力化されたのだ。現在の彼は、ただの強力な疫病の神という神格へと強制的に格下げされていた。
空間を埋め尽くしていたネズミの群れも、その体躯を縮ませ、ただの霧へと霧散していく。少年の身体を蝕んでいた病魔の呪いも、アポロンの呪力出力の激減に伴って急速に弱体化し、神殺しの異常な治癒力がそれを圧倒し始めた。
「形勢逆転だな、アポロン。いや、スミンテウス」
少年は立ち上がる。彼の左目には、勝利の確信が宿っていた。
アポロンの化けの皮を剥ぎ取り、その神格を完全に露出させた。オーディンの英知が、今こそ最大の攻撃へと転じる瞬間を告げている。
「おのれ、おのれぇぇ! 魔王めが!!」
アポロンは屈辱に顔を歪め、残されたすべての呪力を振り絞り、木の弓に黒い疫病の矢を番えた。それは神託の輝きを失った、ただの呪いの矢だ。だが、神の放つ一撃であることに変わりはない。
しかし、少年の方が一瞬早かった。
条件はすべて満たされた。敵の正体を見抜き、その神話を暴き立てた。今こそ、オーディンの持つ最強の戦争の神としての側面を解放する時。
オーディンの第2の力『宿命を穿つ神槍』
少年の掲げた右手に、周囲のルーンの残光と、彼の全呪力が集束していく。
バリバリと空間を裂くような、青白い神聖なる雷光。それが一本の、荒々しくも美しい宿命の投槍の形を成した。
「戦場の父よ、我が手に勝利の宿命を」
少年が言霊を紡ぐ。その声に呼応し、グングニルの槍は、世界そのものに一つの絶対的な命令を下す。
【この槍は、既にアポロンの胸の核を貫いている】
因果の逆転。放たれる前から命中したという結果を確定させる、神殺しの絶対必中の一撃。
「放たれる一閃は逃れ得ぬ牙。骨を砕き、肉を裂き、神々の胸を貫け!」
アポロンが絶望の表情で弓を放とうとした、まさにその瞬間。
「勝利は我が手に! 往けグングニル!!」
少年の腕が、限界を超えた速度で振り抜かれた。
閃光。
それはデロス島の沸騰した大気を縦に裂く、一筋の青白い流星だった。
アポロンは必死に、残ったネズミの霧を凝縮させて盾を作ろうとした。しかし、グングニルの前にはいかなる防御も意味をなさない。なぜなら既に当たっているのだから。
光の流星は、ネズミの盾を、アポロンが放とうとした疫病の矢を、そして彼の強固な大理石の神殿を、いとも容易くすり抜けて。
ズ、ドォォォォン!!!
寸分の狂いもなく、アポロンの胸の正中央を、深く、深く貫いた。
「ガ、ハ……ッ……」
アポロンの動きが、完全に停止した。
彼の胸に突き刺さったグングニルから、雷光が内側へと炸裂する。アポロンの神格が、その起源ごと、根源から爆砕されていく。
「我が……予言の光が……。このような、北方の宿命の槍などに、敗れる、というのか……」
アポロンは自らの胸の槍を見つめ、信じられないといった様子で呟いた。彼の美しい顔が、端からひび割れ、黄金の光の粒子へと崩壊していく。
「お前の予言は、都合の良い未来しか見ていなかった。だが、俺が掴み取ったのは、お前の過去から導き出した!!必然の勝利だ!!」
少年は失明した右目を手で押さえながら、静かに告げた。
「……見事だ、魔王。我が光を、呪いを、超えてみせた、貴様の英知に……」
アポロンは最期に、どこか晴れやかな、神としての矜持を感じさせる笑みを浮かべ。
そのまま、光の奔流となって、エーゲ海の夜空へと霧散していった。
まつろわぬ神の消滅に伴い、島を支配していた煉獄の熱波が、嘘のように引いていく。
干上がっていた海底に、周囲の海水が轟音を立てて流れ戻り始めた。
そして、激しい戦いの余韻を残すデロス島の遺跡に、ぽつり、ぽつりと、冷たい雨が降り注ぐ。それはオーディンの嵐の残滓であり、あるいは散っていった神への手向けの雨のようでもあった。
「……はぁ、きっつ……」
少年はその場に仰向けに倒れ込み、激しい疲労感に息を吐き出した。
右目の視界は失われ、全身は戦傷でボロボロだ。しかし、彼の内側では、消滅したアポロンから流れ込んできた、新たなる権能が、産声を上げようと脈動していた。
太陽の光か、それとも這い寄る病魔の力か。
新たなる手札をその身に宿し、少年は冷たい雨を浴びながら、静かに目を閉じるのだった。