ゴーシュキラー!   作:ナナッシー

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ケツァルコアトル

 大気が、まるで意志を持つ獣のように狂い吼えていた。

 

 

 メキシコシティの北東に位置する古代都市遺跡、テオティワカン。かつて神々の集う場所と呼ばれたその聖域は今、神話そのものの具現化によって、人類の立ち入りを拒む絶対的な魔境へと変貌を遂げている。

 

 「っ、まともに目を開けていられねえな!」

 

 俺は黒い外套のフードを深く被り直し、ピラミッドの麓で強風に身を震わせた。

 

 正面にそびえ立つ太陽のピラミッド。その巨大な石造建築物の頂を中心に、空が異常な緑色の光に染まっている。吹き荒れる暴風はただの風ではない。大気そのものが数百万枚の牙を持つ緑色の羽毛を孕み、目に見える真空の刃となって遺跡の地表をガリガリと削り取っていた。大理石の破片が火花を散らしながら宙を舞い、触れるものすべてをズタズタに引き裂く。

 

 これこそが、メソアメリカの最高神にして、人類に文明をもたらしたとされる神ケツァルコアトルの呪力だった。

 

 「神殺しの魔王よ! 我が神域へ何用あって参られたか!」

 

 ピラミッドの頂、天に最も近い場所から、雷鳴のごとき声が降ってきた。

 

 見上げれば、そこに一人の男が佇んでいる。

 彫りの深い端正な容貌に、大蛇の鱗を思わせるしなやかな体躯。だが最も異様なのは、彼の背後に広がる一対の巨大な翼だった。それは鳥の羽毛ではなく、極彩色の光を放つ無数の蛇の尾が集まったかのような、悍ましくも美しい羽毛ある蛇の権能そのもの。彼の頭上には、白昼堂々、不気味に輝く金星の星芒が天の法廷のように冷たく燃えていた。

 

 「用件なんて一つだけだ、ケツァルコアトル! お前がその風でメキシコ全土を砂漠にしようってんなら、それを叩き落とすのが俺の役目なんだよ!」

 

 

 俺は自らの内に眠る人外の呪力を爆発させ、テオティワカンの大地を踏みしめた。

 

 

「愚かなり、地を這う子らよ。第五の太陽の時代は終わり、世界は再び風によって滅びる宿命にある。我が従える『エエカトル』の暴風に、その身を捧げるが良い!」

 

 ケツァルコアトルが腕をひと振りした瞬間、天空の金星が爆発的な光を放った。

 

 それと同時に、ピラミッドの周囲から、直径数百メートルに及ぶ巨大な竜巻が4本、同時に発生した。牙の羽毛を内包した緑の竜巻は、神速を超える速度で、俺の逃げ場を完全に塞ぐように殺到してくる。

 

 「ハッ、天候支配なら、こっちだって負けちゃいねえんだよ! 『高き者の言葉を聞け』!!」

 

 俺は言霊を紡ぎ、オーディンの第一権能『拘束の魔歌』を解放した。

 

 俺の足元から、青白く発光する原初のルーン文字が、ピラミッドの階段を駆け上がるように虚空へと刻まれていく。

 

 次の瞬間、灼熱のメキシコの空に、北欧の極寒を宿した猛吹雪が強制的に展開された。氷の粒子と凍てつく嵐が、ケツァルコアトルの放った緑の竜巻と正面から衝突する。

 

 ドガァァァァン!!!

 

 熱帯の暴風と北方の極寒。二つの最高神の神域が衝突し、中間地点の大気が激しく爆ぜた。衝撃波によってテオティワカンの広場に敷き詰められた巨石がめくれ上がり、粉々に粉砕されていく。

 

 緑の風が氷のルーンによって凍りつき、バリバリと音を立てて砕け散る。だが、その背後から、金星の光を纏ったケツァルコアトル自身が、神速の領域で俺の目の前へと肉薄していた。

 

 「一陣の風を防いだか。だが、我が風は無限、我が身は天空そのものなり!」

 

 ケツァルコアトルが放つ、大気を凝縮した見えない一撃が俺の胸元に迫る。

 俺はバックステップを刻みながら、掲げた右手に新たな呪力を集束させた。ルーンの吹雪を霧散させ、戦術を切り替える。

 

 「だったら、新しく手に入れたこいつの味見をさせてやるよ! 『天より降り立て、暗がりの射手よ、黄金の衣は既に裂け、真なる厄災が目を覚ます。放つ一矢は死の病、群がる眷属は破滅の調べ。骸の山を築け!!!』」

 

 俺の手に具現化したのは、ギリシャの太陽神アポロンから奪い取った第二権能『不浄なる病魔の黒弓』だ。

 

 漆黒の木製長弓。それを手にした瞬間、俺の全身の細胞が、まるで強酸を流し込まれたかのような激痛に襲われた。

 

 「ガハッ……!?」

 

 口内に広がる血の味。この弓の本質は、アポロンの輝かしい光などではない。ネズミを媒介とする、泥にまみれた疫病の呪いだ。弓を引き絞り、呪力をチャージしている間、俺自身の肉体内でも呪力が腐食し、高熱が脳を焼きにかかる。カンピオーネの異常な生命力と、オーディンの治癒のルーンが内側で猛スピードで肉体を修復していなければ、弓を構えただけで俺自身が即死していただろう。

 

 だが、その諸刃の代償に見合うだけの、最悪の特効がこの弓にはあった。

 

 「お前の神話の裏側、ここでたっぷり味わっていけ!!」

 

 パァン、と弦が弾ける音が響く。

 

 放たれたのは、光ではなく、数万匹の黒いネズミの霊体が超高密度に凝縮された漆黒の光条だ。

 

 アポロンの弓術を継承したその矢は、天空へ逃れようとするケツァルコアトルの動きを正確に追尾し、物理的な法則を無視して彼の翼へと迫る。

 

 「小賢しい! その程度の不浄、我が風で吹き飛ば」

 

 ケツァルコアトルが緑の暴風の盾を展開する。しかし、漆黒の矢はその風に触れた瞬間、爆発するように霧散し、無数の黒いネズミの津波へと分裂した。

 

 ネズミの群れは風の概念そのものを「病」に感染させて腐らせ、突破した。そして、天空に浮遊するケツァルコアトルの美しい緑の羽毛へと一斉に飛びかかり、その肉体を狂気的に貪り食い始めたのだ。

 

 「ぐ、あああああッ!? な、何だこれは……! この不浄な、身体の芯から気力を奪う、悍ましき呪いは……!」

 

 ケツァルコアトルが、初めて苦悶の悲鳴を上げて天空でよろめいた。

 彼の緑の羽毛がボロボロと抜け落ち、黒く腐食していく。

 この黒弓の矢は、彼にとってただの攻撃ではない。メソアメリカの神話体系、ひいてはアステカ帝国を実質的に滅ぼした最大の原因、ヨーロッパの侵略者が船で持ち込んだ天然痘などの疫病そのものの再現だった。免疫を持たないメソアメリカの生命の祖にとって、このヨーロッパ由来の病魔の矢は、神核を根源から腐らせる最悪の天敵に他ならない。

 

 「キチチチチ!」と鳴く黒いネズミの霊体が、ケツァルコアトルの神速の動きを鈍らせ、その呪力出力を劇的に削り取っていく。黒弓の連射によって、テオティワカンの空はドス黒い疫病の霧で満たされていった。

 

 「ハァ、ハァ……効いてるな、生命の神。お前たちの歴史を終わらせた不浄の病だ、いくら最高神と言えど耐えられるわけが」

 

 俺は黒弓を構えたまま、自身も高熱で視界を歪ませながら不敵に笑おうとした。

 だが、その言葉は途中で凍りついた。

 

 「……思い上がるなよ、東方の魔王」

 

 低く、地響きのような声が、ケツァルコアトルの口から漏れ出た。

彼の瞳が、慈悲深い善神のそれから、生贄の心臓を求めるアステカの凄惨な戦神のそれへと完全に変質していく。

 

 「我が名はケツァルコアトル。生命の祖であり、人類を冥府の骨から創造せし者。このような不浄の病ごときで、我が不滅の神格が潰えると思うたか!」

 

彼がそう叫んだ瞬間、ピラミッドを通じて、メキシコの大地から地鳴りのような呪力の奔流がケツァルコアトルの身体へと逆流した。

 

 『冥府より蘇る粘土の人類』

 

 信じがたいことに、ネズミに食い荒らされ、黒く腐り落ちていた彼の肉体と羽毛が、大地から湧き上がる泥と粘土によって瞬時に上書きされ、一瞬にして元の無傷な状態へと【超再生】を遂げたのだ。病魔の概念そのものを、圧倒的な生命の創造力で押し流し、完全に無効化してみせた。

 

 「嘘だろ……腐食を一瞬で再生させやがった……!」

 

 「往くぞ、カンピオーネ! 我がアステカの闘争の真髄、その身に刻め!」

 

 善神の皮を完全に脱ぎ捨てたケツァルコアトルが、ピラミッドの頂上から一直線に、神速の突撃を仕向けてきた。

 

 あまりの速さに、俺は黒弓を消去して『拘束の魔歌』の防御ルーンを展開するのが精一杯だった。

 虚空に強固なルーンの障壁が展開される。だが、突撃してきたケツァルコアトルの右拳が、その障壁に叩きつけられた瞬間。

 

 パリィィィィン!!!

 

 神殺しの権能が、まるで安物の硝子細工のように粉々に粉砕された。

 

 「が、ふッ……!?」

 

 障壁を突き破った拳が、俺の交差させた両腕を直撃する。凄まじい肉体の暴力。神獣を引き裂くどころではない、大地を割る創造神の怪力が、俺の腕の骨をミシミシとへし折り、そのまま身体ごとピラミッドの石階へと叩きつけた。

 

 ゴロゴロと、大理石の階段を何十段も転がり落ちる。全身の皮膚が裂け、血が石段を赤く染めていく。ピラミッドの底まで吹き飛ばされた俺は、激しい吐血とともに泥水の中に突っ込んだ。

 

 「ハッ、ガハッ……! クソ、何て馬鹿力だ……!」

 

 腕が上がらない。体内の呪力が激しい衝撃でパニックを起こしている。

 

 どれだけ病魔で削っても、一瞬で無傷の完璧な状態に戻る超再生。そして、正面からの圧倒的な肉体の暴力。アステカの戦神としてのケツァルコアトルは、オーディンのルーン魔術を小細工と笑い飛ばすほどの、理不尽なまでの絶望の塊だった。

 

 「神殺しの魔王よ、その程度か。我がアステカの戦神の前に、貴様の簒奪せし北欧の知恵など、無力な児戯に等しい」

 

 ピラミッドの階段を、ケツァルコアトルがゆっくりと降りてくる。その一歩一歩が、俺の死へのカウントダウンのように響く。

 

 「……まだだ、まだ終わってねえよ……!」

 

 俺は強引に立ち上がった。骨折した両腕にルーンの呪力を無理やり通し、神経を麻痺させて強引に動かす。ここで日和ったら本当に死ぬ。俺は残る呪力を一気に爆発させ、オーディンの魔術の中でも最大威力の雷撃術式を練り上げた。

 

 「 天の父の怒りを知れ!!」

 

 俺の周囲から、何十条もの青白い神聖なる雷撃が、ケツァルコアトルの至近距離へ向けて一斉に放射された。ピラミッドの表面を白熱させる、神をも焼き尽くす一撃。

 

 だが、ケツァルコアトルは避ける素振りすら見せなかった。

 

 「無駄だと言ったはずだ。我が帰還の宿命の前に、あらゆる暴力は我が糧となる」

 

 彼が両腕を広げると、その全身が奇妙な、冷たい白き光に包まれた。

 

 『一の葦に還る白き宿命』

 

 俺の放った最大威力の雷撃が、その白き光の壁に接触した瞬間、空間が奇妙に歪んだ。雷撃は相殺されることも、霧散することもなく、その光の性質を反転させ。

 

 「なっ!?」

 

 次の瞬間、俺の放った雷撃が、あろうことか倍の威力へと膨れ上がって、そのまま俺自身に向かって逆流してきたのだ。

 

 ドガァァァァン!!!

 

 「があああああああああああッ!!!」

 

 自身の全力の攻撃に、ケツァルコアトルの最高神としての呪力が上乗せされた、壊滅的な一撃。

 

 雷光が俺の肉体を真っ向から焼き、引き裂いた。テオティワカンの広場に凄まじい爆煙が立ち込め、俺は再び地面へと激しく叩きつけられた。

 

 衣服は焼け焦げ、全身から煙が上がる。内臓は破裂し、身体は完全に焼け切れかかっていた。指一本動かすことすらままならない、文字通りの戦闘不能寸前の致命傷。

 

 「私は東方より帰還せし、コルテス。この地にもたらされるあらゆる侵略の暴力は、我が帰還の宿命として我が力へと還元される。魔王よ、貴様の暴力が強ければ強いほど、我が白き光はより強く貴様を打ち砕くだろう」

 

 ピラミッドの底、倒れ伏す俺の前に、ケツァルコアトルが静かに立ち塞がった。

 自分の最強の攻撃がそのまま自分を破壊する、絶対反射のカウンターギミック。これがある限り、どんな大技も無意味。文字通りの、詰みだった。

 

 意識が、急速に遠ざかっていく。

 視界が赤く染まり、耳鳴りだけが響いている。ケツァルコアトルがトドメを刺すために、その手を掲げるのがスローモーションのように見えた。

 

 (……待て。何かが、おかしい)

 

 死の寸前、心臓の鼓動が極限まで遅くなる中で、俺の脳内オーディンから簒奪した英知が、異常なまでの思考を始め、戦場に奇妙な静寂をもたらした。

 

 なぜ、メキシコの土着の、生贄を嫌う慈悲深き生命の神が、自分を東方から帰還したコルテスなどと呼び、あろうことかスペインの侵略者の属性を宿しているんだ?

 

 なぜ、彼を滅ぼしたはずの侵略の歴史が、彼を守る絶対的なカウンターなんて妙な力に変換されている?

 

 

 アステカ帝国の滅亡史。俺はその神話的な歴史の闇を、脳内で超高速で紐解いていく。

 学校の教科書や、一般的な歴史書にはこう書かれている。

 

 『アステカ帝国の皇帝モクテスマ2世は、東方の海からスペインの征服者エルナン・コルテスが到来した時、彼を「一の葦の年に東方の海へ去り、いつか帰還する」と予言されていた白き神ケツァルコアトルの再来だと誤認した。神への恐れから無抵抗で迎え入れたため、わずか数百人のスペイン人に帝国を乗っ取られ、滅亡するという悲劇を招いた』……と。

 

 だが、近年の歴史考古学、宗教史の研究において、この美しくも悲劇的な神話は、ある致命的な矛盾を指摘されている。

 

 アステカ滅亡以前の先住民の資料のどこを探しても、ケツァルコアトルが東の海へ去り、白き人となって帰還するという予言は一切存在しないのだ。

 

 元々、ケツァルコアトルは風の神であり、生命の神であり、金星の神だ。彼はテスカトリポカの罠にかかって失脚し、自ら火葬にして金星になった、あるいは蛇の筏に乗って東へ去ったとは書かれているが、白き人となって帰ってくるなんて伝承は、本来のメソアメリカ神話には微塵も存在しなかった。

 

 では、なぜ現代の俺たちがその話を常識として知っているのか?

 

 答えは一つ。アステカを武力征服したエルナン・コルテスたちスペイン人、および帝国滅亡後に先住民をキリスト教に改宗させようとした修道士たちが、後から創作し、神話として定着させた捏造』だからだ。

スペイン人にとって、数百万人の人口を誇る巨大帝国を騙し、大虐殺し、略奪したという事実は、キリスト教の正義においてあまりにも不都合だった。だから彼らは、自らの侵略行為を正当化するために、都合の良い物語を作り上げた。

 

 『我々がアステカを滅ぼしたのは、残虐な侵略によるものではない。彼らが元々信仰していた最高神ケツァルコアトルが「東方から帰還する」という予言を残しており、我々はその予言の執行者として迎え入れられたのだ。アステカの滅亡は、神の意志だったのだ』……と。

 

 あるいは、国を滅ぼされた先住民の貴族たちが、自分たちが無能だったから負けたのではない、神の予言という抗えない宿命があったから負けたのだという言い訳のために、戦後に受け入れた物語。

 

 つまり、ケツァルコアトルが現在纏っている『一の葦に還る白き宿命』というカウンター。

 

 これこそが、ヨーロッパの侵略者どもが自らの大虐殺を正当化するために後世に捏造した、侵略者の免罪符であり、歴史によって不当に着せられた偽りなのだ。

 

 (そうかよ……そういうことかよ、ジジイ、お前の知恵、ここで使わなきゃ、いつ使うってんだよ!)

 

 俺の脳内で、オーディンの英知が勝利の解答を出した。

 歪められた歴史の欺瞞。その化けの皮を剥ぎ取る術を、俺は既に持っている。

 

 ケツァルコアトルの、泥を固めたような戦神の拳が、俺の頭部を粉砕せんと振り下ろされる。

 

 その刹那、俺は残るすべての呪力を左目に注ぎ込み、絶叫した。

 「まだだ……! 終わらせてたまるかよ! ――『フギンよ飛び立て、ムニンよ語れ』!!」

 

 

 『万象を見通す双翼の眼』

 

 発動。

 

 パキィィィン、と脳内で完全に何かが弾ける音がした。

 右目の視界が漆黒に染まり、二度と光を戻さない完全な失明の闇へと落ちる。だが、その凄まじい隻眼の代償と引き換えに、俺の左目は深淵なる神聖な青い輝きを放ち、目の前で拳を振り下ろすケツァルコアトルの神の奥深くを幻視した。

 

 そこにあったのは、侵略者によって国を売った悲劇の神という汚名を着せられ、歪められた歴史の中で咽び泣く、本来の清浄なる神の悲哀だった。

 

 「お前はコルテスなんかじゃない……! 侵略者の宿命の王なんかじゃないんだよ、ケツァルコアトル!!」

 

 俺は血を吐きながら、へし折れた腕でピラミッドの大地を突き、言霊を激唱した。その声には、オーディンの『詩歌の蜜酒』の魔力が乗り、世界の因果そのものを書き換えにかかる。

 

 「何を……戯言を!」

 

 ケツァルコアトルの拳がピタリと止まった。彼の全身を包む白き光が、俺の言葉を受けて激しく乱高下し始める。

 

 「戯言じゃねえ! モクテスマがお前をコルテスと誤認したなんて話は、本来のメソアメリカ神話のどこにも存在しねえんだよ! それはスペインの侵略者どもが、自らの大虐殺と略奪を神の予言の成就として正当化するために後世に捏造した、胸糞悪い侵略者の免罪符だ!!」

 

 俺の言葉がテオティワカン遺跡に響き渡るたび、ケツァルコアトルの身体から、あの絶対反射をもたらしていた白き光が、メリメリと音を立てて引き剥がされていく。

 

 「お前は民にトウモロコシの育て方を教え、暦を作り、生贄の血の儀式を何よりも嫌った、メソアメリカの慈悲深き生命の祖だ! 侵略者の都合の良い神話に、いつまで利用されてやがるんだ、この大馬鹿野郎!!」

 

 ドバァァァァン!!!

 

 言霊の衝撃が炸裂し、ケツァルコアトルの全身から、あの忌々しい白き宿命の光がガラスのように粉々に砕け散った。

 

 それと同時に、彼の姿からアステカの凄惨な戦神の気配が消え去り、本来の、清浄で温和な、生命の神としての本来の神格へと強制的に変化させられた。歴史の欺瞞を看破されたことで、彼を守っていた『一の葦に還る白き宿命』の権能が、完全にこの世界から消滅したのだ。

 

 「……あ、ああ……」

 

 ケツァルコアトルは、自らの両手を見つめ、茫然と呟いた。

 

 その瞳からは凶気が消え、本来の最高神としての気高き輝きが戻っていた。彼は自らの神格を縛っていた侵略者の呪縛から解放されたことを悟り、俺に向かって、穏やかな、だが闘志の消えない笑みを浮かべた。

 

 「……見事なり、隻眼の魔王よ。我が着せられた偽り、我が胸の内に秘められた悲哀の歴史を、そこまで正しく紐解いてみせるか」

 

 「ハァ、ハァ……これで、お前の無敵のバリアは消えた。……お互い、次の一撃が最後だな」

 

 俺はフラつきながらも、完全に立ち上がった。

 

 カウンターも、超再生も、偽りが剥がれた今の彼にはもう使えない。だが、目の前にいるのは、正真正銘のメソアメリカの最高神。その呪力出力は、依然として世界を滅ぼすに足るものだった。

 

 「如何にも。我が偽りの宿命を打ち破った貴様の英知に敬意を評し、我が真なる生命の風のすべてを以て、貴様を歓迎しよう!」

 

 ケツァルコアトルが翼を広げると、テオティワカンの空に、これまでのような禍々しい緑ではなく、植物の生命力を象徴するような、目が眩むほどに美しいエメラルドグリーンの大暴風が吹き荒れた。大地から、天から、純粋な生命の祖としての風のすべてが、彼の一撃へと集束していく。

 

 「来い、ケツァルコアトル!!」

 

 俺は右手を天へと掲げた。

 これが本当の最後だ。俺の残る全呪力、魂のすべてを注ぎ込み、オーディンの持つ最強の戦争の神としての側面を解放する。

 

 権能の第2の力『宿命を穿つ神槍』

 

 バリバリバリと、空間を裂くような青白い神聖なる雷光が、俺の右手に集束し、一本の荒々しい宿命の投槍を形成した。

 

 この槍が放たれた瞬間、命中したという結果が世界に固定される。相手がどんな風の壁を張ろうが関係ない、因果律を書き換える必中の一撃。

 

 「我が名はケツァルコアトル! 天空を統べる、羽毛ある蛇なり!」

 

 ケツァルコアトルが放った、大地を割り天を突く最大出力のエメラルドの暴風が、津波となって俺を呑み込まんと迫る。

 

 「穿て、宿命のーー『グングニル』!!!!」

 

 俺は魂の底から咆哮し、右腕の筋肉が断裂するのも構わず、青白い流星を投げ放った。

 

 放たれたグングニルは、世界のすべてを置き去りにする一閃だった。

 ケツァルコアトルの放った最大最高の生命の暴風。空間そのものを押し潰すようなそのエメラルドの奔流の真ん中を、青白い流星は物理的な抵抗を一切無視して、まるで最初からそこを通り過ぎていたかのようにすり抜け。

 

 ズ、ドォォォォン!!!

 

 寸分の狂いもなく、ピラミッドの頂上に立つケツァルコアトルの胸の中央、その神格を正確にブチ抜いた。

 

 「ガ、ハ……ッ……!」

 

 エメラルドの暴風が、一瞬にしてピタリと停止した。

 胸に突き刺さったグングニルから、神槍の青白い雷光が内側へと炸裂し、ケツァルコアトルの神格を根源から解体していく。

 

 「見事なり、隻眼の、そして東方の魔王よ。我が風を真っ向から穿つ、宿命の槍か……」

 

 ケツァルコアトルは自らの胸の槍を見つめ、満足げな、気高き笑みを浮かべた。彼の身体が、端から美しいエメラルド色の光の粒子へと崩壊していく。

 

 「楽しき闘争であった。我が真なる生命の息吹、貴様に託そう……」

 

 その言葉を最後に、メソアメリカの最高神は、テオティワカンの夜空へと霧散していった。

 

 ケツァルコアトルの消滅に伴い、遺跡を狂わせていたすべての暴風が嘘のように消え去った。

 

 静寂が戻ったテオティワカン遺跡。

 そして、激しい死闘の終結を祝うかのように、メキシコの夜空には、ケツァルコアトルの残光である、美しい五色の虹の蛇が、月明かりに照らされて雄大に架かっていた。

 

 「……ハ、ハハ……まじで死ぬかと、思ったわ……」

 

 俺はその場にドサリと仰向けに倒れ込み、激しい疲労と激痛のなかで天を見上げた。

 

右目は完全に失明し、全身はボロボロ。だが、俺の内側では、消滅したケツァルコアトルから流れ込んできた、新たなる風と生命の権能が、熱く脈動を始めているのを確かに感じていた。

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