「まさかヤチヨちゃんに傘を借りてるとは思わなかったぞ!」
「言うわけないでしょ!」
そう言いながら帝は金棒から剣を抜き、金棒部分も銃へと変形させた。その隙に彼に向かってブーメランを投げつけた私は前へ駆け出す。
「よっと」
飛来するブーメランをジャンプして回避した彼はそのままこちらに向かって銃口を向けて発砲。即座に左手の傘を広げて防御した。
(私の手札はブーメラン、かぐやのハンマー、ヤチヨの傘だけ)
ブーメランは片手で取り扱うには大きく、基本的に投擲武器として使うしかない。かぐやのハンマーは残念ながら竹林の中なので今は考えないようにする。つまり、私がまともに扱えるのはヤチヨの傘のみ。
「すぅ……はぁ……」
傘で銃弾の雨をガードしながら私は一呼吸。あと数秒も経てば帝と接敵する。決して、接近戦に向いているとは思えない傘で応戦するのは普通では不可能に近い。
(でも、今の私なら――)
この戦いが始まってからずっと抱いている違和感。感触がないはずなのにしっかりとアバターの動きを掴んでいるような、不思議な感覚。
いいや、それだけじゃない。かぐやのハンマーだってそうだ。慣れない武器のはずなのに帝を感心させるほどの立ち振る舞いを披露した。まるで、ずっと使っていたように。
私の中で何が変わった? 以前、帝と戦った時から違うことはなんだ?
そんなの、わかりきっている。
「ッ――」
銃弾の雨が止み、傘を閉じると同時に目の前に帝のアバターが現れる。右手には鋭い剣。今まさにそれを振り下ろそうとするそれに向かって私は傘の先端を突き出した。
「なっ」
完全に振り下ろし切る前に剣と傘の先端が激突して小さな火花を散らせる。武器同士の衝突によって彼の体が僅かにノックバック。それと同時に傘を再び広げて空気を切るように振るい、鋭く尖った骨の先端の一つを彼のアバターに突き刺した。
「ッ!?」
小さく漏れるダメージエフェクトに帝は今日一番の驚きを見せる。当たり前だ。ツクヨミはあくまで仮想空間。アバターを動かすのはあくまでキーボードやコントローラーだ。だから、こんな精密な動きは基本的にできない。
(――いける)
予想通りに動いた自身のアバターに私は思わず笑みを浮かべた。
現実の体とアバターの間に発生するギャップ。それはどうしても失くすことはできない。それはプロである帝も同じだ。きっと、ツクヨミで活動する中で少しずつそのギャップを埋めているのだろう。
しかし、私は違う。私にはヤチヨの八千年の記憶がある。そのおかげで実体のない体を操る、という行為が体に染みついていた。
(さすがにヤチヨほど上手くできるわけじゃないけど……)
きっと、ツクヨミでアバターを動かすのは私がこの世界で二番目に上手い。そう自負できるほどアバターを動かすのがスムーズになっていた。
(でも、駄目だ。これじゃ足りない)
確かにアバターを動かすのは上手くなったかもしれないがそれでも彼との実力差は埋め切れていない。ヤチヨの記憶をもっと活用しなければ、帝には勝てない。
(もっと、広く。もっと、深く……)
頭の中にダウンロードされた『ヤチヨ.zip』を展開。該当フォルダを検索。アクセス。閲覧。『酒寄彩葉』へその一部をインストール。完了。
「ちっ」
帝は何か嫌な予感を覚えたのか、その場から逃げるように後ろへ飛ぶ。もちろん、逃がすわけもなく、傘を閉じた私はその後を追いかけたが即座に銃弾の雨を展開されたため、傘を広げることもなく、立ち止まって体に当たるものだけを的確に弾き飛ばした。
「なんでそんな曲芸みたいなことができんだよ!」
「おほほ、日々の努力の玉藻の前でしてよー」
「なんでヤチヨちゃんの真似!?」
まずい、深く潜りすぎた。自認ヤチヨになりかけている頭を切り替えて一歩前へ。それを見た彼は顔を歪めるがすぐにハッとしてその場から飛び退った。その直後、先ほどまで彼がいた場所に後ろからブーメランが通り抜ける。
「あら、惜しい」
私の方へ飛んでくるブーメランをキャッチしながら呟く。出鱈目な私の動きに注目させて帰ってきたそれを当てる作戦だったのだが、不発に終わってしまった。
「おい、彩葉」
「ん? 何?」
「いや……なんか極端に上手くなってないか? ハンマーもそうだけど、傘の扱いも慣れてるっていうか」
彼の困惑も無理はない。たった二週間弱で二つの武器に慣れるのはほぼ不可能。なのに、私はまるで、ずっと使っていたかのように扱えている。これもヤチヨの記憶のおかげだ。
「だが、それだけだ」
そう言って彼は目を鋭くさせてこちらに向かって駆け出した。即座にブーメランを後ろへ投げた後、私も前へ出る。その途中、銃弾を放ってくるが傘を広げて防御しながら前進。
「そらよっ!」
「ぐっ」
しかし、傘を広げたことによって視界が狭まり、右側へ帝が移動していることに気づかなかった私は彼に蹴られて地面を転がった。更にそこへいくつもの銃弾が撃ち込まれ、HPバーが一気に半分以上削られてしまう。
「おらっ!」
トドメとばかりに転がる私へ剣を振り下ろすが咄嗟に傘で受け止めた。だが、態勢が悪かったため、そのまま竹林の中まで吹き飛ばされてしまう。追撃を受けないようにゴロゴロと転がって中央広場から距離を取る。
「はぁ……はぁ……」
たった一度の油断。たったそれだけで一気に追い詰められてしまった。なんとか逃げられたがあそこで剣を受けていたら終わっていただろう。だが、戦いはまだ終わっていない。ここからなんとか逆転の一手を――。
「ふぅ……」
――思考を巡らせようとしたがヤチヨの記憶を使っている影響か、軽い頭痛を覚えた。小さく息を吐くと同時に傘の柄を掴んでいた左手から力が抜ける。
(さすがに無理だったか……)
例え、アバターを上手く動かせるようになったとしても、複数の武器が使えるようになったとしても、経験が圧倒的に足りない。さすがはプロ、といったところか。
その差を縮めるにはもう一手、必要だ。でも、その一手が思いつかない。
別にチートを使った理由は聞き出せたので目的自体は達成している。だから、無理して戦う必要はない。『さすがプロだね』と素直に負けを認めればいいだけだ。
「……」
きっと、今までの私ならここで諦めていた。しかし、何故か体は動こうとしない。その理由は何か考えようとしたところで何気なく動かした右手が何かにぶつかったように動かなかった。何だろうと首を傾げながら右手に視線を落とし――目を見開く。
『くっそー、やるなー帝! でも、大丈夫! かぐやもいるからね! 一緒にぶっ飛ばしちゃお!』
そこで佇むかぐやのハンマーを目にした時、彼女の楽しそうな声が聞こえた気がした。